* 龍麻
「起きないなぁ、京一。」
バスが発車して1時間。さすがに景色に見飽きてきたらしい姉さんが、自分の肩口に寄り掛かっている茶色い頭を撫でながらをぼやく。俺としてはもうしばらくこのまま意識が戻らない方が京一の身の為のような気もするけど・・・・・・・・・。
「だから、そんなヤツ宿に置いてきちゃえばよかったんだよ。」
「そうね。その方が京一君にもよかったんじゃないかしら。」
「俺もそう思うぞ。」
案の定、反対側の座席に座っている女性陣2人と後ろの座席の醍醐から不機嫌丸出しのクレームがつく。うーん。その気持ちはわかるんだけどね。
だって姉さんてば、厨房からとって返すなり止める醍醐を振り切って京一を制服に着替えさせてから(もはや姉さんに羞恥心なんか期待するだけ無駄だっていうのはよ〜く解かってたけどね)バスの自分の隣の座席に運び込んじゃったんだから。そりゃぁ、早く京一の身柄を確保しろとは言ったけどさ、ここまでやったら逆効果だよ。あの手際の良さには感心するけど。
ちゃんとお弁当も忘れないところは、流石だとしか言いようが無い。
「だって、せっかくの修学旅行なのにオレの所為で1日棒に振らせるなんて、寝覚めが悪いじゃないか。それに……。」
あのねえ、姉さん。そんな風に頬っぺた膨らまして反論したって、みんなの不機嫌を余計に煽るだけだってば。しかも、京一の頭を肩に寄り掛からせて、その赤茶の髪の毛を撫でながらっていう状況じゃさぁ(溜息)。みんなの視線が痛くないの?。
そりゃぁ、姉さんが京一の髪の毛の手触りが大のお気に入りなのは承知してるし(昔飼ってたうちの犬と同じ触りごごちなんだよね)バスの中で手持ち無沙汰なのは解ってるんだけどね。今だけはやめとこうよ。京一の心身の安全の為に。
「うふふふ。それに?、なあに、龍麻。」
うっ(汗)。葵ちゃん、マジでその【眼】が怖いよ。姉ぇさぁーん、いい加減この不穏な空気に気付いてよぉ。(泣)
「だって目が醒めたら一人ぼっちで置いてきぼりなんて、そんなのすっげぇ寂しいじゃないか。オレだったら取り残されて一人ぼっちなんて絶対にヤダ!。だから………。」
「…………。」
「ひーちゃん……。」
「……龍麻。」
「だから、みんなにそんなことするの。そんな思いをさせるのは、オレ絶対に嫌なんだ!!。」
出た!!。一撃必殺、姉さんの《瞳うるうる、どーしてそんな意地悪するんだよぉ。じーっと見つめちゃうぞ攻撃》。これを繰り出されて抵抗(レジスト)できた人間は、俺の知る限り実家の義母さんだけなんだよねぇ。その義母さんだって、2回に1回は引き下がらざるをえないという恐ろしい技なんだ。
「ごめんなさい、龍麻。言過ぎてしまったわ。」
「ごめんね。ひーちゃん。」
「そうだな。置き去りはやはり寝覚めがわるいな。」
ほぉら、全員 抵抗失敗。《必ず殺すと書いて必殺と読む》とは真理だよねえ。(いや葵ちゃんのあの【眼】に勝つとは、我が姉ながらたいしたもんだ。それだけ鈍いともいうけど。)
「ううん。オレこそ強情はってごめんな。オレの勝手な思い込みなだけかもしんないのに。」
「ひーちゃん………。」
「京一にだって迷惑なだけかもしんないよな………。」
「…………。」
「龍麻……。」
「……………ごめん、オレもちょっと寝るね。今朝は早かったから少し疲れちゃった。悪いけど、着いたら起こしてくれるかな?。」
「わかった。たしかに早かったからな。」
「う、うん。」
「ええ。」
駄目押しから場外逃亡。うーん、これをまったく無意識にやってのけている所が姉さんの侮れないところだよなぁ。
「あっ、これ皆の分のおにぎり。おやつ代わりに食べちゃっといてくれ。じゃぁ。」
さらに止め。
って、姉さん。京一の頭に凭れ掛かって寝たふりしちゃだめったってば。ああぁぁぁ〜〜。葵ちゃんの【眼】がぁ〜。小蒔ちゃんの握り締めたこぶしがぁぁ〜〜。
京一、絶対東京に帰ったら桜ヶ丘送りだよな。翡翠あたりにバレなきゃいいけど……………、無理か。合掌。
