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ACT.1 君が眠らせない 《前編》

* 京一



眠れねえ。
眠れねえったら、眠れねえ。

 昨日はあんだけ歩き回って、さらにヤクザのおオッサン達と殺りあった挙げ句に、マリア先生のお説教と一晩中正座なんてオプション付なんていうろくでもねえ修学旅行1日目だったにも関わらずだ。
原因は判ってる。
今、俺の隣の布団で安らかな寝息を立てて爆睡中の奴のせいだ。
……………… つーか、こいつが隣で寝てるという事自体が、俺の眠気を遥か彼方に逃亡させているんだよ。

緋月 龍麻。 ひーちゃん。

俺の大事な 親友で相棒で、そして…………………。
 絶対に認めたくなんかなかったが、つい最近諦らめたっつーか開き直ったっつーか、とうとう自覚しちまったこの俺の想い人。
自他共に認める《可愛いおねーちゃん命》この蓬莱寺 京一様がだぞ、どこで間違ったかこともあろーに(いくら親友とはいえ)ヤローなんかに…………(汗)。

 そりゃあ、顔はとんでもなく綺麗だ。スラリとした細身の体つきに、背の半ばまで伸ばされた艶やかな漆黒の髪。普段は鬱陶しい前髪に隠されてはいるが、何より俺を魅きつける深蒼色の瞳。
 ところがどっこい、外見に反比例するようにとんでもなく口は悪いし(あのお綺麗な顔から、とんでもねえ悪口雑言が繰り出される様は、視覚と聴覚への暴力だぜ)、信じらんねえ馬鹿力ですぐに怒って人のことは殴り飛ばすし、にっこり笑いながら非常識な事を言い出すし、しっかりしているようで時々とんでもない大ポカやらかすし、実はどーしようもない底抜けのお人好しで、『放っておけねーだろ。』とか言って次から次へと厄介事に首を突っ込むし(ありゃもう、《人外魔境》の域だ)。こっちの心臓が幾つあっても足りゃしねえんだよ。

でも……………。

どーしようもなく魅かれてる。

見つめていたい。

側にいたい。

護りたい。


 初めは、《綺麗なくせにとんでもねーけど面白くて良い奴》だった。それがすぐになくてはならない仲間で親友で、そして【相棒】になって。
でも、この想いがそれだけじゃないって思い知ったのは、あの紗夜ちゃんの事件の時だ。
ひーちゃんが音信不通だった三日間。あいつの姿が見えない、あいつの声がきこえない、あいつが側にいない、ただそれだけでどうしようもなく気持ちを持て余しちまってた。あいつを俺の側に取り戻す事、ただそれだけしか考えつかなかった。
あの後、 紗夜ちゃんを救ってやれなかった事であいつがどんなに悲しんでいるかわかっていたのに、あいつが他の誰かのために泣く姿なんかをを見たくなくて、
「男なら涙は見せんじゃねえぞ。」
なんて馬鹿なことを言っちまった。

そう、あの時だ。

「本当にバカだなあ、京一は。当たり前だろう。」
あいつは微笑んだんだ。その蒼い瞳は慟哭の色に染まっているのに、
「オレには無いんだよ。泣いて楽になる資格なんか………。」


あの時の気持ちを何て言ったらいいのか、俺は解らない。
でも、あいつをそのまま放っておくことなんて俺には絶対にできなかった。
いや、したくなんかなかった。


「しょうがねえなあ。」
できるだけそぉっと、抱き寄せる。
「バカなのはひーちゃんだろ。」
「なっ?!。」
「素直じゃないぜ。泣きたいって、目が言ってる。」
「………。」
「俺の薄っぺらい胸で良ければ、貸してやっから。」
微かに肩を震わせただけですっぽりと腕の中に収まった、思っていたよりも細くてきしゃきな体。深淵な蒼い瞳が、まるで射るように俺を見つめる。
「こうやってれば、人には見られないだろ。」
壊れそうな体を、少しずつ力をいれて抱き締める。
「泣いちまえよ。楽になるとかじゃなくて、けじめをつける為にさ。」
「……バ …カヤ………ロ………。」
腕の中から確かに感じる、その鼓動。零れ落ちた始めの一滴。
「資格が欲しいんなら、この俺が認めてやるから………。」
鳴咽が途切れるまで、俺はあいつを放さなかった。


