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なんてこったい。予告通り、懲りずにまた番外編のつもりだったんですけど、あんまり長くなっちゃったんで本編扱いになっちゃっいました。(←おい)
しかも、またニ分割(爆)。
ええ、内容は予告通り《深青さん再び編》なんですけど……………。結局、予定通りに事は運ばなかった(汗)。しかも、今回はマジで色物になってるし。
なんと、更に余計なゲストが一人乱入してきてしまいました。
う――ん、亀様逆襲編を没にした反動かな。仲が良いなあ、方陣技仲間って。
でも、これバレたら亀様怒るよなあ。何のこっちゃ?訳判らんぞ。という人は、このまま読んでみて下さいね。てへっ♪。
一部のファンの方には、大顰蹙な内容だったんですけど…………(汗)。



うちの女主人公は、緋月 龍那(ひーちゃん)といいます。
但し、世間様と仲間内には【龍麻】という男で通してます(京一と舞子ちゃんは除く。だったんですが、つい最近、劉と霧島にもバレました)。
おまけに、特殊事情(夜間限定の女でレンズマンでミニチュアサイズの双子の弟【龍麻】通称:タマを飼っている)持ち。さらに本人女の自覚皆無というこまったちゃんです。
ついこの間、京一への恋愛感情を(ほんのちょっぴり)自覚したとたんに、イキナリ《無自覚色ボケ大暴走》開始。仲間内は石化と麻痺続出。おかげで京一には《ホモ》疑惑が発生しているという笑えない状況。しかも【寸止め】食らってるし(汗)。
はてさて、《極寒地獄》とどっちがマシだったのか。まあ、あれも幸せの形なのだろう、多分。
とりあえず、タマは泣いてるぞ。(笑)


