次の日、俺はひーちゃんを一日中観察してた。
結構、普通の奴だった。気を取り直して、お近づきに仲良くナンパに繰り出そうかと思った。
オレとひーちゃんが組めば、向かうところ敵なし。カワイイオネーちゃんがよりどりみどり、なんて妄想膨らまして放課後速攻でひーちゃんを誘ったんだ。
そしたら、ひーちゃん二つ返事でOKしてくれてよ。
いざ、パラダイス目指してレッツゴー!と思ったら邪魔が入りやがった。
「緋・勇・くーんッ!一緒に帰りましょッ!」
アン子のヤツ。
「そういえば、緋勇君、昨日あの後どうなったの?」
「え…。あぁ、その、蓬莱寺君達が助けてくれたから大丈夫だったよ。
心配してくれてありがとう」
けッ、アン子がそんな愁傷なタマかよ。
いつも思うんだけど、ひーちゃんってば女の子に甘すぎるぜ。ハイエナアン子やあの裏密にまでやさしんだぜ。まったくよ。
そりゃあ、俺だって女の子にやさしくすんのが男の基本だっていうのはわかってけど、相手によるよな。フェミニストも度を過ぎれば、ただのたらしだぜ。
でも、ひーちゃんは、アン子の取材勧誘(強引な連れ去り工作とも言うな)にも関わらず俺を優先してくれたんだ。へへん♪
ま、アン子の手前ナンパからラーメン屋に目的が変わっちまったけどな。
「アン子、まっすぐ帰れよッ。
腹いせに下級生なんて襲うんじゃねェ―――どわッ!!
調子に乗ってアン子をおちょくったら、黒板消し喰らっちまった。
「クソッ、アイツおもいっきりぶつけやがって・・・。当たりドコロが悪くて死んだらどーすんだ」
「大丈夫か?」
そう言いながらひーちゃんは俺のたんこぶを擦ってくれた。ひーちゃんって、やさしいよな。
「おすっ。
まったく、お前は見てて飽きん男だな」
今度は、人の不幸を見物してた薄情な親友――醍醐が現れた。
これは、今でもそうなんだけど。何で俺とひーちゃんが二人っきりで何かしようとすると、邪魔が入るんだ。場合によっちゃワザとだしよ。頭くんな。
「ところで、京一、ちょっと緋勇を借りていいか?」
やっぱりか、この格闘技オタク。
ひーちゃんの技が気になってしょうがねえんだな。
俺も興味があったけど、無理だろうと思った。
「というわけで、緋勇、少し付き合ってくれないか?」
「俺で良ければ、喜んで」
これには驚いた。昨日、暴力反対とかケンカはいけねェって言ってたんだぜ。ひーちゃんは。なのによ。
「おい。緋勇。
ケンカはしちゃいけねェんじゃなかったのかよ」
俺がつっこむとひーちゃんは意外そうな顔をした。
「蓬莱寺君。
手合わせとケンカは違うよ。
ケンカは只の暴力だけど、手合わせは技量と自身の成長させるものじゃないか。
君だって剣を嗜むのなら解ってるだろう」
そりゃそうだけど…。
「良い事を言うな、緋勇。
京一、お前も見習った方がいいぞ」
大きなお世話だ。どうしてお前は、人の顔見ると説教しようとすんだよ。
これがひーちゃんがある意味、醍醐や紫暮なんかと同類だと判った瞬間だった。
律儀な部長様の意向で自主休部だというガランとしたレスリング部室。
ケチ臭い醍醐が俺を追っ払おうとしたが、もちろん俺は居残った。
強い奴とやり合えるってんで顔が緩みっぱなしの醍醐と楽しそうなひーちゃん。
似たもの同士、類は友を呼ぶなんて言葉が俺に頭に浮かんだ。
リングに上がる二人。
互いに礼をする。
「いくぞッ!!」
醍醐が吼え、戦いが始まった。
先に動いたのは醍醐だ。
リーチの有利さを生かしてミドルキックを仕掛けた。
態を落としたひーちゃんが腕で防いだ。
俺は目を疑った。
タッパもウエイトも大将の方が数段上で、単純な力なら醍醐の方が絶対強い。
それなのに、ひーちゃんが醍醐の大将の技を受けとたんだから度肝抜かれても当然だろ。
