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『せめて人並みの睡眠を』
女主人公のギャグモノ、京一←→女主(いや、京一←女主か?)です。ちなみに京一の出番はほとんどなし。ついでに言うと壬生がやられ役扱いです。
(↑つまり、『餓狼』の話ですね)
ゲームと話の流れが違うところは笑って見逃してください。
んでは、本編をどうぞ。
「―――ボク、思うんだけど、ひーちゃんってちょっと冷たいんじゃない?」
「そんなことないわよ、小蒔。龍紀ちゃんは彼女なりにみんなに心配かけないようにしているのよ」
「そうかも知れないけど。大事な相棒が行方不明なんだよ。せめて、もうちょっとうろたえるか、落ち込むかするのが普通じゃない?」
「でも、小蒔。醍醐くんが行方不明になった時飛び出してしまったこと、今ではどう思っているの?」
「それは―――、ちょっとみんなに心配させたかなあって思っているけど」
「そうでしょ? 龍紀ちゃんもそれがわかっているから、元気にふるまっているのだと思うの。今はまだ手がかりがないわけだし、ただ待つしかできないわけだから。あれでもみんなを元気付けようとしているのよ」
「でも、でもだよ! さっき龍紀から電話があった時にどんな話題が飛び出したと思う?」
「どんな話?」
「スーパー○ボット大戦αの話だよ。しかも延々1時間もの間、その話ばっかり。今回は距離補正は入ったから遠距離の武器のゼロ距離射撃が凶悪だとか、ウチの主人公は勇者だから周りのキャラをサポートできるとか、そんな話ばっかり。しかも聞いてみたら、最近ゲームばかりしていて、ほとんど徹夜しているみたいなんだよ。これって絶対おかしいよね?」
「確かにそんな話ばかりしていたら普通女の子に嫌われるわよね」
「あ〜〜お〜〜い、真面目に話聞いてる?」
「ええ、聞いてるわよ(にっこり)」
「・・・」
最近、緋勇龍紀の様子がおかしい。
それは今、真神学園で広まっている噂だった。
『緋勇龍紀』といえば、ショートカットにすらりとした長身、春先ののどかな陽気を連想させる穏かな笑顔で、その実は頭がいいという文字通りの才色兼備。さらに運動神経に到っては折り紙つきで、運動部から助っ人を頼まれることもしばしばというスーパーレディとして全校に知られていた。知られていたのだが―――
ここ数日、彼女の行動が不審だと噂が広まっていた。
実のところ『噂』ではなく『真実』であり、その行動は『不審』の範疇を遥かに超えて『奇行』と呼ぶべきものになっていたのだが。
さらに京一の行方不明という『事実』が重なり、その『噂』はより真実味を帯びたものになっていた。
「おはよ。龍紀」
「あ”〜〜、おはよ〜〜〜、小蒔ちゃん」
小蒔の挨拶に対し、うつ伏せた顔をようやく持ち上げて返事を返す緋勇龍紀。
ちなみに目は半分しか開いていない。
「また、徹夜したの?」
「うんにゃ〜。徹夜はしてない――――――」
「・・・龍紀?」
「―――はず」
思いっきり間の抜けた返事に初っ端から脱力する小蒔。
「今、一瞬意識がなくなっただろ」
「う〜〜ん。あんまり自覚ないなあ」
「もしかして、昨夜からずっとそんな調子?」
「うん。ず〜〜〜〜〜っと、こんな調子ぃ〜〜」
にへら〜と焦点の定まらない目で笑顔を返す龍紀。なんだか凄く怖いんですけど。
「でも慣れりゃ面白いよ〜。ただ、ちょっと気を抜くと1時間ほど過ぎてい――――――」
「・・・龍紀?」
気がつくと龍紀は姿勢を正した状態で両目を閉じている。
ふと周りを見るとクラスメートが不気味なもの見る目でこちらを見ている。
―――そりゃ、気持ちはわかるけどさ
この場は『触らぬ神にたたりなし』を決めこむしかない。
そう考えた小蒔は静かにその場を離れようとすると、いきなり龍紀の目が開いた。
「あれ? 小蒔ちゃん、おはよ〜。今来たの?」
逃亡失敗。
「・・・うん、おはよ」
小蒔の声にあきらめに似たようなものが混ざっている。
「? そう言えば、さっき会ってたような気もするけど」
「気のせいだよ」
「ふ〜ん、そっか〜〜」
「・・・もう、いいから。眠ってて」
「?」
