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『偽京一〜after〜』


「…ぁ、…やっぱり恥ずかし…いよ。翡翠。…や、止め…」
「僕だって本意でないが、仕方がないだろう?龍麻」
「で、でも……こ…んなの…」
「フッ、これは君の願いじゃなかったのかい?」
 美術室の扉の向こうから聞こえて来る妖しい会話。
 蓬莱寺京一は、袱紗を握り締めた。微かに震えている。
「うっ。……そう…だけど」
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。龍麻。僕に任せて」
「―――っわぁ!!」
 龍麻の悲鳴があがる。
「ひーちゃんに何しやがんだ!このエロ亀」
 京一は、鍵の掛かった扉を蹴破り室内に乱入した。

 そこには、如月によって上着を脱がされそうになっている龍麻がいた。
 但し、その奥にはカメラを構えたアン子。右脇に照明をかざす醍醐。左脇には、大きな撮影用の鏡を危なっかしい様子で支える小蒔。そして少し離れた処に薔薇の花を抱える美里。ついでに美里と並んで霧島の姿もあった。

「何すんのよ!!京一」
 物凄い剣幕でアン子は怒鳴りつけた。
「え…?…あの」
 あまりの状況についていけずにしどろもどろとした京一だったが、絡んだままの龍麻達に目を戻すと、すかさず二人を引き離し、龍麻を自分の後ろに庇う。
「何の真似だ。蓬莱寺」
 あからさまな牽制に如月が眉を顰める。
「てめえこそ何やってんだよ。ひーちゃん。嫌がってんだろ」
「嫌がる?勘違いしないで貰いたいな。これは、龍麻の希望なんだから」
「嘘つくんじゃねえよ。ひーちゃんがそんなコト望むわけねェだろ。おめえじゃあるまいし。このドスケベ亀が!」
「人の事を変な風に呼ばないでくれ」 
「へっ。カメは人じゃねえよ」
「何だと」
 一触即発の空気が流れる。
 いつもの軽い口舌の争いではない剣呑な会話。
仲間外れにされて面白くない京一が如月に八当たるのは解らないでもないが、平素ならそんな京一を相手にせずさらりと流す如月が正面切って相手になっているのはおかしい。
二人の手が得物に伸びる。
「おや。取り込み中ですか?」 
 何時入って来たのか、壬生が扉のない入り口に立っていた。
「紅葉。来てくれたんだ。ありがとう。忙しいのにごめん」
「君の頼みだからね」
 申し訳なさそうな龍麻を安心させる様に壬生は微笑んだ。
 その壬生の影に新たな来訪者が二人。
「まったくです。この私をくだらない用件で呼び出せるのは貴方ぐらいなものですよ」
「へッ。何のかんの言って東の陰陽師を束ねる御門の若様も先生にゃ甘いねぇ」
「ちょっと御門君は大歓迎だけど、村雨君はお呼びじゃないわよ」
「おいおい。ブンヤの姐さん。相変わらずキッツイなぁ。俺は見物に来たのさ。何でも楽しそうなコトがあるっていうからよ」
「後勝手に。で、いい加減邪魔しないでよ。京一」
 アン子は、犬でも追い払うように京一に手を振った。残りの手でカメラを持ちファインダーを覗いたままなのは流石というほかない。
「一体全体、何やらかそおってんだよ」
誰一人として京一の疑問に答える者はいない。
真神の4人と霧島は目を逸らしているし、もともと鉄面皮な如月、壬生、御門から何か伺い知ることなど出来ようも無い。ニヤニヤしている村雨も同様である。
原因究明を諦めた京一は今一番やらなければならない事を思い出し、アン子の手からカメラを取り上げた。
「ひーちゃんが写真嫌いなの知ってんだろ。止めろよ」
「うっさいわね。京一。あんたには関係ないでしょ」
「関係ならあるぜ。相棒が酷いめにあってんのに見過ごすわけいかねェだろ」
「失礼なこと言わないでくれる。それじゃまるでアタシが龍麻を苛めてるみたいじゃない」
「その通りだろ。人の良いひーちゃん丸め込んでヘンなことさせやがって」
「誤解だ。京一。アン子は悪くない」
