久しぶりの任務だった。と、言っても危険なものではなく、ただの荷物の配達だったのだが、それでも授業以外で里の外に出るのはいつ以来だったろうかと考えてしまうほどだった。
任務は無事に終わり、イルカは帰途に着いていた。この調子だと日は暮れるが今日中には帰ることができるだろう。
何日も授業を休んでの任務だった。ミズキに代わりの授業を頼んだから一度飯でもおごってやんないとなあ、とイルカは苦笑した。
森の木々の間を跳躍していたその時、ちりーん、と音が鳴った。
鈴の音?こんな森の中で?
イルカは足を止めて周りを見渡した。この森は滅多に一般人は通らない。少し磁気が狂っているので慣れていないと方向感覚が分からなくなるから迷ってしまうのだ。忍びが好む立地条件だ。加えて致死に至るものではないが少々トラップも仕掛けてある。一般人が間違って迷い込まないようにそれと分からないように幻術の結界まで仕込んであると言うのに。
そんな森に響いたあまりに不似合いな音。
イルカは慎重に歩き出した。もしかしたら敵かもしれない。こちらの動揺を誘って攻撃を仕掛けてくるつもりかもしれない。
イルカはクナイを手に持った。
が、数分後、見つけた鈴の持ち主は一般的な普通の老婆だった。
大木の根元に腰掛けている。怪我をしているのか?とイルカはクナイをしまって慌てて老婆に歩み寄っていった。

「ばぁちゃんどうした?足でも痛むのか?」

イルカは老婆の前に膝を突いた。

「急に力が抜けてしまってね、休んでいるんだよ。」

急に力が抜ける?疲労を招く幻術のトラップか何かにかかってしまったのだろうか?そうだとしたら申し訳ない。

「そっか、ばぁちゃんごめんな、きっと幻術のトラップにひっかかっちゃたんだな。」

老婆の足下に膝を着いてイルカは老婆の肩に触れた。少しでも気力が回復すればいいんだけど、とチャクラを送り込む。

「おや、少し体が楽になったよ。ありがとう。でもこうなってしまったのはきっと魔除けかなにかのまじないにひっかかっただけだろうから、あんたが気を病むことはないんだよ。」

「は?魔除け?まじない?」

いまいち老婆の言っていることが分からなかったが、まあとにかく体が少しは楽になったのならばそれで良い。イルカは老婆に背中を向けた。

「ばあゃん、とりあえずこの森は迷いやすいし、体も本調子じゃないだろうから目的地までおぶってくよ。さ、背中に乗って。」

実は任務自体はかなり早く終わり、規定の日数よりも早めに帰られる算段となっていた。老婆を送るくらいの時間の猶予は十分にあった。

「でも遠いんだよ、風の国だよ。」

あ、そりゃあ確かにちょっと遠いな。だが行けないことはない、か。イルカは頭の中で計算して、よしっ、かけ声を上げて立ち上がった。

「大丈夫だよばぁちゃん、送ってくよ。」

「でもいいのかい?お前さんも用事があったんだろう?」

「んー、でもまあ、急ぎでもないし、ばぁちゃん1人を送るくらいならそんなに大した時間はかからないよ。」

イルカの言葉に老婆はすまないねえ、と笑った。どうやら老婆が折れたらしい。イルカは人好きのする笑顔で困ったときはなんとやら、だからね、と言って背中に老婆を乗せて立ち上がった。ついでに老婆の持っていた荷物も手に持って風の国の方向へと走り出した。
そして思ったよりも早く老婆を送り届けることができた。天候にも恵まれたのだ。大抵風の国へ行く時は砂嵐に遭うのだが、それもなかった。ラッキーだな、と思いながらイルカは風の国の一歩手前で老婆と別れることにした。