とりあえず、寝たふりしてる姉さんに忠告だけはしておかないと。
『もう、姉さんってば。周囲への影響ってモノを考えてよ。』
『何がだ、タマ?。』
『………いや、姉さんに期待した俺が馬鹿だった』
『だから、何が??。』
わかって無さすぎるぅぅ(泣)。鈍いっていうか、なんていうか。こうなると《女の自覚》以前の問題だよ。俺、くじけそうだ。
『それにしても、どーしてみんなあんな風に誤解したまんまなんだろう?。醍醐まで京一を信じてやらないのはあんまりだよな。隣に寝てたのに。』
『………。』
だってそりゃ仕方が無いよ。姉さんってば全然気づいてないけど、首筋にまだしっかりと残ってるんだもん、俗に言う【キスマーク】っていうやつがさ。
こんなもん見せられたら、「寝ぼけた姉さんが京一の布団にもぐり込んだだけ。」なんていくら言ったって誰も信じないって。ましてや醍醐なんて、あの「こんのケダモノ!」っていう姉さんの絶叫で叩き起こされたんだから。
してみると、今回一番の被害者って醍醐かもしんないなぁ。あーらら、今も怒りの行き場を失った小蒔ちゃんと葵ちゃんの八つ当りを食らっちゃってるよ。気の毒に。
『それにさっき言ってた《京一の役得》って何なんだ? どー考えても今回のコイツの状況ってば、悲惨以外の何者でもないぞ。』
『……教えてあげない。』
って言うか、言えない。
『おい。(怒)』
『しぃーらない。』
言えるわけがないじゃないか。《役得っていうのは、京一が姉さん抱しめて唇を奪ったことです。》なんて。いっかな、超鈍ちんで女の自覚皆無(っていうか自分が女だって認めたがらないんだ)の姉さんとはいえ憤死することうけあいだ。
いや、さすがの俺も仰天したよ。誰かの囁きで目が覚めたなぁっと思って見たら、京一と姉さんが抱き合ってキスしてたんだから、しかも京一の布団の中で。(俺、思わず実家の義母さんに祝電打たなきゃと思ったもん。)すぐに二人とも寝ぼけてるって気が付いて、思いっきり落胆したんだけどさ。止めようかどうしようか迷って様子を見てたら、あの始末だったんだよね。
まぁったく京一も運が良いんだか悪いんだか。
『そんなことより、もっと考えなきゃいけないことがあるんじゃないの? 、姉さん。』
『うっ。(汗)』
話題を逸らすついでに、ここはキチンと当面の問題を直視してもらおう。
『いつまでも、逃げてたって問題は解決しないんだからね。』
『………………わっ、解かってるよ。』
『解かってるなら、どうするかちゃんと考えてよ。』
『って言ったって………。』
もう、朝から思考を逃げっぱなしにしているから。この事態ってば、姉さんの自業自得なんだよ。
『…………。』
『……姉さん?。』
『…………。』
『姉さんってば!。』
『………なあ。』
『ん?。』
『やっぱ バレたかなぁ、京一に。』
『たぶんね。』
全部ってわけじゃあないだろうけどね。
少なくとも、あの時 姉さんの体型が女性でしかありえないものだっていうのは絶対に認識しているはずだよ。あれだけ密着していたし、オマケに姉さんサラシ巻いてなかったんだから。
ましてや、相手は《おねーちゃんと木刀に己の生涯を捧げている男》蓬莱寺 京一だよ。気付いてなかったらおかしい。
『あれは、夢ですって誤魔化すのは………』
『無理だね。』
『うっ……(汗)。』
『それに、たぶんもう京一には【結界】がきかないよ。』
『えっ?。』
『だって、京一ってば【結界】の要になってるこの手袋におもいっきり接触しちゃったんだから。』
しかもただ触れただけでなく尋常じゃない量の【陽氣】を込めて。あんなに他人のそれも強力な陽の【氣】を込められたら、いくら日本でも五本指に入る強力な移動式【結界】といえども綻びができてしまう。だから、もう京一にとってはこの目晦ましの【結界】は、素通し眼鏡も同然になっているハズだ。
いやもう、あの寝ぼけた状態しかも無意識なのにあんな【陽氣】を発散できるなんて、京一の【陽氣発散体質】ってばたいしたもんだよ。(どうしてあそこであんなに氣が放たれたかなんて、考えるのよしとこ)