龍紀は心底不思議そうな顔で小蒔を見ている。
「後で起こすから、今は眠っててって」
「でも〜、京一のいない間は私が代筆しておかないと〜」
「それは、ボクか葵がノートを取っておくから!」
「いいの〜?」
「いいの! だから、さっさと寝て!」
龍紀は何事か考えるように中空を見ていたが、やがて
「うん。そうする――――――」
と返事するなり机にうつ伏せて、その一瞬後にはすやすや寝息を立てていた。
くすくす
大きくため息をついた小蒔のすぐ後ろで、楽しそうな親友の笑い声が聞こえてきた。
「あ〜〜お〜〜い〜〜!!」
「あ、ごめんなさい。あんまり楽しかったから」
小蒔の抗議の声に、全くすまないという素振りを見せずに葵が答える。
「いたなら、いたで助け舟くらい出してくれよ。ボク怖かったんだから」
「あら、でも寝惚け顔の龍紀ちゃんも結構可愛いわよ」
「そう思っているのは、葵だけだって」
今でも、龍紀の席の周りだけ人が寄ってこない。
「全く、京一の馬鹿! 龍紀を置いてきぼりにして、何処ほっつき歩いているんだよ!」
「そのことだが」
「うわあ!!」
突然の醍醐の出現に驚く小蒔。
「大きい声を出すな。龍紀が起きるぞ」
「だったら黙って後ろに立つのはやめてよ」
「す、すまん」
「―――醍醐くん、何かわかったのね」
「あ、ああ」
葵の真剣な声に飲まれるように、うなずく醍醐。
小蒔も事の成り行きが悟ってか、次の言葉を待つように黙る。
「とにかく、屋上に来てくれ。話はそれからだ」
「龍紀は?」
醍醐は龍紀を一瞥した後、ぶっきらぼうに言い放った。
「―――桜井と美里だけでいい」
「―――ということだ」
醍醐はごく手短に事実のみを話した。
「つまり、京一クンが殺されたってこと?」
小蒔は乾いた声で尋ねる。自分からはそれを認めたくないのだ。
そして、醍醐も認めたくないのは同じなのだ。
だが―――
「そういうことになるな」
認めなければいけない時もある。
「そんな―――」
「落ち着いて、小蒔」
激発しかかった小蒔を葵が鋭い声で制した。
「でも―――」
「今分かっているのは、『敵』から京一くんの写真が送られてきたこと。そして私達の名で地下鉄ホームに呼び出されているってことよ」
「でも、京一クンの写真には―――」
「そう。だから京一くんが殺されている可能性は高いわね」
「―――!」
「少なくても『敵』は京一くんを殺していると確信しているってこと」
「・・・」
最初こそ無理に感情を押し殺していたが、しゃべっているうちに葵はだんだん冷静さを取り戻してきていた。
そしてそれは悲観論に傾きかけていた醍醐や小蒔も同様だった。
「―――今の美里の口ぶりからすると、『生きている可能性もある』とも聞こえるが」
醍醐は葵に確認するように尋ねる。
「ええ」
「―――理由は?」
「「京一くんの死体が見つかっていないから」」
葵と他1名の声がきれいにハモった。
・・・
「「どわあああああああああ!!」」
「「?」」
「な、な、な、な」
「ひ、ひ、ひ、ひー」
「『なぜ、ひーちゃんがここにいるか』って聞きたいのね?」
葵の問いにコクコクとうなずく小蒔と醍醐。
「さっきからいたよ〜。気がつかなかった〜?」
龍紀の言葉に再びコクコクとうなずく小蒔と醍醐。
「んで、これが招待状なわけね〜」
ふら〜りと醍醐に近づいた龍紀は、抗う暇すら与えずさっと写真と手紙を取り上げ、それに目を通す。そして、しばし硬直する。
「ひーちゃん?」
「んふふふ」
龍紀は手紙かゆっくりと顔を上げる。その表情に醍醐が凍りついた。
「お、おい、緋勇。目が据わっているぞ」
「んふふふふふふふ」
「だからな。緋勇」
「―――これで、や〜っと睡眠不足の怨みが晴らせる」
「「はあ?」」
今度は小蒔と醍醐の声がハモった。
「ククク、待ってなさ〜い」
「『睡眠不足の怨み』って、京一クンのかたきは?」
「もちろん京一くんの分は生死を確認した後で、キッチリ返すよ〜。3倍返しでね〜〜。ククククク、今の私を深夜に呼び出したことを後悔させてやるよ〜。ク〜ックックッククック」
どうでもいいけど、龍紀さん? 屋上の隅で小蒔と醍醐が怯えた目でこちらを見ているのに気がついてます?
