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数日後、アスマたちによる事情聴取は終わった。結果犯人らしき人物を特定する証言は得られなかった。 杖彦はあれからユキの所へ何度か行こうと思ったが、そのたびに何故か踏みとどまってしまう。 「でよ、杖彦はどう思う?」 アスマに問いかけけられて杖彦はびくっ、と体を揺らした。 「なんだ、聞いてなかったのか?」 「すみません。なんでしょう?」 アスマの言葉に杖彦は素直に謝った。 「うん、まあ、なかなか劇的な成果はでてないからなあ。でもある程度は人間も絞れてきた。しらみつぶしに検証してさらに犯人である確率の高い者に絞っていく。その上でまた事情聴取する。地道だがそれ以外に方法もない。本当は自首してもらうのがいいんだがな。その方が罪も軽くなるし、これ以外に何か思いつく方法はあるか?」 「いえ、特には思いつきません。」 「そうか、うん、分かった。今日も足運ばせちまって悪かったな。」 あれから、アスマたちとは一日に一度は連絡を取るようにしている。事件のことについてもだが、杖彦の様子も確認したいのが理由らしい。 「で、記憶に関して何か変わったことはなかったか?」 「いえ、そちらも特には。」 「そうか、すまねえな、お前のこと話してやれなくて。」 アスマの言葉に杖彦はいいえ、と柔和な笑みを浮かべて立ち上がった。そして玄関先へと向かった。 「あー、そういえばなあ、」 見送ってくれるつもりなのか、アスマが玄関先までついてきた。 「なにか?」 「気をつけて帰れよ。」 アスマの言葉に杖彦は笑った。 「か弱い女性ならはいざ知らず、男にその言い草はないでしょ?」 「お前だから言ってんだよ、そろそろ着いてもおかしくないだけの日数が過ぎた。」 ぼそぼそとしたアスマの言葉が聞き取れなくて杖彦は首をかしげた。 「何かおっしゃいました?」 「いや、なんでもない。じゃあまたな。」 「ええ、おやすみなさい。」 杖彦は小屋を後にした。イノは夕飯の調達とやらで不在だった。むしろ自分よりもあの少女の方が心配だと思った。でもまあ、木の葉の忍びと言うからにはきっと村人の誰よりも逞しいのだろうが。 「あんた、一体何者なんだ?どうして俺にこんなことするんだ?」 後ろにいる男は杖彦の体と密着して、そして杖彦の服の中に手を突っ込んだ。 「や、やめてくれっ、こ、こんなところで、いやだっ、」 ぴたりと手が止まった。 「こんなところじゃなかったらいいの?へえ、誰にでもそんな体なの?淫売っ。」 初めて男の声を聞いた。耳に響く低い声。だがその言葉の意味に杖彦の体が小刻みに震えだした。顔が火照る、視界が潤む。自分は男だ、こんなこと言われたって相手が変態だと思えばどうってことない。平気だ、大したことじゃない。男なんだから、男なんだから。 「ふ、ううっ、うっ、」 声を押し殺して杖彦は涙を流す。泣くな、泣くんじゃない。けれど嗚咽が止まらない。どうしたというのだろう、自分はこんなに弱い人間だったろうか、こんな見も知らない男に言われた言葉ひとつでこんなに心が千々に乱れるなどと。 「ごめん、言い過ぎた。心にもないことを言葉にした。本気じゃなかったんだ。ごめん、ごめん、ごめんね、」 耳元の声は切ないまでに杖彦に許しを請い、こちらが口を開こうとしたところで、寺の時のように気配は唐突に霧散してしまった。 声の主は、悔やんでいたようだった。杖彦に言った言葉に自分で傷ついていたような気がする。もしかしたら杖彦以上に。 「らしくない、な。」 恋する娘などとんでもない。ただ、あの人がまた現れたときはもう少し会話をしたい。声を出せるのだから話をすることはできるはずだ。 「俺は、本当にどうしちまったのやら。」 杖彦は困ったように笑いながら歩いていったのだった。
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