− 魂合い −






目が覚めるとそこは病院だった。俺、生きてるのか。かなりひどい傷だったのに、誰にももう助けることなぞできないように刺したつもりだったのに。
生きてしまっている。死ねなかった。
途端、涙が伝った。
死ねなかった。またあの人に迷惑をかけてしまった。今度は一体どんな言葉であの人も俺も傷つけられる?
あの男娼、死のうとしたらしいよ。いっそのこと死ねば良かったのに。奥さんも可哀相にねえ。里一の技師も形無しだねえ。近寄るんじゃないよ。いい恥晒し。死に損ない。
聞こえてくるのはそんな声。
どうして死ねなかった?俺は、どうしてっ!?

「あ、気が付きました?」

声が聞こえた。気付かなかった。人の気配に。俺は顔を上げようとした、だが身体がうまく動かない。そう言えばどの位眠っていたのだろう。身体の節々が痛い。
声を出そうとして引きつるような痛みが走る。そうだ、喉を突いたのだから声が出ないのだろう。もう二度と声は出ないのかもしれない。ああ、どうせ生きてしまっているのならば、またあの人の名を呼びたかった。俺はもう、二度とあの人に呼び掛けることもできないのか。

「あの、俺の存在無視するのやめてくれないですか?あ、火影様、やっと来たんですか。遅いですよ、まったく。」

火影の名を聞いて俺はギギギ、と音がしそうな首をなんとか動かして声のする方に顔を向ける。
そこにいたのは、三代目火影だった。

「うむ、回復は順調じゃな。気分はどうじゃ?」

聞かれても声は出ない。仕方ないので手文字を使うことにした。俺はギシギシと音の出そうな身体にむち打って手文字を作り出す。

「ふむふむ、体調はそれなりに良いか。あちこちが痛い。ふむ、昏睡状態がずっと続いておったからの。仕方あるまいて。」

俺の言葉を読みとって三代目は答えていく。

「して、お主の名前は?」

え、三代目って俺のこと知らなかったっけ?何度か挨拶もしたことあるし、その時はちゃんと名前覚えてくれてたのに。もうろくしたのかなあ、ちょっと切ない。

「ふむふむ、うみのイルカか。なにっ!イルカじゃとっ!?」

なんでそこで過剰に反応するんだろう。俺は怪訝な顔をした。
火影様は何かぶつぶつ言い出した。これはいよいよ火影様も危ういか?なんて少し不謹慎な事を考えてしまった。

「へえ、あんたうみのイルカって言うんだ。」

一番最初に声をかけてきた男の声がした。すっかり忘れていた。火影様なんて大物、なかなか普段は見ないからちょっと緊張しちゃったからなあ。
が、俺はその声の主を見て驚愕に目を見開いた。

「.....っ!?」

声が出ていたらきっと叫んでいたことだろう。そこには、若返ったカカシさんが立っていた。

「え、なに?なんでそんなに驚いてんの?俺のこと覚えてんの?」

どうしてだっ!なんで若返ってんだっ!?どうなってんだよ、わけわかんねえよっ!

「ふむ、これは益々持って困ったことになったのう。」

火影様がそう言ってため息を吐いた。困ってんのは俺の方だっ!

「まあ、今日はゆっくり休め。カカシよ、イルカの世話をしてやれ。まだ本調子ではないじゃろうからの。」

火影様はそう言って去ってしまう。ちょっ、ちょっと待ってくださいよ。俺に何か説明してくださいよ。どうなってんですかこれは。ええっ!?
しかし火影様は去ってしまった。そして残されたのは未だ驚愕に打ち震えている俺と何故か若返っているカカシさん。しかもさっきの話しだと俺のこと、今日はじめて知りました、みたいに聞こえたんですけど。嘘ですよね?カカシさん。

「いやあ、なんだか解らないですけど、あなた敵ではないようでよかったですよ。」

敵ってなんだよ敵って。俺だって木の葉の忍びだ。確かに世間様には顔向けできないことしてて風当たりが冷たいけど、それでも任務はこなしている。敵だなんて、そんな。

「あ、ちょっと泣かないでよ。俺が泣かしたみたいじゃないの。って、あんたもう既に泣いてた?」

そう言えばさっき少し泣いてしまったんだっけ。火影様にも恥ずかしい所を見せちゃったなあ。もういい大人が泣いたりして、みっともない。
少しずつ落ち着いてきた。そうだ。この人、ものすごくカカシさんに似ているけど他人のそら似かも。左目を隠しているのも一緒で口布もしてるけど、本当は全然別人なのかもしれないじゃないか。

「あ、少し気分向上した?よかったよかった。ちなみに俺の名前ははたけカカシね。よろしくー。」

俺はがっくり項垂れた。ほんと、わけわかんない。
俺の知ってるカカシさんは40台後半になる壮年で、銀髪も少し白髪が混じってきていた。こんなに若いはずないのに。変化でもしてる?でもそれならどうして他人のような振りをするんだ?ここにはもう二人以外誰もいないのに。

「なに?なんかまた気分が降下してきてる?一体何があんたをそうさせてんの?ま、いいけど。とりあえず何か飲む?喉からからでしょ?って、あ、そうでもないかあ。ずっと喉に薬とか注入されてたし。ど?痛くない?」

俺は手文字を使って言った。

“痛くはありません。ただ、声を出そうとすると痛むので。”

「そう、ま、このまま治療を続ければ声は出るらしいから、少しの辛抱だね。」

驚いた。声が出るようになるのか。木の葉の里の医療技術は忍五大国の中でも最低ラインだ。あんな怪我をしてまた声が出せるようになるなんて、半端でなく医療が向上してるのか?何時の間に?解らない。

「なんか不思議そうな顔してるね。ま、あんな大怪我したのにまた声が出せると思って嬉しくて驚いたのかな?でもまあ、綱手様が里に帰ってきてたらもっと早く声が出せるように治療してもらえたろうけどねえ。」

は?綱手様?あの三忍と謳われた綱手様の事を言ってるのか?第三次忍界大戦で40年以上前に亡くなってるじゃないか。
ちょっとまて、本当におかしいぞ?これじゃあまるで、まるでこの世界が...。
俺はおずおずと指文字を使って自称カカシさんに聞いた。

「え、なに?今は何年かって?そんなの忘れちゃったの?昏睡状態になってまだ二週間しか経ってないよ。そんなにびくびくしなくても。ああ、はいはい、今年ね、今年は○○○年だよ。」

俺は今度こそ気を失った。
それは俺がいた時代から24年も前の年号だったのだ。