「で、結局はこうなるわけだよね」
小蒔は呆れ顔になってつぶやいた。ちなみにここは地下鉄プラットホームで、呼び出しの時刻までまだ間があったりする。
龍紀は例によって近くのベンチで船をこいでいる。
「後で起こすからって言ってるんだから、素直に寝ればいいのにさ」
「事の顛末を自分の目で見なければ納得できないのよ」
さすがは真神衆の保護者。よくお分かりで。
「そうは言うけど、ボクはここに来るまでに全精力を使い果たしたような気がするよ」
「ええ、そうね」
他人事みたいに笑う葵。
学校が終わった後、葵達は龍紀を連れて一旦醍醐の家にやっかいになった。
『このまま龍紀を野放しにしては危険だ』という小蒔の提案を受けてのことだった。
ちなみになぜ醍醐の家かというと、葵と小蒔はそれぞれ親友の家に泊まることになっていたからだ。だったら龍紀のマンションで待機するという手もあったのだが、醍醐曰く、
「女の子の一人住まいのマンションに、男が上がるというのはちょっとな」
と渋ってしまい、結局醍醐の家で一時待機ということになったのだ。
まあ、小蒔あたりに言わせれば、
「別に醍醐なら100人上がっても何も問題ないと思うけど。京一なら1人でも大問題だけどね」
となるのだが、醍醐にしてみれば、
「やっぱり、外聞というものがあるからな」
となるのだそうな。
結局、醍醐の家では突然の3人の女の子の来訪(うち1人は眠り姫)は歓迎されたわけだが、それから1週間ほどの間、今度は醍醐の方が『誰が本命なの?』と家族に散々からかわれまくったのは言うまでもない。
それはともかく―――
夜になって醍醐の家を抜け出した後が大変だった。
なにが大変かというと、
目を離すといきなりあらぬ方向にふらふら〜と流れていく龍紀。
いきなり何もないところでずっこける龍紀。
階段を降りる途中で意識を失い、醍醐を巻き込んで階段を転げ落ちる龍紀。
女ばかりだと見てからんできた不良を酔っ払いの通行人とともに円空波でまとめて吹き飛ばす龍紀。
車道のど真ん中で行き倒れ、醍醐に歩道まで引きずられる龍紀。
葵をナンパしてきた男を寝覚めの悪い一にらみで退散させる龍紀。
いきなり近くの電信柱に話しかける龍紀。
かと思えば、逆に謎の新興宗教に捕まり延々と話を聞かされる龍紀。
通りすがりの引ったくり犯に無意識のうちに龍星脚をかます龍紀。
(無論、その後警察の事情聴取を避けるため走って逃げた)
と上げればきりがない。
「なんか、昼間より症状が重くなってない?」
「そう? でも見ていてとっても楽しいわよ」
「だ〜か〜ら〜、そう思っているのは葵だけだって!!」
二人が会話しているところに、醍醐が戻ってきた。
「まだ『敵』は現れないようだな」
「うん。出来ればボク達だけでカタを付けたいよね」
「そうだな」
小蒔のつぶやきに醍醐は同意を示す。が、
「それは無理だね」
プラットホームに不意に男の声が響いた。
3人ははっとして声のした奥の暗闇の方に振りかえる。
「そんな中途半端な気持ちで、僕を倒すことはできないよ」
よく通る声とともに、その男は暗闇が形を成すかのように姿を現した。
それと同時に周囲に複数の気配が出現する。
「囲まれたか」
「時間どおり、しかも頭数は―――確かにそろっているね」
男のセリフはこっくり状態の龍紀に視線が止まった一瞬の間だけ詰まる。
そして最後に男に連れられて、藤咲とエルが現れた。
「藤咲サン!」
「彼女は返すよ」
男は藤咲の背中をとんと軽く押して、葵達の方によこした。
続いて武器である鞭も足元に放り投げる。
「? どういうつもり」
「無事に帰すという約束だったからね。それを果たしただけだ」
男はさらりと言う。言外に『今度はこちらの約束をはたしてもらうよ』というが如く。
「それに彼女は標的じゃない」
「つまり、俺達は『標的』だから狙われるということか」
「そういうことだね」
淡々と受け答えする男に対し、醍醐の表情は段々険しいものになってくる。
「京一をやったのも貴様か?」
「京一をやったのは彼じゃないのよ!」
しかし、その醍醐の問いを遮ったのは藤咲だった。
「え? じゃあ―――」
「京一をやったのは京一と同じ剣の使い手よ」
その言葉に狼狽する小蒔。
「じゃあ、藤咲サン。京一クンはもう―――」
「いいや、わからない。それもわからないんだよ。アタシは京一が倒れたのを見ただけだから。でも、多分―――」
「そういうことだ」
壬生の口から冷酷な宣言が下る。
「無論、僕は彼を殺った者の名を喋る気はないけどね」
「―――つまり、知りたいのなら力ずくでこいという事か」
「そういうことだね。もっとも、ここで君達が逃げたとしても、君達を殺すまで僕達の追跡は続くよ」
