ライダはイルカを一瞬見てそっぽを向いた。自然な反応だったが一緒に任務をこなしたんだから別にまったくの赤の他人のふりをしなくても会釈程度ならするのかと思っていたイルカはその徹底振りに少々引いた。まあ、別にいいけど。
だが男の方がハヤテに気付いて手を挙げた。

「よう、ハヤテじゃないよ。久しぶりだねえ。」

「どうも。」

どうやら知り合いだったらしい。しかし得体の知れない男だった。額宛てを斜めにかけて左目を隠していたし、口布で顔の半分を覆っていた。あれではどんな顔なのはまったく分からない。
軽く挨拶して2人連れはカウンターに座った。イルカはそれをなんとはなしに見届けてハヤテに聞いた。

「誰だ?」

「あれ、知らないんですか?はたけ上忍ですよ。」

「なるほど、あの人がはたけ上忍だったのか。」

はたけカカシ、凄腕の忍者で賞金首の額が半端でない男、か。

「隣の女性は恋人でしょうか。それなりに親しいようでしたが。」

「ん、気になるのか?隣の人はライダ上忍だよ。最近つきあい始めたらしいな。運命の出会いがどうとか同僚が言ってたけど。」

「そうですか、運命の、ねえ。」

ハヤテはゴホ、と軽く咳をした。
それからほどなくしてイルカたちの元に注文した料理が運ばれてきた。今日のさんまは当たりらしい。脂が適度にのったさんまがいい焦げ目をつけている。香りもいい。
ハヤテの注文した鏑蒸しも湯気が立っておいしそうだ。
イルカは早速さんまに箸を付けようとして、だが視線を感じて手を止めた。そして視線の先に首を動かすと、得体の知れない男、はたけカカシと目が合った。
はたけカカシはじっとひたすらイルカのさんまを見ている。
え、さんま?さんまを見てるのか?イルカは首を傾げた。それに気付いたハヤテがさじを持ったまま同じようにイルカの視線の先の人とさんまを交互に見た。
しばらく沈黙が流れる。はたけカカシは視線を逸らさない。

「はたけ上忍、なにか?」

ハヤテがなんなんだ?とばかりに声をかけた。

「今日のさんま、売り切れだったからさ。」

「食べたいんですか?」

頷くはたけカカシ。

「じゃあイルカさんにお願いすれば良いのでは?」

「それもそうだね。」

カカシは席を立ってイルカの横まで来ると両手を合わせた。

「さんまと刺身、交換してください!!」

「ぷっ、いいっすよ。」

中忍に頭を下げてさんまを請う上忍の図に、イルカは吹き出してさんまの皿を差し出した。得体の知れない人だと思ったが、なかなかどうして、楽しい人だな。格差を強調するような人でもないようだし。ああ、だからハヤテも通常通りにずばずばものが言えるんだな。
さんまの皿を受けとったカカシは唯一見えている右目を嬉しそうに曲げた。

「今日はこの店のさんまが目的で来たから売り切れって聞いてがっかりしてたんだよね。助かったよ、ありがと。」

助かったのか、そりゃあ良かった。イルカはどういたしまして、と笑みを浮かべた。
それからカカシは自分の席へと戻っていった。そしてどう見てもさんまの比ではない豪華な刺身の盛り合わせを持ってきて差し出した。
なんか、海老で鯛を釣った気分のイルカだった。
が、ふと別の視線を感じてイルカは顔を向けた。ライダだった。忌々しそうな顔を向けている。だがカカシが席に戻ろうとすると表情をころりと変えた。意味が分からない。ま、今は刺身を食うことに専念しよう。

「イルカさん、儲けましたね。」

「ああ、これうまいな。」

イルカは新鮮な刺身を遠慮なく頬張りながらご飯をかき込み、ライダのことは忘れてしまった。
そして飯も食い終わってイルカたちは店を出た。ぽっかりと月が上空にあがっている。いい月夜だ。

「じゃあまたな、しばらく里にいるんだったらまた飯でも食おうぜ。」

イルカがにかっと笑って言うとハヤテはいいですよ、とにこりと笑った。そしてお互いに帰途へと付いた。
しばらくいい気分で歩いていたイルカだったが、少々人通りの少ない道へとさしかかった時に唐突に腕をつかまれた。そして誰もいない路地へと強引に連れて行かれた。敵襲か!?と思って一瞬暴れようと思ったが、自分がその気配に気づけなかった程だ。自分よりも強い人間に違いない。ここはじっとして相手のなすがままにされて機会をうかがうことにした。
そして、ようやく相手を見ると、ライダだった。その顔は真剣で、だが苛々としているようでもあった。山小屋にいた時の苛々とは違う、こちらを威嚇しているかのようなその様子にイルカは嫌な予感を思わせるに十分だった。

「ちょっと、あの命令覚えてるわよね。」

「あの、関わらないようにするっていう命令でしたら今回のことは不可抗力だったと思いますよ。先に店にいたのは私の方ですし、」

「そんなことはどうでもいいのよ、山小屋の男は私が介抱したんだから、絶対に誰にも言うんじゃないわよ?いいわね、分かったの?分かったならちゃんと返事しなさいよ。」

こ、怖い、なんか取り憑いてるんじゃないかろうかと思えるほどだった。

「あの、差し出がましいとは思うんですが、どうしてそこまでこだわるんですか?別に悪いことをしたわけじゃないですし、木の葉の人間が木の葉の人間を助けたことがそれほど大事になるとは思えないんですけど。

「うるさいわねっ、ああ、そうだ、封印術を使えばいいんだわ。そうよ、それがいいわ。」

ものすごい嫌な予感がした。

「あの、ライダ上忍?」

ライダはご丁寧にイルカが逃げないように金縛りの術をかけてきた。
普通、ここまでするか!?
ライダは術印を組み始めた。高速でしかもややこしい印で目で追えない。封印術って、何が?何のこと?と言うまもなく、ライダの手が光り出し、イルカに向かって解き放たれた。

金縛りで逃げることもできずにイルカはその光りを浴びて、意識を手放したのだった。