− 魂合い −






イルカさんの足に頭を乗せて枕にして寝転がった俺は、真上にあるイルカさんの顔をじっと見つめた。
ちっきしょう、髪降ろしてこないでよっ、誘惑してんのっ!?
今日は疲れてないとか言ったけど、実は結構疲れてます。そりゃそうでしょ、なんたって一週間はかかる所を5日で終わらせてきたんだからね。
それだけイルカさん、あなたに会いたかったんだよ、愛しちゃってるでしょ、俺!!って言いたかったけど、今日のイルカさんはちょっと思い詰めた表情をしていたから、我慢した。久しぶりに夜もいちゃいちゃしましょー!!とも言いたかったが今日は我慢しよう。
教員試験、落ちちゃったのかあ。まあ、アカデミーは里の未来を担う子どもたちを教育する場所だから、その子どもたちを指導するに当たる人物になるための試験は生半可なものではないはずだ。それこそかなりの努力をしなければだめだ。忍びとして立派な者がなれるわけじゃない。知識や人格、里に対する忠誠心なんかも査定に入ると聞いたことがある。いざとなったら子どもたちを守れるだけの力もなくてはならない。
それを思えば俺みたいにただただ戦忍として力があるだけの忍びは問題外だろう。
イルカさんにいいアドバイスもできないんだな、俺。情けないねえ、伴侶に対して何もできないって。

「あの、カカシさん、今日は、その、しないんですか?」

俺は目を大きく見開いた。イルカさんを見ると、顔が真っ赤だった。視線が彷徨っている。
イルカさんから誘ってくれたことって今までなかったんじゃない!?うわー、どうしよう、今日は初めて記念日だーい!やったー!!
でも、今日はやめとこう。なんかイルカさんの様子がいつもと違うしね。本人は気付いてないと思うけど、かなり疲れた顔してるよ。風呂に入った後でもまだ疲れが残っているような顔。かなりのショックだったんだろうなあ、試験に落ちたこと。
俺は起きあがってイルカさんの手を取った。

「今日は、一緒にベッドで横になりましょうよ。」

「え、でも、」

イルカさんはちょっと驚いている。まあね、俺はどちらかと言うといつでもどこでも愛したいって思ってるからね。こうやって久しぶりに会う日なんかは必ず愛し合いたいと思っている。イルカさんもいつものそんな俺を知っているから誘う言葉をかけてくれたんだろうけれど。
でも、ま、ただ寄り添って眠りに就くってのも悪くないもんだよ。

「はは、言った手前恥ずかしいんだけど。実はちょっと疲れてて、今日はくたくたなんでーす。」

俺はにこっと笑った。イルカさんはそうなんですか、と気付かなかった自分を少しばかり恥じ入るように苦笑した。ごめーんね、そんな顔させちゃって。
俺とイルカさんは手を繋いで寝室へと向かった。そして身体をくっつけて布団をかぶった。
静かな部屋で二人きり、ふふ、なんでもないようなことだけど、これってすごいことだよ。
俺はどんな相手でもここまで気を許した人はいないからね。だからイルカさんだけが特別。
大好き。
ま、イルカさんを思う気持ちは何もふわふわした幸せすぎて困っちゃうー!って気持ちだけじゃないけどね。色々とショックだったこともある。ほとんど許容範囲だけどね。
イルカさんは変なところで融通効かないし、料理は結構がさつだった。ま、男なんてそんなもんだろうけど。
でも、一番にショックだったのは、ちょっと慣れてたこと、かな。
いやいやいやいやいや、俺だって成年男子だし?それなりに経験あるよ?イルカさんだってまったく経験がないってこともないだろうとは思ってたけど、なんて言うか、男同士の行為にある程度慣れているって言うか、こっちがちょっと戸惑っていたりすれば遠慮がちにリードしてくれる。こちらとしてはありがたいやら少し腹立たしいやら。
でも、イルカさんはいつも必死で余裕はないようだった。それが何か救いでもあるようで、俺は愛おしくてたまらない。
ふんっ、過去がなんだって言うんだっ!!ちょっと男同士の色恋に慣れがあったからってイルカさんが俺を愛してくれちゃってることには変わりないんだし!!
今が良ければいいんだよっ、うん。
...ちっくしょっ。
やっぱ気になるんだってのっ!心が狭いとか女々しいとかなんとでも言えっ!!俺は嫉妬深いんだよっ。
イルカさんの前では少しはクールな振りっていうか、物わかりの良い男のように装おうと必死だけど、そう、隠そうと必死なんだ。心の中ではいつだって嫉妬してる。俺は本当にイルカさんの中で、このカカシを愛してくれてる?今でも本当は、昔の別の人間の俺が心を占めてはいないですか?俺は、あなたの一番の人になりえてますか?
うわーーーっ!!ほんっと女々しいよっ。っていうかちょっとネガティブすぎっ!?
もうっ、これも全部全部イルカさん、あなたのせいなんですよっ、責任取って下さいよっ。
...つまるところ、俺はイルカさんにベタ惚れってわけだ。
幸せ、苦しい、嬉しい、切ない、あなたが好き、大好き。
イルカさんに俺のこの気持ちがどんどん伝わっていけばいいのに。そして俺の気持ちで溢れてくれればいいのに。俺はそんな中でイルカさんを抱きしめて、そして俺は、力一杯愛するんだ。
そんなことをつらつらと考えていれば眠れなくなってしまう。今日はぐっすり眠ろうと決めたんだから。
俺は微睡みに意識を取られていった。やっぱ本当に疲れていたらしい。今は眠ろう。
 

