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『KAZUMAB〜予行練習?終了〜』




 体育館裏の木陰に置かれたベビーバスケットに忍び寄る怪しい影。
 白い手がバスケットの取っ手に伸びる。
キッドナップか?!危うしかずまちゃん。
「かーずーまー。お待たせ。いい子にしてたか?」
 龍麻君が哺乳瓶を片手に駆けてきました。
 影は人目を避けるようにいなくなってしまいました。
 バスケットからかずまちゃんを抱き上げ、ミルクをあげます。手馴れたもんです。かずまちゃんを初めて学校に連れて来たときの危なっかしさはドコヘやら、ママの仕込みが良かったんでしょうね。
 そこへママ見参。
「ひーちゃん。副部長に捕まっちまった。部に顔出してくんぜ。
 先帰るか?」
「いや。ここでかずまと一緒にお昼寝でもして待ってるよ。
 気にしないで頑張ってこいよ。部長殿」
「悪ィな」
「ママ、いってらっしゃ〜い」
 龍麻君はかずまちゃんの手をとってバイバイします。
「おう。それじゃ行ってくるぜ。さっさと済ませてくっから待っててくれよな。ひーちゃん。かずま」
 ほのぼのとした光景が繰り広げられてます。まるでお出掛けするママを見送るパパと赤ちゃん。いささか校内という場所柄が不似合いな気もするんですけどね。

 残された龍麻君とかずまちゃんはそのまま木陰でお昼寝です。
 そこへ再び怪しい影が近づきます。
 普通だったら見惚れてしまう眠れる森の美女ならぬ美少年の龍麻君に目も呉れず、バスケットのかずまちゃんに迫ります。
「かずまに触るな」
 寝ていたはずの龍麻君が正面から怪しい人物を見据えていました。
 不信人物はかずまちゃんに後僅かという所まで伸びた手を慌てて引っ込め、まろびつつ逃げていきました。
龍麻君は、その姿を一瞥すると眠っているかずまちゃんをバスケットから抱き上げました。
 起こさないようにそっと抱き締めます。
「ひーちゃん」
 京一君の声には咎める響きが感じられます。
「何だよ」
「今のはねェだろ」
「ママはかずまが誘拐されても良いっていうのか」
「誤魔化されねェぞ。本気で今の女が誘拐犯だって思ってるワケじゃねェくせに」
 そうなんです。さっきからかずまちゃんに手を出そうとしていた影は、何処かかずまちゃんに面差しの似た若い女の人だったんです。
 きっと、かずまちゃんのお母さんなんでしょうね。それなのに龍麻君は突っぱねたんですから、京一君が納得いかないのも肯けます。
「どうしたの?ひーちゃん。らしくないよ」
 京一君と同じように部活を終えてやって来た小蒔ちゃん達が目を丸くしてます。
 無理ないですね。超がつく程のお人好しで通っている龍麻君とは思えない態度なんですから。
「あんな風に突き放したら可哀想よ。
 きっとかずまちゃんのお母さんにだって止むに止まれぬ事情があったんだと思うわ」
「事情があったら我が子を捨ててもいいのか?
 そんないい加減な奴に、かずまは渡さない」
 葵ちゃんの言葉を一言のもとに拒否します。普段は筋金入りのフェミニストで、特に葵ちゃんに優しい龍麻君のこんな態度、皆見たことありません。
 驚いて二の句が継げない葵ちゃんに代わって醍醐君が口を開きます。
「しかしな、龍麻。俺達はまだ学生でなんだぞ。言ってしまえば、まだ子供なんだ。
 その上、俺達はいつ何時事件に巻き込まれるか分からない状態だ。そんな中で子供を育てるのは無理なんじゃないか?簡単に出来ることじゃないぞ」
「だからって、子供を簡単に見捨てるような人間にかずまを渡すなんて冗談じゃないね。
 それなら、子供でも事件に煩わされていても、俺の方がマシだよ。
 俺なら、どんな辛いことがあってもかずまを離したりしない」
 醍醐君の説得も効果なし。
 頑として聞く耳を持とうとしない龍麻君に皆お手上げです。
「でもよ。赤ん坊にはお母さんが必要なんじゃねェか?」
「ママがいるだろ」
 言い含めようとする京一君に龍麻君はわざとらしいボケで逸らします。
「だから、とぼけんな!ホントのママの事だ」
「そうだよ。こんなんじゃなくてちゃんとしたママの方が良いと思うよ」
「京一は立派なママだぞ。おっぱいは出ないけど」
 小蒔ちゃんの台詞に明後日な反論をぶちかます龍麻君。誤魔化しようなどないのにそれでも我を張るなんて、何が何でもかずまちゃんを返したくないのがありありです。
 京一君達にしてみれば思惑が外れてイライラします。
 何とか円満解決に持って行こうとしているのに。

