|
そして2人は最初に出会った東風亭へとやってきた。そこの座敷に座って注文する。今日は週末なのでなかなか賑わっている。 「少し酒でも呑みますか?明日は休みですか?」 「はい、ですから少しは飲もうかと。カカシさんは?」 「俺も少し飲みます。」 カカシはふわふわとした気分でどんどん注文した。イルカの前だと何もかもが楽しくなってしまう。どうしてこんな気持ちになるのだろう。 「イルカさんさ、雪山で遭難した男、覚えてる?」 カカシが言うとイルカは首を傾げた。 「雪山って、俺、最近雪山に行ったことないはずなんですけど。」 冗談でもなんでもなくイルカは至極真面目に答えた。 「え、でもこの間ライダと一緒に行ったでしょ?」 「ライダ、ですか、その方って女性の方ですか?」 カカシは眉根を寄せた。おかしい、ここまで知らない振りをする必要がどこにある?それとも本当に忘れてしまったのか?記憶を抹消するような極秘の任務でもなかったはずだ。 「イルカさん、本当に覚えてないんですか?数ヶ月前のことですよ?」 「数ヶ月前、ですか?」 イルカは必死になって考え込んでいるが覚えがないようだ。 「一体誰がこんなことを、イルカさん、封印、解きますよ。」 「え、はあ、」 イルカは突然のことに理解できていないのか、曖昧に返事をした。 「あの、ありがとうございます。封印を解除してもらって。と、言ってもなんで俺、封印されたのか意味が分からないんですけどね。」 イルカは封印された当時のことを思い出しているのか、小首を傾げている。 「誰にされたの?」 「あ、えーと、でもカカシさんには言えない、かな。ほら、何か事情があったのかもしれないし。」 「あんたどこまで人がいいんですか、自分の記憶を封印されてたんですよ?一歩間違えれば廃人ですよ?もう少し危機感持って下さいよ。」 カカシの剣幕にイルカは渋々と言った具合でカカシに伺うような視線を向けた。 「はあ、じゃあ、喧嘩しないって約束してくれます?」 「しますします、しますからさっさと白状してください。」 言われてイルカは覚悟を決めたのか、内緒話をするかの如くの小さな声でその名を口にした。 「ライダ上忍です。」 するとカカシは表情を無くした。それを見てイルカがしゅん、と項垂れた。 「すみません、やっぱり恋人のことを悪く言うのは、あ、いえ、悪いって言うか、事実だとは思うんですけど、何か理由があってのことだと思うんで、」 イルカはフォローしようとしているらしいが、カカシはまったく聞く耳を持たない。 そして無表情のまま、カカシはイルカに聞いた。 「ねえ、雪山で遭難した男のこと、覚えてる?」 さきほどした質問と同じことを聞くカカシにイルカは頷いた。 「はい。」 「介抱したの、ライダだよね?」 「え、あの、ライダ上忍がそう言ったんですか?」 イルカが不思議そうな顔をしている。 「違うの?」 「あの、実は上忍命令で言わないように命令されてまして、ちょっと言えないんですよ。」 イルカは困ったように笑った。どこまでも姑息な手を使う。 「いいよ、じゃあ俺も上忍命令、事実を話して、ね?」 カカシが優しい声音で言うと、イルカはうーんと、と考え込んで、秘密ですよ?と念を押して言った。 「介抱したのは俺です。ライダ上忍は、その、」 「何もしなかった?」 「はあ、まあ。でも仕方のないことだとは思うんです。その人、ちょっと汚れてて。」 「でもイルカさんは介抱したんでしょ?」 「ええ、やっぱりがんばって任務をこなしてきた人ですし、それにその人すごいんですよ、体つきもですね、忍びらしいって言うか、忍びが何言ってんだって感じですけど、いい体してんです。あ、変な意味じゃないですよ。それに忍具も丁寧に扱ってて、ほら、武器って流行廃りがあるじゃないですか、流行のものを次々に取り入れるって発想もいいとは思うんですが、その人の武器は自分の使いやすいようにカスタマイズされていて、古いものでも丁寧に磨かれていて、自分が薄汚れても使う武器は曇らせることなく常に最上の状態にしてあるんです、すごい忍びですよ。あ、名前は聞かなかったんで分からないんですけどね。」 そこまで一気に言ってイルカは一息吐いた。 「すみません、誰にも話すなって言われてたんでなんだかたがが外れてついつい語ってしまって。でもどうしてカカシさんが知ってるんですか?ライダ上忍から聞いた、ってわけじゃないですよね?」 カカシはにこりと笑ってイルカの頬を優しく撫でた。 「知りたいですか?」 「え、あの、カカシさん?」 優しい仕草で頬を撫でられてイルカは何故だか顔を赤くしている。酒のせいではないその紅潮にカカシは笑みを浮かべた。そして額宛ても口布も取り外した。 「え、ちょっ、か、カカシさんが遭難してた人だったんですか!?」 「正解です。まんまと騙されましたねえ。」 ははは、とカカシは笑った。本当は怒りに震えていたのだがそんなことは一切表情には出さない。 「イルカ先生、料理が冷めますよ。と言ってももう随分長い間放置してましたからねえ、注文し直しますか。」 それを聞いてイルカは我に返った。 「そんな勿体ないことできるわけないでしょうがっ!ちゃんと食べますよっ。」 イルカは箸を手にとってガツガツと食べ始めた。カカシは冷めても味の落ちなさそうな料理をチョイスしてイルカに渡していく。 「ねえイルカさん、俺は決めました。ライダとは別れます。」 それを聞いてイルカは食べる箸を止めた。 「あの、それはやっぱり俺が話してしまったからですか?」 「うーん、いや、そうとは言い切れないけど、もともとライダとは何か相容れないものがあってね。だからイルカさんのせいじゃないし、それに俺、好きな人が他にできちゃったから、仕方ないんだよ。」 「そうですか、浮気をするわけにもいかないですしね。俺にはあんまり経験が無いんで分かりませんが、別れるときは優しくしてあげてください。」 イルカに言われてカカシは一瞬間を空けて、だがちゃんと頷いた。 「分かりました、ちゃんと優しくします。」 それからカカシとイルカは食事を再開したのだった。
|