あれが、ヤバイ第一歩だったんだよなあ。
おまけに 後から気がついたんだが(俺ともあろう者が、動転してたんだな)、……そのなんだ。炎の中からあいつを連れ出した時と抱しめていた時、えーっと、いや、その、なんとなくなんだがよ……………、胸が柔らかかった様な気がしたんだよ。ぜってえ錯覚なんかじゃない。
『もしも ひーちゃんが女だったら………。』
淡い期待を抱いちまったんだよなあ。でなきゃ俺ってば《あぶない世界》に足を突っ込んじまうことになるんだから。
そんで、一念発起で確かめてみようと思って計画した《二人っきりでプール。上手くいきゃ水着でデート・駄目でもおねーちゃんナンパで精神矯正》大作戦は、どーしようもない惨々たる結果に終わっちまった。
ひーちゃんの胸はまーっ平で、俺の淡い期待は粉微塵に粉砕され。小蒔のヤツの横槍で五人一緒だった為にナンパはできず。またぞろ厄介な事件に遭遇した挙げ句、止めにあんな気に食わねえ鈍亀忍者野郎を仲間に加えるはめになっちまったんだ。
あのカメ野郎、ひーちゃんに馴れ馴れしすぎんだよ(怒)。絶対ぇひーちゃんによからぬ想いを持ってるぞ。なのにどういう理由だか、ひーちゃんってばあの腐れ亀忍者野郎に欠片ったりとも警戒心を持ってねえんだ(なんせ身近にいる男で、ひーちゃんの鉄拳制裁をくらったことのない唯一の野郎だからな)。おかげで、【男】だと確信もっちまったのにひーちゃんを余計に意識しちまって、更にドツボにはまるハメになっちまったじゃねえか。只でさえロクでもねえこの状況、これ以上悪化させてたまるかっつーんだ。

それでも鬼道衆と殺りあってる時はよかったんだ。そっちに神経集中してればよかったからな。
でも全部終わっちまったら、もうひーちゃんのことで俺の頭も胸もいっぱい状態になっちまって、にっちもさっちもいかねえ。―――――――― つーか、等々力不動での、九角を倒した後の妙に寂しげな微笑みに止めを刺されたんだ。俺の最後のこだわりっていうやつに。
最後の悪あがきの、小蒔や醍醐を巻き込んで《美里とくっつけちまえば 諦めもつくさ》作戦も、結局失敗に終わっちまって、墓穴を掘っちまった。いや、あの美里の告白の時に雑魚共の乱入がもう少し遅かったら、(自分で企んでおきながら)俺が邪魔しに入ってたぞ。我ながら情けねえ。

その夜、俺は一晩かけて覚悟をきめた。開き直った。
『修学旅行でひーちゃんに告白する。』
ウジウジ悩んでるのは、俺の性分じゃねえしな。【秘拳・黄龍】の二・三発食らうことになるのは覚悟の上。へたすりゃ、【地獄めぐり全技×5アタック】かもしんねえが。
なんせひーちゃんてば、あのお綺麗さんな女顔にえらくコンプレックス持ってるらしくて、転校以来ひーちゃんを女扱いやおカマ呼ばわりした奴は不良・ヤクザはいうに及ばず、たとえ一般人であろうとも例外無く(注:子供と女性は除く)問答無用でシバキ倒されてるからなあ。おかげで新宿・渋谷周辺では『魔人学園の堕天使(ルシフェル)』の異名が定着しちまってる。
(そんなに気にしてるんなら、あの長い髪だけでも切っちまえばいいのに………って、俺は絶対に嫌だけど。)
でもまあ、あの天下無敵《超ど級のお人好し》のひーちゃんのことだから、友達やめたりはしないだろう。きっと『俺が見捨てたら被害は他人に及んじまうからな。その腐れた根性、世の為人の為、オレが責任持って矯正してやる!!。』とか言って普段の殴られる回数が増えるぐらいか、上手くいけば、『オレが我慢すれば世の女性の被害が少なくてすむかなあ?。』とか言って、キスくらいはOKかもしんない…………。ひーちゃんああ見えてもフェミニストの上、スキンシップは大好きだもんな。(それも俺の心臓に負担かけてんだけどさ、嬉しいけどな。)
幸いうちの学校にもご他聞にもれず、『修学旅行で告白できたカップルは卒業までラブラブ!。』なんてジンクスがあることだし、薔薇色の未来へむけて特攻あるのみだぜ!!。