『っていうことは、………。』
往生際が悪いね、姉さん。
『どの道、今日の夕方には京一に絶対にバレるっていうこと。』
ましてや、今俺達がいるのはえりにもえって修学旅行中の京都。誤魔化す手段なんて全く無い。京一が目を覚ます前にトンズラこくならともかく、そんなこと今の姉さんにできるわけがない。
『…………そっか。』
『姉さん?…。』
『………………また、…………。』
『姉さん!』
『……タマ。』
だーかーらー何度言ったらわかるの。俺は龍麻だってば。
『………大丈夫だよ、姉さん。』
そう、きっと大丈夫。
『京一なら大丈夫。』
京一は、アイツとは違う。いくら似ていても違う。
『京一は強いから。』
心も、想いも、アイツなんかよりもずっと強い。
『きっと、解ってくれる。』
もう、姉さんにあんな思いをさせたりしない。
―――「うそつき!」
傷つけられた心。
―――「触わるな、気持ち悪い。」
裏切られたと、アイツはいった。
―――「もう、お前なんか友達じゃない。」
でも、俺達も裏切られたと思う。
信頼を、友情を、そして幼かった想いを。
『ちゃんと最初から説明すれば、絶対に解ってくれるよ。』
って言うか、説明したら躍り上がって喜ぶんじゃないかなぁ。今の京一だったらきっと。
なんせ、姉さんは正真正銘(けっして可愛いとは言い難い上、夜間限定付だけど)京一の大好きな《おねーちゃん》なんだから。本人には欠片も自覚がないけどね。
『大事な【親友】で【相棒】だって言ってくれてるんだからさ、姉さんも京一のことちゃんと信じてあげようよ。』
もっとも、京一は更にその先の関係に進みたいんだろうけどね。【氣】に敏感な俺にとって京一の気持ちなんてバレバレだもんね。(えっへん)っていうか、もう仲間内でも気付いてない人間の方が少ないんだよ。(知らぬは姉さんばかりなりってね。)
『醍醐の一件の時みたいにこのまま変に誤魔化そうとするほうが、余計に怒らせちゃうと思うし。アイツにとっては侮辱になるんじゃないかな。』
『そうかなぁ。』
『そうだよ。きっと「俺を見損なうんじゃねえ。」って言って、怒って拗ねちゃうよ。』
『アイツが拗ねたって、可愛くもなんともないぞ。』
『べつに「拗ねたら可愛い」なんて言ってないよ、俺。』
『………。』
素直じゃないんだから、もう。
『ほら、覚悟をきめたら実行あるのみ。《即断即決・いつもニコニコ現金払》が姉さんのモットーでしょ。』
『それって、何か違くないか?。』
『いいの。』
俺が納得してるから。
『ほら、話は決ったんだから姉さんは一休みしちゃえば?。 説明方法は俺が考えとくからさ。』
『いいのか?。』
『頭脳労働は俺の担当だからね。』
『んじゃぁ、そうする。やっぱ眠いや。』
やっぱり、泊りがけの団体行動って特殊な事情持ちにとっては神経つかうからねぇ。
『あっでも、もう寝ぼけて京一に《ハグハグ》とか《ほっぺスリスリ》なんてしちゃぁだめだよ。ここバスの中なんだから。』
『なっっっっっ?!!。』
『あれは、見てる方の心臓に負担がかかるからねぇ。』
『だっ、誰が。』
『姉さんが、京一に。昨日の夜中やってたでしょ。』
本当はもっとすごいことやってたし、やられてたけどさ。
『そっ、そんなこと・・・・・・。』
『「そんなこと身に覚えはございません!。」なんてのは無しだよ。今回のこの事態のそもそもの原因なんだから。ちゃんと俺見てたし。』
『うっ。(汗)』
まっ、姉さんも無意識にやっちゃったことだから、しょうがないけどね。っていうか、無意識だからこそ怖いと思うけど。
『見てたんなら止めんかい!(怒)。』
『止めて欲しかったの?。だって、すごぉーく幸せそうだったから。邪魔しちゃ悪いと思って。何、そんなに京一の側にいたかった?。夜這いかけちゃうくらいにさ。(ニヤリ)』
フフフ。焦ってる焦ってる。顔真っ赤にしちゃって。でも寝たふりしてるの忘れちゃだめだよ。