あの細い身体のドコにそんなパワーがあんのか、今だ謎だ。
だって、ひーちゃん女の子だぜ。いくら柔は剛を制すったってよ。
距離が縮まり、ひーちゃんは佐久間を翻弄したスピードで醍醐の間合いに入り込み、掌を醍醐の腹に置いた。
佐久間と違って醍醐はひーちゃんの動きを見失いはしなかった。
見えるからってそんな速さについていくなんてできるわきゃねェよな。醍醐に反撃の手段はなかった。
続いてひーちゃんの掌から膨大な氣が迸り、醍醐の巨体を吹き飛ばした。
ロープにぶつかって醍醐は崩れ落ちた。
「クソッ、ここまでか…」
そのまま意識を失った。
ひーちゃんが再度礼をして、勝負は終わった。
「醍醐君。しっかり」
ひーちゃんは心配そうに醍醐を覗き込んでた。
これも後から聞いたんだけど、醍醐は強くて加減が上手くいかなくてやり過ぎちまったんだとよ。だからかなり心配だったらしい。
これを他の奴が言ったんならイヤ味なんだけど、ひーちゃんに言われちまうとホントのコトだから、まいるよなァ…。
「大将は俺がみとくから、お前は帰れよ」
俺は後始末を引き受けるコトにした。
「でも…」
ひーちゃんにしてみりゃ、てめーがぶちのめしちまったから、気兼ねして帰れって言われても、帰れなかったんだ。
「武士の情けさ。
やられた上に介抱されたとあっちゃあ醍醐も立つ瀬がねェだろ?」
「―――そっか…。
じゃあ、帰らせてもらうよ。
醍醐君をよろしく。蓬莱寺君」
「京一でいいぜ。龍麻」
ちょっとビックリした顔をした後、ひーちゃんは微笑んだんだ。
「ありがとう。京一」
俺は返事も忘れて、ひーちゃんのキレイな笑顔に見惚れていた。
転校早々ハプニングの連続で緊張していたひーちゃんが、初めて見せてくれた何の気負いもない笑顔は、今も俺の瞼に焼き付いている。
ひーちゃんを見送った俺は仕事に取り掛かった。
「おい、醍醐。生きてるか。
どうだ、気分は?」
「あァ…」
すぐに気が付いた、てコトは大丈夫ってコトだ。
「しっかし、見事にやられたな。
醍醐雄矢ともあろう男が一介の転校生にだぜ。
他の連中が知ったら、大変なことになるだろうな」
「そういうな、京一。
真っ向から勝負して負けたんだ。…仕方あるまい」
すっきりした顔してたぜ。醍醐の野郎。
「ナンだよ。ずいぶんと殊勝じゃねェか」
「―――らしくないか?」
「まッ、お前の気持ちがわからねェでもねェし、なッ」
こう豪快にやられちまうと負けにこだわりようもねェし、逆に気持ち良いくらいだよな。
俺はひーちゃんと闘ったことはねェが、ひーちゃんが相手だと不思議と勝ち負けに対する執着が薄れて力を出し切ることが出来んのは理解できる。
だから、醍醐に限らず紫暮、壬生もひーちゃんとよく手合わせをしてる。
でもよ。ひーちゃん自身は負けず嫌いだったりするんだ…。う〜ん。
「……緋勇龍麻か…。
何処であんな技、覚えたんだ?」
「さァ―――な。
だけど、ありゃあ本物だぜ」
ひーちゃんが《陽》の古武道の使い手で黄龍の器だっていう事なんか、この時予想もしなかった。ただその強さだけは、疑いようがなかった。
「あァ…。
今まで闘ってきたどの相手とも違う…。
どうだ、お前も…」
「バカ野郎―――ッ、俺なんてモノの1分も保たねェよ。
それにまだ、高校生活だってエンジョイしてェしな」
この時、俺はもう決めてたんだ。自覚はなかったけど。
俺の剣は絶対にひーちゃんに向けねェって。
たとえ、ただの鍛錬でも俺の剣とひーちゃんの拳は交える事はしねェ、と。
俺の剣はひーちゃんの為に―――ひーちゃんを護る為のもんだから。
「はははッ、喰えない男だな。心にも無い事を…」
「ふんッ」
後に残ったのは、予想以上のダメージを受けてよろける醍醐を送り届けるという大仕事だった。
