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実はカカシはとっても弱かった。
父親が高名な忍びであったことから幼少時代から期待の目で見られ、何故か産まれたときから神童と言われてきた。
実際はまあ、割りと普通の子であった。
が、周りの間違った認識も手伝って、アカデミーを特進で卒業できてしまい、その年の中忍試験が筆記試験のみでしかも○×問題だけだったことから偶然にも中忍に合格してしまい、上忍師だった男が戦闘においては優秀だったものの、その他においてはまったくどうにもならない程おっちょこちょいだったため、カカシの上忍が書類上で決まってしまった。この頃になるとさすがに3代目火影もカカシの実力に気付き、慌てて上忍の肩書きの取り消しをしようとしたが、すでにカカシの名前は里中に轟き、何故かビンゴブックにまで載ってしまい、実は弱い下忍並の実力しかないと言おうものなら他里との力の均衡が保てなくなるほど間違った認識を植え付けられてしまっていた。
こうなってしまってはおいそれとカカシを下忍に降格することはできない。仕方ないので暗部預かりとし、任務は極秘裏の、だが下忍ができるような任務を宛った。そんなわけでほとんど暗部の仲間と行動を共にもしないものだからカカシはいつも単独のS級任務をしているとまた誤解が生まれて、もはやどうにも修復不可能になってしまったのであった。
里一番の技師として里の誉れと名高い男は、実は最弱だったのであった。
カカシの実際の姿を知っている者は、ほんの数名だけである。
ある日、カカシは受付へとやってきた。いつもはカカシの事情もあって火影に直接報告書を提出するのだが、今日は火影が里に出ていたため、書類だけ封筒に入れて見えないようにして受付に渡すように言われていたのであった。
報告書一つを提出するのもひと苦労なカカシである。火影の髪の生え際がやばくなってきているのに荷担しているのは間違いない。
「お疲れ様です。火影様から伺っています。報告書お預かりします。」
髪を一本で縛り、顔の中央に傷のある男を見た瞬間、カカシは硬直した。
どっきーん。
カカシは狼狽した。なんだ、なんだこれ、すごい心臓がドクドク言ってる。う、うわ、なんか顔まで熱くなって!!
「あの、はたけ上忍、どうかしましたか?」
男が不思議そうにこちらを見ている。ネームプレートを見ると担当職員海野イルカとなっている。覚えたっ、これで覚えたぞっ!!
「い、いえ、なんでもないんで、これで失礼しますっ!!」
カカシは封筒を無理矢理押しつけると猛ダッシュで受付から出て行った。
なんだこれなんだこれ、どうしようっ!!
初めての経験にカカシはパニック状態だった。
そう、カカシは恋に落ちてしまったのだった。一目惚れだった。
カカシは早速アスマに報告することにした。
アスマは火影の子で、カカシの実状を知っている数少ない同世代の男である。
飲み屋でカカシは一番安い酒の熱燗をちびりちびりと飲みながら語り出した。
「そんなわけで、俺、どうしよう。こんなの初めてで、どうしたらいいのかな。」
「どうしたらって、お前の好きなようにしたらいいだろ?」
アスマはビールをごきゅごきゅと飲み干した。
「まっ、お前の初恋祝いってことでここは驕ってやる。最近ちゃんと食ってんのか?また一段と痩せたんじゃねえのか?」
「あ、うん、ちょっと最近野菜の価格が高騰してて、一日2食の生活してるからかな。」
てへへ、とカカシは笑った。
それを見てアスマは店の人間にどんどん持ってこいっ!と声をかけた。
実はカカシの給料は下忍並である。
肩書きが上忍なだけで実力が下忍並なのだから給料も下忍並みで当たり前なのだが、独り身の成人男性が下忍の給料だけで食べてくには少々厳しく、カカシの生活は景気のあおりを受けるととすぐに倒壊してしまうような生活を送らざるを得なかったのだった。