『夜這いじゃねえ!。って、えっとぉ………その………だっ、だってアイツの【氣】ってすげぇ気持ちいいんだよ。それに体温高いから温ったかいし、髪の毛の手触りいいし、えーとそれから、うにゅにゅぅ………(滝汗)。』
そーだねぇ、たしかに俺も京一のあの【陽氣】はお気に入りだし、寒がりの姉さんにとっては嬉しいよねえ。でもほんとぉーにそれだけなの?。ほら早く自覚しちゃってよ。無意識ほど自分に正直だっていうからさ。(こーれが目標への第一歩ぉぉ♪。)
『そ〜れ〜か〜ら?』
『うっ……うるさぁ〜い。黙れ!!、タマの分際でしつこいぞ。京一はオレの相棒なんだから、いいんだ。側にいるのがあたりまえなんだよ。』
むっ、そっち方向へ開き直ったか。手強いなあ。
『あっでも、この一件が義母さんに知れたらどうなるかねぇ。(ニヤニヤ)』
賭けてもいいけど、即効で京一の家に挨拶状が届いて(さすがに釣書や履歴書をすぐに送ってきたりはしないだろうけど)「是非とも来年春には婚約を。」なんて話になるに決ってる。なんせ義母さんの当面の希望(っていうか野望)って、姉さんにお婿さん取って《緋月》の家を継いでもらう事なんだもん。流石に姉さんの自由恋愛を一番に優先するつもりらしいけど、あんまり気が長い方じゃないから、いざとなったらどんな手段に訴えて来ることやら(くわばら、くわばら。ちょっと怖いよ)。
確か、京一ってお姉さんがいるって言ってたからきっとOKだよねぇ、婿養子に来るくらい。
『おまえがバラさなきゃ済むことだ。』
『はいはい。解かりましたよ。もう、どうぞ御休みになって下さい、《お姉様》。』
『・・・・・・・・・・・(疑惑)。』
まあいいや。今回はこの辺にしといてあげよう。まずは、京一をこっちの味方に引きずり込んでからが勝負の本番。
ターゲット・ロック・オン!!。覚悟しててよ、姉さん、京一。
実家の義母さん、それに養姉様達、龍麻は《使命達成》に向かって頑張ります♪。
* 京一
人生って、天国と地獄の反復横飛なんじゃないか。
目が覚めたら何故かひーちゃんの寝顔が目の前にあった。(しかもドアップ)
とりあえず、何だか訳が解からない《大パニック・頭グルグル状態》でひーちゃんに打っ飛ばされて気を失った処までは覚えてるんだが、なんでバスの中でひーちゃんによっ掛かって寄り掛かられている状態になってたんだか、思いっきり謎だった。
そうしたら目を覚ましたひーちゃんが(うー心臓に悪かった。ひーちゃんの寝顔に見蕩れてたからなぁ)手作りだっていう弁当を渡してくれて(しっかりと味が俺の好みに合わせてあった所は流石だよなあ)、何故か、
「ごめんな。」
って、ぶっきらぼう謝ってに、本当にすまなそうに、でも寂しそうに微笑んで黙り込んじまった。
それでもずっと側にくっ付いていてくれたんだがよ。なんか、気まずい雰囲気の上に《脳味噌うに状態》だった俺は、ただ黙って肯いて差し出された物を食べて、何をするでもなくそのまま修学旅行の行動予定をこなしていくしかなかった。
いや、本当に途方にくれちまってたんだよ。
そうしたら、何でかしらねえが、美里はすっげえ怖い【眼】で睨み続けて来るし、小蒔の奴は不機嫌丸出しにシカトこいてきやがるし、醍醐の奴まで「俺は知らんぞ、何も。(汗)」とか言いやがって近づいてこようとしねえ。他の奴らも、なんか変な(一部気の毒そうな)目で見ながら遠巻きにしているだけで、まったくどうしようもねえことおびただしい。こうゆう時に限って、アン子の奴は沸いて出てきやがらねえし。(裏密なんて論外だ。)
誰か俺に、昨日の夜から俺とひーちゃんに何が起きているのかちゃんと説明しやがれ!。
このままじゃ、ひーちゃんに俺はどーしたらいいのか解かんねえじゃねえか。こんな状態が続くなんて冗談じゃねえぞ!!。
と、心の中で雄叫びをあげていた俺に、文字通り天の声が聞こえた。いやマジに。
『ちゃんと説明したげるから、落ち着いてくんない。』
へっ!?。
