翌日からアスマたちは村の中の捜索を始めた。村人たち全員からも事情を聴取するらしく、一軒一軒を回っているらしい。
杖彦はと言うと、事件が起きる前の生活に戻った。つまりマツジの仕事を相変わらず手伝う毎日と言うわけだ。
今日の仕事は検死の終わった女性の弔いだった。村の中に唯一あるお寺で無縁仏の墓に入れるのである。
名前もなく弔いをせねばならないというのが悲しい。
参列者もほとんどいない。アスマたちの付き添いでマツジはいない。実質、杖彦とヒサシの二人、そしてお寺の住職のみで簡単な葬式をすることになった。
和尚がお経をあげる。今日は快晴で空の青い影が寺の中までをも青く照らす。

「罰当たりかもしんねえけど、快晴で良かったよな。これで涙雨だったら余計になんかやるせないって言うかさ。」

ヒサシの言葉に杖彦は頷いた。せめてあの世に旅立つ日だけでも気持ちのよい秋晴れの空で昇天してほしい。
ふと、そこに誰かがやってくる気配がして杖彦は顔を上げた。境内にユキの姿があった。いつも一緒のタクミの姿が見えない。
杖彦は慌ててユキの前まで行った。

「あの、ユキさん?」

「あの女性のお葬式が行われていると聞きました。私にも手を合わせさせてもらえませんか?」

ユキの言葉に杖彦は頷き、中に案内した。ユキは遺影の前まで来ると手を合わせて目を閉じた。その顔は憂いに満ちている。
隣にいたヒサシに肘で小突かれて杖彦は顔を向けた。どうやらどうしてこの場にユキが来たのか不思議なようだ。杖彦だって不思議だ、何故ユキがここにくるのだろうか?
ユキはしばらく手を合わせていたが、杖彦たちに一礼するとそのまま帰っていってしまった。

「ヒサシ、悪いけどあとのことは頼む。俺はユキさんを送ってくよ。」

「おいっ、お前そんな役得持ってくなんてっ、っくしょ、いいよ、行けよっ。」

ヒサシはぶちぶち言ったがため息を付いて手を振った。杖彦は悪いな、と片手で謝ってユキを追いかけた。
ユキはすぐに見つかった。まだお寺の敷地内の木々の生い茂る参道の途中だ。
杖彦が声をかけるとユキはすぐに気が付いて立ち止まった。慌ててやってきた杖彦に首を傾げてどうしたのかと問うているようだ。

「ユキさん。その、すこし話しをしていいですか?」

杖彦の言葉にユキは静かに頷いた。そして参道を抜けた場所にある公園の中のベンチに腰掛けた。

「それで、今日はどうしてこちらへ?」

「村の外からやってきた人が殺されて亡くなった。同じく外からやってきた私としては、何か親近感と言うか、そんな気持ちがあったので手をあわせたいと思っただけです。特に深い意味はありません。」

ユキの言葉に杖彦は一瞬口を閉じて黙った。だがすぐに口を開いた。

「ユキさん、どうか正直に話してくれませんか?」

ユキが杖彦の顔を見上げる。

「正直に、とはどういう意味でしょうか?」

杖彦は押し黙ってしまった。アスマたちの捜査を邪魔しているのかもしれない。自分は間違ったことをしているのかも。だが、どうしてだろう、このユキと言う人が犯人とは思えなかった。あれだけの関連性があると言うのに。
だからどうか知っていることは全て話してほしい。

「この間、小川で水遊びをされていましたね。」

おずおず話し出した杖彦の言葉に今まで穏やかな顔をしていたユキの表情が強張った。

「すみません、覗き見するつもりはなかったんですが、捜査に村にいらした人の宿代わりにと小川近くの小屋を使わせてもらうことになって、私はその日そこの掃除をしていて、その時に鳴瀬の旦那とあなたの姿を見てしまったんです。あなたは、本当は、」

「どうかっ、」

ユキの言葉が杖彦の言葉を遮った。

「どうかそれ以上は話さないでください。この村でもそのことを知っているのは鳴瀬の家の者だけです。」

杖彦はごくりと生唾を飲み込んだ。

「それは、つまり、」

ユキは顔を俯けていたが、やがて顔を上げるとしっかりと杖彦を見つめた。

「男同士の恋愛は気持ち悪いですか?でも好きになってしまったんです。どうしようもなかった。誰にも止められなかった。女として偽りの生活を強いられたとしても。」

ユキの言葉が杖彦の胸を深く打つ。何故だろう、どうしてこんなにも苦しい?