「好きなら告白すればいいんだろうけど、お前の場合特殊な状況だからなあ。そのイルカって奴が地位や名誉にあんまりこだわりのある人間じゃなけりゃいいんだがな。ま、あとはお前、顔もちっとはいいから、それを全面にプッシュすればもしかしたらいけるかもなあ。」
アスマはため息を吐いてやってきたつくねに食いついたのだった。
カカシは顔か、と自分の唇に触れた。
実は今までも女性に告白されたことはある。だが、カカシは付き合う気になれなかった。みなカカシの名前だけが好きだったからだ。本当のカカシを好きになってくれる人間なんてこの先いないだろうなあ、と思っていたが、よもや自分の方から好きになる人が現れるなんて、驚きだ。
そして数日が過ぎ、カカシはイルカを呼び出した。あれから色々考えたものの、日に日に好きになっていく気持ちが抑えられなくなっていたのだ。重傷である。
待ち合わせ場所は公園の大木である。時間になって行くとイルカはもうすでに来ていた。
ちゃんと来てくれた!それだけでカカシは踊り出したいくらい嬉しくなった。
「あのっ、海野イルカさん。」
カカシの登場にイルカはにこりと微笑んだ。
「こんにちは、はたけ上忍。今日はどのようなご用件でしょうか?」
あたたかい微笑みにカカシは途端、顔を真っ赤にした。本人を前にしたらああ言おう、こう言おうと思っていたことが口から出ない。緊張して心臓が跳ね上がる。
「あの、俺は、その、」
手を無意味にグーパーグーパーして、やがてカカシは決意してイルカの目を真っ直ぐに見つめた。
「あなたが好きですっ、どうか俺とおつき合いしてくださいっ。」
言えたっ!!カカシはその場にへたり込みそうだった。今日の自分はBランク任務を1人で初めてがんばった時よりも輝いていると褒めてやりたいくらいだった。
イルカはほんのりと頬を染めて言った。
「あの、嬉しいです。はたけ上忍にそう言ってもらえるなんて。」
まったくもってイルカからそんな言葉が聞けるとは思っていなかったカカシは呆然とした。
「あの、それって、」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
微笑まれてカカシは涙が出そうになった。こんなに幸せでいいのっ!?この後突然死でもしちゃうんじゃないかと思うほどの幸福感で一杯だった。
「えっ、あのっ、それじゃあ、」
「男性とおつき合いをするのは初めてなのでよく分からないのですが、ゆっくりと歩み寄っていきましょうね。」
そう言われて手を差し出されて、カカシは両手でその手をつかんだ。
「はいっ、ゆっくり一緒に行きましょう。俺もはじめてなんですっ!!」
本当に初めてだった。人と付き合うということ自体が。そんなわけでカカシは童貞だったりするがそんなことは本人にとっちゃどうでもいいことである。
今はただ、イルカの温かい手をつかんで、ただただ感激と興奮で涙が出ないように堪えるので精一杯のカカシだったのだった。
しかし幸せは長く続かなかった。
イルカと付き合いだして数ヶ月後、カカシは受付の近くで数人の男たちが話しているのを立ち聞きしてしまった。
「しっかしイルカの奴もうまくやったよなあ。」
「あのはたけ上忍の情人だもんなあ、玉の輿だよなぁ。」
「あいつ、金にがめついからなあ。ちくしょうっ、これでもう人生は安泰だよなぁ。なにせはたけ上忍ほどの人なら俺らの年収の何倍、いや、何十倍か?それだけありゃあ遊んで暮らせるもんなあ。しかも上忍で危険な任務をもらうからきっと早死にするだろうし、保険もがっぽがっぽかよ。」
「あ、その手もあったか。確かはたけ上忍って独り身だし親戚筋もいないって話しだから、今一番はたけ上忍の近くにいる奴って言えばイルカだもんなあ。いいなあ、俺も札束で往復ビンタされてみてえよ。」
あはははは、と笑い声が続いた。
カカシはそっとその場から離れた。
ど、どうしよう、イルカはカカシをお金持ちだと思っているのだろうか。まずい、自分の年収はぶっちゃけ中忍の彼の何分の一、いや、何十分の一だ。とてもじゃないが想像上のお金なんて出せないし、しかも自分の生活でいっぱいいっぱいだ。