おもわず、周囲をキョロキョロ見回しちまったぞ。空耳じゃねえよな。確かになんかよく知っているような気配はあるんだが、姿が見えねえ。
『まっ、説明するっていっても《論より証拠》が一番だと思うから、今すぐって訳にはいかないんだけどね。』
「何だ、いったい?。」
どうやら、俺にだけ聞こえているみたいなんだが。
『いーから、今は深く気にしないでくれる。』
気にするぞ、普通。どっからともなく声だけ聞こえてきたら。
『とりあえず、用件だけ言うね。』
おう。聞いてやるから早く言え。なんか今一番頼りになりそうなの、誰だか知らねえが(知ってるような気もするんだが)お前だけみてえだからな。これは俺のカンだ。
『京一が本当に【ひーちゃん】に、たとえ何があろうとも地獄の底まで付きあうって言う覚悟があるんなら………。』
あるに決まってるだろうが!。でなきゃ、今までたった一人の【相棒】なんてやってねえよ。
ましてや、つい最近《あぶない世界》に足踏み入れる覚悟までしたんだぞ。
『なら、そうだね夕方五時半くらいかなぁ、宿の裏山のとこまで一人できてくれる?。みんなには内緒でさ。【ひーちゃん】も其処に来るから。』
夕飯抜く覚悟もしろってことか、おい。まあいいけどよ。でも、ひーちゃんも来るって、この声の奴っていったい?。
『じゃあね。期待しててね♪。』
何を期待しろっつーんだ、何を(怒)!?。
まあ、いいか。白黒つくならそれに越したことはねえしな。とりあえず、二人分の夜食の確保だけはしておくか。
よっしゃぁ、なんだか知らねえが行ってやろうじゃねえか。
でも、醍醐の奴が、側にいなくてよかったな。今のやりとり、アイツじゃ卒倒もんだぞ。
んで、夕方五時半。
醍醐に適当な誤魔化しを頼んで(もう、正座は御免こうむるぜ)裏山に来てみたら、本当にひーちゃんが居た。なんつうか、どう言っていいか解からねえって表情で立っている。
「・・・・・・ひーちゃん」
「・・・・・・。」
「ひーちゃん。」
「・・・・・・。」
なんで何にも答えてくんねえんだ、ただ黙って俺を見ているでけで。
「ひーちゃん!。」
『いいから、ちょっと待ってて。《論より証拠》って言ったでしょ。』
また、あの声。こいつもわかんねえんだよ。何なんだ、いったい?。
「てめぇか。説明するって言ったんだから、とっとと出てきて俺を納得させてみやがれ!。」
『だから、ちょっと待ってって・・・・・・。』
おもわず周囲を見回す、やっぱり気配だけだ。
「京一。」
「ひーちゃん。って、えっ?!。」
俺がひーちゃんに呼ばれてそっちに注目した時だ。
傾いていた日が沈んだ。
そして、夕日の中に佇むひーちゃんに起こったその変化は一瞬だった。
そう、ほんの一刹那の間にそこに立っていたのはさっきまでのひーちゃんじゃなかっんだ。
確か170pちょいあったはずの身長が、4〜5pくらい縮んでる。体型も学生服の前を開けていた為に一目瞭然で、決して男にはありえない、女性にしてもめったにお目にかかれないであろう理想的なラインを描いているしなやかな姿態。解かれて風になびく黒曜石の糸のような黒髪は艶やかに背に流れている。
そしてその容貌。さっきまでの顔立ちだって、男にしては充分に綺麗過ぎる《めったにいない中性的美少年》ってヤツだったけど、それすらも薄いヴェール越しに見ていたような物だったと言うしかない。造作が劇的に変わったというわけではないが、与える印象がまるでちがう。艶やかで圧倒的で、それでいて優しくて繊細な、そんな完璧なまでに人間離れをした《絶世の美貌》の《奇跡》としかいいようのない存在がそこに立っていた。
「・・・・・・・・・・。」
ゆっくりとこっちへ歩み寄って来る、その存在を、その美しさを、この世のモノとも思われぬ艶麗さをなんて表現すればよかったんだろう。
まるで、
水のように涼やかで、
炎のように艶やかで、
風のように軽やかで、
大地のようにあたたかい。
そんなそれ自体が煌々と輝く、光のような存在。
着崩した学生服を身に纏っていてもなお、降臨した《女神》のように見える
