クッソー。出遅れた。
「やっと、今日の授業も終わったな。
どうだ。緋勇。もう学校には慣れたか?」
「もちろん」
俺がひーちゃんに声を掛けようと思ってたのに大将に先を越されちまった。
「そうか。それは、良かった。
実はな―――、この間の旧校舎の件もあるし、お前の事も心配してたのさ。
美里も、あの事件以来変わった様子も見られないし、京一と桜井はいつも通りだしな」
「醍醐君は友達想いでやさしいんだね」
ひーちゃんが醍醐を褒めた。醍醐もまんざらでなさそうだった。
なんつーかひーちゃんって、とっつき易いんだよな。だから自然と人が集まんだよ。
「よッ、御両人。ちょいと、相談があんだけどよ」
俺は出足の遅れを取り戻すため、二人に計画を持ちかけた。
桜を見ながら一杯なんて、男同士なら友情を深めるにもってこいだろ?
なのに石頭な大将が酒はいけねェなんて無粋な事言いやがんだ。
そのうえ、ひーちゃんまで「そうだね。未成年の飲酒はあんまり賛成できないな」って大将の味方すんだもんな。
でも、ひーちゃんが醍醐と違うのは「京一が好きなら飲んでもいいよ」って見逃してくれる点だよな。醍醐みたいにガチガチに規則振り回したりしねェんだ。
今回も予想通り、せめて男同士で花見に行こうとした俺の目論見は、あっさり崩された。
小蒔や美里はしょうがねェにしてもアン子やマリア先生までついてくるとは思わなかったぜ。
裏密は、俺と醍醐が嫌がったからひーちゃんが悩んじまって何とかメンバーから外すことができたんだけどよ。
結局避けられなくて校門で捕まったんだ。
有り難くもねェ予言を貰っちまって。
ま、予言はドンピシャだったんだけど。つくづく裏密って解らねェ。
俺は珍しく約束の時間前に待ち合わせの場所についた。
別に小蒔がほざいてた罰ゲームが恐かったからじゃないぜ。何となく足が向いたんだ。
一番乗りは俺じゃなかった。
桜の花びらを浴びてひーちゃんが樹の下に立ってた。
なんかそのまま景色の中にひーちゃんが溶けちまうんじゃねえかと思うくらい、桜が放つ氣とひーちゃんの纏う氣が混じり合っててよ。どっちも無くなっちまうんじゃねえかって不安になっちまうくらい澄んだ綺麗な氣だったんだ。
「よォ。
随分と早ェな、龍麻。
まったく、小蒔のヤツがくだらねえコトいうから、早く来てやったぜ。
それにしても―――、桜が綺麗だなァ、龍麻」
「よッ、京一。
ここの桜は素晴らしいな。思わず見惚れてたよ」
こっちを向いて微笑んでくれて俺はホッとした。
マジでひーちゃんが消えちまうんじゃねえかって恐かったんだ。
「ああ。ほんとにいい桜だ。
ホント、春って感じだよな…」
他愛もない会話が心地良かった。
「あれェ…。早いね。お2人サン。
ボクたちが一番だと思ってたのに。ねェ、葵」
「うふふ…。そうね。
急いで来たんだけど、緋勇くんたちに先を越されちゃったわね」
小蒔と美里が来て、2人だけの幸せは終わっちまった。
あ〜あ。
醍醐、アン子に続いてマリア先生も集まって、楽しい(?)宴会が始まった。
「―――オホンッ。
それじゃあ、転校生の緋勇龍麻くんと、この見事な桜に―――、」
「「「「「「「かんぱーいッ!!」」」」」」」
俺の音頭で皆乾杯だ。
しっかし、まずったぜ…。
せっかくのひーちゃんの歓迎会だってのに俺とした事が手土産を忘れちまったんだ。