 アン子の前に龍麻が立つ。
「そうだよ。だいたい、ひーちゃんがこんなコトしなきゃなんないのだって京一のせいなのにさ」
「京一先輩を責めないでください。悪いのは僕なんですから」
 小蒔が京一を責めれば、霧島がすかさず庇う。
「聞き捨てならねェな。どういうことだよ」
 京一は、あながち自分が無関係ではないことを悟り、口を滑らせた二人を問い詰める。
 気まずい二人は、龍麻に救いを求めるように視線を送る。
 それを察知して京一の視線も龍麻に向けられる。
 が、龍麻は口を開こうとはしなかった。
 居た堪れない沈黙が場を支配する。
 「――――もういい。邪魔して悪かったな」
 事情を明かして貰えないのがいかにも哀しいといった様子で立ち去ろうとした京一の背中に御門が声を掛けた。
「貴方という人は、よくそういう白々しい真似が出来ますね。
 だいたい龍麻さんが貴方の為にならないことをするはずないと分かっていながら、それでも知りたいと駄々を捏ねるとはいい根性していますね」
 から芝居を見抜かれ京一が声を出さずに舌打ちすると村雨が追い討ちを掛けた。
「へッ、自分だけのけ者にされてつまらねえって言うより俺達に焼餅焼いてるってのが正解だろう」
「まったく。いつも一番傍にいるくせに了見が狭過ぎる。
 龍麻、蓬莱寺を相棒にしとくの考えたほうがいいんじゃないか」
「それは良い考えですね。如月さん。
 京一君の代わりなら僕がするから安心していいよ。龍麻」
「そうだね。壬生君ならひーちゃんと同じ古武道の使い手だし、どこぞのバカ猿よりお似合いだよ」
 小蒔まで加わって京一をこき下ろす。
 いつもより風当たりが強い。それに怯むことなく袱紗を突き付けると宣言した。
「ざけんな!ひーちゃんの相棒は、この蓬莱寺京一様と決まってんだよ。
な、ひーちゃん」
「もちろん」
 笑顔付きの即答で龍麻が応える。
 まさに鶴の一声。胸を張る京一と裏腹に周囲はやれやれと溜息をつく。
「じゃ、教えてくれるよな」
「‥‥‥アン子が新聞で都内美形高校生の特集組むって言うから如月達に頼んで来てもらったんだ」
「なるほど。で、誤魔化せると思ってんのか。ひーちゃん」
「な、何が」
「俺が聞きたいのは何をしてるかじゃなくて、どうしてひーちゃんがアン子の言いなりになってるか、だぜ。わかってんだろ」
 流石に鋭い。
ぐっと詰まって龍麻は、黙ってしまった。
「京一君。君はこの間、大活躍だったそうじゃないか。その時の事、遠野さんにばれたんじゃないのかな?その口止めの為に龍麻が彼女に協力してるんだろう」
「あの大立回りか?俺も人のコト言えた義理じゃねえが、旦那もやるねえ」
 壬生と村雨の台詞に首を傾げる京一。
「心当たりが多過ぎて分からないって言うんじゃないだろうね。
 そこにいる君を師と仰ぐ憐れな少年と一緒に舞園さんを狙う不逞の輩を始末した一件だ」
 不機嫌そうに説明する如月。
 気まずい表情の龍麻と霧島。
「あぁ、その事件なら私も聞き及んでいます。
 舞園さやかに下手な真似をすると真神の蓬莱寺に叩きのめされるって話題になってましたからね。
 怪我の功名で舞園さんの身辺も少しは静かになったんじゃありませんか。
 たまには貴方の悪名の高さも役に立つということですね」
 口元に扇子で隠し、しらっと当てこする御門に京一は、目を丸くした。
「ちょっと待てよ。何のことだよ。それ」
「往生際が悪ィな。旦那。今更、喧嘩沙汰の一つや二つ隠すこたぁねえだろうよ」
 村雨が揶揄すると京一が大声を張り上げた。
「てめえら人のコト何だと思ってやがる!
だいたい、俺はここんとこ追試に追われてて、ケンカなんてしてるヒマねェよ」
 情けなくも説得力のある発言に訪問者達は納得するしかなかった。
 同時に京一は皆の風当たりが何時にも増してきついことに合点がいった。
 龍麻の頼みとはいえ全ては自分の為なのだから不機嫌になるのも無理はない。
 