 では、本文へどうぞ………。


 ACT.6 非乙女的恋愛講座 《上》


 * 龍麻



「あら、どうしたの?、龍麻。そんな所で………。龍那と一緒じゃないの?。」
『あっ!、双姉様。』
俺は、居間の窓際の植木鉢の影から、丁度部屋の中に入ってきた双姉様(下の義姉さん)の手の上にふわりと移動する。
『龍那姉さんはお庭できーちゃんと一緒に遊んでる。俺、見てるだけじゃぁつまんないんだもん。だから、ここでイジケてたの。』
だって、俺は一緒に泥遊びとか砂遊びとか木登りとかできないんだもん。
しかも、きーちゃんには見えないしさ。他の人に話し掛けてもダメでなんて、つまんないよ。
姉さんばっかりズルイや。
「………龍麻。イジケていたなどと。この緋月の家に生まれた男子たるもの、そのような惰弱なことを言ってはいけません。今の言葉、お母様のお耳に入ったらどのようなことになるか。貴方も幼いとはいえ、男子たる自覚をキチンと持たなくては…………。」
『でも、双姉様………。』
「そのままでは、いずれ成長した時に貴方自身が後悔する事になりますよ。さあ、イジケている暇があるのだったら、今自分にできる精一杯のことをしてからになさい。」
『だって、俺は………。』
「イジケているのはどうしてなの?。単に遊べないのが嫌なの?、それとも、一人が寂しいの?。それとも、何もできないことが悔しいの?。ようく考えてごらんなさい。貴方がそんな後ろ向きな考え方をするようなでは、配慮が行き届かなかったと、天国の弦麻様にお母様も私も顔向けができません。」
双姉様は悲しそうな、でも凛とした瞳で俺を見つめる。
「それとも………、二人と一緒にいるのが嫌なの?、龍那が嫌いなの?。龍麻はそんな悲しい事をいう子じゃないわよね。」
『違うよ。そんなことないもん!!。龍那姉さんは大好きだもん。きーちゃんだって好きだもん。でも姉さんは、きーちゃんがいるだけで、それだけで楽しそうなんだ。………だから、俺が邪魔モノみたいで、仲間外れみたいで、一緒にいても無視されてるみたいで嫌なんだもん。もうお前なんかいらないって、こっちに来るなって言われるの怖いんだ。だから、言われる前に離れていた方がいいのかもって………。こういうのってどうしたらいいの?、双姉様。(グス)』
双姉様は、ベソをかきかけた俺の頭を撫でる代わりに手からそうっと柔らかい【氣】を流し込んでくれる。
「龍麻は、本当に思いやりのある良い子ね。そんなことを怖がる事はないの。大丈夫よ、龍那も龍麻のことが大好きだから、絶対にそんな意地悪なことは言わないわ。貴方は私達のたった一人の大事な弟なんだもの。さっきも『タマは何処か具合が悪いのかも?。どうしよう双姉様。』って心配していたのよ。」
「………ほんとうにぃ?。(エグエグ)」
「ええ、本当よ。龍那は、弦麻様によく似て優しい子だから。些細なことで心配なんてかけたら、自分の所為にしてしまって、またお熱を出してしまうわ。だから、龍麻は二度とイジケたりなんてしてはダメよ。今度そんな女々しいことをしたら、お母様に言い付けますからね。(メッ)」
『…………う、うん(汗)。もう絶対にしないよ。』
「なら、よろしい。………そうね、男の子なら『いらない』って言われるのを怖がるのではなく、『お前がいないと困るよ』って言われるような《立派な弟になろう!》という志を持つようになさい。それが、貴方にも龍那の為にもなるの。貴方は男の子なんだから、龍那を守ってあげられるよう強くて賢い男にならなくては。」
『うん。俺、頑張るよ。あっ、えーっと、こういう時は『精進します。』って言うんだよね。』
「まあ(嬉)。よくできました。本当に龍麻は賢い子ね。じゃあ、龍麻は姉様と御本を読みましょうか?。この間の続きが出ていたのよ。龍麻、あのお話が好きだったでしょう。」
『えっ?!、うわ――――ぁい♪。買ってきてくれたの、双姉様?。また、読んでくれるの?。』
「ええ。一緒に読みましょう。私もこのお話は好きだから。」
『えへへ。やった―――ぁ!!。…………でも、俺、思うんだけど。こういうお話って、本来は龍那姉さんが読むものじゃないのかなぁ?。』
「そうね、本当はね。いつか龍那がああいうモノを読んでウットリとしてくれるようになったら、姉様は嬉しいんだけど………。まあ、仕方がないわ。なまじ今ああいうモノから変な知識を仕入れてしまったら、その方が困った事になるっていうのがお母様のお考えだから。だから、あの子が外で遊ぶのが好きなのは好都合といえば好都合なのだけれど…………。」
『どうして困ったことになるの?。楽しいのに………。』
「それはね、今は、そして時が巡るまでの間は龍那が【龍麻】だからよ。」
『???。』
えーっと、俺が【龍麻】で、姉さんは【龍那】で。でも、学校とかご近所とかの家の中以外では姉さんが【龍麻】でなくちゃいけなくて。それで、それは俺が他の人には見えない(っていうか、見えたらいけない)からで………。
あれ?、あれれ???。
「(クスクス)まだ、龍麻には意味が解らなくてもしょうがないわ。龍那がもう少し大きくなったら、嫌でも解るでしょう。だって龍那は弦麻様と迦代様の娘ですもの、きっと周りが放っておけなくなるわ。それに、龍那はまだ知らないでいる方が幸せなの、【龍麻】でいる限りはね。」
いつも思うんだけど、どうして双姉様は弦麻っていう人と迦代っていう人の事を話す時はあんなにウットリとした顔をするんだろう?。もういない人達なのに。
それに、ああいう楽しいお話を知らない方が姉さんが幸せって、どういうこと何だろう。
双姉様の言うことは本当に解らないや。俺がまだ《精進》が足りない所為なのかなあ?。
「でもね、龍麻がそういうことをイロイロと知っていれば龍那が知っているのと同じことなのよ。だって、いつも一緒にいるんだから。だから頑張って精進して、いつか龍那に必要になった時に知っている事を役立てるようにならなくてはね。」
『うん。俺、頑張る!。姉さんの為にいっぱい勉強するよ。そうしたら、龍那姉さん、俺の事を大好きでいてくれるよね♪。』
「ええ。さあ、龍麻。行きましょう。」
『はい、姉様!!』


 PiPiPiPiPiPi☆

あれ?!。何か鳴ってる。あっ、そうか、もう朝か。
う―――――っっん。なんか懐かしい夢をみちゃったなぁ。あれから10年くらいは経つか。
まあ、今思うと、俺も可愛いらしいもんだったよ。
ほんと、歳月って残酷だよね。(あれ?!、俺、使い方間違ったかな?)
って、姉さんはというと、もうキッチンの方ににいるじゃん。
『ちょっと、姉さん!。起きてたんなら目覚しくらい止めてよ。(怒)』
「やかましい!!。今、手が離せないんだよ。惰眠をむさぼっているお前が悪い。悔しかったらオレより早く起きろ!。夜更かししているの止めれば楽勝だろ。」
むうっ。だって仕方ないじゃん。ネットは深夜にやらなきゃ電話代の無駄なんだからさ。
まあいいや。睡眠時間はまた授業中寝てれば帳尻あうから。(授業受けるの姉さんだし)
ちなみに、俺達の(っていうか姉さんの)朝は早い。
なんのことはない、しっかりと大量の朝御飯を作ってを食べて、昼の分の弁当まで作るからだ。なんせ、姉さんは俺の分の栄養補給までしなきゃいけないので、その摂取量がハンパじゃない。
よく、その細身の体の何処に入るのか?と不思議がられているが。端からみたら、確かに燃費が悪いよなあ。毎食(朝昼夜+おやつに加えて夜食)2人分以上食べてるんだから。

