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それからほどなくしてアスマとイノがやってきた。杖彦が一人勝手に突っ走ったことはあとで説教することにして、とりあえずユキの話が先だと鳴瀬家の座敷でみなが集まって話すこととなったのだ。タエも一応座敷に連れてこられたが、まだ意識は回復していない。 「まず最初に、私が男であるという事実を認識してください。」 ユキの言葉にアスマとイノが頷いた。 「タクミは外の学校で農業を学んでいたんです。同じ学校に私もいて、そして付き合いだして一緒になったんです。タクミは長男で実家の家業をどうしても継がなくてはならなかった。けれど私以外の者と一緒になるつもりはないと断固とした態度を家族に取りました。随分ともめました。当たり前です、私は男ですから。中でもタエさんの拒絶は激しいものでした。元々お兄ちゃん子だったこともあって、男同士の恋愛というものに強い反感を持っていたのでしょう。表面上は気にしないふりをしていましたが、私を見る目には強い嫌悪が表れていました。私もタクミも家族に素直に受け入れられるとは思っていませんでしたからそれも仕方のないことだと思ってほとぼりが冷めるのを待っていたんです。ですが数ヶ月前に私が妊娠したという噂がどこからともなく流れました。」 杖彦は首を傾げた。 「妊娠したと言ったのはユキさん本人じゃないんですか?」 「違います。誰かが故意に流したのだろうと思います。今から思えば、タエさんが流したのかもしれません。先ほどの話しから言っても全てを知って事を起こしたような口ぶりでしたから。」 「するってえと、妊娠したのが嘘だとばれないようにあの女性を村に呼び寄せたってことなのか?」 アスマの言葉にユキはうつむき加減になった。ひざの上の手がぎゅっと力をこめて握られる。辛い話なのだろう。 「ここからは俺が話す。」 タクミが憮然とした態度で話し出した。 「彼女の名前はハルナ。俺たちの同級生だった。いつも一緒になってつるんでた女友達だった。奔放な性格でふらふらとしていることが多かった奴で、年に一度手紙が来ればましだと言う感じだった。ユキが妊娠しているという噂が流れていてもうどうしようもなくなり、このままではいずれ村を出るかとまで考えていたその頃、ハルナから手紙をもらったんだ。子供ができたというものだった。父親は知らないのか明かしたくないのか分からなかったが、一人で子供を育てたいが親はあてにならないので出産するまで居候させてほしいというものだった。俺たちはこれはチャンスだと考えた。ハルナには悪いが子供をユキが産んだ子供と言うことにして引き取らせてもらえないかと。手紙だけのやり取りが数回続いて、ハルナは俺たちの意見に頷いてくれた、村に滞在して出産するわけにはいかないからどこか別の場所で落ち着いて出産することにしようと言うことになって、細かいことを話し合うためにハルナを村に呼んだんだ。そしてあの日、殺された。」 タクミの言葉に一同は静かになった。 「ハルナは何も悪くなかった。それなのに殺されてしまった、私のせいで。それなのに彼女を知り合いとも言えず、知らないふりをしなければならなかった。墓に名も記してもらえない彼女と、そしてお腹の中の子供のことを思うとどうにも苦しくて、それでお葬式に参列むさせてもらったんです。」 ユキの言葉にアスマがそうか、と言って杖彦のほうを見た。このことも報告してなかったのだ。あとでしかられるかもしれない。 「しかしどうしてタエはハルナがユキの身代わりで来たことを知ったんだ?」 「このことは、鳴瀬家の者全員にだけは知らせていました。ですから、犯人がいるとしたら鳴瀬家の人間だろうとは思っていました。ですから何も言えなかった。今まで黙っていてすみませんでした。」 ユキは深く頭を下げた。タクミはうなだれている。同席していたカナエも目を伏せて気落ちしている。 「依頼は犯人を捕まえろってことだけだ。だからタエの身柄を連行する。あとのことは自分たちで解決してくれ、俺は知らねえよ。」 アスマは立ち上がった。そして畳みの上に転がっていたタエを肩に担いだ。イノもアスマに続く。杖彦も立ち上がろうとした所でアスマに制止された。 「お前はまだ話したいことがあるんだろ、顔に書いてあるぜ。」 杖彦は苦笑した。 「すみません、お叱りは後で聞きますから。」 「もういい、事件は解決したからな。俺たちは一足先に里に帰ってる。お前も後から来い。」 「あの、来いと言われても、道も里の中のことも分からないんですけど。」 「案内役はもう来てる、そいつに案内してもらえ。俺はとばっちりを食うのは嫌だからな。さっさと帰るぞ、イノ。」 「はい、じゃあ先生、また里で。」 イノはそう言ってにこりと微笑んだ。そして彼らは行ってしまった。 その姿を見送って、杖彦は首をかしげた。 「せんせい?私が?」 「あの、杖彦さん。」 ユキに声をかけられて杖彦は意識をユキに向けた。 「今まで、本当にすみませんでした。私も心の中では苦しかった、きっとタクミも義母さんも。タエさんをあそこまで追い詰めたのは私です。女と偽らずにいたならば、ここまでの惨劇は起きなかったでしょう。ですから私は、もう隠さずに生きていきます。人からどんな目で見られてもいい、だって、私は、僕は男だから。」 ユキはにこりと微笑んだ。その顔に儚さはなかった。 何故今まで儚げな人と思っていたのか、こんなにもこの人は強く生きることができる人なのに。 「タクミ、ごめん、僕は、」 「いいんだ。いや、謝らなければならないのは俺の方だ。お前にも、タエにも。だがお前と共に生きていくことに今も後悔はない。一緒に生きていってくれるならば、いいんだ。おふくろ、すまないが俺は一生を独身で過ごす。嫁はとらない。」 カナエは少し離れたところで小さく頷いた。 「息子が二人になるだけよ。心強いわ、うちは女系家族だから。タエが帰ってきたら驚かせてやりましょう。」 そう言って笑った。 「聞いてもいいですか?私と同じ匂いがするとおっしゃっていましたが、それはどういう意味だったのです?」 ユキは困ったように笑って、そして言った。 「あなたも、愛する人が同じ性なのではないかと、そう思ったのです。」 それを聞いて杖彦は息を大きく吸って、深く深く吐いた。 「どうか、あなたがたご家族に幸多かんことを。」 そして、杖彦は鳴瀬家を後にした。 「探したよ、イルカ先生。」 男の声に杖彦は瞑目した。そして再び目を見開き逸らさず直視してその名を呼んだ。 「カカシさん。」
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