怒りをにじませる醍醐の言葉に対しても、あくまで壬生は冷静に答える。
「ふ〜ん。でも、私は逃げる気はないけどね〜」
「こうなったら、いやでも京一の仇の名を話してもらうよ」
「へ〜、彼が京一の仇の名を知っているんだ〜」
「そう、だから私達は何が何でもって彼に勝たなければならないの」
「じゃあ、あれは私がやるから残りのザコをお願いね〜」
「おう。って、龍紀。いつの間に復活したんだ!?」
「ん〜? ついさっき〜。藤咲さんと他1名の声が聞こえたんで目を覚ましたんだ〜。ところで、あれ誰?」
と壬生を指差す。
「『敵』だよ。京一を殺った人じゃないらしいけど」
「ふ〜ん」
龍紀は首をかしげて『他1名』をしみじみと見入っていた。が、
「じゃあ、ひと暴れしてくるから〜」
と言って、右手をひらひらさせてさっさと歩き出す。
「お、おい、緋勇!」
慌てて醍醐は龍紀の右肩を掴んで止めにかかる。
しかし、その手に龍紀はそっと左手を添える。
「―――醍醐くん、まさかとは思うけど、本気で私を止める気じゃないよね」
その声の奥底には今までの龍紀になかった冷たいものが潜んでいる。
醍醐は身の危険を感じて右肩をつかんでいた手を離す。
「ありがと」
そして、龍紀は壬生と対峙した。
「―――君が僕の相手かい?」
「そうだよ〜。『アサシンその1』くん」
壬生のこめかみのあたりが一瞬ピクッとする。
「なんだい、それは?」
「だってまだ名前を聞いてないからね〜。こう呼ばれるのがイヤだったら自分から名乗りましょうね〜」
龍紀の言葉に、壬生の顔にほんの一瞬戸惑いの表情が浮かぶ。
「それに別の呼び名にしてもいいんだよ〜。『高速型』くんとか『人工知能改』くんとか〜」
「なぜ、そこで○ーパーロボット大戦が出てくる? しかも両方ともザコだよ」
ついでに言うと前者は宇宙怪獣で後者は無人ロボットです。しかしよく知ってましたね、壬生くん。
「だって、名無しのキャラはザコだって相場が決まっているでしょ〜?」
暴言です。壬生ファンに喧嘩を売っています、この女主人公。
「ザコとは見くびられたものだね。そのような心構えで僕達に勝てるとでも思っているのかい?」
「別に見くびってなんていないよ〜。だってあなた達『拳武館』なんでしょ〜?」
その言葉に壬生の目つきが険しくなる。
「だから、あなたはさしずめ『拳武館エリート兵』ってとこ〜」
「だから、いい加減スーパーロ○ット大戦から離れたらどうだい」
「んふふふふふふふふふ〜」
返事をする代わりに、不気味な笑い声を放ちながらゆ〜っくり間合いを詰める龍紀。
一歩動くたびにふら〜りとするその動作は、どことなく頼りない。
が、その挙動に壬生紅葉(当年18歳)は何か得体の知れない未知なる恐怖を感じ始めていた。
「じゃあ、いくよ〜」
シュッ!
―――速い!!
壬生は敵の動きに頭が判断するより先に、体の方が反応し龍紀の掌底をガードしていた。
そして一瞬遅れて左腕に衝撃が走る。
―――重い!
慌てて間合いを取ろうとする壬生。間合いを取らせまいと、距離を更に詰める龍紀。
龍紀の連打が容赦なく壬生を襲う。
壬生は、その一つ一つをガードしあるいは避ける。そして正面からの正拳を大きくスウェイバックしてかわす。
瞬間、違和感を感じた龍紀は慌ててバックステップする。その眼前を真下から壬生のつま先が通り過ぎて行く。壬生はそのままバク転の要領で大きく間合いを取る。
逃がすまいと再び間合いを詰めにかかる龍紀。
それをさせじと蹴りで迎え撃つ壬生。
ひとしきりの攻防の後、両者は再び間合いを取って構え直した。
「やるね」
壬生の言葉に僅かながら感嘆の響きが混じっている。
「そちらもね〜」
龍紀の方は相変わらずだが。
「―――これほど、楽しめる戦いは久しぶりだ。館長に稽古をつけてもらったとき以来だよ」
「館長ぉ?」
その言葉にぴくりと反応する龍紀。
「だがそれもここまでだ。僕は『仕事』にあまり時間をかけない主義だからね」
「―――」
会話の間中も慎重に間合いを計る壬生。しかし龍紀の方は反応を示さない。
「君の技量に敬意を表して最後に名乗っておくよ。僕は拳武館の『壬生紅葉』―――」
「ぐぅ〜〜〜〜」
「寝るなぁ!!」
蹴りでツッコミを入れる壬生。しかし視界から瞬時に龍紀は消えうせ、蹴りは宙を切る。
「! どこだ」
「い〜も〜む〜し。コ〜ロ、ゴ〜ロ」
「そこかぁ!」
床を転がって逃げる龍紀の頭部めがけて踵を落とす。だが龍紀はそれもかわし、蹴りはコンクリートを砕くだけに留まる。
「あたらないよ〜」
回避にまわる龍紀に業を煮やし、今度は軸足を固定して蹴りの速射砲を浴びせる。
かわしようのない攻撃。しかし、龍紀はそれをかわそうとはせず―――
ガシッッン!
