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うーん、やっぱり世の中そうはうまくいかないもんらしい。
俺は家に帰る途中の道をとぼとぼと歩いていた。手には結果報告の通知書。
教員試験に落ちてしまった。
自分なりに努力したんだけど、なかなか難しいものらしい。
俺はカカシさんのおかげで木の葉の忍びとしての立場を確立している。だから今回落ちたのは純粋に俺の力不足だった。
俺の立場は以前カカシさんに話したように、遠い戦線から久しぶりに帰ってきたうみの家の遠い親戚ということで収まっている。そしてカカシさんとの婚姻届は受理された。
だが、俺は騙されていた。確かに以前いた世界から見ればこちらの世界の人たちはまだ寛容のようだが、それでも、それでもだ!騙された感は否めない。
男同士の結婚は俺とカカシさんが第一号と言われりゃ誰だって騙されたと思うっつうの!!
おかげで折角顔見知りになったご近所さんには意味深な目で見られるし、悪意はないけれども冷やかしが後を耐えない。
なまじこの世界のことがいまいち解らない俺にとって、人とのスキンシップは嬉しいようで実はまだ相容れない、ちょっと緊張してしまう一瞬だと言うのに。
まったくあの人はっ!!
聞けば火影様は男同士の結婚を認めたって公に言ったわけではなく、以前忘年会で酔いに酔った火影様が同性同士の結婚も許す!なーんて戯れに言っただけだったらしい。
カカシさんだってその時は真に受けてなんかなかっただろうに、本当に都合のいい...。
でもまあ、こうやってこの里で大手を振って歩けるのだから、勿論感謝はしているけれど。
俺は家に着いた。
鍵を開けて中に入る。カカシさんは来ていないようだ。
カカシさんと俺は半同棲のような暮らしをしている。どちらかの家で一緒に住むということも考えなくはなかったのだが、カカシさんはコレクションとも言える巻物の量が半端でないらしく、引っ越すにはかなりの覚悟がいるらしい。
俺としても、孤児院でずっと育ってきたから知らなかった両親の気配が残るこの家を手放すことができない。そんなわけで、カカシさんが通ったり、俺がカカシさんの家に行ったりしている。カカシさんはやはり名のある忍びなだけあって、任務が絶えない。俺もアカデミーの用務員としての仕事はそれなりに急がしい。そんなわけで、結婚する前よりもなんだがお互い忙しい身で、余裕のある時にお互いの家に行くという日々が続いていた。どちらかと言うとカカシさんが俺の家に来ることの方が多い気がする。これが上忍と中忍の力の差か?いや、違うだろうなあ。
俺はやかんをコンロの火にかけた。今日は味噌がいいかな。
俺は戸棚からごそごそとカップラーメンを手にする。
その時、トントン、と戸をノックする音がして俺は一旦火を止めた。そして玄関へと向かう。気配で分かっているが、未だに少し緊張する。
俺は戸を開けた。そしてやって来た人に笑顔を向ける。
「おかえりなさい、カカシさん。」
「ただーいま。5日ぶりだね、イルカさん。」
カカシさんは任務後すぐにやってきてくれたのか、忍服が薄汚れていた。
「予定よりも早かったですね。あー、何も用意してませんよ、俺。カップラーメン食べようとしてましたし。」
俺は苦笑して少し焦った。
カカシさんと一緒にいる時はできるだけちゃんとしたものを食べるように心がけている。勿論それ以外の日が毎日カップラーメンってわけじゃないけど、それでも男の独り身で料理がものすごくうまいわけはないし。料理が好きでもないので、どうしてもインスタントに走ってしまうのだ。
「まーたカップラーメンですかー?体調管理は忍びの基本ですよ!俺が何か作りまーす!!」
カカシさんは台所に入って行こうとする。
「ちょ、ちょっと、任務帰りの人に飯作られたりなんかしたら俺の良心の呵責がっ。カカシさんは風呂に入ってきて下さいよ。あ、お湯張ってなかった。すみませんがカカシさん、ご自分でお湯張って下さい。とにかく俺が飯を作るんですからっ!」
俺はなおも身体をぐいぐいと台所の方へと持っていこうとするカカシさんを這々の体で引き留めた。
「もう、別に任務帰りだからってものすごく疲れているわけではないんですよ?まったく奥さんは心配性ですねえ。」
カカシさんはふふふ、と笑って風呂場へと行ってくれた。
奥さんってなんだよっ!!俺は奥さんになった覚えはないっつの!!
