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『ｆａｃｅ　ｅａｔｅｒ〜決戦前夜〜�J』

　隣にいるのが当たり前。
　そうじゃねェとスースーする。
　そんな風に思っちまうほど、春からずっと傍にいた。
　緋勇龍麻―――俺の相棒。



　初っ端からとんでもない奴だったよな。
　マリア先生が連れて来た転校生。
　ちょっと見は、細身で頼りねェ感じ。前髪が邪魔して顔が拝めねェけど悪い奴には見えなかった。どっちかってえと、人畜無害の人の良さそうなお坊ちゃんタイプ。
　でも俺はだまされなかった。立居振るまいに隙がなさ過ぎた。只者じゃねェ。
　もっとよく観察してやろうとした時、窓から吹いた風がひーちゃんの前髪は払っていったんだ。
　現れたひーちゃんの顔は、俺の―――いやクラス全員の頭を真っ白にするほどの衝撃だった。
　眉も瞳も鼻も口も、全部が完璧な造りで、なんつーかこれ以上はないだろうってぐらいきれいな顔だった。
　きれいだったが女みたいに甘いツラじゃなくて、じゃあ男らしいかって言えばそうじゃない不思議な美しさってのがあった
　ちょっと印象が美里に似てた。きれいだけど、親しみが持てる優しさがあった。
　普通、男でも女でもきれい過ぎると、本人そんな気じゃなくてもお高くとまってる感じがしていけ好かねェんだが、ひーちゃんは違ったんだ。

　その後、真神のマドンナ美里がそつなくひーちゃんに渡りをつけてた。
　それまでは良かったんだ。
　バカ小蒔がしゃしゃり出てきやがったから、ややこしくなったんだ。
「緋勇クンて葵みたいな女の子が好みなんじゃないの？」
　いきなり聞くか！？んな、あらかさまコト。いくら男女だからって、恥らいってもんがねェのかよ。
　対するひーちゃんも。
「うん。とても美しい人だね。どんな人でも美里さんには惹かれると思うよ」
　なんて、本人目の前にして言っちまうだもんなァ。とんだプレイボーイだと思ったぜ。
　それでなくても、佐久間が目ェ吊り上げてたっていうのによ。これで決定的に目ェつけられたよな。
　俺は何にも知らねェ転校生が佐久間の餌食になっちまうのもかわいそうだから、自己紹介ついでに忠告してやることにした。
「よォ、転校生。
　俺は蓬莱寺京一。これでも、剣道部の主将をやってんだ。
　まァ、縁あって同じクラスになったんだ、仲良くしようぜ」
　突然現れた俺にも驚きもしねェでニコニコしてた。ホント、ひーちゃんって度胸いいよな。
「こちらこそよろしく、蓬莱寺君」
　初めて身近で聞いたひーちゃんの声は清んだ柔らかいアルト声で雰囲気に良く似合ってたな。男らしくはなかったけど、女みたいとは思わなかったんだ。
　思わずもっと聞きてェって思ったぜ。目的はそれじゃねェから我慢したけどよ。
「そうだ―――、ひとつ忠告しておくが…、あんまり目立ったマネはしない方が身のためだぜ」
　首傾げてた。自分がどんなに目立ってっかわかってなかったんだ。
　ただでさえ３年での転校生。それだけでも人目を引くってのに、そのうえトンでもねェ美形さんとくりゃあ嫌でも注目されるだろう。
　でも、ひーちゃん自分がキレイだって思ってねェんだよ。
　ひーちゃん。頼むから、自覚してくれって、いくら言っても効果ないんだけどな。ハァ。
　今なら判ってっけど、こん時は知らなかったから正直呆れたぜ。
「学園の聖女を崇拝してる奴はいくらでもいるって事さ。
　特に、この３−Cには―――、頭に血が上り易い奴らが多いしな…」
　一先ず忠告してやりながら、佐久間の方に顎をしゃくった。
　そうしたら、そのまま連中のコト見てんだよ。ヤバいから慌てて話を進めたぜ。
　後で聞いたら、今時あまりにレトロなヤンキーぶりにカンドーしてたんだと…。
「まッ、そういうこった。無事に学園生活を送りたいなら、それ相応の処世術も必要ってコトさ。じゃ、また後でな」
「ありがとう」
　ひーちゃんは素直に頷いてくれた。
　でも、あんまし、俺の忠告は役に立たなかった。
　授業中は、俺が佐久間からの防波堤になってだんだけどよ。もう、大丈夫だろうって部活をサボるため雲隠れしてる隙にひーちゃんは佐久間につかまっちまったんだ。
　アン子が言うには佐久間に「ずいぶんと女に囲まれて御満悦じゃねェか」って、からまれて「うん。可愛い子ばっかりで嬉しいよ」と宣ったそうな。
　それもイヤ味や当てこすりじゃなく本心から言ったんだろな。
　当然、佐久間に拉致られるはな。
　で、連れてかれた先は体育館裏。別名、俺のお気に入りの場所。