「!?」
龍紀は蹴りで防御していた。
再度、間合いを空ける両者。
だが、まだ少し余裕がある龍紀に対し、壬生のほうは得意の蹴りを『合わせる』形で防御されたことで僅かに動揺していた。
「『慢心』は死を招くって、『鳴瀧』さんに教わらなかった〜? 相手が蹴り技を使ってこないからって、自分より蹴り技の技量が劣っているって考えちゃダメだよ〜」
「・・・」
ここで館長の名前を出されて、さらに困惑する壬生。その動揺を隠すように努めて表情を平静に保つ。
「鳴瀧さんには以前半年ほど修行させてもらったからね〜。中途半端な技で私を倒すことは出来ないよ〜」
「蹴りで僕に対抗するつもりかい?」
「んふふふ〜」
意味不明の笑みを浮かべる龍紀に、しかし壬生は怒ろうとはしなかった。それがハッタリなどでないことは、先程証明されたばかりなのだから。
館長の名を知っていたことも自分に似た技を使うこともひっくるめて、壬生は目の前の少女に興味を抱き始めていた。
その頃、外野では。
「動きが止まったね」
「お互いどういう出方をしようか考えているんだろ」
「それで、どちらが有利なの?」
「さあな、俺にもわからん。スピードなら龍紀の方が上のようだが、相手の技が未だ未知数だからな」
そして壬生と龍紀はというと―――
―――さてどう出るか。彼女が館長に修行を受けたのは間違いなさそうが。
―――何も考えずにハッタリかましたけど、ちょっと失敗したかな〜
―――はたして、たった半年の修行でここまで強くなれるものだろうか。
―――『彼』、全然動かなくなったよ〜。こっちはさっさと片付けたいのに〜。
―――確かに技は古武道のものだし、その組み手は館長のものに似ていなくもない。
―――うう、いかん。まーた眠くなってきた。早く仕掛けてこないかな〜
―――しかも拳や発勁の技は尋常じゃない。多分、僕以上だ。
―――ええい。いつまで待たせるんだあ! 本気で眠ってやるぞ!
―――多分以前に古武術の基礎を叩きこまれているか、あるいは天性のモノか。
―――でも眠ろうとしたら、蹴りが飛んでくるんだろうしな〜〜
―――とにかく、ここは蹴り技で勝負する方が無難だな。
―――あ〜〜〜っ! もう、眠い、眠い、眠い、眠い、眠い、眠い、ねむ〜〜〜い!!
―――だが、彼女の強さはそれだけじゃない。
―――眠いっての、分からんのか!? この朴念仁!!
―――なにより一番厄介なのはスピードだ。
―――ねえ。昔、親に教わらなかった〜? 人の眠りを邪魔する奴は象に踏まれてペッタンコって。
―――多分、蹴り技の基礎もみっちり叩きこまれているだろう。
―――・・・そういえば今思い出したけど、小蒔は『彼』のことを『敵』って言ってたよね。
―――このコのスピードが加われば、『蹴り技』だけでも十分脅威だ。
―――そうだよね〜。『彼』は『敵』だよね〜。だって私の睡眠を妨害してるんだもん。
―――ということは下手に大技を仕掛けるのはリスクが伴うな。
―――クックック。そっか〜『敵』かあ〜。だったら手加減不要だよね〜
―――小技を仕掛けて型を崩すか。
―――クーーーックックック。睡眠時間を奪ったこの怨み、きっちり晴らさせてもらうよ〜〜、『拳武館親衛隊』くん。
「いくよ」
と言った壬生はそのまま硬直してしまった。
彼は見てしまったのだ。
とてつもないどす黒い龍のオーラを背負う龍紀の姿を。
そして最期(殺すなぁ!)の瞬間、彼は地獄の底から這い出る呪詛の声を聞いたような気がした。
―――私の眠りを妨げる奴は何人たりとて許さん!!
