− 魂合い −






ほんと、人を愛するってのはバラ色なだけじゃない。海の底のように暗くて冷たい色が滲んでくる時がある。
優しくしたい、心の底から慈しみの手を差しのばしたい。でも、どうしてこんなに苦しいんだろう。
イルカ先生を、冷たく抱いた。
くだらない嫉妬だった。イルカ先生が何気なく言った一言。そのたった一言で俺はこんなにみっともなく逆上して、傷つけて、自己嫌悪に陥ってる。怖い、俺はどんどんイルカ先生に制御が効かなくなってきてる。
里一番の技師なんて言われても、なんてことない、一人の人間に執着して恋に狂ってる。
解ってるんだ。イルカ先生の中でどうしたって俺は他の俺を思い出させるんだろうし、重ねてしまう時もあるんだろう。
それらを全て抱え込んでも愛しいと思えるような心の広い人間になりたい。
俺には無理?そんなことない、俺のイルカ先生へ向ける愛はこんなことで挫けるような、そんなちっぽけなもんじゃないはずだ。
つい、激情にまかせて酷く抱いてしまったけれど、でも、嫌いになったわけじゃないんだ。好きだからこそ、嫉妬したんだ。
思いっきり言い訳じみているけれど、愛故に、なんだっ!!
そうだ、俺はただイルカ先生を愛してるんだ、それだけでいいじゃないか。
そうだっ、そうと決まったら早速イルカ先生を迎えに行こうっと。
イルカ先生がそっと家を出て行った時に俺は引き留めることもできなかった。なんて言うか伴侶失格かな?俺のこと嫌いになってないよね?
俺はバタバタと数秒で着替えると家を飛び出した。
待っていて下さいね、イルカ先生っ!!
この腕に抱きしめるまで泣いたりなんかしちゃいけませんよっ!?
俺はイルカ先生の気配を追ってひたすら愛しい人の元へと向かったのだった。
どんどん進んでいってその気配を感知すると、俺はどうやって言葉を切り出そうかしばし悩んだ。
いやー、今夜は夜空が綺麗ですね、でもイルカ先生には負けますね!!
わざとらしすぎるな...。
あなたを愛しています、さ、家に帰りましょう。
ありきたりすぎるよな、これ。
うーんうーん、と考えていると、急に辺りが霧に包まれていった。なんだ?自然に発生した霧とは違うぞ、何かの術か?敵なのか?しまったな、軽く着替えただけだから常備している武器は家に置いてきたままだ。それでもクナイ一本は持ってきているが、それで応戦できるか?
しかし殺気がないな。大体火影の張っている結界をすり抜けて入ってくるなんて、よっぽどの忍びか、だとしたら難しい状況になってくるな。
とりあえずイルカ先生と合流しなければ。イルカ先生もそんなに武器を携帯しているとは思えない。もしもの時は俺が盾になってでも助けなければ。
俺はイルカ先生の気配がする方へと向かっていった。
だが、近づくにつれてイルカ先生の話し声が聞こえてきた。始めは独り言かと思ったが、どうやら相手がいるらしい。
知り合いにでも会ったのかな?緊張感は感じてこない。この不可思議な状況になにをのんきな、と思ったが、なにやらその異様さに俺は知らす知らずの内に気配を消して近寄っていった。
(※)

「はい、こちらでは里に不在ながらも綱手様がご存命で、それが起因しているのかどうかは計りかねますが俺の怪我が治る程の医療が発達しているようで。」

なんだ?イルカ先生の喉の怪我を知っている?ま、まさか、イルカ先生、敵とコンタクトしてるとか?ありえないっ、そんなの絶対違うんだからっ!
しかし話しの方向性が掴めない。相手は誰なんだ?と目をこらしたが、実体が見えてこない。写輪眼を使いたいがチャクラの流れを気付かれるのは避けたい。
くそっ、どうなってるんだ?

「今はアカデミーで教師をしています。」

「そうか、以前なりたいと言っていたね。」

「はい、まだまだ教師として未熟な部分もありますが、毎日が充実しています。」

「そうか、良かったな、イルカ。」

相手のその言葉に、俺は不覚にも目の前が真っ赤になった。激しい怒り、嫉妬。
話しの流れから伝わってくる親しげな会話、態度、こいつ、もしかして、
俺は額宛てを上にあげ、気配を全開に露わにしてイルカ先生の元へと走った。

「イルカ先生っ!!」

俺の気配に気が付いたのだろう、イルカ先生の身体が震えたのを感じた。霧は深く、相手の姿が見えないけれど写輪眼のおかげでありありと手に取るように解る。
相手はどこだ?どこにいる?
イルカ先生のすぐ目の前に身体のないチャクラの塊のような物体がある。これか、こいつか、こいつがっ、

「カカシさん、どうしてここに!?」

イルカ先生が慌てている。声が少し震えているようだ。でもそんなこと今は関係ない。
俺はチャクラの塊に向かって叫んだ。

「俺のイルカ先生に手を出すなっ!!」

言えば、相手は息を呑んだようだった。

「カカシ、こちらの俺か!?」

相手の言葉によってそれは確信に変わった。
やはりそうか、どうやって来たかは解らないが、俺とイルカ先生の痴話喧嘩の原因になった奴。そう、イルカ先生が前にいた所の俺って奴だなっ!!

