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目の前で酒を飲んでいるカカシさんに話すべきかどうか、少し迷ったが、他に聞ける人いないし、聞いた方がいいだろう。
実はずっと気になっていたことがあるのだ。
“実はアカデミーの中で一人だけ、周りの子どもたちと様子の違う子どもがいるんです。”
「様子が違う?特徴を聞いてもいですか?」
“髪が明るい金色で目が空色、オレンジの服を着ていつも虚勢を張っていたずらばかりしてるんですが、親を呼び出されたことはなくて。いつも一人で帰っていくんです。雨の日も何か行事のあった日も。何故か気になって。”
「ナルトですね。」
え、と思った。人に聞けずに名前すら知らなかったが、あの子がナルト、うずまきナルトだと言うのか。
俺は一気に身体が冷えていくような感覚に陥った。
うずまきナルト、里の凶事と言われた人物だ。内に九尾を抱え込み、陰鬱な影を落とす存在。力だけは有り余って、戦場では敵を哀れなまでに痛めつけて非道なまでに殺す。殺さなくてもいい人物まで殺す、大人も子どもも関係なく殺す。残虐非道で目も当てられない。けれど誰もなにも言わない。火影様ですら頭を悩ませていた。
そして数年前、彼は里を抜けようとして里の周りに張り巡らされていた結界に絡み取られて、そして翌朝冷たくなっていた。
慰霊碑に刻まれることなく一人寂しくで死んでいった男。
何度か目にしたその男の目は濁りに濁って、最早誰をも写すことはなかったように思う。
カカシさんはそんな彼にいつも悲しげな目を向けていた。どうやらナルトは九尾の事件で恩師である四代目と関わりのある存在だったらしく、本当ならば里でもっと明るく、人々にとって太陽のような存在になれば良いと思っていたと聞いたことがある。
俺はなかなかそんな風には思えなかった。あの底冷えのするような目は誰かを傷つけたくて仕方がないと言っているようだった。
その彼の幼少時代があれだと言うのか。
あの姿は、必死になって愛情を欲している者の姿だ。ただひたすら自分を見てほしくて、親のいなかったかつての俺のように。けれど大人たちはそんな彼を忌々しいものを見るような目でただ通り過ぎていくだけ。
“ナルトは、狐の、”
「そうです。それ以上は口にしないで下さいね。火影の命で禁句になっていますから。」
“でも、大人たちの中に、彼を冷たい目で見る人たちがいるんです。口に出さずとも、態度で彼を拒否して傷つけている。”
しかし、だからと言って俺に何ができるだろう。
「イルカさんのやりたいようにやればいいんですよ。いつもみたいに。」
え?と俺は顔を上げた。カカシさんは微笑んでいる。何もかもを包み込もうとするような笑みだ。元いた世界で、カカシさんはこんな風に俺だけを見るように笑顔を向けてくれたことはなかった。
穏やかに笑ってくれたけど、その笑顔は俺だけでなく、奥さんのものでもあった。
俺はぽたりぽたりと涙を流した。
「えっ、あっ、ちょっ、あの、俺、何か悪いこと言っちゃったのかな。ああ、ごめんなさい、俺、あなたを傷つけようなんてこれっぽっちも、うわっ、どうしよう、俺、ごめんなさいっ。」
カカシさんが慌てて両手をついて頭を下げる。その様子が真剣で、おかしくて、俺は声も出せなかったけど、まるで声を出しているかのように笑ってしまった。
ちょっと喉が痛かったがそんなのかまってられなかった。
カカシさんはそんな俺をぼーっと見つめている。
俺はようやく笑いが落ち着くと、背筋を正してカカシさんの前に座った。
“カカシさんの言うように、俺のやりたいようにやってみます。ありがとうございます。”
カカシさんは照れたのか、ぽりぽりと頭を掻いて顔をほんのりと赤く染めた。
それからも二人の酒宴は続いて、とうとう一升瓶を二人で飲みきってしまうまでそれは続いた。
