寒風吹きすさぶ公園。
霧島は、いかにも柄の悪い奴らに十重二十重に囲まれていた。四.五十人はくだらないだろう。
とはいえ、たかがチンピラである。到底霧島の敵ではないのだが、逆に弱過ぎて下手をすると殺してしまいかねない。
これが場数を踏んだ京一であれば問題はないが、優等生の霧島にとっては如何すればいいやら途方に暮れてしまう。
京一先輩がいてくれたらとつい考え、甘えるんじゃないと厳しく自分を律する霧島だが、そもそもこうなった原因が京一にあることを忘れているあたり、本当に人が良い。
事の発端は、この間のさやかのコンサートだった。
コンサートを終え、会場を密かに脱出しようとした時、胡散臭い男に見つかってしまった。ファンと名乗られれば、邪険にもできず、困っていた処に京一が現れ、『てめェみたいなゲスがさやかちゃんのファンだァ。オレの(?)さやかちゃんが汚れるぜ。とっとと失せろ』と宣ったのだ。
その場にさやかちゃんがいたので事無きを得たが、こけにされたゲスは気が収まらず『真神の蓬莱寺』相手でも逃げ出さない、身の程知らずの馬鹿を集めてリベンジを画策。
そのとばっちりを受けて霧島は呼び出されたのだ。勿論、京一も込みで。
が、ここに京一はいない。
今頃、卒業のかかった再々追試の真っ最中であろう、言えば試験を投げ出して駆けつけてくれるだろう。だからこそ霧島は京一に告げることが出来なかった。
気合を込める必要もなく、次々に倒されていく男達。
しかし、手加減し過ぎている為、いったんやられた奴もすぐ復活してしまい、いつまでたっても戦闘が終わらないという悪循環に陥ってしまっている。
「…ふぅ」
不毛な戦いが続いたせいで、霧島にありえない隙が生じた。
「死ねや!クソ餓鬼」
太いチェーンが霧島を襲う。
ガキッ!
「?」
鎖は、目の前で木刀に絡め捕られている。
「蓬莱寺京一、見参!!」
「??」
「またせたな。諸羽」
「???」
短ランを腕捲くりし、肩に木刀を担ぎ、明るい茶の髪の学生が不敵な笑顔で現れた。
「?…龍麻…先輩…?」
呆然とする霧島を無視して、リーダー格の男が京一もどきに声をかけた。
「てめぇが『真神の蓬莱寺』か?なかなか来ねえから評判倒れの腑抜けかと思ったぜ」
「京一はそんな奴じゃない!」
「京一先輩はそんな人じゃない!」
即座に放たれる否定の言葉。口にした二人―――片や相棒、こなた一番弟子―――は目配せをして小さく微笑んだ。
「そ、そいつは、この間の奴じゃな―――!!!」
この事件の元凶でもある男は、真実をばらす前に木刀から迸る剄にすっ飛ばされ昏倒した。
「ごちゃごちゃ言ってねェで、かかってきなッ!!」
流石は、相棒。台詞も口調も京一そのものである。
違うのは声色、凛と通る声はどちらかと言えば柔らかく澄んでいる。
「行くぜッ!!諸羽」
「ハイッ、京一先輩!!」
こうなれば勝負はついたも同然。
本物には到底及ばないが、偽者も危なげない木刀捌きで馬鹿者共を次々に沈めていたし、 助っ人の参戦により、落ち着いた霧島は殺さずに且つ二度と刃向かえない程度の的確な攻撃を繰り出すことに成功している。
そんな戦いの最中、霧島は眼を奪われていた。
隣で慣れぬはずの木刀を見事に操るその天与の才に―――羨望で
憧れの強い力と輝かしき心を持つ剣士の傍らで、引けを取るどころかその人を惹きつけてやまない存在に。
「気ィ抜くんじゃねェぞ!諸羽」
死角から霧島を狙っていた敵が木刀を叩き込まれて気絶していた。
「いきますよッ!!」
霧島の《剣掌・旋》が京一もどきに群がろうとした連中を薙ぎ払う。
「へへッ、やるねェ」
誉める様まで忠実に本物を真似るのに霧島は苦笑を隠せない。
意外にノリがいいんだよなぁ…。
