− 魂合い −






死のう。
そう思ったのは何も昨日今日の話しではない。
煮え切らないあの人、そしてこの状況。世間にももう知られている。侮蔑の目を向けられることに慣れてしまう程だ。
どうでも良くなったわけではない。あの人に向けるこの思いも、あの人の眼差しも全てが愛おしい。そして、苦しい。
俺とカカシさんとは不倫関係にあった。奥さんはとてもいい人だ。愛人の俺にも優しい。あの人は一度流産して子どもの産めない身体で、そのことでいつも夫であるカカシさんに負い目を持っていて、夫には自由に人生を謳歌してほしいと思っているらしい。カカシさんはそう言って切なげに笑っていたことがあった。
直接話したことはないけれど、それは本当のことだと思う。
たまに外に出る時、カカシさんはお弁当を持参する時があった。俺にもどうぞ、と言う意味らしかった。
そのお弁当は本当に美味しくて、一人暮らしの長かった俺には真似できない程で。
最初は劣等感にも似た感情があったが、それが回数を増やし、俺の好物や、俺の独り身を案じてであろう、手みやげの食べ物までもらうようになると、自然とそれは本当に俺に食べてもらいたくて作っているのだと言うことが解ってきた。
優しい奥さん、なのに俺と不倫しているカカシさん。
カカシさんは言う。
俺も妻も愛していると、どちらか一方を切り捨てて取ることはできないと。
理解できる。が、納得はできない。
俺はいつも苛々していた。

 

最初にカカシさんと会ったのは戦場だった。
俺にとってあの人は憧れだった。齢40を過ぎても力衰えることなく仲間を勝利へと導く様は闘神のようだった。
戦場で彼の部下になって、俺はその懐の暖かさにも感嘆した。仲間思いでいつも正しい方向へと導いてくれる。温かい眼差し、そして何よりも強く逞しい。
きっと父さんってこんな感じなんだろうな、と思っていた。
俺は生まれてすぐに両親に死なれ、一人で生きてきた。
父というものを知らない。母というものを知らない。
俺はつい、カカシさんを父のように見てしまっていた。そしてカカシさんはそんな俺の感情に気付いてしまった。
カカシさんは親子のように俺に接してくれた。一介の中忍である俺に対してそれは過剰とも言えるほどのスキンシップで、周りの目は少々冷たいものだったが、俺は嬉しかった。純粋にカカシさんとの親子のような関係が楽しくて嬉しくて、泣きそうだった。
だが、いつからか俺はただの親子関係では満足ができなくなっていった。
俺は『父』ではなく、一人の人間としてのカカシさんがどうしようもなく好きになっていったのだ。
最初は誤魔化しが効いた。けれど日を追う毎に俺の心の内は嵐が吹き荒れ、身が凍えそうな程に辛かった。
そして、とうとう言ってしまったのだ。
あなたが好きです、と。
カカシさんは困ったように笑った。そして至極真剣な表情で言ったのだ。
心の内を正直に言ってしまえば、自分も愛している。それは親子のようなものではなく一人の男として、肉体関係を含む愛情だ、と。
だが、自分から言うことはできなかった。自分には妻がいる。けれど愛してしまったものはしょうがないのだ。どうしようもない。
そう、どうしようもない。俺たちは両思いだったけれど、どうしようもなく暗闇の中にいるのだ。
それからの俺とカカシさんは愛人関係でずっとやってきた。
苦しい苦しい恋情だった。
そして、俺はとうとう限界がきてしまったのだ。
里の誉れと謳われていたはずなのに中傷されるカカシさん、軽蔑の眼差しに怯える俺。もう、耐えられなかった。
もう沢山だ、こんなのはもう、ごめんなんだ。

 

そして今日、いつものようにカカシさんは俺の部屋にいた。いつものように彼の好きな銘柄のお茶を煎れて、それは穏やかな一時だった。
他の冷たい目もなく、ただ二人だけの世界。
けれど、朝になればまた辛い一日が始まる。

「カカシさん。」

俺は声をかける。彼は顔を上げて俺を見上げる。

「あなたを愛してるんです。心の底から。」

言うとカカシさんは嬉しそうに笑う。本当に嬉しそうに。
俺は持っていたクナイで自分の喉を突いた。
殺気も何も出さないようにしていたからカカシさんは気付かなかったろう。
それでいい。俺は、本当にもう、疲れてしまったのだ。
ただ、あなたを愛したいだけだったのに。
倒れるべき俺の身体は畳みには倒れず、カカシさんの両手に抱きかかえられていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい。俺たちが、もう少し早く出会っていたら。」

カカシさんは泣いていた。何を言っているんだ。俺たちはちゃんと出会ったじゃないか。あなたには奥さんもいて、俺はただの中忍で、身分も全然釣り合わないけれど、あなたと会えた。それは本当に偶然の産物なんだ。それは奇蹟にも似た出会いだった。
けれど、俺は耐えられなかった。ただそれだけ。

「お前を、愛しているよ。イルカ。」

名を呼ばれて俺は微笑んだ。カカシさんは決意したように頷くと印を結び始めた。
何をしている?見たことのない印だ。
薄れていく意識の中で、俺はそう言えば、と思った。
カカシさんが謝罪の言葉を述べたのは、初めてだった。
いつも堂々としていて、誰に何を言われてもどこ吹く風で、悪びれもせず飄々としているのが常の彼の姿だったはずなのに。
どんどん暗くなっていく。
俺は、死ぬんだ。