酷い任務だった。情報は間違っていたし客には馬鹿にされるし、別の任務をしていた他国の忍びに偶然出会って戦闘に巻き込まれもした。
それは誰のせいでもなかったのだが、同行していた上官のくの一の怒り、というか不機嫌は最高潮に達していた。
それに付け加えて、今現在の状況と言えば猛吹雪に見舞われていた。この山を越えたらあとは平原を行くだけだったのに、なんとも運のない。

「うみの中忍、山小屋を探してきなさい。私はここで待機してるから。」

ややヒステリックな声をあげてくの一の上官、ライダはすぐ近くの木の根元で体を丸めた。
おいおい、今時分アカデミーの生徒だって協力って言葉を知ってると思うぜ...。とは口に出さすにイルカは頷いて山小屋の探索へと向かった。
吹雪は衰える兆しを見せずに昼だというのに空は暗く止む気配はない。
こんな所で行き倒れになったら凍ったまま冬まで出てこないだろうなあ、なんて思いながら進んでいたが、ふと雪の中で雪とは違う、白いような灰色のようなものを見つけた。
うさぎか?と思ってよくよく目をこらしてみたが、イルカの気配に気付いて逃げることもない。イルカが不思議に思いながら近づいていくと、その白っぽいものは人間の髪だった。

うわあ、死体だったらいやだなあ、とか思いながらイルカはとりあえず雪をかき分けて掘り起こした。掘り起こすとそれは木の葉の男だった。額宛てにちゃんと木の葉のマークが入っている。自分たちと同じように里に帰還する途中だったのだろうか。倒れてそんなに時間は経っていないのか、顔の凍傷は見受けられない。指先、足先はどうだ?と確認していくが大丈夫だ。ともなれば低体温症だろうか、だとしたら一刻も早く体を温めないとまずい。

「待ってろよ、すぐに暖かくするからな。」

イルカはそいつを背中に担ぐと急いで山小屋を探し出した。が、ほどなくそこから遠くない場所に山小屋があり、イルカは早速中に入って男を板の間に横たわらせた。外よりも大分温かく感じる。が、火を焚こうと思ったが薪がなかった。まさか小屋を燃やすわけにはいかない。となるとやはりここは人肌で温めないといかんわけだな。
イルカは決意して男の濡れた服を脱がせた。そう言えば寒さによる障害ばかりを気にしていたがもしかして怪我をしていたのかもしれない、と思ってイルカは慌てて体中を観察したが、怪我はなかった。みな古い傷ばかりだ。
ほっとしてイルカは自分の服も脱いだ。そして男の指先、足先にぴったりと肌を合わせる。ひやっこくてこっちが震えそうになるが、相手の方が大変なのだ。イルカはぎゅっと男を抱きしめた。
あ、そう言えば上官のことをすっかり忘れていた。まあ、緊急事態だったし、仕方ないよな、とイルカは寝っ転がりながら印を結んで式を作って放った。これでなんとか分かるだろう。
ほどなくして人の足音が聞こえてきてライダがやってきた。が、戸を開けてずかずかと入ってくると思いっきり顔をしかめた。

「臭いわよ、なにこれ。」

ライダは男を指し示した。そう、実はこの拾った男、ずっと風呂に入ってなかったのか?と言わんばかりに汚く、臭かった。イルカだとて気付いていないわけでもなかったが、体を濡れた布で拭くとまた体温が奪われそうだったのでとりあえず暖を取る事を優先させたのだが。

「あー、まあ、そうですが、きっと任務で大変だったんだと思います。」

「それにしたって臭いし汚いわよ。もっと部屋の隅っこに行ってくれる?」

女は嫌なものを見たと言わんばかりにそっぽを向いて携帯食料を口にしはじめた。

「はあ、わかりました。」

イルカは苦笑しながら返事をすると男を抱えて部屋の隅っこに陣取った。
男はこれだけされても目を開けない。相当疲れていたのだろうか。
しかし里は間近だって言うのにこんなもっさい男で暖を取らなきゃならんとは、哀れな男だ。それでも行き倒れたままで氷漬けにならなかっただけでもましだと思ってくれればいいんだけど、とイルカは思った。
それから吹雪は止まず3人は数日をその小屋で過ごすはめになった。
一日経ってようやく体の震えも治まった男を今度は綺麗にするためにイルカは雪をとかしてチャクラでお湯を沸かし、布を浸して男の体を拭いていった。

