7. うれしいこと。

 

「ご苦労様でした。」

籠ごと薬草を受け取ったシズネが早速研究チームに渡してきますと執務室を出て行った。

「おおよその配分は見当がついてるんだ。」

心なしか嬉しそうにしている火影の言葉にイルカはほっとした。

「お前も疲れたろう、明日は休みを取りな。」

「あー、実は今度は私用でまたあの森に行こうと思いまして。休日はその時にいただきたいんですが。」

「いいのかい?あたしは詳しくは知らないけど、そう何度も行っていい場所じゃあないんだろう?」

「いえ、初めてのことではありますが心配はいらないと思います。元々この季節、男ならば誰でも入っていい森なんです。今は誰も入りたがらないだけで。」

イルカの言葉を深く追求することなく、火影はそうかい、と頷いた。

「ま、この件に関しちゃあたしよりもお前の方が博識だし適任だ。やりたいようにしな。ただし無理はするんじゃないよ。」

「はい、ありがとうございます。」

イルカは笑みを浮かべて礼を述べた。それを見て火影は何故かやれやれとため息を付いた。はて、自分は何か彼女を困らせるようなことを言っただろうか。

「あいつにもお前を見習わせてやりたいよ。」

あいつとは誰だろう、と口を開きかけたところで医療忍が執務室に飛び込んできた。

「火影様、はたけ上忍が意識不明の状態で運ばれてきました。状況は思っていたよりも深刻です。すぐに緊急治療室へお越しください。」

医療忍の言葉にそれまで椅子に座っていた火影は勢いよく立ち上がった。
イルカは目を見開いた。ついさっき会った時はそこまで酷い状態には見えなかったのに。いや、見えないようにしていたのかもしれない。彼ならば自分にそう見せることも容易いはずだ。
イルカは拳を作って握り締めた。

「あの馬鹿が、だからやめとけって言ったんだ。」

火影はかつかつとヒールの高いサンダルを踏み鳴らし執務室から出て行く。イルカもその後を追った。
火影はついてきたイルカに一瞬怪訝そうな顔をしたが、何か自分で納得すると説明を始めた。

「ナルトの元担任と上司として面識があるんだったな。お前は仲間思いだからね、心配だろう。あの馬鹿はあたしの断りも無く勝手に上忍の4マンセルで当たらせる予定だった任務を一人でこなしてきやがったんだ。今回ばかりはてこずったらしくて医療忍を式で要請してきたんだが、思った以上に状態が悪いらしいね。ったく、ここ最近ずっとこんなことの繰り返しだよ。お前からも言ってやりな、死ぬ気か、とな。」

イルカはひっと息を吸い込んだ。

「今回だって落ち合うはずだった場所から離れた場所で気を失ってたって式の報告がきてる。なにを考えてるんだかさっぱりわからないよ。」

落ち合う場所とはあの森の近辺だったのだろうか。それならばどうして強引に影踏みなどに誘ったのだ。それほどまでに自分と鬼ごっこがしたかったのか?

「イルカ、お前は帰ってもいいぞ。心配だろうがお前にも休息は必要だ。」

火影はそう言い置くと、ランプのついた救急治療室へと入っていった。
イルカは廊下に設置されていた長いすに座った。

 

分かっている、彼はそんな状態になってまでも自分と一緒に時間を共有したかったのだ。
知っている、彼が自分を好いていることなぞ昔から。
何故なら彼が自分を好きだと言う以前からずっと彼のことを見ていたのだから。

イルカは頭を抱えた。

今でも覚えている、彼が思いを告げてくれたあの時のことを。
嬉しくて嬉しくて涙が溢れるかと思った瞬間だった。そんな奇跡のような瞬間を、だがイルカは拒絶したのだ。
自分ひとりが幸せになどなれるわけがない、そのひと言を遵守するためだけに、彼を拒み傷つけたのだから。
今でも彼は会えば言葉を交えるし、二人きりになれば熱い視線を送ってくる。それを嬉しく思う反面、イルカは苦悩し続ける。森の中でただ一人、その身を孤独に晒している彼女の姿。彼の思いが深ければ深いほど、その姿が脳裏に浮かんで離れない。

愛してるんだと、言えればどんなにか幸せだろうに。

結局、イルカはランプが消えるまで椅子に座り続け、出てきた火影に寝てれば治る程度には治療としいてやったからお前も帰りな、と言われてすごすごと自宅へと戻っていったのだった。