− その訳を −
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その日、任務から帰ってきたカカシはいつものように受付に向かっていた。 「ねぇ、どうしたの?なんでこんなことになってんの?」 声をかけられた男はカカシを見て沈痛した面持ちで答えた。 「アカデミーに木の葉の抜け忍の男たちがやってきて子どもを人質にしようとしたんです。子どもたちは全員無事でしたが、守っていた教員が数名重傷を負って木の葉病院に運ばれていきました。」 そう言う男の腕にも包帯が巻かれていた。この男も参戦したのだろう。子どもは無事で死者は今現在は出ていない。最悪な事態ではないがそれでも諸手をあげて喜ぶことはできない。 「なーんでいないかなぁ。」 仕方ないので受付にいた適当な人に報告書を渡した。 「なんだよ、久しぶりに会ったってのにしけた顔してんな。」 アスマに言われ、否定することなく自分は今おもしろくない顔をしていると納得してカカシはソファにどかっと腰を落ち着けた。 「だって面白くないことが起きたって言うじゃない?」 カカシは愛読書を取り出した。そろそろ読み飽きてきたので早く新刊が出ないかなあとか思いつつページをめくる。 「面白くないこと?ああ、アカデミーの件か。」 アスマは安穏とした空気を払って苦々しい口調で言った。 「まったく、ようやっと元の生活に戻ってきたって矢先に里を抜けなくってもなあ。それもアカデミーの子どもを狙うなんざ最低の野郎だぜ。」 「それにしてもなんでアカデミーの子どもを狙ったのかねえ。」 「さあな、俺も詳しいことは解らないが、アカデミーの生徒で優秀な者を洗脳して自分の手駒にしようとしてたらしいって話しだぜ。」 「わっ、えげつなー。」 「お前に言われりゃ抜け忍もおしまいだな。」 アスマはククっと笑った。 「なんだよなんだよ、人が折角長期任務から帰ってきたってのにもう少し人をいたわるってことできないかなー。」 「お前、俺に笑顔で『任務お疲れ様ですっ!!』って言ってほしいのか?」 想像してカカシは怖気が走った。冗談でもやめてほしい。 「そう言えばイルカ先生受付にいなかったなあ。やっぱり子どもたちの所にいるのかな。」 あんなことがあった後だし、怖がっている子どもたちをなだめている姿が容易に思い浮かんでカカシは不謹慎にも心の中で微かに笑った。だがアスマは知らないのか?と微かに笑んでいた顔を引っ込めた。 「イルカのやつ、その抜け忍とやりあって怪我して入院したらしいぜ。」 「は?」 カカシの呆然とした顔をアスマは怪訝そうに見た。だが次の瞬間にその目は驚愕に見開かれた。 「カカシ、お前、」 やっとの思いで紡ぎ出した声はかすれてしまっている。いつもの平常心が取り戻せない。こんなカカシは見たことがない。 「ねえ、それほんと?」 「カカシ、」 「ねえ、ほんとなのかって聞いてんだけど。」 アスマは神に祈る思いで息を吐いて言った。 「本当だ。」 行動の読めないカカシを注意深く様子見していたが、カカシは淡々と愛読書をしまうと立ち上がった。 「カカシ、どこに行くつもりだ。」 「ちょーとお見舞いに行ってくるよ。」 「おい、」 「なによ、アスマも行きたいの?一緒に行く?」 「カカシ、病院に行くにはかまわんが殺気を消してからにしろ。病人にその殺気は強すぎる。ちなみに俺は遠慮しとく。」 カカシは今やっと気が付いたのか、殺気を消した。そしてなんでもなかったかのように平然と歩いて部屋から出て行った。 急ぐこともなく淡々とした足取りで木の葉病院までやってきたカカシは、受付でイルカの病室を聞いて比較的ゆっくりとした動作でそこへ向かった。 「えーと、」 誰もいないわけではない。ベッドの上に人はいた。 「えーと、これは大怪我をしているということなのかな〜?」 イルカは答えない。意識がないのだろう。誰も答えてくれないのでカカシは自分で理解するしかなかった。 「抜け忍デショ?」 ああ、そう、抜け忍。抜け忍がイルカ先生をこんな姿にしたわけだ。 