大した時間も手間もかからず決着は付いた。
当然、偽京一と霧島組の勝利である。
「オレ様にたてつくなんざ、百億年早いんだよ」
ほうほうの体で逃げたすチンピラの背中に勝利宣言を投げつける姿は、まだ京一モードのままで。
「ありがとうごさいました。龍麻先輩」
感謝を込めて頭を下げる。
顔を上げると、そこには“龍麻”がいた。
整い過ぎた精緻な面差しに不釣合いな程柔らかく慕わしい微笑を浮かべ、澄んだ大気を纏った人。
誰であろうと、惹きつけずにはおかない人が。
「水臭いぞ。諸羽。
まぁ、これで真神の蓬莱寺がついてるって知れ渡れば、さやかちゃんも諸羽も少しは楽になるな。これだけ派手にやらかせば流石にもう下手なちょっかい掛けてくる馬鹿も減るだろ」
「え、じゃあ…」
てっきり龍麻が京一の格好までしてここに助けに来てくれたのは、京一の名誉を守る為だと思っていた。
それが自分達の為だったとは。
「ほ、本当にありがとうございます。僕、嬉しいです」
思わず、龍麻の手を両手で握り締める。京一に見つかったら、ただじゃ済まないだろう。
「京一ほど頼りにならないけど、もう少し甘えてくれよ。諸羽。俺達仲間だろ」
龍麻は霧島の手を握り返し、微笑む。
溢れるほどの労りと思いやりを感じて霧島の胸は一杯になった。
「…………」
「諸羽?」
「――!!!!」
正気に返った霧島は、慌てて手を離し、龍麻から離れた。
意識すると、心臓が跳ね上がる。
京一のふりをしている龍麻はいつもと違い顔の露出度が高く、仲間うちで凶器ともいわれている美貌が晒されている。その上、短ランは羽織っただけなのでいつも隠されている首から鎖骨までが惜しげも無く露わになっていたりする。
その細さと流れるようなラインは、どう見ても男のそれとはあまりに違う。
「ど、どうしてここがわかったんですか?龍麻先輩」
不意に口をついて出た言葉だが、疑問に思っていた事だ。
真神学園に相談に行ったが、京一ののっぴきならない事情を知って黙って帰ってきたのに。
人差し指を霧島の顔の前で振って得意げに答える。
「うちの新聞部長をなめちゃいけない。何でもお見通しさ」
「あ!遠野さん」
なるほど、あの敏腕記者殿であればこの場所を突き止めるぐらい訳ないだろう。
跳ねる心臓が龍麻に届いてしまうのではないかと思うほど大きな音を立てる。それを誤魔化す為、矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「あ、あ、あの、よく借りれましたね。学ランと木刀」
短ランはともかく、京一が木刀を大事にしているのは有名な話だ。何でもプールにまで持ち込んだと聞いた記憶がある。
やはり背中を預ける相棒は、特別なのだろうか。自分は触れたことすらないのに。
思わず俯いてしまう。
そんな霧島の心の内を察して龍麻が口を開く。
「違うよ。
テストで良い成績取るの難しいんだから、せめて愁傷に見えるよう格好ぐらいまともにしろって取り上げたんだ。
だから…」
「内緒ですね」
霧島が笑顔になる。秘密を共有出来た事がなんだか嬉しい。
「そーゆうこと」
片目を瞑り、もうすぐテストが終わるから帰ると駆け出した龍麻を霧島は見送った。
「…羨ましいな。京一先輩」
いつもなら京一先輩の隣にいる龍麻先輩が羨ましいのに。
意識せず口から零れた台詞に霧島は混乱した。
大人しくなった鼓動が再び早鐘を打つ。
動悸を鎮めようと胸元に手をやるとそこにある硬い物体に気がついた。
銀色の携帯を手に取る。
「もしもし、さやかちゃん。え?渋谷にいるの。うん、すぐ迎えにいくよ。じゃ」
霧島は携帯をポケットに押し込むと全力疾走で公園を後にした。
⇒そして『偽京一〜after〜』へ続く