翌日、杖彦は警備の詰め所で留守番をしていた。
マツジが見回りに出てからこっち、警備の詰め所はほとんど無人状態だったのだが、マツジの代わりに時間の空いている時に杖彦が番をすることになったのだ。
今日は他に仕事もなかったので、杖彦は詰め所でぼんやりと将棋版を眺めながら茶をすすっていた。
昼過ぎ、そこへ一人の男がやってきた。
この村で比較的よく話すヒサシだ。マツジの所で世話になるにあたっての衣服やら日用品なんかは彼からもらったのだ。よそ者で記憶喪失なんていかにも怪しい風体の杖彦のことをまったく意識せずに話す。話好きとも言える。村の男の中で話好きなのは珍しい。
杖彦に茶を入れてもらい、ヒサシは詰め所の硬いベンチに腰掛けて話し出した。

「この村ってさ、よそ者には結構風当たりが強いんだぜ、知ってたか?」

その割りにお前はよそ者の自分にフレンドリーだよな、と杖彦は思った。

「この村って俺以外にもよそから来た人ってそれなりにいるのか?」

「ああ、まずマツジさんにお前だろ、それから鳴瀬家のユキさんだな。まあ、あの人はタクミの旦那が外で一目ぼれして連れて来たんだけどね。あの時はほんと修羅場って言うか、一瞬即発って感じだったぜ。今じゃ落ち着いてるけど、妹のタエさんはああ見えてブラコンでさ、よそからきたユキさんに猛反発してたんだぜ。むしろ姑のカナエさんの方がよっぽど受け入れる心構え持ってたなあ。」

「まあ、たった一人の兄妹なら仕方ないって気もするけど。」

「まあな、でも今じゃちゃんと仲良くしてるみたいだし、おしどり夫婦であてられるけどなー。」

ヒサシはお茶をすすった。

「ところでさ、辺境警備の上層部が依頼したとある機関ってどこか知ってるか?」

「いや?マツジさんも何も言ってなかったけど。」

「村の中じゃあ、木の葉の忍びだった噂だぜ。」

「木の葉?」

「なんだよ知らないのか?ああ、記憶喪失だったもんなあ。忍びの隠れ里だよ。金を積めばなんでもやってくれる便利屋だな。ま、噂だからあてになんないけど。」

ふーん、と杖彦は適当に相槌を打った。

「でも、あの女の人、誰なんだろうなあ。身元を証明するものもないし、こんな辺境の村で無縁仏なんてやりきれないだろうなあ。忍びでもなんでもいいから早く犯人捕まえてほしいぜ。安心してゆっくり女も口説けない。」

きしし、とヒサシは笑った。そういえばヒサシは独身でよく女性に声をかけているところを見かけるが、本命は鳴瀬のところのタエだとマツジはしたり顔で言ったのを杖彦は思い出した。

「お前もいい加減あまのじゃくだな。」

「なんだよそれっ。」

ヒサシが不服そうに口を尖らせたが、杖彦は知らん顔で茶請けのせんべいに手を伸ばしたのだった。

 

それから数日してようやく二人の人間がやってきた。
大柄な男と、まだ少しばかり幼さの残る少女の二人組みである。

「木の葉の忍びの猿飛アスマだ、こっちは医療忍者の資格を持つ山中イノ。よろしく頼む。」

大柄の男が言うと少女がぺこりと頭を下げた。何故かちらりと杖彦のほうを見てにこりと微笑む。
杖彦もつられて笑みを返した。

「さて、それじゃあ仕事をおっぱじめるか。まずは死体の確認だ。殺されて時間が経過してるだろう、腐敗する前に検死しないとな。イノ、そっちは頼んだぞ。俺は死体の発見場所を見たい。案内を頼めるか?」

アスマが言うとマツジがすこし戸惑ったような表情を浮かべた。

「事件が起きたのはもう一週間以上も前なんだ。死体は綺麗ではないよ。それに何箇所も刺されている。少しばかりお嬢さんにはきつい仕事になるんじゃないかね。木の葉が優秀な忍びの里だってことは聞いてるけど、」

自分の孫娘と言っても通用しそうな女の子が死体の検死をするということが信じられないのだろう。少女を前に動揺を隠せないマツジ。だが少女は前に進んでにっこりと微笑んだ。

