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『extend a hend to … (後編)』


「何すんだよ!京一」
 無理やり病院の外に引きずってこられた小蒔が怒りだした。
 それでなくともさっき自分の邪魔をされて頭にきている。
 京一は睨みつけられて頭を掻いた。
「今はそっとしといてやろうぜ。
 俺だってあんなひーちゃん見てんのつれえけどよ。
 無理させたくねェんだ」
「ゴ、ゴメン。ボク…」
 さっき、つい『元気になって』と口にしようとした事を思い出し小蒔は口籠った。
 そう言えば龍麻のことである、どんなに辛かろうが自分達の前で気丈に振舞うのは目に見えている。
「責めてるわけじゃねェよ。気にすんな」
「サンキュ。京一」
「本当にありがとう。京一君」
「美里?」
「私、気付かなかったわ。あんなに龍麻が傷付いていたなんて。
 当然よね。あんな事があったんだもの。
でも、さっきだっていつもと変わらなかったから、勝手に大丈夫なんだって安心してた。
 京一君が気付かせてくれなかったら、龍麻にもっと無理をさせてしまうところだったわ」
「あぁ。そうだな。
 俺達を気遣う龍麻の優しさに甘えて、無理をさせただろうな。
 仲間失格だ」
「何言ってんだ。大将。そんなコト言うとひーちゃん悲しむぜ」
「全くもってその通りだな。龍麻はそういう奴だ」
「お人好し過ぎるよね。ひーちゃんってば」
「でも、それが龍麻ね」
 4人は顔を見合わせ苦笑する。
 そう、そんな彼だからこそ惹かれるのだ。
「だけど、ひーちゃん大丈夫かな」
「大丈夫〜。ダーリンのことは舞子とセンセーにまかせて〜」
 振り向くと高見沢がいた。
「今晩ゆっくり休んで眠れば回復するって〜。センセーが言ってたの〜」
「なんだよ。じゃあ、ひーちゃんココに泊まんのか?」
 京一が顔を引きつらせる。
「ん〜。そうだよ〜」
「なら俺が今晩付き添う」
「なんで〜?ダーリンの世話なら舞子とセンセーで十分だよ〜」
「違う!ひーちゃんがあのバケモンの餌食になっちまわないようにだ」
 壮絶な覚悟といえよう。
 あの院長から龍麻を守ろうというのだ。下手をすれば自分だって危ないというのに。
 京一的には大蝙蝠や泥田坊といった本物の化け物の相手をしたほうがなんぼかマシに違いない。
「京一…。
 分かった。俺も残ろう」
「大将…」
「龍麻は俺にとっても大切な仲間だ」
「馬鹿なこと言ってないで。とっとと帰りな」
 バケモノもとい院長登場。
 思わず腰が引けてしまう京一と醍醐。
 逃げ出さないだけでも二人の決意の程が感じられる。
 そんな二人にたか子は意地悪な笑みを浮かべた。
「それとも何かい龍麻の面倒見ないでお前達と楽しんでいいとでも言うつもりかい?
 まぁ、それでもわしは構わんがねぇ。ひひひッ」
「―――わかった。治療の邪魔だって言うんだな。ひーちゃんのこと頼むぜ。センセー」
 脅かして追っ払おうとしたにもかかわらず京一はその手には引っ掛からなかった。それどころかたか子の意図を見抜いていた。
「それじゃあ。失礼します。岩山先生。高見沢さん。
 龍麻をよろしくお願いします」
 そう言って葵が礼儀正しくお辞儀をした。
「あぁ、気をつけて帰りな」
「高見沢さん。ひーちゃんをよろしく」
「うん。任せて〜。小蒔ちゃん」
 京一達は院長と高見沢に龍麻を託し病院を後にした。


 深夜の桜ヶ丘中央病院。木に登る赤猿の姿があった。
 2階に飛び移り、窓から中を覗き込んでいる。
 もちろん猿とは蓬莱寺京一氏である。
 どうしても相棒が心配でそっと様子を見に戻ったのだ。
 しかし、窓にはカーテンが引いてあって中を窺うことが出来ない。
 腕組をして考える。せっかくココまで来たのだ少しでもいいから龍麻の様子が知りたい。
 と、突然窓が開いた。
「!!」
 びっくりした拍子に後ろに仰け反る。
「京一!」
 伸ばされた腕に掴まり、何とか落ちずにすんだ。
「よう。ひーちゃん」
「ようじゃない!危ないだろ」
 窓から身を乗り出して京一を抱きしめる。
 回された腕が微かに震えていた。
 たかが2階から落ちた位で怪我などする京一ではない。その事にさえ気付かぬ程、龍麻は動転している。
 それはそのまま龍麻の心の痛みが癒えてない事を示すようで京一はやるせなかった。
 緩く抱き返し思ったままの言葉を告げる。
「ひーちゃんの手はあいつにも届いたぜ」
 龍麻は身動ぎもせず黙っている。
「ただ俺と違ってニブかったから掴みそこなったんだろうな。
 そうすりゃ天下御免のお人好しが助けてくれたってのによ」
 顔をあげた龍麻に悪戯っぽく笑い掛ける。
「まっ、見るからに頭でっかちのマッドサイエンティストじゃ運痴でもしょうがねェか」
 ぽかんとしている龍麻の背を軽く叩く。
「ありがとな」
 落ちずにすんだ事に対しての言葉。いつもの京一の口調。
なのにまるで此処にいない者が京一と共に龍麻に伝えているように響いた。

