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流れてきたのは女の子の声だが、歌ったのは勿論自分だった。このかわいらしい声で歌が聴けたらいいだろうな、と思って試しに入れていたのだ。それがなかなか良かったのでそのままにしていたのだが、なにやら少し恥ずかしい。 「実はこれ、俺が歌ったんです。なんでも自分の声がこの箱の声になって聞こえるんだとかで。なかなかおもしろいおもちゃでしょ?」 イルカは他にももらった箱をカカシに差し出した。 「青いボタンを押しながら声を箱に向かって出して、赤いボタンを押したら変換された声が出てくるんです。」 イルカはそう言って赤いボタンを押した。その箱の声は少年の声だ、少女のようにかわいらしい声ではないが、元気いっぱいの声を吹き込むと騒がしいくらいの声となって返ってくる。アカデミーの生徒たちを彷彿とさせる。 「あ、その箱は、」 イルカはちょっと顔を赤くした。そんな様子のイルカを見てカカシがにやりと笑った。 「べ、別にやましいものなんか吹き込んでやしませんよっ!」 イルカは意地になってどうぞボタンでもなんでも押してくださいよとそっぽを向いた。そんなイルカの様子にカカシは笑いながらその箱のボタンを押した。 『おかえりなさい。』 入っていた言葉はそれだけだった。声は成人男子と思われる。自分とはまた違う、なんとなく優しくて響く声。始め聞いた時は男の声か、とちょっと残念な気分にもなったが、聞いていくうちに愛着が出てきて、3つある箱の中でもこの男の声が一番のお気に入りになっていたりする。 「あのですね、なんとなくほら、俺は一人暮らしなんですがたまに誰かに、その、おかえりって言われたい時もあるんですよ。想像つかないとは思いますが、俺にだってたまーにですけど感傷的になる時だってあるんです。ですからそんなに笑わないでくださいよ?」 イルカは冗談めかして言った。が、カカシは笑うどころかその機械をじいっと見つめて動かない。 「あの、カカシさん?どうかしました?」 こんなおもちゃを持って遊んでいるなんてやっぱりちょっと変だって思われたのかもしれない。イルカはぽりぽりと困ったように後頭を掻いた。 “おもしろいものを持ってますね” とそれだけ言った。 なんとなく元気が急になくなってしまったようだった。やはり声が出ない時に見せるものではなかったか。不可抗力とは言え、傷つけただろうか。忍びとして声が出ないことにどんな弊害があるか分からないが、それでもやりづらくなることには違いない。少々軽んじて接しすぎただろうか。 「あの、俺でよかったらいつでも飯くらいなら作りますし、また遊びに来てくださいよ。日中は仕事でいませんけど夕方か夜は大抵いますし。」 色々と心細いものもあるだろうし、なんとなくカカシには忍びとしての能力はあっても失礼ながら生活能力は低いようなイメージがある。 “またごった煮料理が食べたくなったら寄らせていただきます” その言葉にイルカはうっ、と呻いた。 「別にごった煮だけしか作れないわけじゃないですよ。焼き物だって炒め物だって煮物だって作れるには作れますが、ごった煮が一番自信があるってだけで。」 イルカの言葉にカカシは再び笑顔を見せた。それを見てイルカはほっとした。 それから洗濯していたカカシの服を乾燥機にかけて乾くまで、後かたづけをしたりこの間川原で見かけた忍犬たちの話しをして過ごした。 雨は上がっていた。帰り道、カカシはさきほどの箱のことを考えていた。最後のあの声は、何故か自分の声に似ていたように思った。自分の声というものは、他人が聞くものと自分で聞くものとでは随分違うと言うことは知っている。だが、忍びにとっては分身などを使って自分の声を外部から聞くことなぞざらにある。だから客観的に聞く自分の声がどんなものかは知っているのだが、その声にそっくりなのだ。 「カカシ先輩、遅くなるならなるって言ってください。なかなか帰ってこられないから病院で何か問題でもあったんじゃないかって心配してたんですよ。ご飯はあったかいものがいいと思って下準備してあるんであとは作るだけですし、少し待っててもらえます?」 心配そうにカカシの顔色をうかがってくるその男は、部下の中でも特にカカシを神聖視してくる後輩だった。仲間を助けることはカカシにとっては当然のことなのだ。それをさもカカシが特別な忍びだからとでも言いたげに崇める如く接してこられるのはちょっといただけない。イルカの家ではそんなことは感じなかったのに、自宅に帰ってきて疲れがどっと増したような気分になって、カカシは後輩の前に立った。 “悪いけど、飯は外で食べてきた。だからいらないよ。” 突然のカカシの言葉に部下は理解できなかったのか、え、と呆然とした顔で言った。 「俺、何か先輩の気に障ることしました?何か失礼なことでも?」 部下の不安げな表情にカカシは困り果てた。あらかじめ式か何かで知らせるべきだったか。だが最近自分の世話をするという名目でカカシの日常生活が束縛されているような気がしていたのも事実だった。別に迷惑だとか、そういう風に思っていたわけではなかったのだが、ここは一度世話してもらうことをやめてもらって、それで不都合が出ればまたその時に考えるという方法を取ってみようかとカカシは思った。 “失礼だとか、そういうことじゃなくて、俺はもう大丈夫だから各自もとの生活に戻ってほしいんだよ。大した怪我をしているわけでもないし。” カカシの言葉に部下はくしゃりと顔を歪ませると、失礼します、と言ってカカシの部屋から出て行ってしまった。 “ほんとうまくいかない。” とカカシは声の出ない唇でぽつりと呟いた。
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