「大丈夫です。私これでも医療忍者として修行してますから腐乱した死体も白骨化した死体も虫が湧いた死体もどんとこいですから。」

かわいく微笑まれてマツジは一瞬呆けたが、忍者はそういうものなのかと重くため息をついた。

「死体はこっちだ、案内しよう。杖彦は死体の発見場所を案内してあげてくれ。」

マツジに言われて杖彦は頷いた。

「こちらです。」

林へと案内するために杖彦は前に立って歩き出した。アスマがタバコをくわえながらゆったりとした歩調でついてくる。
やがて林の中に入り、死体のあった茂みへとやってきた。

「ここです。死体はうつぶせになって腕が茂みから出ていました。」

アスマはしゃがみこんでじっとその辺りを見つめた。そして注意深く辺りを見渡す。

「第一発見者は誰だ?」

「あの、私です。」

「そうかい。」

さして驚くでもなく、アスマは立ち上がってあたりをゆっくりと見渡した。

「何か気づいたことはあったか?」

一瞬、死体を前にして考えだした自分なりの見解を思い浮べたが、素人の考えたことだ。下手に話してもかえって混乱させるかもしれない。

「...いえ、特には。」

するとアスマはくく、っと笑った。馬鹿にしたような笑いではない。幼い子を遊ばせているのを見て笑みを浮かべる親のような笑みだった。
杖彦は首をかしげる。

「あの?」

「なんでもいい、話してみろ。別にそれで疑うってわけじゃないからよ。顔に書いてあるぜ、言いたいことがあるってな。」

言われて杖彦は苦笑した。顔に出ていたか、忍びというものは観察力が優れているらしい。

「すみません、では気になったことだけ。」

と、言うわけで杖彦は死体の不思議な点と自分なりの犯人像を話した。アスマはそれを黙って聞いていたが話し終えるとなるほどな、とタバコの煙を吐き出した。

「それがお前の考えか。」

「はい。」

「分かった。ひとつの意見として頭の隅に置いとくよ。あー、ところでだなあ、」

アスマはぽりぽりと後頭部を掻いた。なにやら非常に言いにくいのか、言い及んでいるかのような印象を受けた。

「アスマさん?」

「いや、任務中に私語はしちゃいけねえことになってんだ、やめとくわ。何か事情があるのかもしれねえしな。」

「は?」

「なんでもねえよ、現場はまた詳しく調べるだろうが今日はここまでいい。今は詰め所に戻ろう。イノの検死の結果も知りたいことだしな。」

アスマはそう言って歩き出した。今度は杖彦が後をついていく。
そして詰め所に戻るとマツジが帰ってきていた。イノはいない。

「おう、マツジさんよ、イノは検死中か?」

「はい、思ったよりも劣化はしていないということで時間はそれほどかからないそうですが。」

「そうかい、分かったよ。ところでこの村に宿はあるかい?すこしの間滞在するから宿に泊まりたいんだが。」

するとマツジは今気がついたのか、そうだったと自分の額を叩いた。

「失念してました。この村に宿はないんです。だからと言ってこの詰め所は狭いですし、今は杖彦と寝起きを共にしてるんで、」

「いや、なかったらどこかの空き家でもかまわねえよ。ほこりがかぶってたってかまわねえ。戦場じゃあ野宿してたしな。イノが女だからって気を使う必要もねえ、あいつもそれなりに経験してっからよ。」

アスマは詰め所の椅子に座った。

「そうしたら、小川の近くに見張り小屋があります。今は誰もそこを使っておりませんからそこを使ってください。村の所有物なので村長に断りをいれなくちゃならないですが、たぶん大丈夫でしょう。杖彦、すまないがひとっ走りして村長に断りを入れてきてくれるかい。もし使えるようだったらすこし掃除もしておいてほしい。」

マツジの言葉にアスマは苦笑した。

「いや、そこまで気を使わなくてもいいぞ。」

「いえ、この辺境まで来てくださった人にほこりまみれのあばら家を案内するわけにはいかないですよ。杖彦、悪いが頼んだよ。私はまだここの警備の担当者として話したいことがあるから。」

杖彦は快く引き受けて詰め所を出て村長の家へと向かったのだった。