……………だったんだけどな。(溜息)
この2日間ことごとくチャンスを潰され、こーして未だに眠れぬ夜をすごしているわけだ。
旅行中は基本的に5人でグループ行動の上に、またぞろ厄介ごとに首を突っ込むハメになるわ、ひーちゃんを誘うとするとアン子や裏密、はては犬神の野郎まで乱入してきやがるんだ。やっぱ、二人っきりになる口実に《女風呂のぞき》や《夜間脱走ナンパ》は不味かったか。
畜生、ついてねえ。 明日またチャレンジあるのみだぜ!。
何かまた上手い口実考えねえとなあ。
はあぁ………………。


「…………ぃ…ち…。」
うーん。
「きょう……い……。」
ん?!。なんだぁ?。
「きょ…う・い…ち…。」
うるせえなぁ。
「きょういち。」
やっと眠れたんだからな、誰だ邪魔すんのは(怒)。
「京一ぃ 。」
ぱふっ☆。
へっっ?!。
暖ったかい。誰か抱きついてきた?。
ゆっくりと顔を向けてみると、

ひっ、ひーちゃん!!。
なんでイキナリひーちゃんが抱きついてくるんだよ?!。
「きょ・う・い・ちぃ。」
うっわーっっ××××××××。
しかも、肩口にほっぺスリスリしてくる。(なんか猫みたいだなあ)
ちょとまてぇぇ――ぇぇ!!。思いっきり硬直しちまうぞ、俺。
「ひっ、ひっ、ひーちゃん………(汗)。」
「ふみゅっ♪。」
うっっっ。そっ、そんな上目遣いに無防備な全開の笑顔を向けてこないでくれぇぇ〜〜〜。
俺にどーしろっていうんだ。(情けないぞ、俺。)

とにかくパニクってる自分を落ち着かせようと、ふと周りを見ると、なんか様子が変だ。薄暗くってフワフワしていて、よく解らん状況の中に俺とひーちゃんだけが確かな質感を持って存在している。うーん。
そうか、これ夢か!。
そーだよな、でなきゃ、こんなおいしいシュチュエーションそうそうあるわけない。さっきまでひーちゃんのことばっかり考えてたせいだろーな。それにしても随分とリアルな感触の夢だなあ。これってば《ラッキーィ☆》っていうのか?。
せっかく良い夢見てるんだ、しっかり楽しんじまえ。(現実じゃ、絶対に実現不可能だ)

「ひーちゃん。」
「みゅっ?。」
 片腕を背中に回してしっかりと抱き寄せると、ひーちゃんは不思議そうな顔で見上げてくる。もう片方の手を頬にあて、それから、普段その澄んだ双眸を隠している長い前髪を柔らかくかきあげる。表れるのは二つの宝玉。どんな空よりも澄んだ、どんな海よりも深い、俺を魅きつけてやまない 宇宙の真蒼(そらのあお)。
 普段は無造作に背で一括りにされている艶やかな黒髪が解かれて肩口からさらりと流れると、まるで別人のように神秘的であでやかな印象を紡ぎ出し俺を魅了する。
「ひーちゃん、好きだ。」
額に、頬に、かすめるように軽いキス。
「好きだ。」
その柔らかい唇には、すこし長めにでも優しく口づける。
「愛してる。」
 ゆっくりと力を込めて抱きしめ、耳元から首筋に唇を辿らせるとると、くすぐったそうな声を上げながらひーちゃんも柔らかく抱きしめ返してくる。

んっ!?。なんだか腕の中のひーちゃんの胸がまた柔らかい(それも、かなり嬉しい俺好みの感触だ)。体も、なんかいつもより小さくてきしゃきなような………。なんか本当に女の子みたいだぞ。うーん。これってば、やっぱ俺の願望なのか。夢の中にまで引き摺ってくるとは、まだ俺ってば未練があったんだ。たとえ、ひーちゃんが男だろうと女だろうとどっちだってかまわないって、キッパリ決心したはずだったんだけどなあ。(女々しいぞ、俺。)
 まあいいや、夢だから。実際、すんごく感触が嬉しいしな。
 と言う訳で、そのまま続行。