「ばあちゃんラッキーだったな、そんなに悪い天候でもなかったし。気を付けてなー。」

とそう言ってイルカは老婆に背を向けた。

「ちょっと待ちな、ここまでしてもらって何もお礼しないんじゃ寝覚めが悪い。」

呼び止められてイルカは苦笑した。元々はトラップを張った木の葉の忍びが悪いんだし、文句を言われてもお礼をされるいわれはないのだ。

「ばぁちゃん、気持ちだけでいいよ。こっちに否があるんだし。」

イルカの言葉に老婆はまだ勘違いしているようだねえ、とため息を吐いた。だが荷物の中から手のひらサイズの四角いものをいくつか取りだしてイルカに差し出した。

「これをやるよ。」

「え、いや、だからお礼は、」

イルカはぶんぶんと首を横に振った。

「お前さんたちにとっては珍しいものだよ。折角取りだしたんだ、もらってあげなかったらこいつらも可哀相だよ。」

それからなかなか老婆は引かず、イルカは申し訳なく思いつつもそれらをもらうことにした。四角のものは何かボタンのようなものがついている。機械のようだ。

「青いボタンを押しながら声を吹き込んでみな。」

イルカは一つの機械を手にとってボタンを押した。

「こんにちはー。」

「赤いボタンをおしてみな。」

言われるままにイルカは赤いボタンを押した。

『こんにちはー。』

鈴の鳴るようなかわいらしい声が聞こえて来た。どうやら吹き込んだ自分の声を別の声にして聞かせるものらしい。

「へぇ〜、最近のおもちゃはこんなこともできるんだな。」

すごいなあ、とイルカは微笑んだ。自分の担当しているクラスの女の子たちよりももう少し低いくらいの幼い少女の声のようだった。

「ばぁちゃんっておもちゃを売り歩いてる人だったんだな。風の国でも商売繁盛するといいな。」

イルカはにこにこと笑った。

「まったく、お前さんは心根が良すぎるくらい良いお人だねえ。弱ったあやかしを助けた変わった人間がいるかと思えば、まあ、わたしの寿命を延ばしてくれたお礼だからね。助かったよ、ありがとう。」

老婆はそう言って風の国の門の報へと歩いていった。その背中を見送ってイルカは木の葉へと戻る道を急いだ。ちょっと帰還予定の時間を押しているのだ。まあ、許容範囲内ではあったのだが。
荷物の中に入れた先ほどの機械を思ってイルカはくすりと笑った。珍しいものと言われて高そうなものだったらやっぱり断ろうと思っていたのだが、かわいらしいおもちゃだったのでもらうことにしたのだ。3つもらったが3つともあの少女の声なのだろうか、それとも別の声だろうか?
イルカは予想外にできたおみやげにくすくすと笑みを浮かべて早く家に帰ろう、と帰途を急いだ。
そして無事に里にたどり着いて報告書を提出した。報告書を確認していた顔見知りの男がイルカに向かってにやにやと笑ってきた。なんだよ感じ悪いな。

「お前、任務自体は早く終わっていたのに帰還予定ぎりぎりだったな。どこでなにしてたんだよ。」

「ばーか、さぼってなんかいねえって。帰り道で座り込んで困ってたばあちゃんがいたからさ、風の国近くまで送ってたんだよ。」

「風の国にか?ちょっと遠いな。どこで拾ったんだ、そのばあちゃん。」

「イラズの森だ。」

イルカの言葉にぶっと男は吹き出した。

「おまっ、あそこは忍びでも中忍以上でないと通行できない場所なんだぞ。そんな所にばあちゃんがいたってのか?」

「おう、なんか幻術系のトラップにひっかかったらしくてさ、ぐったりしてたんだよなあ。あの森もさ、もう少し管理しっかりした方がいいんじゃないかってちょっと上告しようと思うんだがお前どう思う?」

「どう思うって、一般人だったら入ろうとしないだろ普通。」

まあ、そうなんだけどさあ、とイルカは頷いた。と、受付が少し混んできたのでイルカは受付正面から退いた。
そしてそろそろ行くわ、と言って受付を後にした。その後ろ姿を見て男はお前もよくよく変なものに好かれるよな、と小さく呟いたのだった。