他の連中はしっかり食いモンや飲みモンを用意しててよ。
こうなったら、身体を張って盛り上げてやるって、企画者である俺は決心した。
学ランとシャツを脱いで自慢の身体を披露する。
「醍醐く〜ん♪
アタシ人ゴミに酔ったみた〜い。介抱して〜ン」
上半身裸で醍醐に抱きついてやった。
真っ青になって醍醐は逃げたした。
ひーちゃんも小蒔達も笑う笑う。受けたぜ。
ここで止めときゃよかったんだよなァ…。これで充分皆楽しんだんだし。
でも、すっかり演芸部長気分の俺は更なる盛り上がりを求めて次の行動に打って出ちまったんだ。
「ひどいわ〜。醍醐くん。
アタシ傷付いちゃった〜。
龍麻く〜ん。アタシを慰めて〜♪」
今度はひーちゃんに枝垂れかかって、首に腕を回した。
醍醐みてえに逃げらんないようにな。
これが不味かったんだ。
「よしよし、かわいそうに」
そう言いながらひーちゃんは俺の背中を支えてくれた。
「龍麻くん。やさしい♪アタシ嬉しいワ」
調子に乗って身体を摺り寄せた。
俺の予想では、これでひーちゃんも逃げ出すとふんでたんだ。
「京一!可愛い♪」
なんて怯みもしねえで抱き締められるなんて考えもしなかった。
そのまま、上からひーちゃんの顔が近づいてきてよ。
俺はひーちゃんの首に腕を回して下から見上げる構図だったから、長い髪に邪魔されないでひーちゃんの顔を近くで拝むことが出来んた。
長い睫やとびきりキレイで印象的な瞳や珊瑚色した唇が迫ってきた。
言いたくねェけど、本人がどう思っていようがひーちゃんはずっげえ美人だよな。そんな顔をアップで見ちまったら見惚れてもおかしくねェだろ。
そうだよ。俺は見惚れてたんだよ。
鼻がくっつくくらい接近するまで、俺はてめェの置かれている状況に気がつかなかった。
気がついた時にゃ、あとちょっとでひーちゃんとキスする寸前だったんだ。
「うわーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
もー何が何だが分かんねェまま大声張り上げて逃げ出した。
尻餅ついたまんま後へな。
「あははははは。
醍醐君、仇はとったよ」
予期しねえ展開に固まってた皆も我に返って爆笑しだした。
「やっだー。京一ったらみっともなーい」
「うふふ、いけないわ。小蒔、そんなに笑っちゃあ」
「何いってんのよ。美里ちゃん、あの不様な格好見てみなさいよ」
「く、くくッ…まあ、京一にはいい薬じゃないか」
「フフフッ。緋勇クンの方が蓬莱寺クンより一枚上手ネ」
腰が抜けた状態で真っ赤なタコ面してりゃ、さぞ見物だったろうぜ。てめェの事とはいえ情けねェよ。
「ゴメンな。京一。
俺も手ぶらだったから、何かしないと悪いかなって思ってさ。
京一に便乗させて貰ったんだけど…。
そんなにビックリするとは思わなかったんだ、大丈夫か?」
申し訳なさそうに腰砕け状態の俺にひーちゃんは手を貸してくれた。
そ、意外なコトにひーちゃんはこーゆう悪フザケが好きなんだ。
俺はこの後、何度も悪ノリをするひーちゃんにお目にかかるハメになった。
好きなコに嫁に来いとか、子供を産んでくれって言われた男なんて俺くらいっきゃいねーんだろなァ…。
そーいや。この時逃げ遅れてりゃ、キスしてもらえたんだよな。
もったいねェコトしちまったぜ。
へ?いや、その……。
何でもねえよ!