1分後、彼らの視線の先には龍紀にボロ雑巾にされた壬生がいた。
「―――片が付いたな」
「・・・(絶句)」
「―――なんか可哀想な気もするけど」
「とりあえず名前を聞き出さなさなきゃいけないから、血止めだけはしておきましょ」
こういう時は冷静な回復役。
「いや、それ以前にちゃんと命は助けた方がいいと思うぞ」
「うん。別に京一の仇じゃないわけだしさ」
自分の良心に正直な二人組。
そこへ悪意のこもった声が聞こえてきた。
「その必要はないぜ」
現れたのはいかにも力がありそうな太った巨漢の男と、そしてギラギラした殺意を纏う剣を携えた細身の男。
「クックックックッ・・・、こうなると拳武館一の拳法使いも惨めなもんだな」
「アイツだよ! アイツが京一を殺ったんだ!」
ピクッ
その言葉に龍紀の反応して標的の方にくる〜りと振りかえった。
「あいつが、京一を殺したのか?」
「クックックッ、京一ぃ? あの木刀を持ったボウヤのことか?」
細身の男はヒステリックな声で答える。
「ヒャッハハハハハハハハ、あんなモン持っているから、ちょっとは使えると思ったんだがな。所詮は俺様の敵じゃなかったぜ」
耳障りな笑い声が辺りを反響し、龍紀の神経を逆なでする。
龍紀の表情がいつになく険しいものに変わってくる。
「だが楽しかったぜェ、『鬼剄』を食らって無様にのた打ち回る赤毛のボウヤの姿を見るのはな」
細身の男―――八剣の『殺意』は段々と紅い『気』へと変化してくる。そしてその『気』をゆっくりと剣に収束してゆく。
「貴様はどうやって俺様を楽しませてくれるのかな? ―――食らえ!」
その瞬間、龍紀も動いた。
その正面から迫ってくる紅い『発勁』。
龍紀は軌道を読み、かわそうとする。
が、『発勁』も追尾するように軌道を変えてくる!
「!」
その瞬間、『発勁』は消滅した。
何が起こったか確かめる暇は無い。
龍紀は一気に八剣との間合いを詰める。
が、その前に巨漢の男―――武蔵山が立ちはだかり、両腕を振り下ろしてくる。
龍紀は大きく横にそれを飛びかわす。
武蔵山も龍紀を追うように横に飛び、龍紀と八剣の間を遮る。
「グヒヒヒヒヒヒ、逃げられんでごわす。おでが相手―――」
武蔵山の言葉はそこで途切れた。
その目は宙をさまよい、そして前触れもなしに支えを失った大木のように左の方に倒れる。見ると左足の膝が外側に向けてひしゃげるように折れている。
「あなたの左膝の関節を砕いた。もう一生立つことが出来ない」
龍紀の冷然とした宣言が耳をうち、武蔵山が目をむく。
「そして―――」
龍紀は八剣の方に目を向ける。
「残りはあなただけ。しかし、あなたの技が『発勁』で相殺できるものである以上、2対1ではあなたに勝ち目はない」
「クックックッ、果たしてそうかな?」
それが合図となるかのように、後ろで誰かが倒れる音がした。
「!」
振りかえると壬生が刀傷のような三条の傷を受けて倒れていた。
無論その傷は龍紀との戦いのときのものではない。
「これは?」
「どうやら『鬼剄』というのは『詭計』という意味もあるようだね。見せかけの強烈な『発勁』にまぎれて襲う、刃のごとく研ぎ澄まされた『陰の勁』がそれが技の正体だ。―――気が付くのが遅かったから、かばうので精一杯だったよ」
自分がやられたのに、どことなく他人事のような口調で話す壬生。
「ヒャハハハハハハハ、その通り。だがそれがわかったところで、どうすることもできまい。それとも今度はそのでかぶつを楯に取るか?」
龍紀は無言で八剣を睨む。
「睨んでもどうにもならねェよ! 死にな!!」
八剣は再び『鬼剄』を放つ。
それと同時に龍紀は一直線に八剣の方に走り、正面から襲ってくる『発勁』に『発勁』をぶつける。
前方の『発勁』は瞬時に消滅する。
が、それにまぎれる形で間近に出現する三条の『刃』!!
―――しまった!!
が、次の瞬間
パキィーーーン!
ガラスが砕けるような音と共に『刃』は消滅した。
事態を理解できず戸惑う、八剣。
その顔面を龍紀の拳が捕らえていた。
龍紀は意識は霧の中にあった。
龍紀は人影を見た。
―――夢かな?
