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5. 月天心
『イルカ、日が暮れてしまうわ。目的のものをとってらっしゃいよ。今年はいつになく早く会いにきてくれたから、何か事情があるんでしょう。』
彼女はいつの間にか木の上に座ってイルカを見下ろしていた。イルカは頷くと、迷わないように木に紐をくくりつけ反対側の紐を自分の腰にくくりつけた。
そして森の中へと入っていく。
この森は日中こそまだ明るいが、日が暮れると真の暗闇が訪れる。物音一つせず、星を見て方向を見極めようとしても星の位置ですら通常のものと変わってしまっているのだ。勿論磁石など使えない。こうやって紐を目印にして道を戻る以外には帰れないのだ。
日が暮れてはその作業は困難を極める。いくら忍びの目が暗闇に慣れているからと言ってもこの森に普通は通用せず、採取は日中に終わらせておかなくては帰れなくなってしまう。
森に迷ったとしても彼女が助けてくれることはない。彼女はあくまでも森への侵入を許可してくれているだけで、その他に関してはその一切に関与はしないのだ。
イルカが怪我を負おうと森で一晩過ごそうと何もしない。一番最初のあの時のように助けてはくれないのだ。
今日の採取はもう絶滅したとされる珍しい薬草だ。森では群生していることをイルカは知っている。
4ヶ月前からとある村で疫病が流行ったのだ。木の葉の里が設立するずっと以前に滅びたはずの疫病だった。今の火影が古文書を調べつくし、唯一の治療法は絶滅したはずの薬草を使った治療薬の投与以外にはなかった。その薬草はあの禁忌の森に生息していることは知られていた。
病は潜伏期間がありその期間はおよそ半年。薬の調合も研究せねばならず、一刻も早く薬草を採取してこねばならなかった。それでも花水木の咲かない森は死の森だ。例えイルカでもヒスイの加護がなければ帰ってこられない。そしてやっと待ち望んだこの季節になり、イルカはいつもよりも早めに森へとやってきたのだ。
そして目的地に着くとイルカは根絶やしにしない程度に、だが必要の分だけを的確に判断して背中の籠に入れていく。
そして採取し終わると夕暮れ時が迫っていた。まずい、早く帰らねば。
イルカは森の中を紐をたどって走っていく。
ようやく森の最初、ヒスイと出会った、森の少し開けた場所へと戻ってきた。もう陽は最後の照り返しも終わり、本当の暗闇が訪れようとしている。
「ヒスイ、すまない。今年は話す余裕がなくなってしまった。」
『いいのよ。でも気にするならまた来ていいわよ。』
背後からヒスイの声がしてイルカは驚いて振り返った。ヒスイはくすくすと小さな声で笑う。あの頃、実力は上忍並みかもしれないといわれていた彼女だ。今でも中忍のままの自分では、彼女の気配を悟れないのも無理はないか、とイルカも自分を嘲笑するように笑った。
「ああ、じゃあまた近いうちに来るよ。初めてだな、こんなこと言い出すの。」
『いつもイルカの話を聞かせてくれるのに、今年は急いでいたようだから。』
「そうだな、分かった。じゃあまた。」
『ええ、また。』
イルカはヒスイに背を向けて走り出した。森の中心地に行けば行くほど混沌しているが、森は外側へと向かうほどその混沌は薄まる。あの鳥居のある場所までたどり着ければあとはなんとでもなる。
イルカは走っていく。そして這う這うの体で鳥居の外へとでた。辺りは真っ暗になっていた。だがちゃんと帰れる。あとはこの薬草を一刻も早く火影様の元まで届けねば。
イルカは息を吐き出して跳躍した。
そして数刻後、イルカはこの森の本当の出入り口付近までたどり着いた。一旦木の上で停止して夜空を見上げるともう月が空高く上っている。皐月だがまだ夜は寒い。月は白く白く輝きイルカの心を突き刺すようだ。
「満月、か。」
ぽつりと呟くとそれに応えるようにかさりと葉のこすれる音がした。
「誰だっ。」
音のしたほうに顔を向けると、月の光りに髪の色が染め上げられた男が木の上に立っていた。
「珍しいところで会いますねえ、イルカ先生。」
唯一見える右目を細めて男は言った。
イルカは苦しげにその名を呼んだ。
「カカシ先生。」
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