カカシさんは途中で潰れてしまった。だめだなあ、弱いならコップの酒を空けなきゃいいのに。そうすれば注がれないからそんな酔うこともないのに。
それでも里一と誉れの高い上忍様か!!と俺はつぶれて身動きすら取れないカカシさんの頬をつねってやった。
翌日、その日は快晴で、雑魚寝をして身体の節々が痛むカカシさんを置いて、俺はさっさとアカデミーに向かった。
アカデミーで雑用をしつつも俺は子どもたちとそれなりにいい関係を築いていると思う。
元々子どもは好きだ。アカデミーの教員になろうかと思ったこともある。だが、醜聞が邪魔をして俺は子どもに近寄ることすらできなかった。
別にその鬱憤を晴らすために子どもたちに構っているわけでもない。
俺はその日もいつものように軍手をはめて花壇の整備をして土だらけになりながら校舎を見上げた。
あそこで子どもたちに忍びについて教鞭を振ることができればいいのになあ。ま、俺みたいなどこの馬の骨とも知れない奴が教師になれるわけないれど。そっと頭の片隅で思い描くだけなら誰にも咎められることもない。
ふと、気配を感じて顔を上げると、校舎から一人の子どもがこっそりと出てきて走っていく。さぼりか、許しちゃおけんな。見れば髪が金色のあの子だ。またいたずらするつもりか。
俺は立ち上がった。そしてあの子を追いかける。
中忍の俺にとってはアカデミー生に追いつくのは簡単だ。それに、俺もかなりのいたずらっ子だった。何をしでかすかとかの予想は付く。向かっていく先は初代校長の銅像だな。ふふん、落書きでもするつもりか?
俺は先回りした。
先回りして銅像の周りに生い茂る木々の間に身を隠していると、すぐにナルトがやってきた。ナルトはどこに隠し持っていたのか、サインペンで銅像に落書きをしようと身を乗り出す。
俺は気配を消したまま、後から拳骨をお見舞いしてやった。
「いってー、なっ、なんだってばよっ!」
ナルトは喚いて俺を見上げた。俺は怒った顔をしてサインペンを取り上げた。
ナルトはちぇー、と口を尖らせる。
歳にして10歳前後か、手文字は習い終わる時期だな。俺は手文字を始めた。
「え、なに、手文字?うわっ、俺それ苦手なんだってばよっ。」
“いいから読めっ!”
ナルトはうう、とうめきながらも俺の手に集中する。俺はゆっくりとわかりやすいように文字を作っていく。
“どうしてこんなことを?”
「うっ、だって、授業つまんないんだってばよっ。」
“つまらないことがあるか。しっかり勉強して立派な忍びになれ。”
「ええと、勉強、しろ?立派な、忍びに?っていうかあんた誰なんだよっ」
“うみのイルカだ。こっち来い。”
俺は歩き出した。ナルトは渋々と言った感じで付いてくる。
俺は作業していた花壇まで来るとナルトにスコップを手渡した。
「え、何?」
“いたずらする暇があるなら手伝え。”
俺は球根をいくつか手に持たせてやった。ナルトはなんで俺がー!と最初ぶつくさ言ってたが、俺が無言でいると仕方なさそうに球根を植えていった。
そしてとうとう全ての球根が植え終わった。
俺は泥の付いた軍手を外すと、ナルトの頭をわしわしとなで回した。
「な、なにするんだってばよっ。」
ナルトは慌てている。俺は手文字を作った。
“手伝ってくれてありがとうな。”
俺はにかっ、と笑った。
「べ、別に、あんたがやれって言ったから。も、もう行くってばよっ。」
ナルトはぷいっと顔を背けると校舎へと帰っていった。
あの子は、人の好意に慣れていないんだな。大人に甘えるという事を知らない。
俺はその後ろ姿を見て決意した。アカデミーの教師になりたい。いや、なろう。それはきっとものすごく大変だろうけれど、でもやりたい。是非やらせてほしい。
俺は少々乱雑に植え終わった花壇をみて 微かに笑みを浮かべた。
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