その人影は微笑み、何か言ったようだった。
久しぶりに会う人。
もう二度と会えることはないとあきらめていた人。
それは再会の場面。
どこかのありきたりのロマンスでもあった一場面。
―――夢だな〜、きっと。
その人影は『木刀』を携えていた。
―――夢なら覚めないでいて欲しいな〜
そして龍紀は夢の世界の住人になった。
壬生は、治療が終わった後、館長に報告するために藤咲も連れてその場を去った。
藤咲を連れていたのは、八剣の仲間の襲撃を警戒してのことだった。
そして八剣と武蔵山が運び出された後も、やっぱり龍紀は寝ていた。
「起きろ。ひーちゃん」
京一の何度目かの呼びかけに対しても龍紀は目を開けようとしていなかった。
八剣をぶっ倒した直後、龍紀は首を巡らし京一の姿を見つけたようだった。
が、その直後ぶっ倒れてしまい、その後ずーっと眠りつづけている。
「起きろ! ひーちゃん」
「ふにゃ〜〜?」
京一の声がよっぽどうるさかったのか、ようやく目を覚ます龍紀。
目が相変わらず半分死んでいます。
「えーーとだな」
起こしたはいいが、何を言おうと思っていたのか全く考えていない京一君。
まったくの泥縄状態です。
「ん〜? 用が無いなら寝るよ〜」
「ただいま、ひーちゃん」
間の抜けたセリフを言う京一。
「ん〜〜?」
首をかしげて相手の顔をしみじみ見る龍紀。相変わらず反応がトロいです。
「まだ夢を見てるのかなぁ〜〜〜、京一くんみたいなのがいるぅ〜」
「おい!」
今になってそれを言うか?
「うにっ、『抱き枕』ぁ〜〜〜〜」
何を思ったのかいきなりガバッと京一に抱きつく龍紀。
そして再び寝始める。
「寝るなあ〜〜〜!!!」
京一の抗議もどこ吹く風、再度爆睡モードに突入しています。
「お〜い」
「いいじゃない。寝させてあげれば『抱き枕』クン」
「誰が『抱き枕』だ!」
「『抱き枕』は喋らない!」
「そうも言ってられないだろ。大体、こんな所にずっと寝かしておくわけにはいなねえだろうが!」
「あ、そうか」
やっと事態を思い出した小蒔。
「あたしと小蒔のうちってわけにはいかないわね」
「龍紀のマンションってのは論外だな」
「そうなると、やっぱり京一君のうちでしょうね」
「おい、醍醐の家って選択肢が抜けているぞ」
一瞬の間。
「やっぱり、京一君の家しかないわね」
「人の話を聞け!」
「『抱き枕』の発言は脚下します」
「いいかげんにそいつから離れろ!」
「でもやっぱり、醍醐のうちに4人も押し掛けるってのはちょっとね」
「いや、俺は一向に構わんぞ。龍紀一人を京一の家に泊めるというのよりはな」
京一は引っかかるものを感じ異議を唱えようとしたがやぶへびになるので止める。
「でも家の人も心配しているんじゃない?」
「うっ(汗)」
葵の不意打ちに言葉が詰まる京一。
「そうだな、いくらなんでも家の人に報告しないのはまずいな」
「一日や二日延びてもうちの親は気にしなねえよ」
醍醐の一般論に対して、京一は慌てていい訳めいた反論をする。
「警察に失踪人届けを出しているって聞いたけど」
葵の言葉に真っ青になる京一。
「やっぱり、一日も早く元気な顔を見せるべきじゃない?」
考えこんでしまう京一。やがて―――
「―――わかった。わかったから、とにかく龍紀だけは預かってくれ」
その言葉にわずかに動揺する小蒔と醍醐。
「いや、預かる預からない以前に・・・。なあ。」
「ちょっと今の龍紀は起こしたくないよね」
あはははとひきつった笑い声をたてる小蒔。
しかし、その発言をあっさり却下し、京一は龍紀を起こしにかかる。
「おい、ひーちゃん起きろ!」
ズザザザザザザザザザザザッ
小蒔と醍醐は瞬時に5メートルほど後づさる。
「おい、京一〈汗)」
「京一クン、それはよしたほうがいいと思うよ」
でも京一君全く聞いてません。
「おい!! ひーちゃん!」
「やだ」
「おい、起きろって」
「い〜や〜だ」
「起きろー!」
「い〜〜や〜〜だ! 起きたくない!」
「あのなあ。ひーちゃん」
「京一くんがいなくなるから起きたくない!!]
・・・
「・・・ひーちゃん、俺はここにいるだろ―――」
「でも目を覚ましたら、京一くんいなくなっちゃうもん」
京一の顔にとまどいの色が浮かぶ。
「お、おい。何言って―――」
「だって、京一くん死んじゃったんだもん」
「・・・」
「京一くんから連絡こないんだもん」
「・・・」
「京一くんは私の相棒だもん。生きてたら必ず知らせてくれるもん」
「・・・」
「いつも側にいるって言ってくれたもん。一人じゃないって言ってくれたもん」
「―――ひーちゃん」
「寂しいのに独りにするなんてしないもん!