「ひーちゃん。」
「みゅぅ?。」
もう一度軽く頬にキスをして、今度はもっと深く口づける為に俺にされるがままになっているひーちゃんの腕をとろうと左手に触れたその時。
そう、今までけっして触れさせてくれたことのない(触ろうとしたら、問答無用で【龍星脚】だったからな)左手を覆う外されたことのない黒い手袋に触ったその瞬間、その俺の手が触れた所からすさまじい痛みが俺の全身を駆けぬけた。
「痛っっ!。」
「にゅっ!?。」


うぅ〜〜。
一瞬で俺の意識は覚醒しちまったらしい。
ちっくしょう、イイところだったのに。(怒)
「くそう。もうちょっと…………」
「んー?。」
おもわずふとんの中で恨めしげな呟きを洩らしてしまった俺に、なぜか腕の中から寝ぼけた声がかかる。
えっ?!。ちょっ、ちょっと待てぇぇ〜〜〜ぇ。何で俺はもう目が醒めてんのに、まだ腕の中にひーちゃんをしっかりと抱きしめてるんだぁ。ちゃんと俺の布団の中だぞ、ここ。
しかも、夢の中と同じにひーちゃんの胸が柔らかい(夢の中と同じ、嬉しい感触のまんまだ)。どっ、どーなってるんだぁ???。

「きょっ、京一ぃ!?」
抱きしめたままだったひーちゃんが目を醒しちまったらしい。どうしよう(焦)。ヤバイぞ、ヤバすぎる。どう説明しろっていうんだ、このにっちもさっちもいかない状況を(汗)。

「なっっっ、なっっっ、??!!!」
「ひっ、ひーちゃんこれは……(汗)、」
大パニック・頭グルグル状態の俺に襲いかかったのは、

「なあにしてやがる。こんのケダモノがぁ―――――ぁぁぁ!!。」
 バキィィッ★
ひーちゃんの大絶叫と、同時に繰り出された渾身の一撃だった。
凄まじい衝撃ともに、俺は問答無用で壁に叩き付けられる。
「ぐっっ!!。」

次ぎの瞬間、俺の意識は奈落の底に落ちていった。



* 龍那


修学旅行3日目の朝、ふと気がついた。
旅館の厨房って、食後は意外と静かなもんなんだなぁ。


「本当にひーちゃんてば、京一に甘いよねぇ。」
「そうかなあ。?」
オレ、一番アイツのことバコバコぶん殴ってるような気がするんだが。
「自覚がないのが問題だよ。少なくとも昨日食べた【特製・生クリーム入り八つ橋】ぐらいには甘いとおもうよ、ボク。」
小蒔ちゃん、そんなしみじみ腕を組みながら言わないでくれよ。
っと、いけねえ。危うく握りすぎるところだった。オレは慌てて、持っていた3個目のおにぎりを手早く海苔でくるむ。ちょっと味が薄いのは味付け海苔でカバーできるな。(京都の醤油は味が薄い)アイツ、濃い味付けの方が好きだからなぁ。
「小蒔ちゃん。このおカカおにぎりをそこのホイルで包んじゃってくれる?。オレ、この味噌の方にちょっと火を通しちまうから。」
そう言いながら、オレはさっき作っておいた味噌おにぎりを菜箸使って手早く火で炙る。う〜ん。焼けたお味噌の香ばしい香り。
『思考が逃げてるよ、姉さん。』
『るさいっ!!。黙ってろ、タマ。』
肩口からかかる、オレにしか聞こえない囁きを思念で一喝する。
まだ目の前に小蒔ちゃんがいるんだ、ちゃかしてくんじゃねえ。
『【タマ】って呼ばないでって、何度言ったらわかるんだよ、姉さん。』
しかたねえだろ。この17年間(身内はともかくだ)世間一般ではオレの方が【龍麻】って呼ばれてるんだから、ややこしいだろうが。実際、おまえってば【玉】なんだし。
十年以上も続いている、不毛なやりとりだ。いいかげんに諦らめろ、タマ。
『おまえが《姉さん》と呼ぶのをやめたら、考えてやる。』
『だって、姉さんなんだから………。しょうがないだろ。』
お世辞にも真っ当な【女】とはいえないオレに、《年上の女性である兄弟・姉妹に対する名称》である《姉さん》という呼び方は絶対に該当しないぞ。
『だーから、黙ってろって言ってんだろ。』
まだブツブツとほざいてるのを黙殺して、とりあえず火を通し終わったおにぎりを包み始める。えーっとアイツの分が2個、それから小蒔ちゃんと葵ちゃんと醍醐とオレの分が1個ずつっと♪。
「はい、ひーちゃん。こっちできたよ。」
「ありがう、小蒔ちゃん。手伝ってくれて。」
よっし、これで 仕上げにお漬物をつけて、完成。