「わ、私はちゃんとおっぱい出るわ。
だから、かずまを返して!」

 待望のお母さん登場。
 ことごとく龍麻君に出鼻を挫かれて情けない登場ではありますが、それでも出てきてくれました。
 やきもきしていた京一君達もほっとします。皆、かずまちゃんのお母さんが隠れているのを判ってたんですね。
「どちら様ですか?」
 うっわー!龍麻君冷たい。
「かずまの母です。かずまを返してください」
「お断りします」
 即答ですか。龍麻君。
「かずまは俺が育てます。
 貴女は必要ありません。お引取り下さい。それじゃあ」
 慇懃無礼の見本。丁寧にお辞儀して、かずまちゃんを抱いたままその場を去ろうとします。
 あんまりな事にお母さん呆然としています。
「待てよ!ひーちゃん」
 亭主の暴挙を止めるのは妻の役目(ちょっと違うか?)。京一君が龍麻君の腕を掴まえて、引き止めます。
「お願い。待って!」
 我に返ったお母さんも腕に縋ります。
「何か御用ですか」
 目の前にいる龍麻君まるで別人。雪の女王かトランプの女王様みたい…。
「ごめんなさい。迷惑をかけて」
 お母さんの必死の謝罪がきいたのか龍麻君が微笑みました。
「気にしないで下さい。かずまのことならちっとも迷惑じゃありませんから。
 それよりお礼を言わなきゃいけませんね。
 こんなに可愛いかずまを下さってありがとうございます」
 ニッコリされても、言ってる内容とのギャップが有りすぎて恐いです。
 恐すぎて真神の皆も固まってしまいました。
「ふざけないで!かずまは物じゃないのよ。あげるもんですか」
 お母さん切れちゃいました。プルプルと震えています。
「ふざけてませんよ。
要らないから捨てたんでしょう?物でも人でも大切なら捨てられるわけないですからね。だったら俺が貰ったって構わないでしょう」
うっわー。うっわー。きっつーー。
お母さん黙っちゃいました。本当の事って突きつけられると厳しいですよね。
しかし、ここで引いたらかずまちゃんを返して貰えません。お母さん頑張ります。
「で、でも子供は実の親に育てられるのが一番よ。
 今は良いかも知れないけど、あなただって将来、結婚して子供が出来たら我が子が一番可愛くなってかずまのこと疎ましく思うようになるわ」
「なりません」
「なってしまうの!
 あなたはご両親に愛されて大きくなったから、親の愛を疑ったことが無いからそう言えるのよね。
 …でも、それは実の親子だから、どんな時でも無償の愛を注げるのよ。
順調の時はいいかもしれないけど、いざ、何か起こった時、血の繋がらない子供なんて邪魔になってしまうものなの。
 だから、大きくなってからかずまが辛い目にあうのが解っているのに、あなたにかずまを渡すことなんて出来ないわ。
 かずまには実の親が必要なのよ」
 負けてはなるものかと必死に言い募ります。
 でも、一生懸命龍麻君を説得しようと話す姿が何処か寂しそうです。もしかしたらお母さんは、親子関係で何か辛い思いをしたのかもしれませんね。
「あははは。
 深刻な顔して話すから何事かと思えば、そんな事か」
 ここは笑うところじゃ…。傍観している皆はあんぐりと口を開けてしまいました。
「何が可笑しいの!」
 お母さんが噛み付きます。然りご尤も。
「え?だって、俺の父さんと母さんって実の親じゃないから」
 さらっと何ておっしゃいました?龍麻君。
「でも、俺邪魔にされた事なんてないし、あなたが言った通り目一杯愛されたし、今も愛されてる」
 自信を持って断言できるなんて、疑う余地もないですね。
 そして、言い切れるのは、龍麻君自身も同じようにご両親を慕っているから、ですか。
「って事は俺がかずまを疎ましく思うなんて有り得無いし、ずっと大切に出来るって事ですよね。俺が父さん母さんにして貰ったように。
 これであなたの心配は当て嵌まりませんよ。別にかずまに必要なのは実の親じゃなくても大丈夫って事になる訳だし」
 お母さんショック。
 正論振りかざして煙に巻こうとしたら、逆にドつぼに嵌って反論できなくなってしまいました。
「かずまの事は心置きなく俺に任せてください。
かずま。お母さんにさよならしような〜」
 そう言いながら、さっき京一君にしたみたいにかずまちゃんの手をとってバイバイします。
 我が子が他人の手に抱かれ、自分に別れを告げるのに耐えられる母親がこの世に何人いるでしょうか?そんな人めったにいませんよね。ここにいるお母さんだってそうです。
 お母さんの瞳から涙が溢れます。
「…い、いや、嫌よ。
 …かずまに私が要らなくても、私にはかずまが必要なの。
かずまを…取らないで。かずまを返し…て…」
 両手で顔を覆い、その場に崩れるお母さん。手の隙間から涙が止め処なく流れています。