「しょうがないわね。こうなったら正直に話しちゃったほうがいいんじゃない。龍麻。霧島君」
 アン子が促すと観念した二人は洗いざらい事のあらましを白状した。
 要するに京一が引き起こした厄介事を霧島と京一の振りをした龍麻が解決し、それに手を貸したアン子の願いを叶えているという訳だ。

「ごめん。京一」
「何言ってんだ?ひーちゃん」
 事情を聞けば自分が謝る理由ならあるが、龍麻に謝られる理由はない。
 なのに目の前の龍麻はすまなそうに自分を見ている。
「怒らないのか?いくらさやかちゃんと諸羽の為とはいえ勝手に京一の名前騙ってケンカしたんだぞ。それに大事な木刀黙って持ち出したし…」
 それも全て自分の為だと思えば喜びを感じこそすれ怒りようなどあるはずもない。
 何より自分の剣は龍麻に捧げられたものだから木刀ぐらい無断で使われてもどうということはないのだ。但し、龍麻にその事を伝えてない―――伝わってないだけであって。
 京一は湧き上がる感情のまま龍麻を抱き締めようとした……。
 しかし、京一の行動は、喉骨に玄武の刃を当てる骨董屋の若旦那と人差し指と中指の符を挟み何事か唱え始めた陰陽師と花札をちらつかせる賭博師と靴の履き具合を確かめるアサシンと何故か加わっているエクスカリバーを構える騎士によって阻まれた。
「貴様は、龍麻の手を煩わすしか能がないのか」
如月は、忍刀の切っ先を向けたままの京一を睨んでいる。
「フッ。馬鹿な子ほど可愛いと言うことですか」
「ヤレヤレ、先生も親馬鹿だねぇ」
嫌味に磨きが掛かっている御門と茶化す村雨。
「龍麻。甘やかし過ぎては、京一君の為にならないよ」
「確かにな。霧島を助けてやるのは良い事だが、追試で忙しいのは京一の自業自得なんだから、黙ってお前が京一の代わりをしてやるのはどうかと思うぞ」
 壬生の意見も尤もだと、今まで静観していた醍醐まで加わった。
「そんな事ないさ。京一のフォローは、相棒の俺がするのが当然だろう」
 止めの一言。
 自分が相棒の為に動くのは当たり前だ、と言い切る龍麻。
 大抵の人間は、龍麻のように素直に自分の想いを表すことは出来ない。大切の人を大事だと言葉や態度で示すのを躊躇ってしまう。
 だからこそ仲間達は、それを出来る龍麻に惹かれ、そしてその想いを最も多く受けている男に殺意を覚えるのだ。
 では何故今の今迄京一がお天道様の下を歩いていられるかというと、偏に当の龍麻本人が自分の想いに自覚がなく、相変わらず京一を『相棒』『親友』として扱っているせいにほかならない。
 自覚がないと言えば、いくら男として育ったとは言えいい加減もう少し女性として目覚めてくれればと京一を嘆かせている。この調子では、いくら両想いでも関係が進展するのは何時の日か。
 ともかく、こんな龍麻を前にして逆らえる者などいない。
 皆、龍麻に言いたい事、京一に言ってやりたい事山程あるのだが、ひとまず呑み込んで龍麻の為に京一の尻拭いに付き合うのだった。

「ところでよ。諸羽。何でお前剣抜いてんだ?」
 京一の指摘に霧島は慌てて剣を鞘にしまった。
先程の京一の暴挙(?)を止めるために戦闘態勢に入っていた者の中に霧島も加わっていた。
「そんなの京一を助ける為に決まってるじゃないか。な、諸羽」
「は、はい。そうです。龍麻先輩」
「はは、本当に諸羽は京一が好きなんだな」
 龍麻は無邪気に笑っているが、釈然としないものを京一は感じた。相変わらず勘がいい。
「まぁ、いいや。そんな事よりしかたがねェ。、ひーちゃんに替わって、この真神一のいい男、蓬莱寺京一様が一肌脱いでモデルになってやるぜ。アン子」
「結構よ。あたしが作りたいのはその学校でトップの美形が集う高レベルな新聞なの」
「だから、俺様が協力してやるって」
「残念でしたー。この間のアンケートで真神一の美男子は3−Cの緋勇龍麻君に決定したんだよ。だから自称真神一のいい男さんの出る幕じゃないの」
 小蒔が舌を出しながら残酷な現実を突き付ける。
「まぁ、憐れなナルシスは黙って見ていたまえ」
 と龍麻の手を取って如月は再びカメラの前に立った。

京一は、落ち込むかと思えば、意外に平然としていた。不信に感じた小蒔は、京一の顔の前で手を振る。
「京一。ショックでどうかしちゃったんじゃない?」
「ショックなのはおめえだろ。美少年。ひーちゃんに女の子の人気とられたからって落ち込むんじゃねェぞ」
「誰が美少年だ!」
「二人とも騒いでは撮影の妨げになってしまうわ」
 いつものじゃれあいに発展する前に葵がやんわりと止めた。
「おっと、すまねェ」
「うふふふ。京一君の気持ちも解るわ。龍麻が選ばれたのなら納得出来るものね」
「だろ!でも、皆間違えてるぜ。ひーちゃんは真神一じゃなくて世界一の美女だもんな」
「そうね。確かに龍麻は綺麗だわ」
「人をカマ扱いするなーー!!」
 怒号とともに放たれた秘拳・黄龍が命中した京一は、そのまま強制退場した。
 今の京一と葵の発言は正しいと言える勇気ある者は、この場にはいない。
 そして、龍麻の技は京一のすぐ隣にいた葵の持つ薔薇の花弁一枚散らすことはなかった。
 ここ迄、徹底したフェミニストぶりを見せ付けられると、龍麻が男でないのが不思議な位である。本当に凛々しく男らしく育ったものだ。女の子なのに……。
しかし、至近距離で大技かまして、見事にコントロール出来るとは、もはや技というより芸と言ったほうがいいかもしれない。
「なかなか、おもしれえモンが拝めたぜ」
野次馬村雨が涼しい顔で笑うのみ。


 出来あがった真神新聞特別号は、アン子の狙いどおり飛ぶ様に売れ、その売上は前に出した舞園さやかの特集号に勝るとも劣らなかったらしい。
 噂では、闇ルートで真神、王蘭、鳳銘、拳武、皇神の貴公子達の妖しい写真も出回り、一部の女生徒と一部の男子生徒の間で高値で取引されたとか。






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