翌日の放課後も俺は懲りずにひーちゃんを誘うべく姿を探した。
けど、見つかんなかった。帰っちまったのかもしんねェけど、醍醐との約束もあったから、校門で待つことにした。
たいして待たずにひーちゃんは現れた。
もちろん、ひーちゃんは俺と一緒に帰るのを同意してくれて、醍醐と引き合わせても、嫌な顔一つせず打ち解けた。
この後、敵だった藤咲や壬生を受け入れた太っ腹なひーちゃんにとっちゃ、いきなり手合わせを挑む格闘技オタクなんて何の問題にもならないってワケだ。
まあ、醍醐の方はそうじゃなかったけどな。
「緋勇…。お前は、その…」
だいたいてめェで勝負持ちかけといて、後になって照れんなよな。
「なんだ、男同士で。
気持ち悪いヤツらだな」
ちょっくらひーちゃんと醍醐をからかってやったら、
「ふむ―――。京一、男の嫉妬はみっともないぞ」
逆に反撃を喰らっちまった。
この時は、否定したんだけど…その通りだよな。
ひーちゃんが俺以外の奴と仲良くなんのが面白くなかったんだ。
俺って結構、焼き餅焼きか?
違うよな。
・・・・・・。
ま、まぁ、いいや。
そんなコトよりこの後が大変だったんだ。
なぜか涌いて出た小蒔も加わって寄った王華でトラブルメーカーアン子が飛び込んできてよ。
「美里ちゃんを探してッ!!」
と、きたもんだ。
俺たちは急いで旧校舎へ取って返した。
しっかし、居るかどうかもわかんねェ幽霊をスクープしようなんて、アン子のヤジ馬根性も困ったもんだぜ。
困ったものって言やあ、旧校舎だよな。
幽霊どころか魑魅魍魎までいやがんだぜ。果てはねェし。
今じゃ慣れたが、こん時きゃ旧校舎に足踏み入れるの初めてだったから色々驚いたぜ。
何とか美里を発見して、こんな場所とおさらばしようとした時、俺たちは魔物に襲われた。
最初に異変に気付いたのは、ひーちゃんだった。
隣にいたひーちゃんの氣が張り詰めたのを俺は感じて、視線を奥に投げると赤い光が近づいて来るのが見えた。
光が発していたのは、今まで感じたコトのねェ禍々しい氣。
俺に続いて醍醐も勘付いたようだった。
「どうやら、赤い光の正体が確かめられそうだな」
醍醐が小蒔も逃がそうとすったもんだしてたが、敵は待っちゃくれなかった。
「醍醐ッ、来るぜッ!!」
体制を整えるヒマもないまま初めてのバケモンとの闘い。
慌てたと思うだろ。
ところがそうじゃなかったんだ。
自然と身体が動いたんだ。
俺は真っ先に敵に突っ込んでったひーちゃんの後に続いた。
醍醐は、小蒔の前に出て盾になりながら、近づいてくるコウモリを倒した。
そして、小蒔は弓で援護を。
途中、戻って来た美里も同じだった。当たり前のように俺たちの傷を癒してくれた。
どうしてなのか判んなかったけど、ひーちゃんがいるからだってコトだけは判った。
ひーちゃんがいてくれるからビクついたりおたついたりしねェで済んだってコト。
ホント不思議だよな。別にひーちゃんが指示出したりしてるわけじゃねェのによ。
それでも、そんなひーちゃんに支えられて俺たちは戦ってきたんだ。
なんとか化けコウモリを倒して、息つく間もなく俺たちはとんでもねェ目にあったんだ。
最初は美里がヘンになった。
青白く体が光りだして、「熱い」って言い出した。
「醍醐ッ。
ともかく表へ出ようぜ。ここはチョット普通じゃねェッ」
ヤバいから逃げようとした時には、手遅れだった。
醍醐も小蒔も俺も美里と同じようになっちまったんだ。
目覚めよ―――――
頭に響く声に翻弄され、俺たちは意識を失っちまって、気付いた時にゃ、何故か旧校舎の前で倒れてた。
この時から、俺たちの戦いが始まった。
それも今日で終わりだぜ。
もちろん、俺たちの勝利でな。
→【V】へ