俺はまるで旧校舎で化け物に《石化攻撃》食らったみたいに、固まっちまってた。
本当にあるんだなぁ、見るだけで人間が金縛っちまうほどの美しさってヤツは。
「京一。」
声も少し違う。いつものボーイソプラノではなく、鈴の音をころがすような、耳に心地よく響く良く通る澄んだ声。
「あの・・・。」
「・・・・・・・・っ!。」
近づいてきて俺の手をとろうとしたひーちゃんに、俺は思わず手を引っ込めちまった。だって、なんか触ったらまるで夢みたいに消えちまうような錯覚おこしちまったんだ。
その時のひーちゃんの沈痛な表情。その澄んだ瞳が翳りを帯びる。
「そうだよな。やっぱ気持ち悪いよな、こんなの。」
「ちっ、違うぜ、ひーちゃん(焦)。」
慌てて俺は弁解する。
頼む、そんな悲痛そうな顔しないでくれ。こっちまで何か胸が痛くなっちまうから。
「すげぇ、いっ、いや、ちょっと驚いちまっただけだ。」
言えねえ。あんまり綺麗だったんで、もう一回ひと目惚れしちまったなんて。まだ最初の告白もできてねえって言うのに。(こうゆうのは《惚れ直した》っていうのか?。)
だいたい今のひーちゃんを《気持ち悪い》なんぞというヤツは、目も頭も腐って爛れてるに決まってる。そんなヤツは生きてる資格なんかない、俺がこの場で地獄に叩き落してやる!。
「その………、ちゃんとした説明ってやつをしてくれるか。知ってのとおり、俺ってばこういうわけの解からんのはあんまり得意じゃねえからよ。」
「京一。」
『ほらね。大丈夫だったでしょ、姉さん。』
また声が、って《姉さん》!?。 やっぱひーちゃんは【女】なのか。いや、ここにいるのは確かに《超絶ブッチギリ天下無敵の超美人のおネーちゃん》としか言いようのない存在だがよ。でもじゃあ、今までのひーちゃんは一体?。
「京一、これを見てくれ。」
そう言って、ひーちゃんはおもむろにいつもしている左手の黒い指なしの手袋を外してみせた。
「えっ、これって??。」
その左の手の甲に、直径5pくらいの深い碧色をした不思議な輝きを放つ円形の石が存在した。まるで、手の中に埋め込まれているように見える、この石は一体?。
『それが俺の本体だよ。』
声と共に、俺とひーちゃんの間にその存在が浮かび上がってきた。
なんつうか、半透明の【ミニチュアひーちゃん】としか言いようのないシロモンだ。
いつものひーちゃんとの違いといえば、大きさと(全長15pくらい)瞳の色(石と同じ碧色をしてる)それに髪の長さ(俺と同じくらいか)ってとこか。
『一応、はじめましてってことになるのかな。姉さんの双子の弟ってことになる【龍麻】だよ。これからもよろしくね♪。』
よろしくって言われても。龍麻って、じゃあひーちゃんは、あれ?。
「ややこしいから、【タマ】でいいぞ。京一。」
『タマって呼ばないでって、何度言ったらわかるの姉さん(怒)。』
「だから、現在はオレが【龍麻】で、おまえは【玉】だろうが。」
いや、本体があれなら確かに【タマ】なんだろうが。姉弟ゲンカは一通り説明が終わってからにしてくれねえか。
「それで、その………なんだ………。」
『あっ、ごめん。えーっと、端的にいうと今ここにいる姉さんは確かに生まれた時から今現在まで女性だよ。それは間違いない。俺が保証するよ。うん。』
えらく、力一杯断言するなぁ。それにしては、なんかひーちゃん不本意そうな顔してないか?。
『俺達が産まれたときは、確かにちゃんとした双子として生まれてきたらしい、俺たちを取り上げてくれた人がそう言ってたから。でもいつのまにか、俺たちが物心つく前には俺の【体】は無くなっていて、【心】っていうか【魂】がこの【玉】の中に封印されていたんだ。』
「しかも、誰かがそれを、オレのここ(手)に埋め込んだらしくてな。どうも呪術的っていうか強力な呪詛みたいなもんらしくって、迂闊に取り除けないんだと。」
『おかげで姉さんの体は男の俺を呪術的に宿らされたせいか、俺の【氣】が強い昼間っていうか太陽が出ている間は【女性】じゃなくなるんだ。』