「やぁっぱり。あの馬鹿に甘すぎだよ、ひーちゃんは。」
「ふにゅっ?。」
とりあえず大きいハンカチでお弁当(おカカおにぎり3個と焼味噌にぎり6個+お漬物&おやつ用のみかん。結構大きい包みになっちまったなあ)をくくっていると、また小蒔ちゃんが盛大な溜息を付きながら話し掛けてくる。
「だって、寝過ごして朝御飯を食べ損なうのは京一の自業自得じゃないか。それなのにわざわざこんな風にお弁当用意してあげるなんてさ。」
「いや。あっ、あれはオレの方が悪いからさ(汗)。」
それに寝過ごしてるんじゃなくて、意識が戻らないんだよ。
「そうやって、また庇ってる。」
「だからぁ、庇ってるわけじゃなくって。本当にオレの所為なんだってば。」
どうして みんな解ってくんないんだろう(涙)。それに、この件で小蒔ちゃんがそんなに拗ねた顔する必要ないと思うんだけどな。
『そうだよねぇ。あくまで京一の方が被害者だよねぇ。』
『おまえは引っ込んでろ!、タマ。』
わかってるって言ってんだろ。
 そーだよ、オレが悪いんだよ。こともあろーに寝ぼけて京一の布団にもぐり込んだ挙げ句、寝起きのボケた頭で勘違いしちまって、思いっきり怒鳴りつけて叩き起こした上に、手加減抜きの【八雲】をぶちかましちまいましたよ。おかげで、問答無用に壁に叩き付けられた京一は今だに意識不明のまんま。それでも布団がクッションになったおかげでとりあえず怪我らしい怪我はなかったのがせめてもの救いというやつだ。(アイツ、思ってたよりも打たれ強かったんだな。オレが殴り続けた所為か?。)
 だから、こーやって詫びの意味も含めて朝っぱらから宿の厨房のおばちゃんに頼み込んでアイツの好きそうな弁当作ってんじゃないか。
 なのにみんなってば、いくらオレの方が寝ぼけたんだって言っても信じてくんないんだ。「京一が寝ボケてオレを襲って返り討ちにされた。」っていうのがまかり通っちまってるんだよ。オレがアイツを庇ってるんだって思い込んじまって、「京一は何もしてない。全部オレが悪かったんだ。」って主張すればするほど、ドンドンと京一の立場が悪くなっていくんだ。
 みんな解ってんのか?。本当にアイツがオレを襲ったんなら、いくら《人外魔境のお人好し》といわれるオレでも(何でそこまでいわれるのか納得いかないけどな)【八雲】一発ですませたりしないぞ。それなのに、なんでみんなが揃って「京一がオレを襲った。」なんていうとんでもない誤解するんだ?。
『まっ、日頃の行ないっていうヤツじゃないの?。』
『行ないがあるから不思議なんじゃないか。《可愛いおねーちゃん命》のアイツが、オレを襲うわけないだろ。』
『…………姉さん。一応自分は【女】だって解ってる?いいかげんに自覚持ってよ。』
『だから、オレは真っ当な【女】じゃないって言ってんだろ。』
実際、今は胸もないし。
『………………………(溜息)。』
だいたい、世間一般にも 仲間にも オレは今んところ《緋月 龍麻》っていう【男】として認識されてるんだぞ。(っていうか、させてるんだけど)

