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約束をしていました。 「ぶえっくしょいっ!!」 ふぐふぐと鼻をすすってイルカは両腕をさすった。今日はやけに冷えるぜ、こんな日は熱燗できゅーっと一杯やりたいもんだ。 「お疲れ様です、報告書、お預かりします。」 イルカがにこりと微笑むと男は無言でイルカの前に報告書を差し出した。イルカは受け取った報告書をすらすらと目で通して必要箇所の記入を確認してはんこを押した。 「はい、確かに受領いたしました。お疲れ様でした。」 イルカが笑みを浮かべて言うと、男は首を傾げた。イルカも傾げる。 「どうかしました?」 「あんた、どっかで見たことある気がするんだけど。」 「そりゃあ、俺は生まれも育ちも木の葉ですからね、どこかで見たことある顔かもしれないですけど?」 イルカの言葉に男はそうだねぇ、とぼりぼり後頭部を掻いた。 「じゃあ帰るわ。」 男は眠そうな目であさってのほうを見てから背中を向けた。 「はい、おやすみなさい。」 イルカは笑みを浮かべたまま言って報告書を専用のボックスに入れた。男は受付から去っていった。 「ごめんなさい。」 口から洩れた言葉は誰に聞かれることも無く、しんしんと降り続く木の葉の雪夜に消えていった。 翌日、降り積もった雪に子供たちは喜び勇んでその日の授業は急遽雪遊びとなった。 「ずりいぞイルカ先生っ、大人が参加なんかしていいのかってばよっ!」 「いいに決まってんだろっ、悔しかったらお前に限り分身の術を使って複数で攻撃してきてもいいぞ?」 にま〜っとして言ってやれば、分身の術が大の苦手の生徒がくっそーっ、とわめきながらも雪球を投げつけてくる。 「ぶっ、つめてっ、卑怯だぞっ、正々堂々勝負しやがれっ!」 「いや、ちゃんと真正面に立ってるだろ、これ以上正々堂々してちゃいかんだろ、むしろ忍びらしく忍んで戦った方が授業になるんだがなあ。」 イルカはとほほ、とため息を付いた。 「今度こそ先生をぎゃふんと言わせてやるってばよ。」 きしし、と笑って金色の頭を揺らして雪球を抱えたナルトがイルカに向かって軌道が見えきっている雪球を投げつけてくる。 「へっへー、やったってばよっ、イルカ先生に当ててやったぜっ!」 ぼんやりとしていてナルトの雪球に当たってしまったらしい。いかんな、昨日、久しぶりにあの人を間近で見てしまったから動揺しているのだろう。 「ばーか、今のはわざとあたってやったんだ。お前があんまり必死になってるから仏心ってやつだな、うん。」 「え゛ー、なんだよそれっ、ちっくしょーっ、」 ナルトは意地になって雪球を投げつけてくる。イルカはそれに対抗して投げてやる。そんな光景が他の子供たちの目にも面白くなって映ったのか、最初はナルトだけだった対戦相手がどんどん膨れていって、とうとうイルカ対生徒たちという構図になってしまった。 昼休みになって、さすがに体力とチャクラを使いすぎたイルカは食堂で冷たいスポーツドリンクをぐびぐびと飲み干した。 「何か御用ですか?」 イルカはご飯茶碗を持ったまま笑顔で男に問いかけた。 「あんた、海野イルカって言うんだってね。昨日はじめて知ったよ。」 「戦忍の方は、そうかもしれませんね。俺はずっと里の内部で仕事をしていましたし、受付業務は昨日がはじめてでしたから、あなたともはじめてお会いしたとしても不思議じゃあない。」 男はイルカの横に座った。イルカは遠慮もせずに大根と油揚げの味噌汁に箸をつける。 「この里に海野の姓はあんただけだそうだね。」 「へえ、そうなんですか。ありきたりな名前だと思ってましたけど、そうでもなかったんですねえ。ま、これからは貴重な名前だって飲み会のときにでも自慢しますよ。」 イルカはからからと笑った。 「ツバキって女の子、知らない?」 