− 魂合い −






一年後、俺は二度目の教員試験に合格してアカデミーの教師としてスタートしていた。
アカデミーは思った以上に大変だった。毎日毎日残業が当たり前で、子どもを相手に指導するのがこんなに大変なのかと今更ながらに痛感する。
気になっていたナルトはやっぱりアカデミーの中でも問題児で、授業は聞かないわいたずらするわ不得意な忍術はとことんできないわで、お前本当に忍者になるための学校にきてんのか?と思わず問いただしたい気持ちになる程だった。
担当したクラスには問題児が多くて、毎日が戦争のように忙しい。
が、やりがいのある仕事だ。用務員だった頃が一年あったので、子どもたちとは割りとすんなりうち解けたし。
迷うことがないということはないが、悩んで考えたりする時間もそれはそれでいいと思っている。
今日も今日とて残業の残業で日はとっぷりと暮れてしまっていた。帰宅の途について肩をコキコキ言わせる。時計を見ると針は10時30分を差していた。
明日が休みで良かった。今日はぐっすりと眠ることにしよう。
ふと、自宅を見ると明かりが点いていた。カカシさんが帰ってきているらしい。
半同棲状態だった俺たちだったが、お互いに家を行き来する時間ですら節約したいとカカシさんが言いだし、俺も賛同し、結局カカシさんが自宅を引き払わないままに俺の家に居候する形で俺の家が新居となった。
本籍は変えないままなのでカカシさんの家は正式にはあちらだが。
しかし、カカシさん、今日は確かまだ任務の期間中だったと思うけど、また早く切り上げて帰ってきたらしい。ふと耳にした噂で、カカシさんと任務をすると早く終わっていいけどその分疲れる、と半分謝辞、半分苦情のような言葉を聞いたことがある。
そんな早く帰ってこなくたっていいから最も安全で的確に任務をこなししてくれれば俺はいいと思うんだがなあ。
戸を開けてただいま、と言うと、居間からおかえりなさーい、と返事が聞こえてきて、ぱたぱたとカカシさんが出迎えてくれた。

「任務、終わられたんですね、お疲れ様です。」

俺が言うとカカシさんは嬉しそうに破顔した。

「イルカ先生もお疲れ様です。先に風呂にします?それともご飯にします?」

「じゃあ風呂にします。って、カカシさん、まさかご飯食べてないんですか?」

言うとカカシさんは苦笑いして肯定した。

「あー、はい。でもまあ、イルカ先生、日付越えない時間には帰ってくると思ってましたから。」

この人はもう、任務でくたくたになってるんだから風呂や飯の支度なんてしなくたっていいのに。それに腹だって空いてるだろうから、先食べてて良かったのに。
まあ、俺もくたくたになった日でもカカシさんのために飯や風呂の準備は当たり前のようにするから何も言えないんだけどさ。
やっぱり一緒に食べれると思えば多少遅くなっても一緒に食べたいと思ってしまうし。

「イルカ先生?」

声をかけられて俺は我に返った。

「すみません、ぼーっとしてました。風呂、いただきます。」

「はい、ゆっくり浸かって下さいね。俺、飯温めますから。」

カカシさんは来た時と同じようにぱたぱたと台所へと向かっていった。
俺は後ろ姿を微笑ましく思いながら風呂へと向かった。
人一人分しか入らない湯船に浸かって息を吐く。
カカシさんは俺が教員に合格したその日から俺のことを先生と付けて言うようになった。俺はカカシさんの先生じゃないですよ、意地悪く言ってやれば、カカシさんはそれでも先生になったんですから先生なんですよっ、と子どものように言いのけたのだった。
そんなわけで俺は教員としてアカデミーに通う前から、子どもたちよりも先にカカシさんに先生と呼ばれるようになったのだった。
最初、呼ばれる度にかなり恥ずかしい思いをしたが、いざアカデミーで毎日先生と呼ばれるようになると、自然と定着していくようになって、今ではむしろ先生と言われることの方が当たり前となってしまった。慣れとは恐ろしいものだ。
風呂からあがって俺は居間へと向かった。
卓袱台に夕食が並んでいる。今日は揚げ出し豆腐とカレイの煮付け、ほうれん草とベーコンのバター炒めに油揚げと大根のみそ汁。
完璧だ。色合いといい、旨そうな匂いといい、とても自分と同じ年代の男の料理とは思えない。
カカシさんて、俺よりも料理できるんだよねえ。いっそのこと料理だけはカカシさんが担当して掃除と洗濯は俺がすることにしますかと聞いたことがあったが即座に却下された。
俺の作った飯はほんと、男の料理さながらで具は大きいし味は濃い目だしで、たまに食べるならいいけど毎日食べたいような、お世辞にも家庭的な味ではない。それなのにカカシさんは俺の料理は毎日でも食べたいと言うのだから始末に負えない。
俺は卓袱台の前に座ってうまそうですね、と声かける。
カカシさんは嬉しそうに笑いながら、台所から自分の分のみそ汁を持ってきて食事となった。
いだきます、と言ってご飯に箸を付ける。あー、やっぱうまい。魚の煮付けなんて俺だったら絶対できないよ。だいたい煮物の味付けってどうすればいいんだか解らないんだよなあ。醤油は入れるとしても砂糖は入れるのかな?確かみりんは照りだしに使うとか聞いたことがあるような。