「【女性】じゃなくなるって、どういうことだ?」
『【中性体】っていうのかなぁ。とにかく男でも女でもない状態の体ってことになるね。背も高くなるし、細身だけど きゃしゃとはいえない体型になる、とーぜん胸もない。』
なるほど、それで《芝プール》の時は真っ平らな胸だったのか。そういえば、この修学旅行では風呂には一緒に入ってなかったよなぁ。(折角大浴場があるのに、部屋のユニットバス使ってたもんな。)
『だから、姉さんはずーっと表向きは【龍麻】っていう男として育てられたんだ。それが俺達の生みの親の遺言だったらしい。』
「生みの親って?。」
しかも、遺言?。
『俺達、養子だから。』
なんか、それってとんでもなく大変なことなんじゃないか?。
『あっ、ちゃんと姉さんの【女】としての戸籍もあるよ。イロイロとめんどくさかったらしいけど、姉さんの将来の為にって、義母さんが。』
「まあ、昼と夜で性別や体型が変わるのは日常生活に支障をきたすからな、普通の人間にとってみれば化け物っていうか【妖怪変化】みたいなもんだ。それで、心配した義母さんがいろいろと伝手を使って、この目晦ましの強力なやつを【結界】の中に組み込んだ【手袋】を手に入れてくれたんだ。」
『京都の偉い術者が作ってくれたっていう小型で日本で1・2を争う強さの強力な【術具】だよ。姉さんは昼間と同じような姿に見えるように目晦ましがかかるし、俺の気配もちゃんと隠してくれる。だから今まで気付かれたことなんてなかったんだけどねぇ。』
なんかそれって、暗に俺が悪かったって責められてるような気がするんだが………。
それより、そんな伝手をもってるなんて、一体どういう人間なんだよ、ひーちゃんの義母さんて?
「それが、何で今はその・・・ひーちゃんはちゃんと女に見えるんだ。?」
『昨日の夜、京一が【結界】を一部壊しちゃったでしょ。あの時にさ。』
「昨日って………あの時?。」
俺、ひーちゃんに何かしたっけ?………【結界】、えーと……手袋……って、おい、ちょっと待て。あれは夢だろ。いや、確かに起きた時はひーちゃんは俺の腕の中にいたけどよ。あれって、いったい何処からが夢で何処までが本当だったんだ?。
「まっ、昨日の夜の件に関しては、オレの方に非があるからな。本当に悪かったな、京一。」
『わかった?。だからまあ、しばらく京一には目晦ましは効かないからね。姉さんが昼と夜で姿が違うのは違和感あるだろうけど我慢してくんない?。これ、本当に高性能の術具だから1〜2ヶ月くらいで自動修復がかかると思うんだよねぇ。』
我慢するどころか、毎晩《この姿》のひーちゃん拝めるんなら一生壊れたまんまでいいぞ、その【結界】とやら。
「その………、他の奴らには?。」
『今まで通りだよ。術具が京一の【氣】に当てられただけだから。』
そりゃよかった。
「それで、この事を知っているのは、俺の他にも誰かいるのか?。」
「一応、岩山先生と舞子ちゃんが。先生はずっと前からオレの主治医みたいなもんだから。」
『舞子ちゃんは、あの【力】の所為で俺の姿が見えるんだ。他の人たちには、まだ知られてないハズだよ。』
まっ、医者と看護婦だ、しかたねえよな。あの《腐れ根性守銭奴亀》あたりに知られてなくてよかったぜ。(ホッ)
「とりあえず、まだ他のみんなには黙っててくれるか?。やっぱり、あまり気持ちいいもんじゃないだろうし。」
『醍醐なんか、俺を見たらきっと卒倒しちゃうからね。』
「了解。」
まあ、そうだろうなアイツなら。
でも、気持ち悪がるヤツなんかいないと思うぜ。むしろ俺みたいに喜ぶヤツの方が多いだろう。だが、まだ黙っているのは大賛成だ。
俺は、こんな美味しい話をアイツとかアイツに話して墓穴を掘るようなことをするつもりも、わざわざ恋敵を大量生産する気もサラサラない。
「その………、京一は怒ってないかオレ達のこと?」
「そりゃ、まったく怒ってないとはいえねえな。」
「…………。」
『京一!。』
