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カカシは随分と困っていた。ここに来るまでに砂嵐に遭って立ち往生していたのだ。まったくついていない。砂漠を横断するのに思った以上の日数をかけてしまった。イルカに追いつくどころか見失うかもしれない。 「かっ、カカシさんっ!?」 驚愕の声が辺りに響いた。 「どうしてここに?あ、任務ってこの辺りなんですか?」 カカシは笑って首を横に振った。そして口布を下げて話した。 “火影様に聞いてイルカさんを追ってきたんです。” 「あ、それって、やっぱり、その、あのおもちゃのことで?」 イルカは心なしかしゅんとしている。イルカが落ち込むことはなにもないと言うのに、今またあの後輩の所業に腸が煮えくりかえる。 “そのことはまあ、いいんです。ただ、あなたが俺のせいで疑われてひどい目に遭ったというのが許せなくて。” 「え、それで追いかけてきたんですか?声のことじゃなくて?俺を心配して?」 頷くカカシ。イルカはそうだったんですか、と頭をぽりぽりと掻いた。 「実はあの老婆に会えたのであなたの声を返す方法を教えてもらったんです。あのおもちゃにこの鈴を数回当てればいいんだそうで。木の葉に着いたらすぐにやりますね。」 カカシはえ、そんなことで?と少し呆気にとられたが、木の葉を出る時にうっかり持ってきていたおもちゃを荷物から取りだした。 「あ、持ってきてらしたんですか。丁度良かったです。」 イルカはカカシから箱をもらうと持っていた鈴を数回当てた。ちりんちりん、と言う音が砂漠に響く。あの時の鈴の音と同じ音だな、とカカシは思った。 「あの、それで、どうです?声、出そうですか?」 イルカが心配そうにカカシを見つめている。カカシはにこりと笑うとイルカ目の前に立った。そしてイルカの耳元に口を寄せた。 「おかえり、イルカさん。」 イルカはびくっと体を震わせて飛び退いた。 「あれ、俺の声、気に入ってたんじゃないの?」 カカシはイルカの過剰な反応に少し戸惑いながらもイルカに近寄っていく。 「あ、いえ、その、ただいま。」 どもりながら、ちゃんと返事を返してくれたイルカにカカシはぷっと笑った。そして笑い終えると話し出した。 「はぁ、やっとちゃんと口から言えた。俺、ずっと嫉妬してたんですよ、箱の声はあなたに語りかけられるのに、自分は口を動かすだけなんて、って。でもこうしてまた自分の声であなたと会話できる。声を取り戻せてそれが一番嬉しいです。イルカさん、ありがとう。」 カカシは目の前にいたイルカに手を伸ばして、ぎゅっと抱きしめた。 「ありがとう、イルカさん。」 カカシは体を少しだけ離すとイルカの顔を覗き込んだ。イルカは月明かりでも十分分かるほど顔を赤らめていた。 「あ、ごめん、痛かった?でもどうして怪我、あ、もしかして尋問の時の怪我?」 カカシはしゅんとした。自分が箱に嫉妬したりせずにさっさとイルカに事情を話していれば怪我なぞしなかっただろうに。 「あ、いえ、尋問部では口頭での尋問のみでした。この怪我はあ、あー、えっと、」 イルカが珍しく言い淀んでいる。カカシはますます心配になってイルカの頬にそっと手を滑らせる。それにイルカはますます顔を赤らめていく。 「俺には言えないこと?仕返ししたいわけじゃないよ。ただ、イルカさんが誤解されていたのならそれを解きたいと思うから。」 カカシの言葉にイルカはそうでした、と落ち着いた。 「その、勘違いされてたんでしょうけど、暗部の後輩さんがちょこっと激情の赴くままに行動されたみたいで。でも大した怪我でもないですし、怒らないでやってくださいね。」 イルカの言葉にカカシはにっこりと笑って思った。 「ごめんね、痛かったね。」 カカシはイルカの口の端をぺろりと優しく舐めた。 「ああああ、あのっ、そ、そっちの方がなんかえろいですから、その、大丈夫ですから。」 イルカは必死になってカカシの体を離した。カカシはふふっと笑った。そして今度は優しく丁寧にゆっくりと口付けをした。イルカは抵抗しなかった。 「好きです、イルカさん。きっと最初に会ったときから。」 カカシが言うと、イルカは嬉しそうに俺もです、と言った。 「箱の中の声が最初でしたけど、あなたが好きです。」 「あー、やっぱり嫉妬するなあ。でも今はちゃんと俺が出してるんだからまあ、いっか。」 カカシの言葉にイルカはくすくすと笑った。そして二人は月明かりの砂漠を共に歩いて木の葉へと戻っていったのだった。 「あ、そう言えばあの老婆、よく戻す方法を教えてくれましたね。水の代わりに声を取るような人だからただで教えてくれたとは思わないですけど、何か取られたりしてませんか?」 カカシは心配そうにイルカに言ってきた。 「あー、確かに取られたらしいですが、俺にとっては別にあってもなくてもいいもんだったんで良かったです。」 「え、それってなんなんです?」 「あやかしを引きつける力、だそうで。そんなものがあったなんて今まで知らずに過ごしていましたし、別に今更なくなってもいいかと思って了承したんです。生きてきた中であやかしだと認識したのはあの老婆が初めてでしたしね。俺って鈍感だから、人もあやかしも同じに見えてたんですよ、きっと。」 照れたように笑うイルカのその言葉にカカシは少々肩すかしをくらった。とにかくはまあ、本人が無事であればそれでいいのだ。
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