この後、事が起こるまでは、宴会は和やかに進行しんだ。何とかな。
「俺たちはマリアせんせーでホントにラッキーだぜ。
美人だし、優しいし…」
担任発表の時、C組の担任がマリアせんせーだって聞いた時、俺は珍しく神サマに感謝したぜ。イヤ味でいけ好かねえ犬神じゃなくて良かったってな。
「フフフッ、蓬莱寺クンはお世辞が上手ね」
「そんな事ないですよ。先生は本当にお綺麗です」
ひーちゃんが反応した。
「俺、真神に転校して来て驚きました。
新宿って美人が多いんですね」
ひーちゃんは一応東京出身だぜ。言うと怒られるけど、都心に出るまでン時間もかかる山ん中。
「俺の美人ランキング変更しなきゃいけなくなりました」
「へえ、お前の美人ランキングの一番って誰だよ?」
俺は、ひーちゃんの美人ランキングに興味が湧いたからつっこんでみた。
「母さん」
沈黙。
そして、誰も何も言えなくなった…。
「でも、美里さんやマリア先生も同じくらい綺麗だからこれから、これからどうしよう。
あ、でもマリア先生はインターナショナルな美人だから、日本美人はやっぱり、母さんと美里さんかな」
人目も憚らず自分の母ちゃんがこの世で一番美人なんて言う奴は、普通マザコンっていうよな。
でも、よ。
俺は黙ったままひーちゃんの前髪を持ち上げた。
ご開帳後、出てきたのは文句のつけようのねェ美形さん。
この美人さんのお袋さんなら、さぞ美しかろうよ。
俺の意図に気付いて、皆納得してくれた。
この時点で実はこの『母さん』実は『叔母さん』だったなんて知らなかったけど、親戚なんだからきっと似てるんだろうな。前に見せて貰った兄さんとひーちゃんは見た目だけは、ソックリだったもんな。雰囲気は全然違うのに。
「何するんだよ。京一」
慌てて俺の手を振り払い前髪を直すひーちゃん。
憮然として宣言した。
「言っとくけどな。
母さんは俺と違ってホントに綺麗なんだぞ。
俺は美里さんに会うまで、ずっと母さんより綺麗な人はこの世にいないと思ってたんだから」
また、自分をカスみたいに言うし。
そろそろ俺は慣れてきたから、うろたえなかったけど、他の連中は混乱してだぜ。そりゃそうだろうぜ。ひーちゃんが足元にも及ばない美人なんて想像できねえって。
引き合いに出された美里は照れちまった。一歩間違うと口説いてんじゃねえかってもんだから無理ねえか。だけど、これ全部マジで言ってんのがひーちゃんの恐いトコ。
思ったコトはそのまんま言っちゃうんだ、ひーちゃんは。
ウソ言わねえし。
それが判るから、言われた方はスッゲエ恥ずかしくなっちまうんだ。
言った本人は平気の平左だし。ズルイよな。
ちなみにひーちゃんの現在の美人ランキングは、
1位 お袋さん&美里(世界レベルだとマリアせんせーが加わるらしい)
2位 姉さん、芙蓉、如月(あくまで美しい人だから野郎でもいいんだとよ)
3位 御門、壬生(これ聞いたら二人共ヤな顔すんだろうな)
以上。
じゃあ、可愛い子ランキングだと当然マリィや他の女の子が目白押しだと思うだろ。
違うんだよ、皆可愛すぎて比べらんないんだと。ほんっとに女の子に甘ェんだから…。
俺の予想だと、マリィが一番だと思うぜ。メチャメチャ可愛がってるしな。もしかしたら、劉、霧島、雨紋の年下トリオも可愛い組に入ってるんじゃねェかと睨んでる。
どうしてかって、末っ子のひーちゃんは弟や妹が欲しくて仕様がなかったらしいから、年下に弱いんだよ。劉や霧島はともかく、雨紋なんて可愛くねェと思うんだけどな。
その代わり、色っぽい人ランキングだと藤咲とかエリちゃんそれに又マリア先生が入る。
俺はどうしたって?