　昼寝こいてた俺は佐久間の舎弟の耳障りな声で目が覚めた。
「緋勇よォ。てめェもついてねェぜ。
　佐久間さんに目ェつけられちまうなんてよ…」
「転校してきて、いきなり入院たァ、かわいそうになァ」
　不愉快なセリフ。もちろん俺はひーちゃんを助けたぜ。
「オイオイ、ちょっと転校生をからかうにしちゃァ、度が過ぎてるぜ。」
　ジャマされていきり立った佐久間が因縁をつけてきた。
「蓬莱寺…。俺はなァ…てめェも前から気に入らなかったんだよ。
　スカした面がしやがって」
「奇遇だな。佐久間。よッ―――と」
　お前になんか気に入られたくねェ、と思いながら俺はひーちゃんと佐久間の間に飛び降りた。
「実をいうと、俺も前からお前の不細工なツラが、気に入らなかったんだよ」
「てめェ…、無事に帰れると思うなよ」
　こうなっちまったら、やるしかねェよな。俺は木刀を構えて、いざってところで目の前にひーちゃんが立ち塞がってたんだ。
　黙ってじーっと俺の顔を見詰めててよ。
　俺も驚いたけど、佐久間達も止まってたぜ。
「佐久間君。君おかしいよ。
　蓬莱寺君はこんなにいい顔してるのに、何処が気にいらないんだい？」
　確かに俺はいい顔してるし、ひーちゃんにそう思ってもらったのは嬉しかったけどよ。
　そういう問題じゃねェよな、この場合。
「でも、蓬莱寺君も良くないよ。
　人の身体的欠点をそんなにはっきり指摘しては失礼だと思う」
　つーか、ひーちゃんの言い方の方がよっぽどキツいだろうよ。
「佐久間君も気を落とさないで。
　世の中、顔で渡っていく訳じゃないんだから大丈夫。
　蓬莱寺君みたいなハンサムの方が少ないんだし。
　君や俺だって強く生きていけるよ」
　おちょくってんのかと思った。
　俺がハンサムなのはいいとして、ひーちゃんと佐久間が同列ってのは理解に苦しんだぜ。ふざけてるようには見えなかったし。結局、ひーちゃんは自分の美しさをトコトン解ってないってコトなんだけど。それでも佐久間と一緒ってのは…。
　ともかく、佐久間にとっちゃあイヤ味にしかとれなかったワケだ。
「……て、て、てめェ。何言ってやがる！」
　完璧に馬鹿にされてると思い込んだ佐久間が怒りだした。
「オイ、緋勇、俺の側から離れんじゃねーぜ。いくぜッ！」
　こうなったらもう止まらねェ。　
　ひーちゃんを除いて臨戦態勢に入った……ら。
「蓬莱寺君。佐久間君。駄目だよ。暴力は良くない。ケンカは止めよう」
　この期に及んで何言ってんだ、つーか優等生な良い子チャンは困るぜ、って思ったな。
　そう言われて止められるワケねェんだよな。
　こーゆうコトに関しては佐久間達も俺と同意見だった。ようするに、そのままケンカになだれ込んだってワケだ。
　俺は、まず、うざってェ手下共をのしていった。一気に片付けたかったんだけど、ひーちゃんを庇いながらだったからザコから始末することにしたんだ。
　まっ、ひーちゃんを庇う必要なんてなかったんだけど、この時はまだ知らなかったからな。
　気が付いたら、ひーちゃんが俺の守りからはぐれてたんだ。
　そんなおいしいチャンスを佐久間が見逃すワケねェ。すかさずひーちゃんに襲い掛かりやがった。
「緋勇！逃げろッ！！」
　佐久間の拳は、ひーちゃんを突き抜けた。
　まるでひーちゃんがそこにいねェみたいに背後に吸い込まれちまったんだ。
　佐久間は、そのまま前につんのめった。
「じ、邪魔すんじゃねェ。蓬莱寺！」
　泥だらけでしまらねェ佐久間がわめいた。
　佐久間は俺が何かしたと勘違いしたみてえだが、そうじゃなくて、ひーちゃんが僅かに体をずらしてかわしただけだったんだ。ただし、俺の目にも捉えられねェ速さでな。
　こりずに向かっていった佐久間を迎えたのはひーちゃんの蹴り。
　まるで舞ってるみたいだった。
　決まった瞬間、佐久間が吹っ飛んだ。
　そうとは見えねェのにスゲェ威力を秘めた技。
　俺は、ひーちゃんの動きにくぎ付けになっていた。
　ふと、ガキん時師匠に聞かされた言葉を思い出した。