「教えてください。今回の事件、裏になにがあったんです。犯人は誰なんですか?あなたが犯人なのではないのでしょう?あの女性が妊娠していたと言う事実は今のところ村人には洩れていませんがそれも時間の問題です。流産したと言う噂があなたにある今、疑いはあなたに集中するでしょう。正直に話してください、でなければいらぬ疑いがあなたにかかります。」

「確かに、私の状況を知った上で、あの事件となんら関わりがないと言うのは不自然かもしれません。ですが私からは何も言うことはできません。」

「ユキさん、」

「行きます。タクミが心配します。」

ユキは立ち上がった。

「ユキさんっ!」

ユキは立ち止まって杖彦に頭を下げるとそのまま一度も振り返らずに行ってしまった。
杖彦はしばらくベンチに座っていたが、やがて頭を振ると立ち上がった。そしてヒサシの待っているお寺へと向かった。とりあえずは葬式に戻って手伝いをしなければ。葬式が終わってからゆっくりと考えよう。
公園からお寺の本堂まではすこし距離がある。杖彦は近道をしようと人気のない木々の間を通ることにした。
何本もの大木の間を通り抜ける。意識はさきほどのユキのことで一杯だった。一体なにがあったのだろうか。ユキの言葉を信じるべきなのだろうか、それとも?
杖彦が考え込んでいると、唐突に腕を引っ張られ、手で口を塞がれて地面に押さえつけられた。
突然のことに杖彦は呆然としたが、すぐに体制を整えるべく暴れだした。だが相手が上手なのか、まったく身動きができない。背中越しに人の息遣いが聞こえる。
一体誰だ?事件のことをかぎ回っていたからその口封じか?
振り向こうにも背中で腕を固定されて動けない。完全に身動きを封じられてしまった。
ふー、ふー、と暴れたために息が乱れて荒い息を鼻でする。
だがその状態のままでしばらくいた後、また唐突に目を塞がれて体を回転させられた。両手を頭上で固定されて、そして口に何かが覆いかぶさって塞がれた。
なんだ!?と思っていれば、それは誰かの口だった。
口付けられている?何故?相手はどう考えても男だ。自分よりも体格の良いであろう体つき、身長、力、何をとっても相手は男だ。
男が男である自分に口付けている?どうしてだ、自分で言っちゃなんだがあまり見目麗しい方ではない。これがユキのような美しい人間ならば話は別だが。
口付けは続く。息ができない、乱れる、声が漏れる。
長い間その状態でいたが、やっと口だけは開放された。体の拘束は解かれなかったが、それでもやっと楽に息ができるようになって安堵する。

「はあ、はあっ、だ、誰だ?ど、して、俺を、はあ、はあ、」

息をしながら問うたが、相手からは何の返事もない。
しかし、こんな突飛な状況に陥ったというのに杖彦は何故だか身の危険という意識が薄れていくのに気が付いた。
アスマの言う忍びとしての力というやつだろうか?

「あなたは誰なんですか?どうして、俺を?」

ふっと体の拘束が解けた、と同時に人の気配も霧のように消えうせてしまった。
杖彦は慌てて目を開けたがそこに人の姿はなかった。口をぬぐうと唾液で濡れていた。
腫れぼったくなってしまった自分の唇を指でなぞって杖彦は空を見上げた。
どこまでも続く快晴は、杖彦の心の内までは晴れさせてはくれなかった。