いい男ランキングには入ってるぜ。
1位 兄さん(世界で一番カッコ良いお兄ちゃんなんだと)
2位 親父さん、先生、俺、壬生、(壬生ジャマ、美人にも入ってたクセしやがって。先生ってのは壬生の師匠でもある武道の先生らしい)
3位 村雨、犬神(異議あり!いい男じゃなくてただのオヤジだろ、村雨は。それから、犬神は論外だ)
以上。
自分が一番じゃないからって、ガッカリなんてしてねェぜ。
だってよ、ひーちゃんは俺の顔が一番好きだって言ってたもんな。
誰だよ、俺のコトじゃなくて“顔”のコトだ、なんて言う奴は。
ひーちゃんは俺の事大好きだって言ってんだぞ。
…そりゃあ、仲間は皆大好きだって言うだろうけどよ。
俺は特別なんだよ。
……絶対そうなんだって。
なんたって相棒だぜ、俺は。
………そうに決まってんじゃねェか。
…………もういい。
ともかくひーちゃんは面食いなんだよ。何たって俺の顔が好きなんだから。
ところで、この宴会も只じゃ済まなかったんだ。これ、もうパターンだよな。
裏密の予言どおり鮮血を求める兇剣ってヤツが現れたんだ。
犬神が余計な事言うからマリアせんせーがついてきちまってよ。
責任感が強過ぎるから俺たち護ろうとして刀に憑かれた野郎にとっ捕まっちまったんだ。
「大丈夫よ。
緋勇クン。あなたたちは今のウチに、お逃げなさい」
「嫌だッ!!」
初めて見たひーちゃんの怒った顔。
ひーちゃんはいっつもこうだ。
自分がどんな目に遭っても怒ったりしねェ。怒るのはいつも誰かの為。
らしいって言やあ、お人好しのひーちゃんらしいけど…。
なんかなァ。上手く言えねェけど、もっとこう我侭になってもいいと思うんだけどな。
ひーちゃんには無理なんだろうな。
「ギャァ――――ッ!!」
何か判んねえけど、刀憑きからマリアせんせーが逃げてくれた後は、簡単だったぜ。
「遠野ッ、お前も退がっていろ」
醍醐がアン子とせんせーを避難させた。
こうなりゃこっちのモンだぜ。
あっさり楽勝だった。
逆に、もう当たり前のように《力》を使いこなせる自分に戸惑っちまった。
特にクソ真面目な大将は、しんどかったみたいだ。
マリアせんせーが励ましてくんなかったら、キツかったと思う。
「《力》というのはね・・・それを使う者がいるから存在するの。
気をしっかりもって、自分を見失わなければ、きっと、道は開けるはず。
アナタたちは、自分の信じた道を歩みなさい。
ワタシは、真神の生徒であるアナタたちを信じています」
そうだよ。
俺たちは今まで、自分を―――仲間を信じて戦い抜いてきたんだ。
時々、てめェを見失っちまったりしたけどな。
もう、大丈夫さ。
柳生なんかにやられやしねェ。
ひーちゃんを苦しめた落とし前つけてやるぜ。
宿星だか何だが知らねェがそんなモンに振り回されんのはこれで最後にしてやる。
「京一、京一」
「ん?」
「どうかしたか?」
「何でもねーよ」
病院からの帰り道。
いつものT字路到着した。
右に行けばひーちゃん家、左に行けば俺ん家。
自分家に帰るんなら、ココで別れなきゃなんねェ。
なのに、ひーちゃんは何も言わない。
『じゃあな』とも『一緒に帰ろう』とも。
解ってるから良いけどな。
俺は、ひーちゃんの首に腕を回して引き寄せた。
「とっとと帰って寝ようぜ。
初詣に遅刻すると、また小蒔がうるさいぜ」
「目覚まし3つぐらい仕掛けといた方が良いかな?」
「俺の手の届かないトコに置いてくれよ」
「判ってるって。
京一、寝たまま止めんの上手いもんな」
「言ったなァ、このヤロー」
「あはは」
俺たちは右の道をジャレながら帰った。
なぁ、ひーちゃん。
戦いが終わっても一緒にいられるよな。
約束したもんな。
春がきたら二人で中国へ行こうぜ。
【終わり】