　武を極めれば、即ち舞に通ず。

　聞いた時きゃあ、何のコトかさっぱり解んなくて木刀持ったまんま踊ってやったら、師匠にブン殴らてよ。
　こういうコトだったんだって納得した。
　無駄なく洗練された動きは美しいんだって。それを舞に例えたんだと。
　ひーちゃんに会わなきゃ一生解らず終いだったろうな。

「ちくしょう…。てめェら、許さ…ねェ…」
　あれだけの技を喰らっても佐久間はくたばらなかった。腐ってても武道家だな。
「そこまでだ、佐久間！」
「もうやめて、佐久間くん」
　ナイスタイミングで醍醐と美里が駆けつけて来てくれた。佐久間は醍醐にゃ頭が上がらないし、美里には弱いからな。
　それでなくとも、惚れた女の前で、これ以上ぶざまな姿はさらしたかねェだろうよ。
　佐久間が引っ込むと、醍醐がひーちゃんに詫びを入れた。
「ウチのレスリング部の部員が迷惑をかけたようだな、謝るよ」
「え？違うんだ。俺が佐久間君に失礼なこと言ったせいで怒らせてしまって。
　だから、君に謝って貰う必要はないんだ」
　どうやらひーちゃんは、『自分なんか』と同レベル扱いしたせいで佐久間を怒らせてしまったと勘違いをしたらしかった。
　美里を美人と言い、俺をいい男と認識できる人間が、どうして自分のコトだけ正しく認識できねェんだか本気で悩んだぜ。
　今は慣れたけどな。
「いや、喧嘩を売ったのはこっちだからな。
　だが…そう行ってもらえると助かるよ。
　俺は醍醐雄矢。お前と同じＣ組の生徒だ。レスリング部の部長をしている。よろしくな」
「よろしく。醍醐君」
　佐久間の日頃の行いが悪いせいで、醍醐はひーちゃんが庇ってくれたと思ったらしかった。
　ひーちゃんの言ったことは大筋で間違っちゃいなかったんだけどな。
　それよりも。
「よくここがわかったな」
「あァ、そのことなら、美里に感謝するんだな。彼女が真っ先に俺に知らせてくれたんだ。あの慌て方は尋常じゃなかったぜ。
緋勇くんが危ないっ、てな。」
「もうッ、醍醐くん」
　赤くなる美里に脈ありか、なんて思ったよな。
　まぁ、もしひーちゃんが男だったら文句なしの美男美女のカップル誕生になったんだろうな。
　――――そうならなくて良かったぜ。
　でも、ひーちゃんが男だったとしても誰にも渡せなかったと思う。……やべェよ、俺。
　ひーちゃん、女の子に生まれてくれてありがとな。
　じゃなくて、先いくぜ。
「まァ、いらぬ心配だったみたいだな。
　それにしても、凄い技だな。
　昔、古武道で似たような技を見たことがあるが…」
　さっそく、醍醐はひーちゃんに、いやひーちゃんの技に興味がわいたみてェだった。根っから格闘技オタクめ。
「醍醐―――、お前も手合わせしてみるか？」
「さあ…な」
「ふんッ」
　やせ我慢しやがって。うずうずしてるクセに。初対面で勝負を挑むのは堪えたんだよな。その我慢も長くは続かなかったんだけどよ。
「まァ、いずれにさよ、よく来たな。
　我が真神―――、
　いや…、もうひとつの呼び名を教えておいた方がいいかな」
　転校生を脅かさねェ方がいいんじゃねェか、と思ったんだけど、遅かれ早かれ耳に入るんだろうからと思い直して醍醐の好きにさせた。
「誰がいいだしたかは知らんが、いつの頃からか、この真神学園はこう呼ばれている…。
　―――魔人学園、とな」
「面白そうな学校だね」
　そう思うか？転校初日に私刑にあってそう言えるたァたいしたヤツって感心したぜ。
　ひーちゃんは、そのまま何もなかったかのように俺らに挨拶して帰っていった。

　と、夕日を背にひーちゃんが振り返った。
「蓬莱寺君。助けてくれて、どうもありがとう。
　また、明日」
「…お、おう！」


　これが俺達とひーちゃんの出会いだった。



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