「…あー。うー」

 つんつん。
 お母さんの髪を引っ張るのは誰だ?
 答え=かずまちゃん。
 しゃがみ込んだ龍麻君に抱えられ、満面の笑顔でお母さんの髪を握っています。
「はい」
 龍麻君の手からお母さんの震える手の中にかずまちゃんが移ります。
 存在を確かめるように、恐る恐る頬擦りをします。僅かの間、離れていただけなのに、懐かしくて堪らない感触。やわやわと頼りないのに確かな温もり。
「―――あの、ど…うして?」
 あんなにすげなかった龍麻君があっさりかずまちゃんを返してくれたのが信じらなくて、尋ねると同時に勇気を出して顔を上げました。
 そこにあったのは、龍麻君の笑顔。
 さっき見た綺麗な顔に取って付けたような形だけの冷たい表情じゃなくて、柔らかく優しげで暖かな笑顔。お母さんったら見惚れちゃってます。
「かずまにはそこが一番良いって事です。
 悔しいけど、俺とママじゃ、あなたの代わりは務まらないから…」
 切なそうに瞳を細めた龍麻君がかずまちゃんの頬を撫でます。そこにあったお母さんの涙を拭うように。
「だから、あなたに返します。
もう離さないで下さい!
今度こんなことしたらぜぇーーーったいに返しませんから、いいですか!!」
「は、はいっ!!」
 仁王立ちになって宣言する龍麻君にお母さんはかずまちゃんを抱いてしっかり頷きます。
 それを満足気に見届けると、
「で、俺はしがない学生だけど何か力になれますか?大した事は出来ないと思うけど、何かお手伝いできますか?」
 お人好しの面目躍如。やっぱり龍麻君。
「ありがとう。でも、これ以上何かして貰ったら罰が当たるわ。
 かずまがなくてはならない存在だって教えてもらっただけで充分」
「それ、違うぜ。
 気付かなかっただけさ。な、ひーちゃん」
「あぁ、でなけりゃ新宿の人ごみで俺達を追跡したり、門の外で何時間も待ち伏せしたり出来ないよ」
 京一君と龍麻君の言葉にお母さんの顔が赤くなります。
 バレてたなんて。
 我が子が高校生に抱かれているのを見掛けて、自分から手放したはずなのに夢中で追いかけたのを。そして、その学生の住処と学校を突き止め、様子を知りたくて付き纏っていたことを。
「そうだ。じゃあ、たまにでいいから、又俺達にかずまを預けてくれるってのは?
 子守りならママがいるから安心だし。どうかな」
「ダーーメ♪」
 まだ、自分とかずまを助けてくれようとしてくれる少年の申し出をお母さんは断ります。
「ケチ」
 龍麻君は恨めしそうに悪態を吐くと、初めてお母さんが笑いました。
「えぇ、そうよ。
 一時でもかずまと離れるなんて、もうこりごり。
 心配しないで。本当にもう大丈夫だから」
 全てを覚悟し、乗り越えようとする姿は有無を言わせぬ力を感じさせてくれます。
母は強し。
「わかりました。
 じゃ、最後に一つだけ教えてください。
 かずまってどう書くんですか?」
「平和の和に真実の真で和真よ」
「残念。やっぱり一麻じゃないんだ」
「ま、そうだろうな」
 男の子二人の様子にお母さんは首を傾げます。
「あ、俺の名前が龍麻でママの名前が京一だから一麻だったらいいなって思ってたんですよ」
 龍麻君が涎掛けの『KAZUMA』の刺繍を指差して説明します。
「まあ。そんなご縁があったのね。そっちに替えちゃいたくなるわ。
 そうしたら和真もあなた達みたいにカッコ良くなるかしら。
でも、私のかずまは和真なの」
「それが一番似合ってるって」
 ママ――京一君が請合います。他にどんなに素敵な名前があっても、生まれた時に授かった名前が一番ですもんね。
「本当にありがとう。
 感謝するわ。ステキなパパとママに」
 平然と龍麻君と京一君をパパとママと仰るとは、このお母さんなかなかやります。
 そんな軽口が出るなんて元気になった証拠ですね。
 言った通り、この先何があっても和真ちゃんと乗り越えて行けそうです。これで一安心。