「だってそうだろ、他の奴らはともかく俺達は【相棒】だって言ってたんだから。俺を見損なうなっていうか、水臭いにも程があるぜ。」
そうだよな。もうちょっと早く解かってたら、あんなグダグダと悩まなくて済んだのにと思うとなあ。あの眠れない日々はなんだったんだ。
「最初のころは仕方がないにしても、もうちょっと早く打ちあけてくれてれば、いろいろ協力とかしてやれたのにと思うとな。その呪いだっけ、呪縛みたいなやつを解く手伝いみたいなこともできたんじゃないか?。折角【力】があるんだしよ。その為に東京に来たんじゃねえのか、ちがうのか?。」
そう、二人が元のちゃんとした双子に戻れば、ひーちゃんだって普通の(っていうには、美人すぎるが)《おねーちゃん》になれるんだ。(嬉しすぎるぜ)
『まあ、確かにそのとおりなんだけど。こっちにだってイロイロと事情が………(ブツブツ)。』
「京一………。」
わっ、ひーちゃん、何で涙なんて流すんだよ。うぅぅ――ぅ。心が痛むじゃないか。
「前言撤回!。怒ってない。全然怒ってないから、その、泣くなよひーちゃん。」
「バーカ。泣いてなんかねえよ」
じゃあ、そのでっかい瞳からぽろぽろ零れてるのは何なんだ。
「………ひーちゃん。」
「あんまりおまえが馬鹿だから。お人好しでどーしようもない馬鹿だから………………。だから嬉しいんだよ。」
「………ひーちゃん。」
そうして微笑んでくれた笑顔は、地平線に光っている一番星よりも輝いていた。
「なあ、もう一つ聞いてもいいか?。」
「何だ?。」
「その、ひーちゃんの《本当の名前》って何ていうんだ。」
「えっ?!。」
「だって、そいつ(タマ)が本当の【龍麻】だって言うんなら、ちゃんとしたひーちゃんの名前ってヤツがあるハズだろ。」
「京一……。」
「なっ♪。」
ひーちゃんはその蒼い瞳で、真っ直ぐに俺を見つめて答えてくれた。
「…………りゅーな。龍那だよ、オレの本当の名前は。」
「龍那かぁ。綺麗な響きだな。ひーちゃんに良く似合うぜ。その………、たまにはその名前で呼んでもいいか?。」
「………京一。」
ひーちゃんはそっと俺に抱きついてきて、耳元にささやいた。
「ありがとう、京一。」
その後、幸せな気分全開で宿に向かって歩き始めた俺は(へへっ♪。ひーちゃんと手を繋いでだぜ)、途中、耳元にこっそりと囁かれたタマ(確かにややこしいので、俺もひーちゃんに倣うことにした)の言葉に再びパニックに陥るハメになる。
『本当にありがとう、京一。』
礼を言われることじゃねえって、むしろこっちが礼を言いたいくらいだぜ。
『お礼に、昨日の夜ドサマギに姉さんのファーストキスを奪っちゃったことは、姉さんには内緒にしておいてあげるからね♪。』
なっっっっっ、なにぃぃ―――ぃぃ!!!???。ちょっ、ちょっとまてぇー。昨日のあれは夢じゃなかったのか。って今まで気付かなかったが、よく見るとひーちゃんの首筋にキスマークが……………。嘘だろう!!!。
『俺は京一のこと応援してるから、頑張ってね。』
何を頑張るんだ、何を!!
そうして情けねえことに、修学旅行最終日の夜、俺はまたしても隣に寝ているひーちゃんの所為で眠れない夜を過ごすことになったんだ。
だってよう、またひーちゃんが寝ぼけて俺の布団にもぐりこんで来ちまって…………拷問だぜ、これは。
翌朝のドタバタ騒ぎと、東京に帰ってから俺に襲い掛かってきた《地獄》は、もう思い出したくもねえ。(あの亀野郎、ぜってぇ俺を殺す気だったな。)
さらに、更にだ。運び込まれた桜ヶ丘病院のベッドの上で気がついた自分の迂闊さに、俺の安眠はまたしても遠のいていった。
折角のチャンス(正しく千載一遇)だったのに、俺は肝心の「好きだ!。」ってちゃんと告白するのを忘れちまってたんだ。
ちくしょう、俺って大馬鹿。
負けねえぞ。必ず次回のチャンスは必ずモノにしてやる!!。
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