俺は台所に入ってカップラーメンを棚にしまった。そして冷蔵庫を開けて中身を見る。うーん、卵と他にはじゃがいもとチーズとタマネギと...ろくなものがない。常備している野菜しかないとは。今から買ってくるのもなんだしなあ。
この材料で適当に作るか。
俺は腕まくりをしてまな板を取り出したのだった。
それからしばらくしてカカシさんは風呂に入ったらしい。水音がする。
もしかして風呂が沸くまでずっと風呂場にいたのか?変なところで律儀だよな、あの人。
俺は作っていたチャーハンを二人分、皿によそった。ジャガイモのチーズ焼きもそろそろいい焦げ目が付くかな。
様子を見てみる。ま、こんなもんかね。
俺は卓袱台に料理を運んでいく。箸を置いて、茶を煎れて、準備が整って数分後、カカシさんは風呂から上がってきた。
半同棲をしているのでお互いの服は常備してある。そんなわけで着替えはちゃんと自分のものが用意できるのだ。
カカシさんは額宛ても口布も取った状態で楽な恰好になっている。忍服は洗濯籠の中だろうな。
「あ、チャーハンですね。俺、イルカ先生のチャーハン好きなんですよね〜。」
言われて嬉しくないはずはないが如何せん照れが勝ってしまう。
「適当に炒めただけです。さ、食べますよ。」
俺は手を合わせて頂きますっ、と言って食べ始めた。カカシさんも食べ始める。
適当にテレビを付けてザッピングする。今日はおもしろい番組入ってないなあ。ニュースでもかけるかな。
しばらくそうやって口数も少なく食事に集中した。
それからお茶を飲みつつ一息吐いていると、カカシさんは何でもないことのように聞いてきた。
「イルカさん、なんかあったの?」
やっぱり隠せなかったか。カカシさんの観察眼は並じゃないからなあ。
俺は苦笑しつつも今日、教員採用試験に落ちたことを伝えた。
「そっか。」
カカシさんはぽつりと言った。こればっかりはカカシさんを頼るわけにはいかないし、誰にも頼りたくはない。
「俺、諦めませんよ。」
「うん、そうだね、イルカさん。」
カカシさんは笑った。そしてゆっくりと俺に近づいてきて、触れるだけのキスをした。
「食器は俺が洗うんでイルカさん、風呂に入ってきて下さいよ。」
言われて俺は頷いて風呂場へと向かった。
そしてさっさと服を脱ぐと湯船に浸かる。
極楽極楽、やっぱり風呂はいい。
俺は風呂の湯を少しすくった。湯気で室内はぼんやりとしている。
俺とカカシさんは、正式に結婚してから何度か身体を繋げた。
それだけ深い関係になった今も、俺は、だが、だからこそかもしれないが、以前の世界のことを、カカシさんとどんな関係だったのかを話せないでいた。
カカシさんは何も聞いてこないし、気になる素振りも見せないけれど、きっと気になっているだろうことは解っていた。
カカシさんに対する気持ちは嘘じゃない。それは本当のことだ。以前のカカシさんよりも今、俺の側に居てくれるカカシさんが好きだった。
俺だけが特別で、俺だけを愛してくれて、俺が大切で。涙が出るほど望んだたった一つの愛。大切な大切な人。
そんな大切な人に、以前俺は愛人であなたにすがって、困らせて、挙げ句目の前で死のうとしたのだなんて、言えない。そんな自分の汚点だらけの関係を暴露なぞできない。
俺は臆病なのだ。教員試験に落ちたのもそんな俺の弱い心を見抜いていたからかもしれない。
駄目だ駄目だ、暗い方向に意識を向けるな。折角カカシさんが早く帰ってきてくれたって言うのに、こんなことでどうするっ!
俺はいつもよりも少し早めに風呂から上がった。
居間に行くとカカシさんはいつもの愛読書を読んでいた。余程好きらしい。いつもポーチに入っているし、同じ本を観賞用と保存用と貸し出し用に3冊持っているらしい。そこまで執着できる本ってのはある意味貴重だとは思ったが、内容が内容なだけに諸手をあげて素晴らしいと褒めることはできなかった。
「カカシさん、お湯、ありがとうございました。いいお湯でした。」
「いえいえ、どう致しましてー。」
カカシさんは本を閉じて俺の側に寄ってきた。そして正座していた俺の足に頭を乗せて枕にして寝転がった。
カカシさんはこう言ったスキンシップが好きなようで、何かしらくっついてくる。俺は好きにさせている。たまに自分からもすり寄ったりしている。でもやっぱりカカシさんの方が過剰かな?
うーん、愛されてるってことだと思うけど、ちょっと子どもっぽい。
ま、惚れた弱みだ。そんなところもかわいいとか思ってしまうあたり、俺は少し重傷かもしれない。
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