「残念だけど、イルカ先生はもう俺のもんだから、返してなんかやらないよっ!」

俺は相手に向かって殺気を向ける。連れ戻しに来たのか?だとしてもイルカ先生は絶対に返さない。死守してやるっ!どうしても連れて行くって言うなら俺と戦えっ!!

「あの、カカシさん、俺は帰ったりはしませんよ?あちらのカカシさんはどうやらあちらの状況報告をしに来てくれたそうで、俺もこんなの初めてで少し戸惑っていると言うか。」

「ちょっとイルカ先生、なんであっちの肩持つの?俺たち夫婦でしょっ!?」

「夫婦?そちらでは男同士で結婚できるのか?」

チャクラの声が驚いている。ああもうっ、煩いよっ!!

「俺とイルカ先生はラブラブなんだよっ!さっきまでだって愛し合ってたっちゅーのっ!!」

「ちょっ、カカシさんっ、何言ってんですかっ!」

イルカ先生が慌てて俺の服をつかんでくる。ま、まあ、ちょっと語弊があるけど許してね。
大体イルカ先生だって酷いよっ。俺という者がありながら楽しそうにしちゃってさっ。
もうっ、もうっ、イルカ先生のいけずっ!!

「まあ、言いたいことは大体言い終わったことだし、俺はもう行くよ。」

チャクラの声がそう言うと共に段々と薄くなっていく。

「え、あの、」

イルカ先生が戸惑っている。う、ちょっと罪悪感が...。

「こちらのことは心配しなくていいよ。俺が責任もってあの子を育てる。ああ、そうそう、これを聞くのを忘れていたよ。」

チャクラは消えそうになりながらも声を響かせている。

「イルカ、今、幸せ?」

イルカ先生は泣きそうになりながらも気丈に笑っているようだ。

「幸せです。俺の全身全霊を持って愛すべき人がいますから。」

え、え、それって、

「そうか、ならば良かった。イルカ、元気で。」

「はい、あなたも、お元気で。」

チャクラの塊はとうとう完全に見えなくなってしまった。それと共に霧も晴れていった。
どうやらこの霧はあのチャクラの塊と共にあったものらしいな。
どんな術か知らないけど、かなり高等な忍術のような気がした。

「あの、イルカ先生?」

横でじっとしているイルカ先生の方を向けば、イルカ先生は穏やかに笑っていた。
少し驚いた。イルカ先生はきっと泣いているだろうと思っていたから。
出会った最初の頃は俺を見るたびに泣きそうになったり、実際よく泣いていたから。
別の俺を目の当たりにしたら泣きじゃくるかと思っていたのに。

「あの、イルカ先生?」

「帰りましょう。」

「え?」

「手、繋いでいいですか?」

「はいっ、勿論ですっ!どうぞどうぞ繋いでやって下さい、思う存分っ!!」

俺は手を服でごしごしこすってからおずおずとイルカ先生に差しのばした。イルカ先生はにこにこと笑って俺の手を掴むと歩き出した。
うわー、なんかすっごい激かわいくない?どうしちゃったのイルカ先生っ、俺を悩殺したいのっ!?

「不倫してたんです。」

浮かれまくっていた俺にイルカ先生は最後通牒をつきつけるが如く爆弾発言をしてくれた。
ええええええっ!!俺のいない間にですかっ!?ちょっとそれやめて下さいよっ、俺以外の奴となかんかっ。
俺は心の中で激しく動揺しつつも表に出すことなく、冷静を装って聞いた。

「相手は...?」

「カカシさんです。」

なーんだ俺かあ、って待てっ!

「イルカ先生?」

「以前にいた世界で、カカシさんは結婚してました。俺は、そのカカシさんと愛人関係にあったんです。」

イルカ先生を照らす月光が彼を白く見せる。日焼けしていつも健康そうな肌色が、今は白く儚げだ。

「俺は弱くて、世間の中傷やカカシさんに向けられる侮蔑の目に耐えられなくて、自ら命を絶とうとしたんです。そして、カカシさんは俺をこの世界に飛ばしました。詳しいことは聞けませんでしたが、どうやらこの世界とあちらの世界、ものを飛ばせば等価値のものが交換されるような仕組みになっているらしくて、こちらの世界で幼子だった俺はあちらに行ってしまったようです。子どもの俺はあちらでカカシさんに育てられているようです。」

イルカ先生はここまで言うと立ち止まって俺をじっと見つめた。

「今まで言えなくてすみませんでした。俺は、今でも本当に弱くて、あなたに過去を知られるのが怖くて、ずっと隠して。それでもあなたに愛されたくて、愛したくて。でも、隠した挙げ句俺はあなたを傷つけてしまった。」

イルカ先生は俺をじっと見つめている。辛そうな顔をしている。俺を直視するのはどれほどの勇気がいることだろう。それでもイルカ先生は言ってくれた。

「許します。あなたの過去も俺を傷つけたことも、あなた自身の後悔も全部許します。」

俺はちゅっ、とイルカ先生に軽くキスした。

「仲直りのキスでーっす。さ、家に帰りましょ。」

俺はイルカ先生の手を引いて歩き出した。
イルカ先生は俺の半歩うしろからついてくる。押し殺した泣き声が聞こえる。
愛しい愛しいイルカ先生。俺たちはもう誰にも負けませんよ、最強です。
繋いでいる手の温もりですら愛おしい程にあなたを愛してますよ、イルカ先生。
先ほどまでひんやりと感じていた月の光までもが温かく思える、そんな夜だった。