「もう。ひーちゃんてば、ほんとーにお人好しすぎるよ。」
「小蒔ちゃん。だからぁ…………(汗)。」
罪悪感という針が、胸にチクチク痛い。

「龍麻が、そんな顔することはないのよ。」
と、背後からまるでオレを助けるように優しげな声がかかる。
あれ?!、葵ちゃん。朝のミーティングもう終わったんだ。たいへんだよなぁ、修学旅行の班長っていうのも。
 って、もうすぐ集合時間ってことか。やばっ!。はやくアイツの方の支度をしてやんないと。
「小蒔も駄目よ。いつまでも拗ねていては、龍麻が困っているわ。」
「でも、葵……。」
「……葵ちゃん。」
「小蒔だって解っているでしょう……。」
さすが《魔人学園の麗しの聖母様》!。解ってくれるんだね、嬉しいよ、オレ。

「龍麻は本当に優しくてお人好しで友達思いなんだから、親友の京一君の事を悪者になんかできないのよ。被害者の龍麻をこれ以上困らせてはいけないわ。拗ねるのも怒るのもちゃんと京一君の方にしてあげないと。」
「葵……。」
「…………(泣)。」
だうぅぅぅぅぅぅ〜。わ、解ってくれてないぃぃぃぃぃ〜(涙)。
「うん。そうだね、葵。とっちめるならあの馬鹿の方だよね。」
「東京に帰ってから、しっかりとね。」
「えっ、何で。今からじゃないの?。」
「京一君は、まだ惰眠を貪っているみたいだし。第一、修学旅行はまだ残りあと1日あるから。これ以上の騒ぎはマリア先生にご迷惑がかかるわ。それに、桜ヶ丘にちゃんと《病室》の手配を頼んでおかないと思いっきりできないでしょう。」
「さっすが、葵。そうだよね、ボクも【鬼哭飛燕】くらいはちゃんと食らわせてやりたいもんね。」
「私も【ジハード】よりは【熾天使の紅】を使ってみたい気がするし。」
「葵、せっかく覚えたのに使えなかったもんね、その技。」
あのぉぉ〜〜〜。それ2つ共最強奥義の技のような気がするんだけど(汗)。
「それに、ちゃんと如月くんや雨紋くんも誘ってあげないと。後で恨まれてしまうわ。」
「そうだよねぇ。だいたい如月クンがここにいたら、今ごろ京一は寸きざみの上で琵琶湖の底で魚の餌になってるはずだよ。」
「そうねえ。寸じゃなくてミリきざみかもよ。(クスッ)」
「…………(汗)。」
 うわぁ〜ん(泣)。どんどん話と誤解がでっかくなっていくぅぅ(号泣)。これが本当の《雪崩雪だるま式》ていうやつなのか。
 それに何でここに翡翠の名前が出てくるんだ?。あんな真面目で落ち着いてて温厚そうな人間に(敵には容赦が無いけどな)こんなバカ話聞かせたら、呆れて眉をひそめさせるだけだぞ。
 そりゃ、京一と翡翠っていまいち(っていうか、かなり)相性悪いみたいだけど、寸きざみで魚の餌っていったい?。
『姉さんって、本当に解ってないんだねぇ。』
『何がだよ。』
こら、タマ。何度いったらわかるんだ、勝手にオレの思考を読むんじゃない、弟の分際で。
それからそのみょ〜に悟ったような態度は(見えないけど)やめろ、ムカツクから。
『いいから、さっさと京一の身柄を確保した方がいいんじゃないの?。これ以上放っておいたら、もっと悲惨なことになるよ、京一。』
『うっ……(汗)。そっ、そうする。』
とりあえず、オレはこれ以上聞きたくない話題で盛り上がっている葵ちゃんと小蒔ちゃんの側からこっそりと離れる。
しばらくは、オレが京一にくっついていた方が良さそうだ。そうすればなんとか大技だけは食らわないで済みそうだし。いざとなったら《勧進帳モード》でオレが手加減して一発いれて終わりにしよう。本当にごめんな、京一。
『まっ、あんな役得あったんだから、京一も不幸なだけじゃないけどね。』
『へ?!。』
なんだ?、役得って。
『いーから。ほら、早く行こう、姉さん。』
『………。』
なんかイマイチよくわかんないままだったが、オレはそそくさと厨房をあとにして、部屋に向かって走り出した

このろくでもない状況で京一の役得っていったい?

こぉら、タマ!。含み笑いしてんじゃねぇ!!



 ⇒後編へ続く




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