14. 金魚すくい

 

「おいおい無理するなよ、知ってるって言ったろう。お前の体が本調子じゃないってこともちゃんと知ってるんだぜ。男をくわえ込んで楽しい思いしてたんだろ。死ぬ前にいい思いができて良かったじゃねえか。思ってみれば俺は寛容だな、お前にいい思いを沢山させてやってる。だが忘れるな、お前はいけすに入った魚だ。俺の手の上で踊ってんだぜ。どこに逃げたってどうやったって俺には敵わないんだ。」

男の声がうるさい。イルカは森の中を走っていた。真っ向から戦って勝てる相手ではない。どうやればいいのかすら分からない。だが何か策はあるはずだ。あいつは人の体を操って行動していた。前回同様、上忍師の体を燃やし尽くしたように操られている体を破壊してしまえばいいのだ。そのためには罠を張り確実に体を粉砕しなければならない。トラップを仕掛けるにしてもひとまずは相手から姿を消し逃げなければならない。
息が切れる、汗がにじみ出る、体にまだ薬の効果が残っていて震えが来るほどに苦しい。けれど止まるわけにはいかない、自分がなんとかしなければ。早く、早く罠を仕掛けなければいけないのに足がもつれる、手足が思うように動かない。
それでもイルカはとうとう森の中で膝を付いてしまった。汗がぽたりぽたりと滴り落ちる。むせ返るような花水木の花が視界を染める。
どうしてこんなことになってしまったんだ。あの頃、みんなそれぞれ悩みを抱えながらもひたすら生きていたのに、どうしてだっ。
イルカは立ち上がろうとしたが思うように足が動かない。まだ一つも仕掛けていないのに、逃げることすらままならない。その時、手裏剣が投げられて頬をかすった。わざとぎりぎり刺さらないように投げてきたらしい。本格的にいたぶるつもりなのか。

「あーあ、もう終わりなのか?つまらない、ほんとうにつまらない。あっちのガキの方がよっぽどいたぶりがいがあったぜ。医療忍だったなあ、自分の体を医療で強化して戦ってきたぜ。なかなかいい腕してたよ、生きてたらいい医療忍になったろうなあ。そういえばこの里の里長は伝説の三忍の中の医療のスペシャリストなんだったか。」

世間話をして退屈を紛らわせているのか、さして疲れた様子もなく、男がイルカのすぐそばまでやってきてしゃがみこんだ。

「ほんと、面白みのない奴だなお前。」

男は立ち上がるとイルカのわき腹を蹴り上げた。簡単にごろごろと転がるが抗うすべが無い。ウスビが医療忍として必死に戦っていたと聞かされて涙が浮かんでくる。あいつは優しい心根の奴だったけど、ちゃんと忍びとしてがんばっていたんだ。自分がこんな所でくたばってどうするんだ。
イルカはふらふらと立ち上がった。もう逃げることすらできないと言うのなら、自爆覚悟で向かうまでだ。ベストの中はいつ自爆してもいいように強力な起爆札が縫いこまれている。これと共に僧にぶつかって行けば、文字通り死なばもろとも、確実に相手をしとめられる。

「ん?やる気になったか?そうこなくっちゃなあ、お前を殺すためにずっとずっとがんばってきた俺にご褒美くれるよな。」

男は笑いながらイルカに向かってくると殴りつけてきた。倒れない程度に、それでも攻撃の威力を込めて、イルカの顔に、腹に、胸に強打が打ち込まれる。
防御の姿勢をとったままイルカは後退していく。タイミングを見誤ってはいけない、自爆するためには相手をもっと近くに、確実に捕らえなくては意味が無いのだ。

「ほんと弱い、弱いよお前、それでもアカデミーの教師か?生徒が哀れになってくるぜ。」

男はそう言うとふらふらになったイルカの頭を掴んだ。

「どこから潰すか、目玉がいいか?ん?」

男が指を二本突き出してイルカに見せ付けるように目の前でちらつかせる。いいだろう、潰したければ潰すがいい。その時、お前は俺と共に死ぬんだ。
イルカは目を見開いた。

「いい度胸だ。褒めてやるぜ。」

男は指をイルカの両目に向けて突き出した。