「バイバイ。和真」
 あれだけ駄々を捏ねたのに龍麻君が自分から別れを切り出しました。
 想いが通じたのか和真ちゃんが手を伸ばしました。
 その小さな手を龍麻君の手が優しく包みます。
「だぁー」
 和真ちゃんの声が合図となって二人の手が離れます。
 そして、お母さんは深々と頭を下げると和真ちゃんを連れて真神学園を去って行きました。

 ガバッ!!
 和真ちゃん達の姿が見えなくなると、龍麻君が京一君を抱き込みました。
 身長172・5cmの龍麻君が身長176cmの京一君の顔を胸に押し付けるように抱き締めたんですから、京一君苦しい。
「ママ。寂しいけど我慢しような。
 和真の本当のママはあのお母さんなんだから、しょうがないんだ。ママのおっぱいが出ないせいじゃないんだから気にするなよ。
 でも、泣きたかったら泣いてもいいぞ。あんなに可愛がってたんだから、あきらめらんないし、辛いよな」
 なーに言ってんだか。強がっちゃって。
 和真ちゃんがいなくなって誰よりも気落ちしてるのは龍麻君でしょう。やせ我慢するんだから。
 腰を屈めて苦しいけどされるままになってる京一君も、苦笑して見守る葵ちゃん達もそんなコト百も承知です。
「ま、何だ。落ち込むな。龍麻。
 今はまだ早いが、お前にだって後何年かすれば子供が出来るさ」
 ぎこちない口調ながら醍醐君が励ましてくれました。
「そうだよ。ひーちゃんだったら美人なお嫁さんと和真ちゃんに負けない可愛い赤ちゃんが出来るよ。
 ね。葵」
 龍麻君の正体を知らない小蒔ちゃんは、何とか葵ちゃんと龍麻君をくっつけようと必死です。
 けど、そうは問屋が卸しません。
「そうね。龍麻と京一君の赤ちゃんだったら可愛いと思うわ」
 なんてコト涼しい顔で言ってますよ、葵ちゃんってば。
親友の切なる想いは彼女には届かなかったようです。ここで『私が産むわ』なんてコトにはならないまでも、頬を染めて照れてくれればいい雰囲気になると踏んだのに、思惑が外れて哀れな小蒔ちゃん。でもね。それでいいんです。皆さんも忘れてるでしょうが、龍麻君ホントは女の子なんですから。説得力ないけど…。
 その上、もう一人は…。
「え!京一産んでくれるの?」
 違います。龍麻君。
 葵ちゃんが言ってるのは、パパが龍麻君と京一君ならどちらも可愛い子供が授かるだろうという意味であって、決して二人の子供という意味じゃないんですよ〜。いーですかぁ。
 ……解ってないみたいです。期待に満ちた目で京一君を見ています。
「――ひーちゃん。俺は男だぜ。産めるワケねーだろ。
 勘弁してくれよ」
「ちぇ〜。遠慮しなくていいのに」
「してねェ!!」
 とんでもない無理難題を吹っかけられ脱力する京一君を相変わらず抱きしめ続ける龍麻君。
あのさ。キミ達、いい加減離れたらどう?
 その気になれば振り払えるのにそうしない京一君とそれをいいことに何時までたっても離そうとしない龍麻君。
はいはい。やってなさい。
近くも遠くもない将来、『一麻』と言う名の赤ちゃんが現れますよ。
 誰がパパとママかは言わずもがなですよね。

【お終い】




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