「イルカ先生?味を噛み締めてくれるのは嬉しいんですが、そんないちいち恐ろしく長いこと租借しなくても。」

カカシさんが苦笑しつつご飯を口に入れている。俺は顔を赤くしながらもご飯茶碗を手に取った。

「いや、俺は煮物を作るということが苦手で、できたとしてもカレー程度でどうにも煮物レベルまでの料理はなかなかできないなあと思いまして。」

「うーん、煮物ですか。大したことはしてませんよ。大体煮物の元みたいな調味料ありますし。」

「えっ、そんなのあるんですか!?」

「ありますね、なんとかのつゆ、みたいな感じで。ま、俺はそれだけだとなんとなく嫌なんで昆布出汁やらなにやら適当に入れちゃうんですけどね。」

だからこの煮付けは俺の味なんですよ、よーく味わってくださいねっ、他では食べられないんですから。とカカシさんは言って笑った。
そして食事が終わり、まったりとした時間を過ごしているとカカシさんはどこから取り出したのかボードゲームを持ってきた。

「あれ、それどうしたんですか?」

「この家にあったんですよ。実は俺今日は昼頃に帰ってきましてね、暇だったんで掃除でもしようかとあちこちひっくり返してたんですが、押入の奥に入ってたんです。イルカ先生のご両親が使ってたものですかね?結構年代物ですよ。」

カカシさんはそう言ってボードゲームの蓋を取った。
それは兵法を応用した戦略ゲームで、一般的な忍びの一家に一台はあると言わしめたものだった。年代ものだが基本的なものは昔から変わらない。
俺は向こうの世界のカカシさんと何度もやった。カカシさんはこういうボードゲームが大好きだったのだ。いい大人が夢中になっている様は微笑ましいものがあったけど、連戦連敗で一度も勝ったことのない俺にとってはまさに禁忌のゲームであった。

「やりたいですか?」

俺が言うとカカシさんはにやりと笑った。

「ちゃんと手加減しますよ。」

「お手柔らかにお願いします。」

俺は本気でお手柔らかにと願ってゲームは開始された。
そして数十分後、俺は完膚無きまでに敗北した。これだからやりたくなかったんだ。本物の戦略ならまだしもこのゲームならではの特有の不確定要素がくだらなすぎて先読みできないのだ。
なんだよ敵の侵攻を食い止めるための手だてにおいろけ作戦とか、敵の逃走ルートを先読みして待ち伏せしたら異空間ゲートで回避するとかそんなん普通の戦場じゃやらないってのっ!!
今回の敗因はカカシさんの伏兵が俺の大将をたらしこんであっさり降伏だった。
戦場でたらし込まれる大将なんかの下に付くかよっ!!

「どうしてカカシさんはいつもこういう方法でばっかり俺を負かすんですか。もうちょっと理知的な方法は取れないんですか?」

俺は負けたことが悔しくて負け惜しみを言う。このゲームは真面目にやればそれだけ真面目に兵法を学ぶのにいい教材でもあるのだ。
それをこんないかがわしい方法で大将の首を取られるなんて。
俺はぶつぶつ言いながらボードゲームを片付け始めた。やっぱりこのゲームは苦手だ。

「ねえイルカ先生。」

「はい?」

「俺、あなたと対戦したのこれが初めてだよね?いつもって、それ、俺のことじゃないよね?」

はっとして思わず不自然に口を噤んでしまった。
まずい、こんな反応をしたら肯定したも同じだ。俺は恐る恐るカカシさんを見た。
カカシさんは、笑っていた。口元は薄く笑っていたが、だが、瞳は氷のように冷たかった。
動けずに返答に困っていると、カカシさんは立ち上がった。
すっかり硬直してしまった手を、強引に引かれて俺はカカシさんに寝室へと連れて行かれた。
その日、俺は今までにない程に早急に抱かれた。身体ではなく、心が痛かった。
俺は、カカシさんにこんなことさせておいて、それでも言えない俺の心を嫌悪する。
ごめんなさい、ごめんなさい、俺は本当にどうしようもない奴なんです。今も昔も変わらない。教師となって子どもたちを導く存在になった今でも、俺は、迷い続けるのだ。
行為後、俺はきつい身体にむち打って起きあがると、軽く着替えて家を出た。
頭を冷やしたい。
深夜を過ぎて時間は3時を回っていた。辺りに人気はなく、それだけは少しほっとした。
ひんやりとした夜風が素肌に心地よい。あ、髪縛ってこなかったな、まあいいや。
今は何も考えたくない。俺は木々の生い茂る森の方へと向かっていった。
ああ、そう言えば行為の時に一度もキスされなかった。
こんなこと、今まで一度もなかったのに。
俺は子どものように泣くのを堪えて歩を早めた。