ずーっとずーっと寂しかったのに、ずーっと独りぼっちだったのに―――」
龍紀の声が不意に途切れた。
葵がおそるおそる横から声をかける。
「―――龍紀?」
「独りぼっちなんて・・・ヤダ・・・・」
沈黙。
「ひーちゃ―――」
「ヤダ・・・」
龍紀はうつぶせのまま、ふるふると首を振る。
「龍紀?」
「ヤ・・・ダ・・・」
気まずい沈黙。
全員困った風にお互いを顔を見合わせた。
しかし、その沈黙を破ったのは龍紀だった。
「・・・葵ぃ〜」
「うん、何?」
「この『抱き枕』、と〜っても気持ちいいね〜」
「・・・」
「あったかくて、大きくて、いい匂いがして。まるで京一くんみたい〜」
「・・・」
「葵?」
「ええ、そうね」
「ん〜?」
「わかったから。もう、わかったから。・・・おやすみ」
「・・・うん。おやすみぃ〜、葵」
その後、場の全員の非難の視線が京一に集中した。
「さ〜て、京一君。もちろん責任はとるわよね?」
「わかったよ!! 泊めりゃいいんだろうが! 泊めりゃ」
「龍紀を襲っちゃだめだよ」
「この状態でどうやれば襲えるってんだ!」
ちなみに龍紀は京一に抱きついたまま眠っていてびくともしません。
「まあなんだ、京一。龍紀が起きるまでの辛抱だな」
「そう言ってくれるのは醍醐だけだぜ【悲】」
かくして満場一致で龍紀は京一の家で一晩預かることが決定したのだった。
さて、その帰り道。
「明日は土曜日だし、京一君のうちでささやかなパーティを開きましょ」
「パーティ?」
「京一君の帰還祝い」
「ちょっと待て、なんで俺の家でやるんだ」
「だって、京一君のリビング大きいじゃない。あれくらいだったら家具をどかせば20人くらい軽く入るわね」
「全員呼ぶ気かい!?」
「だって京一クン、みんな本気で心配していたんだよ」
「うっ」
「・・・龍紀の元気がなかったから」
「おい!」
「まあ。そう、怒るな。心配していたのは事実だ」
「そうかいそうかい。まあ、全員来るって事はないだろうけどな」
「それは無いと思うわ。やっぱりみんな元気な龍紀ちゃんを見たいでしょうし」
「お前ら〜、誰が主賓か忘れてるんじゃねえのか?」
「もちろん龍紀だよね?」
隅っこで京一君、拗ねてます。
「もう、それくらいにしておけ」
たしなめる醍醐。でも声は笑ってます。
やがて彼らは京一の家にたどり着いた。
本来ならここで説教が待っているはずだったが、龍紀がすぐ横で眠っている状態ではそれもできず、取り合えずは執行猶予ということになった。
「よかったじゃない」
「ホント、龍紀のおかげだよ。感謝しなきゃね」
などと言われても明日のことを考えると少し気が重くなる京一だった。
「呼んだ〜?」
気が付くと先程まで眠っていた龍紀がうっすらと目を開けていた。
どうやら小蒔の声に反応したようだった。
「あれ。龍紀、起きたの?」
「う〜ん。ここ何処?」
「京一クンの家のリビングだよ」
それに対し、龍紀はふ〜んと曖昧な返事をする。
ってそれだけ?
「あれ〜、葵もいるんだ〜」
「ええ。でも、すぐ帰るから」
「え〜、帰るの〜? ゆっくりしていけばいいのに〜」
だから、ここは京一の家なんだってば。
「でも、帰るから」
「ん〜〜残念だなあ。あ、待って〜、葵。最後にひとつお願いしてもいい?」
「? いいわよ」
そこで、龍紀は今まで以上にぎゅ〜〜っと京一を抱きしめて一言。
「この『抱き枕』、ちょ〜だい☆」
・・・
「「「なっにぃ〜〜〜〜〜〜〜!!?」」」
「ええ、あげるわよ」
しかし、葵は平然と答える。
「☆◆%※&△★〜〜〜!!」
あまりのことにパニックを起こして、口をパクパクさせている京一。
「うん、ありがと〜」
これ以上無いほどのしあわせ〜な笑顔を浮かべる龍紀。
「あ、あ、あおいぃ?」
「さあ、小蒔、醍醐君、行きましょ」
かろうじて声を出すことができた小蒔と生きたまま石像と化した醍醐をつれて、葵はさっさとリビングを退去する。
「おやすみ、龍紀」
「うん、おやすみぃ〜」
そしてその後に残ったのは、硬直して文字通り龍紀の『抱き枕』となった京一だけだった。
―――その翌日
昼間まで眠りこけてしまった龍紀が目を覚ましたとたん、置かれた状況の恥ずかしさのあまり、辺り構わず八雲をぶちかましたり、その後頃合を見計らってパーティ要具一式を携えて葵達が尋ねて来たり、パーティの間中龍紀がずーっと真っ赤な顔で小さくなっていたりしたけれど、龍紀の全快した顔を見たみんなは胸をなでおろしたということでしたとさ。
―――さらに余談
ちなみに京一君は、リビングを守る為に龍紀の寝覚めの八雲?連発を全弾食らったため、パーティの間中リビングの端で気絶していました。
≪終り≫