保険、保険って入ってたっけ?自分では加入していなかったような気がする。あ、もしかしたら親父が入ってたの契約切れてなかったら大丈夫かな?そういった手続きした覚えがないし。
カカシは焦りまくった。お金がない自分を知られたらイルカは自分を嫌いになってしまうかもしれない。そう思うと哀しくて仕方がない。
家に帰って早速重要な書類の入っているケースをひっくり返して保険に関する資料を漁ったが、どうやら継続されている保険は一種類でカカシが任務で死亡した時に支給されるものであった。
額はそれなりに多い。しかしこれをイルカにあげるためには自分は死ななくてはならない。それはちょっと困る。だがまあ、これから任務をする上で死ぬこともあるんだから、受取人の変更だけはしておこうとカカシは早速手配した。
が、それだけではお金は入ってこない。任務をしないことにはお金は入ってこないのだ。宝くじなんてやっても当たるかどうか分からないし。
カカシはいつも任務をくれる火影の家へと向かった。
「火影様っ!!」
「む、なんじゃカカシ。一緒にお茶でも飲むか?貰い物だがこのせんべいはうまいぞ。」
縁側で梅昆布茶を飲んでいた火影は菓子入れのせんべいをカカシに差し出した。
馬鹿な子ほどかわいいとはよく言ったもので、火影はこの最弱の上忍を結構かわいがっていたのであった。
「Sランクの任務をくださいっ!!」
が、カカシの発言に火影は飲んでいたお茶を吹き出した。
「な、なんじゃ藪から棒に、お主にSランクなど無理に決まっておろう。何を血迷っておる。」
「どうしてもしたいんです。どうかやらせてください。」
「ならん、わざわざ死に行かせるようなものをどうして出せる。」
「やりたいんです。」
「だからだめじゃと言うに。一度頭を冷やして来い。書でもしたためて心を落ち着かせるのはどうじゃ?和むぞ。それからまた出直してこい。良いな?」
書道好きな火影はそう言って菓子を包んでもたせてやってカカシを帰らせたのであった。
カカシはとぼとぼと歩いて家に帰った。そして言われたとおりに書をしたためた。イルカへのラブレターである。それくらいしか今の自分は書くことがない、と、言うか書けない。
イルカのことが好きで好きで嫌われたくなくて他のことが考えられないのだ。
しかし好きになってもらうためにはお金をもらわなくてはならない。
カカシは再び火影の家へと行こうと思ったが、どうせまた断られるに決まっている。
が、もしかしたら受付でカカシに任務をくれる人がいるかもしれない。
思いついてカカシは早速受付へと向かった。
はたして、そこにはカカシ宛てのSランク任務が舞い込んできた所であった。
実はカカシ指名の任務は結構入ってくるのだが、本人がやるわけにはいかないのでいつも別の人間がやっているのである。そんなこととは誰も知らず、丁度その場にカカシがやってきたことから受付の人間はカカシに声をかけた。
「はたけ上忍、指名の任務があるのですが、お願いできますか?」
依頼書を見せられて一瞬見ただけでは内容がまったく解読できなかったカカシだが、
「ああ、うん。大丈夫。今から行くよ。」
と言って依頼書を受け取って受付を出て行ったのだった。
後に残った受付所では難解なSランク任務を簡単に引き受けてしまえるカカシにますます羨望の眼差しが向けられることとなったのであった。
一方カカシはドキドキしながら自宅へと帰った。よくよく見た依頼書によれば、とある城から巻物を奪取せよとのことである。カカシでも聞いたことのある難攻不落の有名な城である。
はっきり言って無理である。だがやるしかない。報酬はカカシの年収の数倍。これならきっと喜んでくれるに違いない。
カカシは準備を整えるとそのまま任務へと出かけていったのだった。
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