− 魂合い −






「詳しい話しを、聞かせてもらおうかの。」

火影に言われて俺は頷いた。俺もにわかには信じられないが、全てを話して打開策を考えなくてはならない。

「お主はうみのイルカなのじゃな。こちらではまだ一歳にも満たぬ赤子じゃ。しかもその赤子はお主が来たと同時期に行方不明になっておる。」

なっ、そんなっ!ではもしかして、あちらの世界にこちらの赤ちゃんの頃の俺が行ってしまったと言うのか?どうなってるんだ、一体全体。

「イルカよ、」

名を呼ばれて、俺は落ち着きを取り戻すべく、深呼吸した。そして話し出した。事のいきさつを、俺が何故ここにいるのか、一番の原因であろうあの時のことを。
全てを話すにはカカシさんとの関係も話さねばならず、それは本当に苦しいことだったが、包み隠さずに話した。ここで隠し事をしても何もいいことはない。
手文字のおかげか、割りとすんなりと話せたと思う。
それなりに長い間話して、俺は少し疲れてしまった。火影様を見ると、神妙な面持ちで俺を見ている。

「イルカよ、どうやらお主のいた世界とこちらの世界は微妙に違うようじゃな。」

“そのようですね。さきほどカカシさんに言われた綱手様の件も俺には驚きでした。こちらではまだ生きてらっしゃるんですね。”

「うむ、行方は掴めぬが、元気でいることじゃろう。」

“同じ三忍の大蛇丸様と自来也様はお元気ですか?”

途端に火影様は驚きに目を見開いた。え、どうして?だって二人は、

“あの、大蛇丸様が今現在の火影様ですよね?”

「お主の世界ではそんなことになっておるのか?」

“はい、自来也様がご意見番となっています。三代目は引退されてご隠居の身であらせられます。”

「そうか、里は、平和か?」

“はい、戦争も今のところなく、至極穏やかですよ。ただ、どうもこちらの医療の技術の方が格段に良いようですね。あちらに居たらきっと俺は死んでいたことでしょう。助けて頂いて、ありがとうございました。”

火影は厳しい目つきで俺を見ている。叱られているようだ。きっと、もう、ばれてるんだろうな。この首の傷は俺が自ら付けたものだって。

「イルカよ、どんなことがあっても、自ら命を粗末にしてはならぬ。」

俺は俯いた。

だって、苦しかったんだ。どうしようもなかった。逃げたくて逃げたくて、でも俺はあの人を連れて里抜けなんてできなかった。それこそ、あの人の顔に泥を塗る行為だ。だから、ひっそりとあの人に見守られて死んでいきたいと願ったと言うのに。
おめおめと生き残ってしまった。そしてこの世界に飛ばされてしまった。
あの時のカカシさんの術、あれが原因だろう。複雑な印だった。とてもじゃないが覚えていない。今のカカシさんだったら解るのだろうか?或いはプロフェッサーと呼ばれるこのお方ならば、何か方法を知っているのかもしれない。
俺は火影様の顔をうかがうように見上げた。

「お主は少し休むが良い。あちらの世界では何をしていた?」

“外勤を中心に任務をしていました。”

里にいればカカシさんに迷惑がかかる。だからここ最近はずっと外勤を中心に飛び回って、たまにふらりと里に帰ってきてはカカシさんとの一時を噛み締めるように過ごした。
そして、そんなささやかな幸せすら、俺には耐えられなくなっていた。

「そうか。お主、しばらくこの世界に留まっておる気はないか?」

どういう意味だろう?どうしてそんなことを?

火影様は穏やかな笑みを浮かべている。里の民を労る優しい笑みだ。

“この世界は、俺のいるべき世界じゃないですよ。”

「そうかもしれん。だが、お前には休息が必要じゃ。身体だけでなく、心のな。まあ、しばらくはここに留まるを得んじゃろう。元に戻る方法が解らぬからな。だが、カカシの使った術に思い当たるものがある。わしはそれを調べてみよう。推測だが、この世界の赤子であったイルカは、カカシの手元におることじゃろう。この術は術者の手中から別次元の術者の手元へとその世界の等価値のものを交換するようなからくりとなっておるはずじゃ。ま、推測の域を出ぬ話じゃがな。これは時空間忍術を得意とした四代目火影の考案した術じゃろう。四代目の教え子であったカカシが知っていてもなんら不思議はない。おっと、四代目は知っておるかな?もう10年前に英雄となってしまったが。」

俺は頷いた。知っている。俺のいた世界では30年ほど前になるが、里に出現した九尾の狐を封印するために命をかけて闘ったと聞いた。とても強く、優しい火影だったと。自来也様の教え子と聞いている。
この世界とあちらの世界。まったくが違うと言うわけでもないようだ。

「が、如何せん、お主が話せなくて良かったのかもしれぬ。」

“と、言いますと?”

「別次元とは言え、こちらの世界で生きている者が未来、死んでいると言われていい気はせぬじゃろう。実はな、こちらの世界では大蛇丸は里を抜けているんじゃ。同胞の身体を自らの野望のために何人も犠牲にした。」

火影様の顔は穏やかだったが、憂いに満ちていた。

大蛇丸様が抜け忍になっているなんて。確かに冷たい印象のある方だけど、里の民を思っていつも静かに笑っている姿は誰もが尊敬をせずにはいられない存在だと言うのに。こちらの世界では同胞を犠牲にするような非道な人なのか。

「そのような顔をするでない。わしがいじめておるようではないか。」

火影様に言われて俺は慌てた。

 “すみません。”

「よいよい、お主の世界の大蛇丸は民に慕われておるようじゃ。それを聞けば少しは心が晴れた。」

火影様はそう言ってまた穏やかに笑った。
こちらの世界とあちらの世界を比較して話すのはよくないことのようだ。それはなんとなく解ってきた。

「それで当面の生活じゃが、どうする?うみの夫妻の家はまだ残っておる。そこで暮らすか?」

“そうさせていただけるのでしたら、お願いします。それから、差し出がましいのですが、もしも私に手伝えることがあればなんなりと仰って下さい。もう少し身体が回復すれば、忍びとしてもそれなりに働けると思います。まあ、俺が怪しい人物だって言うのは変わりないでしょうから、里の機密でもなんでもない雑用とかでいいんで。”

「ふむ、ただ休めと言われてぼんやりと日々過ごすのは己の良しとするものではないようじゃな。」

“すみません、どうも性分なもので。”

「わかった。身体が回復したら何か仕事を見つけよう。だが、それまではしっかりと身体を癒せ、良いな。」

俺は微かに笑んで頷いた。