数ヶ月後、イルカはアカデミーにて副担任としてベテランの教師の下に付くことになり、忙しい日々を送っていた。
何から何まで一から勉強のし直しなのだ。生徒たちになめられてはまずい、だがちゃんと授業に興味を湧かせるような方法も取らなくてはならない。
これは大変だ、一言で言えば一瞬だが、本当に大変だ。まあ、仕事というものは全てにおいて大変なのだろうとは思うのだが。
そんなこんなで目が回るほど忙しい日々を送っていたイルカの元に1人の来客がやってきたのは昼休憩にアカデミーの食堂に向かっていた時だった。
事務員に呼び止められて来客がいるから応接室へ行くように言われたのだ。
アカデミーに入りたてなのに誰が来たんだ?といぶかしく思いながらイルカは応接室の戸をノックして中に入った。

「失礼します。って、あなたは。」

そこにいたのはいつぞやの任務で一緒になったライダだった。もしかして最後の任務時で何かまずいことでもあったのか?とイルカは身を引き締めた。

「ライダ上忍、お久しぶりです。前回の任務で何か支障でもありましか?」

ライダはイルカの姿を見るとなんとも言えない表情で手招きした。
極秘のことなのだろうか?イルカはなにやらかしたんだろうなあ、と身に覚えのない失敗に少々怖じ気づいた。だが行かないわけにもいかず、イルカはライダの近くまで寄っていった。ライダはイルカをソファの隣に腰掛けるように言った。イルカは言われたままソファに座った。
どんな恐ろしい事実が突きつけられるのかと身を強ばらせていたイルカだったが、聞かされた話は拍子抜けするものだった。

「ちょっと口車合わせてほしいのよ。」

「え、あの、任務のことでですか?でも任務をごまかすと言うのはちょっと。ちゃんと失敗したことは報告してそれなりの対処をしないと。」

「は?任務なんかのことじゃないわよ。」

任務を、「なんか」扱いするのか。イルカはここで初めて少しライダに悪い印象を覚えた。

「それでは何の口車ですか?」

「あの任務の時に雪山で男を助けたでしょ。あれ、あたしが助けたってことにしといて頂戴。いいわね。」
突拍子のないことを聞かされてイルカは首を傾げながら不思議に思って尋ねた。

「あの、理由を教えてもらっていいですか?」

「あんたには関係ないことよ。いいわね、これは上忍命令よ。他言はしてないでしょうね?してたら殺すわよ?」

ライダの目は真剣そのものだった。一体何が彼女をそうさせるのか。しかし上忍命令まで出されてはイルカにはどうしようもない。それにそれくらいのことだったら別に口車を合わせてもいいかな、と思った。

「他言なんかしてませんよ。口車の件は何か事情がおありのようですし、承知しました。」

昼休みがあと20分しかない。さっさとこのおかしな来客とおさらばしてラーメン定食を食べに行きたい。
「良かったわ。じゃ、今後は町で出会っても他人の振りをして頂戴、いいわね?」

そこまで何で徹底するんだ?と少々いぶかしく思ったが、先ほどの言動でライダとはあまり懇意にしたいとは思わなかったので、これ幸いと思うことにしたイルカは頷いて肯定した。

「じゃ、今日あたしがここに来たって言うのも極力知られないようにしといて。じゃあね。」

ライダはそれだけ言うとさっさと応接室から出て行った。

「知られないようにして、って、もう事務員には知られてんじゃん。」

そんなに極秘にしたいのなら直接待ち伏せだとか家に来りゃいいのに。中忍の家くらい上忍ならちょちょいと調べられるだろうに、ものぐさな人だ。
イルカはもうあまり会うこともないであろうライダの印象に変な人、という項目を付け加えて食堂へと急いだのだった。

 

それから、ライダがビンゴブックにも載るほどの忍び、はたけカカシと付き合っているという噂を耳にするのはその一ヶ月後のことだった。
それなりにアカデミーでの生活に慣れ始めてきたイルカは少しばかりの余裕も出てきたのか、職員室で同じ副担任の男と世間話をしながら茶を飲んでいた。ちなみに就業時間は過ぎており、職員室にはあまり人がいなかった。

「そう言えばさあ、聞いたか?はたけ上忍に恋人ができたった話し。」

「え、知らないけど。って言うか、はたけ上忍って誰だ?そいつに恋人ができたからってなんで噂になるんだ?」

「イルカ、お前世間を知らなすぎだぞ。はたけカカシと言えば泣く子も黙る暗部出身の凄腕の忍者じゃねえかよ。賞金首ですごい金もかけられてんだぜ!!」

それって、喜ぶべきことなのかな、それとも困ったな、と悩むべきことなのかな?とイルカは少し考えた。
「でさ、今まで特定の恋人っていなかったんだけどさ、ついに花嫁候補の恋人ができたんだって、もう里中の噂じゃん。」

