9. 大家(ダージャー)

 

里に戻り、再び火影の執務室へ行ったイルカは彼女に全てを話した。カカシと自分の微妙な関係のことは伏せて、だが。

「そうかい、カカシをねえ。」

さすがの火影も腕を組み考え込んだ。

「どう、なさるおつもりですか。」

イルカはやや顔をうつむけたまま、火影の返答を待った。

「あたしの意見だけじゃあ結論は出せないね。森の中の資源は確かに貴重なものだ。一国を築けるだけの宝だろう。だがカカシはこの里の大事な人間だ。おいそれとくれてやるわけにはいかない。」

「それでは、」

「上層部との協議の結果次第だろうな。あたしもまだ火影の任に就いて日が浅い。あたしの存在を軽視している連中も多からずいるんだよ。だが最後の判断はカカシ本人の意思に委ねられるだろうね。イルカはあいつの父親の話を知ってるかい?」

突然の問いかけにイルカは首を横に振った。

「かつてはあたしたち3忍ですらその存在の名が霞んだ人物、白い牙が奴の父親だ。お前の世代では白い牙としての功績しか聞かされていないだろうが。」

「いえ、白い牙の最期の話は以前3代目より聞かせていただいたことがあります。カカシ先生の父君だとは知りませんでした。2つ名でしか知り得てませんでしたので。」

「そうかい、聞いていたかい。ではこの話をした時、あいつの心中が複雑だろうということも予想できるね。かつて自分の父親が死んだ理由のことだ。任務中、仲間を助けるために里や国に大きな損害を与え、仲間内から責められ、精神を病んで自害した。今回の話とはどこか似通った部分がある。まあ、あれから色々あってあいつも父親のしがらみを断ち切って人として申し分の無い男に成長したようだが、ここ最近またどっか頭のねじがぶっ壊れてるからね。とにかく、この話は慎重に吟味する。お前は通常業務に戻りな。あまり深く考え込むなよ、お前はどうにも一人で思い込む癖がある。あたしはこの里を担う火影だよ?里の者たち全てがあたしの一部だ。何かあったら相談しな、いいね。」

火影の言葉にイルカは一礼して執務室を出て行った。
里長として彼女はまだスタートを切ったばかりだ。覚えることもやるべきことも多いのだろうに。その中に一つ、また悩みの種を増やしてしまった。
カカシにはなんと言って詫びればいいか分からない。自分のせいでこんなことに巻き込んでしまった。彼はただあの森の近くを通っただけなのに。きっと彼は拒むだろう。その時はどんなことをしてでも彼の役に立たねばならない。
きっと上層部はカカシの人身御供を望むだろうが、イルカ自身の考えではカカシは拒むと踏んでいた。だからその時は捨て駒でもいいから彼の思うとおりに行動しようと思ったのだ。

 

自宅に戻り、イルカは古いアルバムを取り出した。
ここにはかつて上忍師の下、みんなで撮った写真が何枚か収まっている。
少し気弱ながらも聴覚の良さを活かして医療忍としての道を歩んでいたウスビ。同じ学年のくの一の中ではずば抜けて優秀で、勝気で少々我がままな所があったがリーダーシップに長けていたヒスイ。何も特出してよいところがあったわけではないが、それでも必死に努力して中忍になった自分。
上忍としての能力はぴか一だったのだろうが、上忍師としては部下である自分たちに翻弄されていつも困り顔をしていた先生。
もう、生きているのは自分だけだ。
あの頃、ウスビと2人だけで約束していたことをふと思い出した。
ヒスイは強いけど女だ。もしも何かあったときは2人で助けるのだと誓い合った。ヒスイだけが中忍として昇格した頃の話しだ。同い年の女に負けたと大層悔しい思いをしたが、ウスビの提案には賛成した。いざとなったら助けるのだと、そう誓ったのに結局は逆に助けられてしまった。そして今は里に仇なす存在となってしまおうとしている。
くの一の頂点に立ちたいと、忍びとして貢献するのだと豪語していたヒスイ。もう、あの頃の彼女に会うことはできないのだろうか。
こんなとき、ウスビならなんと言うのだろうか。あいつは優しいから泣くだろうか。いや、あの時以来、あいつの泣き顔は見たことなかったな。その前にあの一件の後は数えるほどしか会えず、そして地に還ってしまった。

イルカは久しぶりに見たアルバムを閉じ、もとあった場所にしまいこんだ。