「それにしてもきったない男ねえ、あんたもよく暖めてやろうなんか思ったわよね。あたしなら即刻お断りだわ。」

ライダがくすくすと笑いながらじっとこちらを見ていた。どうやら裸の男を見たいらしい。なんとなく男が哀れになったイルカは、なるべくライダに肌を見せないように体を拭いていくことにした。
肌は垢だとか汚れだとかがこびりついていた。布だけでは全て落ちることはなかったがそれでも大分匂いは取れたような気がした。

「こんだけ汚くなるためにはどんなことすればいいのか見当もつかないわ。」

何もしないライダが遠目に嫌なものを見たと言わんばかりの顔で言ってくる。
嫌なら見なけりゃいいのになあ、とは上官に言えず、はあ、と曖昧に返事しながらイルカは男のくすんでいた髪を拭いていく。髪は拭いただけで結構綺麗になった。灰色かと思っていたが、もう少し明るい色だったことも分かった。
顔もすすけて汚れていたが、丁寧に拭いていくと随分と整った顔立ちをしていることが分かった。左目の傷が痛々しいがちゃんと見えるのだろうか?しかしこれだけ体中を触られても男は起きなかった。敵に発見されたらどうするつもりだったんだろうなあ、とぼんやりと思いながらイルカは自分の予備の服を男に着せてやった。男の着ていた服は洗濯することはできない状況なので、とりふえず袋に入れた。その時に忍具なども取りだしたのだが、この男の忍具はどれもちゃんと研がれ、使いやすいようにカスタマイズされていた。年代物の武器も丁寧に使われていることが伺える。イルカの同期で同じ戦忍の中には、新商品が出るとすぐにそっちに目がいって、今まで使っていたものをないがしろにする奴もいる。別にそれが悪いと言うわけでもないし、新商品の方が体に合うならば問題はないのだが、イルカとしては流行廃りに左右されることなく、自分の手で一つ一つ吟味していって自分で使いやすくしていくという方が好きだったので、男の武器の手入れ方法に好感を持った。
ライダはその間ずっと暇だ暇だと連呼して携帯食料を食べながら苛々していた。冬眠前の熊をちょっとだけ連想したことは秘密だ。
しかし暇だったら男の服を洗濯してみませんか?と取りあえず聞いてみたがやはり即刻お断りされた。まあ、なんとなく見当は付いてたけどね。
そして次の日の朝、ようやく雪はおさまった。この天気ならば下山しても大丈夫だろう。
イルカは男をしっかりと防寒具で包んだ。イルカよりも厳重に布でくるむ。体を動かすイルカは自分の体の熱があるが、この男はずっと眠ったままなので寒さが直接体に響くだろうと思ってのことだ。救援を呼ぼうかとも思ったのだが、この山を下山すればあとは平原を進むだけなのだ。救援を待つよりもこちらで下山した方が早いだろう。

「さっさと帰るわよ。荷物を背負ってるからって速度は緩めないから。」

ライダはずっと苛々しっぱなしだった。まあ、早く帰りたい気持ちも分かるのだが。
それから、ライダは有言実行とばかりに全力で走り出し、イルカはそれに付いていくので精一杯だったが、おかげで思ったよりも早く里に着くことかできた。
任務報告は上官がする義務があるので、ライダが報告しに行った。イルカは男を抱えてすぐに病院へと向かった。あれからずっと目を覚まさないのだ。さすがに寒さの障害と言うものではなく、何か故意的なことで目を覚まさないのだと感づいていた。
病院に着いて早速医療忍に男を預けて受付のロビーの椅子でようやっとイルカは一息吐いた。色々あったがちゃんと無事に任務もこなせたし、思い残すことなく、と言うには少々おかしいが、晴れてアカデミーで教鞭を執れる。
そう、イルカはこの任務の終了と共にアカデミーで教諭に付くことになっている。あらかじめ教員試験はパスしており、アカデミーに入る前にもう少し前線で経験を積みたいと考えて任務を所望したのだ。火影は快くイルカの要望を聞き入れてくれた。
男の容態を見届けたい気持ちはあったが、医療忍は預けた男を見て、いつものことだ、みたいなことを言っていたのでたぶん許容範囲内のことなのだろう。しかしいつも、と言うことはいつも倒れるのか?
同じ中忍で割りと仲の良いハヤテを思い出した。すぐに倒れると言うわけではなかったが、昔にかかった敵の毒の後遺症で年中喘息のような症状が出ているのだ。それでも忍刀を扱わせれば天下一品なので忍びを退くこともなく普通に任務をこなしているのだが。そんな感じなのだろうか?
ま、自分にはもう関係ないことかな、と思いイルカは立ち上がって自宅へと戻っていったのだった。