とりあえずイルカは知らなかったが有名な話しらしい。

「ふーん、まあ、めでたいんじゃないか?結婚するのかね?」

「さあ?なんでも運命の出会いなんだってさ。この間お前の所にライダ上忍、来てたじゃねえか。あの頃にはもう付き合ってたのかねえ。あ、まさかお前ライダ上忍の昔の恋人とか言わないだろうなあ?」

同僚がどうなんだ?とにやにや笑いながら聞いてくる。

「残念だけどライダ上忍とはアカデミーに入る前に一緒の任務に就いただけだよ。それ以上でも以下でもないって。」

「なーんだ、任務繋がりだっただけか。つまんねえのー。」

同僚の言葉にイルカは苦笑した。極秘どころかみんなにばれまくってるじゃんか。ま、別にやましいことはなにもないし。しかしはたけ上忍も物好きだな、俺はああいう女はあんまり好かんけど、恋愛は個人の自由だしな、とイルカはなんとはなし思った。
それから雑務を消化してイルカは帰ることにした。同僚はもう少し残っていくらしい。
イルカはもうすでに真っ暗になってしまった夜空を見上げながら歩いていた。帰りに一楽でも行くか、と自宅の方ではなく繁華街へと足を向ける。
繁華街へ赴くとハヤテに出会った。珍しい。ハヤテは外勤中心の生活を送っているので里で見かけるのは希なのだ。

「ハヤテー、よう、元気か?」

イルカは少し小走りしてハヤテに声を掛けた。ハヤテはイルカに気が付くとゴホ、と軽く咳をして小さく笑った。

「イルカさん、お久しぶりです。相変わらずラーメンのようですね。」

すぐそこに見える一楽の暖簾に目を向けてハヤテが言うとイルカはいいじゃねえかよ、とハヤテを小突いた。
「どうだ、飯まだだったら一緒に食おうぜ。別に一楽じゃなくてもいいからさ。」

おやっさん、ごめんな、と心の中で謝りつつ、油っぽいものはあまり好きではないらしいハヤテを思ってイルカはそう誘った。本当に彼と出会うのは珍しいのだ。

「そうですね、では和食の店を希望してもいいですか?」

「いいよ、どこがいい?あんまり酒は呑まないんだろ?」

「はい。では東風亭でいいですか。久しぶりにあそこの鏑蒸しが食べたいです。」

「ああ、うまいよな。俺だし巻きも好きだな。」

「では決まりですね、行きましょうか。」

ハヤテは東風亭へと続く道を歩き出した。イルカもそれに続く。
ハヤテは病弱そうに見えるが密偵として優秀である。そのため他里に潜入して情報収集をするのでなかなか里に戻って来られないのだ。

「しばらくは里に駐留するのか?それともまた外勤ですぐに発つのか?」

「しばらく里にいますよ。ここ2.3年ほとんど里にいないようなものでしたし、少し里の状況をじっくり見たいですしね。イルカさんは戦忍ではなくなったようですね。」

「ん、分かるか?」

「ええ、戦忍特有の殺伐としたものが和らいでいるような気がしますから。内勤中心の仕事になったんですか?」

「ああ、アカデミーの教師になったんだ。まだ副担だけどな。ハヤテも早く結婚して子どもをアカデミーによこしてくれよ。」

「また無茶なこといいますね。年齢から言えばあなたの方が上なんですからその言葉、そっくり返せますよ。」

ぐっさりと言われてイルカは苦笑した。ずばずば言うのもこういう感じだったら別に嫌な感じはしないんだが、どうしてライダにはあまりいい印象がないんだろうなあ、とイルカはぼんやりと思った。
それから2人は東風亭へとたどり着いた。この店は和食を中心とした飲み屋としても機能しているが、おばんざいも豊富でしかも安いので人気がある。
今日は平日なのでそれほど混んではいないが週末ともなればかなりの賑わいを見せる。
イルカとハヤテは店の出入り口付近のテーブル席に落ち着いた。おしぼりで手を拭いてメニューを広げる。
「私は予定通り鏑蒸しとあとは適当に頼みます。イルカさんはどうします?」

「んー、そうだな、なんかさんまのいいのが入ったみたいだからそれを注文するかな、それからだし巻きも付けて定食セットでいいか。」

そして注文してしばらくお互いの近況などを語り合っていると、やがて戸が開いて2人連れが入ってきた。
ライダと知らない男だった。