イルカはうーん、と考え込んでから、ゆっくりと男に向かって顔を向けた。 「以前、俺の遠縁の子にそんな名前の子がいました。けれど、九尾の災厄の時に命を落としました。そのご両親も一緒に。」 「慰霊碑に名前がなかったけど?」 「慰霊碑は里の英雄である任務で殉死した者たちの名を残す所です。アカデミー生だった彼女は慰霊碑に英雄として名が刻まれることはありません。一般の墓ならありますから案内しましょうか?と、言うか失礼ながらツバキとあなたはどのようなご関係だったんですか?ツバキが死んだのはもう12年も前のことです。幼少時にお付き合いでもあったんですか?」 イルカの言葉に男は苦しげにため息を付いた。 「ツバキは、俺の許婚です。」 その言葉にイルカは息を呑んだ。そして茶碗と箸をテーブルに置いた。 「そうでしたか。墓参り、付き合いますからいつでも言ってください。時間作りますし。」 イルカの言葉に男は初めて少し笑みを浮かべた。悲しげなものではあったが。 「お願いします。今度の土曜日でもいいですか?」 「あー、はい、いいですよ。午後からなら大丈夫です。待ち合わせは噴水公園でいいですか?そこからなら墓場まで近いんで。」 「わかりました。お手数おかけしますがお願いします。ああ、そうだ、すみません、一人で突っ走ってしまって。俺ははたけカカシと言います。花はこちらで持参しますから、土曜日、お願いしますね。」 「はい、分かりました。」 カカシは頷くとそのまま食堂から去っていった。 「まだ、覚えてたのか。」
土曜日、イルカは噴水公園のシンボルである噴水の前に立っていた。数日前に降っていた雪がまだ残っている。息は白くならないが指先が冷たい。手袋でもしてこればよかったか、しかし押入れの奥にしまってあって取り出すのに苦労しそうだ。しかも去年、指先が何かに引っかかって穴が開いてしまって捨てたような気もする。墓参りの帰りにでも買いに行こうか。そんなことを考えている間にカカシが向こうからやってきた。 「こんにちは、イルカ先生。今日は晴れてよかったですね。」 「ええ、そうですね。あの、ところでその花がお墓に供える花ですか?」 「ええ、ツバキの名前と同じ花です。あの子は気が強くて元気だったから、椿の花も負けないくらい赤くて元気いいのを選びました。」 真紅の艶やかな花弁が幾重にも重なったその花は、存在感が強く圧倒されるようだった。イルカはそうですか、とつぶやいてカカシに背を向けた。 「じゃあ行きましょうか。日が沈むのが早くなってきましたし、すぐに日が沈みますよ。」 イルカは歩き出した。その後をカカシがついてくる。 「ここです、どうぞ。」 イルカは案内すると邪魔にならないように下がった。 カカシはじっと墓石を見つめ、そこに目当ての名があるのを確認して深く深く瞑目した。そしてそっと墓の前に花を置き、手を合わせた。 「ツバキもきっと喜んでいますよ、許婚が会いに来てくれて。」 「そう、思っているといいですが。俺は迎えに来るのが遅すぎたんでしょうか。ようやくずっと里にいられるようになって身を固められると思っていたのに、想い人は隠れてしまった。」 カカシは空を見上げて深く息を吐き出した。 「帰ります。今日は案内していただいてありがとうございました。」 「いえ、こちらこそ会いに来て下ってありがとうございました。」 カカシはイルカに頭を下げるとそのまま墓所から去っていった。 「触る資格なんか、俺にはないのにな。」 イルカは虚ろな笑みを浮かべて自分も墓所から去って行ったのだった。 それから当初予定していた手袋を買いに商店街へと向かった。 エリートだから好きになったわけじゃない、許婚だから好きになったわけじゃない。
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