「へえ、」 どんな顔して寝てんのかねぇ、生徒を守って清々しい?傷が痛んで苦しい?でもその顔ですら今は見られない。 「あ、あなた何やってるんですか!?」 「は?」 「病院で無駄に殺気出してどうするんですか、病院では絶対安静の方だって入院してるんですよ。強い殺気に当てられて急変したらどうするんですかっ。今すぐ消して下さいっ。」 医者の必死な形相にカカシはまた殺気を出していたのだと悟った。 「おかしいなぁ、」 ポリポリと頭をかいてカカシは首を傾げた。 「おかしいのはあなたですよっ。」 医者が喚いた。 「はあ、すみません。」 ぼんやりとした口調で言われて医者はすっかり諦めてしまったようだ。 「海野さんのお見舞いですか?しばらくは目を覚まされないと思いますよ。それでも命に別状はないんですから。」 医者はそう言って病室から出て行ってしまった。カカシももう一度芋虫状態のイルカをちらりと見て病室から出た。 「俺、なにしてんのかなぁ。」 つくづく自分の行動がわからない。本当ならば今頃は二ヶ月ぶりに我が家に帰って適当にご飯でも食べてさっさと寝てしまっているだろうに。どうしてこんな面倒事を頭の中で考えているんだろう。 “イルカ先生を傷つけた者をこの手で殺したい。” 「おかしいなあ。」 任務に私情は禁物だ。そんなことは百も承知だ。一体いつから忍びとして生きていると思ってるんだ。そう自分で理解しているが足は躊躇することなく火影の元へと向かった。 「カカシ?どうしてお前がここにいんだよ。お前イルカんとこに見舞いに行ってきたんじゃないのか?」 アスマが声をかけてきた。ここにいるという事は追い忍の任務に就くということか。なるほど、見舞いに行かなかったのは五代目から呼ばれていたためなんだな。 「ちょーっと用事があってね、アスマは追い忍の仕事すんでしょ?」 「ああ、復興してきているとは言えまだまだ人手不足には変わりないからな、暗部の代わりに上忍が追い忍の任務に就くことになったんだ。」 ふーん、とカカシは興味なさげに聞いてその足で五代目火影の真ん前に立った。 「なんだカカシ、お前を呼んだ覚えはないぞ。長期任務の報告は聞いている。明日から3日間の休暇も入れてやっただろう。まだ休暇の日数が足りんのか?」 五代目が怪訝な顔をしてカカシに聞いてきたがカカシはぽりぽりと頭をかいて当然のことのように言った。 「休暇返上して俺も追い忍になりますから。」 は?とその場にいたカカシ以外の全員が疑問符を頭に浮かべた。どこに長期任務でくたくたになった体で忌み嫌われる追い忍の仕事を好んで志願する奴がいるのか。いや、ここにいた。だからおかしい。 「おいカカシ、今日のお前はどっかおかしいぞ。今日は休めよ、わざわざ嫌煙されてる追い忍の任務を自分から担ぎ込まなくたって、」 アスマが横やりを入れてきた。だがカカシは聞く耳を持たず、返って反論してきた。 「なに?アスマが追い忍になれて俺はなれないっての?長期任務後だからってチャクラ切れしてるわけじゃないし頭だって冴えてる。」 カカシは苛々した様子でアスマに詰め寄る。また不穏な殺気がにじみ出してきている。こいつはもうだめだ、どっかねじが一本飛んじまってる。アスマは諦めた。 「五代目、カカシに追い忍の任務をつけてやってください。このまま里に居座らせても殺気の大盤振る舞いで他のもんが落ち着かねぇ。」 五代目はアスマとカカシを交互に見てため息を吐いた。 「一体なんだってそんな気にくわないことがあったのか知らないが、私怨は任務では御法度なの、解ってるんだろうね?」 「今回の追い忍狩りで個人的な私怨なんてあるように見えます?あったとしても木の葉の里の子どもを狙った者に制裁を加えるという至極全うな理由だと思いますけど。」 カカシは最も当然のことを言ってのけた。 「そこまで言うなら任務に加えてやってもいい。人手不足には変わりないからな。ぶっちゃけお前の加勢は嬉しい誤算だ。」 五代目は歯に着せず本音を語ると任務内容の報告を始めた。 |