数日後、イルカさんは中忍として任務を受けたいと言い出した。
どうやら子どもたちを指導するに当たって、自分の任務態度いうものをちゃんと如実に現さなければならないと思ったらしい。
いつも思うんだけどイルカさんって、結構突拍子のないこと言い出すよね。アカデミー教員になりたいとか、任務を受けたいとか。
まっすぐに向かって行こうとする姿勢が本当に良く伝わってくる。
そんなあなたも大好きですっ!!
最初は雑務のような任務から、そして力に合わせた任務までイルカさんは何度なく任務をこなしていった。

 

たまたまその日上忍待機室に行った時、アスマがいた。
アスマとは割りと仲がいい。俺が男のイルカさんと結婚すると言った時はからかいながらもちゃんと祝福してくれた。

「よう、」

と声をかけると、アスマはくわえていた煙草を手に持って上げて返事を返した。
俺はソファに座って愛読書を取り出して読み始めた。

「お前のとこのあー、名前なんだったか、イルカだったか?」

「なにっ、イルカさんがどうかしたのっ!?ちょっと、何かしたらただじゃおかないよっ!」

俺は読んでいた本をほっぽってアスマを睨み付けた。だがアスマはげんなりとした様子で紫煙を吐き出してちげーよ、と言い放った。

「安心しろ、俺は男にゃ興味ねえ。この間一緒に仕事したんだが、なかなかいい動きするな、と思ってな。」

アスマの言葉に俺は昔聞いた事を思い出していた。
イルカさんはある程度戦場慣れしているらしい。ここに来る前もずっと任務に明け暮れて、ほとんど里には帰ってこない毎日を過ごしてたと聞いた。

「ま、俺のイルカさんだからねー。いい働きをするのは当たり前でしょ!」

ふふーん、と俺は自分の手柄のように鼻高々になった。

「お前を褒めてんじゃねーよ。しかしありゃあ、中忍じゃなくて特別上忍にもなれるんじゃねえかな。」

へえ、アスマにそこまで言わせるなんて、イルカさんの実力を目の当たりにしたことないから解らなかったけど、一度手合わせしてみたいかもなあ。

 

早速次の休みの日、俺とイルカさんは演習場で体技の手合わせをすることにした。
イルカさんは突然に言い出した俺に首をかしげていたが、ちゃんとお昼ご飯も作ってくれて、ほとんどピクニック気分で出かけた。
そして演習場に着いてしばらく体慣らしにイルカさんの攻撃を一方的に受けていたが、なかなかどうして、イルカさんはかなりいい動きをしていた。アスマの言ったとおりだ。中忍の力量じゃないよ、ほんと、特別上忍でもいけると思う。
最初は攻撃を受け流していたが、それも段々きつくなってきた。

「イルカさん、次は本気でいきますね。」

「はい、お手柔らかに。」

額にじんわりと汗を滲ませてイルカさんは嬉しそうに微笑む。
っくうっ、かわいいなあ、ちくしょー。
俺は額宛をずらして写輪眼を露にした。そして顔を引き締めて普段、敵と対峙する時と同じように相手を睨むように見つめる。

「いきます。」

そういって俺は気配を絶ってイルカさんに拳をかざす。イルカさんは本当にぎりぎりのところでなんとかかわすが、その拍子に後ろから倒れてしまった。

「わっ、イルカさん、大丈夫ですか?」

俺は慌ててイルカさんに手を伸ばす。イルカさんは恥ずかしそうに俺の手をつかむと、苦笑して立ち上がった。

「やっぱりカカシさんはすごいです。全然動きが読めませんでした。気配もまったくなかったし。」

「イルカさんだってちゃんと避けれたじゃないですか。俺、本当は軽く当てようと思ってたんですよ?」

「でも、いくら避けたって尻餅着いた時点で俺の命は握られたも同然ですよ。次の動きに繋げるように動けなくては意味がありません。」

「でも、アスマの言った通り、いい動きしてますよ。特別上忍でも通用すると思います。」

「アスマ上忍?あ、この間任務でご一緒させていただいた方ですね。仲間思いで懐の温かい人ですよね。俺の動きを観察されていたんですか、いや、お恥ずかしい。」

イルカさんはアスマを思い出しているのか、少し顔を赤らめた。

「ちょっ、なんですかその照れ笑いっ!イルカさん、まさかアスマと浮気なんてしてないでしょーね!?俺、絶対許しませんよ!!」

するとイルカさんはぷっと笑い出した。

「あは、あははははっ、もう、カカシさん、何言ってんですかあ、あははははっ。」

笑い事じゃないってば、もしもそれが本当だったら、俺、俺、あなた殺して俺も死ぬっ!!
そんなばかなことを瞬時に思ってしまう位、イルカさん、あなたが好きなんですよ。
いまだに笑い続けているイルカさんにぶーたれた顔を向けつつも、俺の心の中は愛しさで溢れていた。