 君の手は無駄じゃなかった、と。
 たとえその手がすれ違い届かなくても、手に込めた想いは伝わったから、と。

 その優しい響きは龍麻の胸に木霊し、喪失の痛手に潰れそうだった心に暖かい明りを灯した。

「ところで京一“天下御免のお人好し”って?」
「自覚ねェの?ひーちゃんのコトに決まってんじゃん」
 本人自覚が無いらしいが、周囲から見れば龍麻のお人好し振りは感心を通りこしてあきれるものがある。
 今回のこと一つとっても明白なのだが、龍麻自身そう呼ばれることに納得がいかないらしい。
 笑いを堪える京一をジト目で睨んでいる。
 抗議しようと口を開いた、その時。
「何やってんだい」
 やや強張った面持ちの院長が立っていた。
 京一は思わず龍麻に回した腕に力を込めた。
「ひーちゃんに何の用だよ」
「患者の様子を見にきちゃ悪いのかい?京一」
「――うっ。こ、こんな時間に怪しいじゃねェか。やっぱりひーちゃんを狙ってるんだろ」
「それは無い」
 龍麻が即座に否定する。
 それもそのはずである。京一は知らないが『いい男』が大好きなたか子が龍麻をターゲットにするわけはない。
「それより苦しいよ。京一」
 言われて不承不承に腕の力は緩めたが離そうとはせず、たか子に対して依然警戒したままでだった。
 拘束が弱まると龍麻は京一の腕から逃れ、ひらりと窓を乗り越えた。
「たか子先生。もう大丈夫です。ありがとうごさいました」
 笑顔で言うと止める間もなく、そのまま身を翻し飛び降りた。
「ひーちゃん!!」
 慌てて京一も続く。ここに置き去りにされてはたまらない。
「京一。明日、龍麻を連れてくるんだよ。いいね」
 たか子の言葉に袱紗を上げて応えると龍麻の後を追った。

「いいの〜?センセー?」
 高見沢の質問にたか子はため息をついた。
「いいさ。ここで休むより京一と一緒に帰るほうが龍麻には良い薬のようだからね」
「舞子達の看病より京一君と一緒のほうがいいなんて〜。舞子悲し〜い」
 拗ねる高見沢を横目に、たか子はもう一度ため息をつき、じゃれながら帰る二人を見送った。
 京一の龍麻に対する想いは親友のそれもあるが違う側面も含まれていることにたか子は気付いていた。龍麻の秘密を知らぬ京一が龍麻を想うということは、即ち京一が趣旨変えをしたことを意味する。しかし、自他とも認めるオネーチャン好きの京一がそうなったとは考えづらい。
 では、彼は持ち前の鋭い勘で龍麻の真の姿を感づいたのだろうか。
 その可能性は低い。
 何故なら龍麻は生れ落ちた瞬間から担う大いなる宿星の負担を少しでも軽くする為、物心つく前から男として育てられていて、ほとんど娘としての意識はない。そんな龍麻から女を嗅ぎ取ることなど不可能に近い。たか子自身初めて会った時、本当に女の子かどうか疑ったほどだ。それ位見事で凛々しい男っぷりなのだ。
「やれやれ」
 3度目のため息がたか子の口から零れた。
 わかっている。さっきだって抱きあう二人に宿星を越えた処で互いを結ぶ絆があることを見て取れた。当人同士自覚がなくとも惹かれあっているのだろう。多少の問題はあるにしても何とかなるだろう。
 どうせ二人の仲が進展することは当分ないだろうし。見掛けに寄らず苦労人である京一の苦労が一つ増えるだけなのだ。
 苦労人とは絶えず苦労に見舞われる者のことでなく、自ら苦労を背負い込んでしまう者のことだとつくづく思うたか子だった。


「大丈夫か」
 追いついた京一が龍麻の首に腕を絡め引き寄せる。
「あぁ。ありがとう。京一」
 首を捻って振り返る。至近距離で重なる視線。
 平気だと言う龍麻。その言葉に嘘がないのはわかる。だが…。
「あのな、俺は男なら人前で涙なんか見せるもんじゃねェって思うけど…」
「お、気が合うな。京一。俺もそう思うぜ。
 やっぱ、男だったらメソメソするなんてみっともないよな」
 機先を制し、首を抑える京一の腕に手を置き微笑む。
 自分の言いたい事をわかっていながら、それを拒もうとする龍麻に京一はかっとなって、強引に龍麻の身体の向きを変えると胸に抱き込んだ。
「俺じゃ頼りにならねェか?辛かったら泣けよ。
 俺の薄っぺらい胸板でよけりゃいつでも貸してやる。
 だから、我慢すんな」
 されるままだった龍麻が京一の背に手を回した。
 小さな吐息が胸に伝わってきた。
 泣き顔を見られたくないだろうと京一は上を向いた。
「京一の胸薄っぺらくなんかないぞ。手が回りきらないじゃないか」
「――はい?」
 予想と違う反応に思わず顔を見てしまった。そこには涙はなく、どちらかと言うとふて腐れたような表情で京一を見上げていた。
「そりゃあ、俺は京一みたく逞しくないさ。でも、そんなに弱くない。
 自分の力不足に目を瞑って、お前に慰めて貰って紗夜の事を誤魔化すなんて真っ平だ」
 真っ直ぐに自分を見詰める龍麻の瞳。
 闇と同じ射干玉の黒。なのに紛れることなく炯と光を放ち、その輝きは京一を捕らえて放さない。
「お前は、そんな情けない奴を相棒にしたのか?
 相棒っていうのは甘やかして、護ってやるものなのか?違うだろ。
 お互いに助け合える関係の事だよな。俺は京一に一方的に護ってもらうなんて嫌だ。それこそ、俺はそんなに頼りにならないのか?」
 そう、自分の相棒は日頃の穏やかで柔和な雰囲気からは想像もつかないほどの強さを秘めた人間なのだ。春から次々起こる奇怪な事件が解決出来たのも、彼がさり気なく自分達を導いてくれたからにほかならない。
「そんなこたあねェよ。
ただよ。ひーちゃんはいっつも俺を甘やかしてくれんだろ。だからこんな時ぐらい、俺が甘やかしてやりてェと思っただけだぜ」
 龍麻の強さを信じないわけじゃない。大丈夫だと思う。それでも、自分を傷付けた者であっても躊躇うことなく救おうとする優しさを持つ親友が、心を痛めているのも知っているから。こんな時ぐらい自分に寄りかかって甘えて欲しかった。それが自分の我侭でも。
「細っこくても頼りにしてるぜ♪」
 そして、京一は知っていた。無益な争いを嫌う彼が、其の実負けず嫌いであることを。
「〜〜〜〜」
 案の定、図星だったらしく京一得意の拗ね顔をした龍麻がいじけていた。
 身長は数センチしか違わないのに身体つきはあまりに違うのだ。当然と言えば当然なのだが男として悔しかったらしい。完全に自分の性別を忘れていると言うより、端から自覚してないところが天晴れである。

「さっさと帰ろうぜ。
 早く寝ないと明日遅刻すんぞ」
「え?学校行っていいのか?」
「行きたいんだろ。俺だったらこれ幸いにサボるけどな。
 真面目だよな。ひーちゃんってば」
「別に勉強が好きなわけじゃないさ。学校に行けば皆に会えるからだよ」
 自分達に会えるから学校に行きたいとは素直に言えるのに、一人が淋しいとは言えないのが龍麻なのだ。
 誰かの為に自分の手を差し伸べることは出来ても、自分から人に甘えることは出来ないのだ。
 なら、自分が傍にあればいい。龍麻が孤独を感じぬよう、無茶をしないように。
「但し、ちゃんと朝メシ食えよ、食わねェんなら行かせないぜ。
 それ以上、細くなったら困んだろ」
 挑発するようにニヤリと口の端を上げてみせると、龍麻は簡単に引っ掛かった。
「ちょっとばっか、良い身体してるからってヤな奴」
「とーんでもない。俺なんて大将の足元にも及ばないぜ」
「っそーーー!!そのうち、雄矢や京一に負けないぐらい、マッチョになってやる!」
「ヘイヘイ。それじゃ蓬莱寺京一特製スーパーデリシャスモーニングをご馳走するぜ」
「おう!目指せ兵庫だ」
「ひーちゃん。いくらなんでもそりゃ…」
「何だよ。無理だとでも言うつもりか?」
 いじけではなく怒りに顕わにしだした龍麻に京一は慌てて「いえいえ、期待してますって」と心にも無い白々しい台詞でお茶を濁した。目の前にいる百点満点の美少年が自分より―――ましてや仲間内で最もゴツイ紫暮より逞しくなった姿など想像も出来ないのだからしょうがないだろう。
 
 まるで聞き分けの無い幼い子供みたいに向きになる龍麻。きっと他の仲間達は目にしたことがないであろう姿。それを見せてくれるのが嬉しかった。
 だからこそ京一は願わずにはいられなかった。
 龍麻の全てを受け止められる存在になりたいと。
 龍麻の悲しみも痛みも癒してやれる者でありたいと。
 そう願う京一こそが龍麻を立ち直らせたとは気付かずに。




 すれ違うことも、届かないこともある
 もしかしたら拒絶されるかもしれない
 それでも手を差し伸べる勇気を失わずもち続けて下さい

 差し出された手に――想いに気が付いて
 目を逸らさず、怯えずに受け止めて

 君達なら大丈夫だから

 どうか僕に望みを叶えさせて下さい

【end】




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