それにしても、さっきの夢。
双姉様の嘘つき!!。いつも一緒にいる俺が一生懸命に知識を仕入れて来たって、当の姉さんが俺の言うことをちゃんと聞いて、それを生かす気にならなきゃ意味ないじゃないか(怒)。
俺の知ってる事がそのまま姉さんの知ってる事になるなら、京一と姉さんはとっくの昔に出来上がりきった《熱愛ラブラブカップル》になってるよ。(いや、今だって《無自覚バカップル》って言われたら反論できないんだけどさ)
だいたい、義母さんと姉様達が《男として育てなければならないけど、女としての自分の境遇を知ってしまったら不憫だから》なんていって、姉さんに《女の子の必須知識》と一部一般常識を教えないように純粋培養しちゃったから、あんな《世間知らず・激烈鈍感・恋愛オンチ・超箱入り無自覚娘》ができあがちゃったんだよ。
そのくせ、姉さんを騙くらかして(言いくるめてとも言うなあ。俺にも当然口止めして)一通りの《お嬢様の必須一般技能》は習得させてあるんだよねえ。いつか、晴れてちゃんとした女の子に戻った時に困らないようにってさ。(あざといよ、義母さん達)
だいたいねえ、義母さんも双姉様も姉さんには甘すぎるんだよ(マジで激甘!!)。
特に双姉様なんて、俺達の父さんが《初恋》の人で(齢5歳の時のだそうだ)母さんが《理想の女性》だとかで、「龍那は年を追うごとに、外見は迦代様で中身は弦麻様に似てくるわね。」なんて言って、ウットリと姉さんに魅入っちゃうんだもん。その度に不機嫌になっちゃう姉さんを、宥めなきゃいけない俺の身にもなってよ(涙)。
ほんと、姉さんじゃなくても嬉しくないよ。外見はともかくとしても、その性格が《人類の限界に挑戦したお人好し》で《歩く人徳、転がる人タラシ、走る人間電磁石》で《規格外の人間を惹き寄せて離れられなくすること、ゴキブリホイホイの如し》である一方、一旦身内になった人間からは《一筋縄でいかないこと》と《煮ても焼いても喰えない事ダイヤモンドの如し》と言われる人間(以上、コメントは義父さんなんだけど。一体、どういう人間だったんだろう?、俺達の父さんって。あの義母さんが溺愛の限りを尽くした弟らしいんだけど)に、どんどん似てくるだなんて。(でも、今の姉さんの現状じゃ反論出来ないよなぁ)
しかも、母さんの方だって《天然ボケが入ったぽやぽやお嬢様》で、得意技は《にっこり笑って爆弾発言》だったそうだから、マジで洒落にならないよ。本当に血の呪いって怖い。
(沙羅姉様曰く、「本当に見事な《割れ鍋に閉じ蓋夫婦》だったわよ。いつもほんわかして幸せそうでね。見てるこっちも幸せになるくらい。でも、何故か周囲の人間だけが嵐に巻き込まれてたけど………(汗)。」だそうだ)
まあ、俺も姉さんと同じくその人達の息子なんだから、人事じゃあないんだけどさ。
それなのに義母さんってば、東京に行く事が決ったとたんに、「良い機会です。ちょうど龍那も年頃になったことですし、あちらで恋人など見繕ってきなさい。そういえば、迦代さんが弦麻に嫁いできたのも18歳でした。………そうね、叶うなら我が家に《婿》にきてくれるような人間が良いでしょう。東京なら人も多いことですし、こちらの《条件》に見合った人間が一人くらいは見つかるはずです。その時には、あの子に一応《自分が女である》ことの自覚は持たせないといけませんね。ここは日々の精進の見せ所ですよ、龍麻。良い報告を待っていますからね。」なんて言って《使命》を言い渡してくれちゃってさ。あんな悪条件てんこ盛りの姉さんに恋人をつくれなんて、どうしていいのか途方に暮れちゃったよ。
しかも、その《適用条件》っていうのがまたふるってて、『顔が良いのは最低条件(うちの一族は皆筋金入りのメンクイ)、もちろん腕は立つ事(将来性は考慮)、雑草のようにゲシゲシ踏まれてもメゲない根性があり、打たれ強くて少々の事では殺しても死なない程度に丈夫で長持ちの保証付き。頭は逆に多少ヌケけている程度が可愛げがあるし、懐柔し易くて良いでしょう(但しあくまで多少)。でも、性根に一本芯が通っていなくては困ります。非常識にも耐性がある柔軟な思考の持ち主の方が良いですね。解かっているでしょうが、龍那に心の底から惚れ込んでくれるのが前提なのは忘れない事。これくらいはなんとかなさい。』だったんだよ。
これを大真面目に言ってのけるところが、義母さんの怖いところなんだよなぁ。しかも、多分姉様達も同じことを言うだろうっていうのが更に怖い。うちの一族の女性陣って………(汗)。
本当に『こんな無茶なこと俺にどうしろっていうの!!(ヤケクソ)』っていう暗澹たる気持ちで東京に着いたら、三日と経たずに条件をほぼ満たした《ターゲット》に出会っちゃったのは、もはや笑うしかない出来事だったんだけどねえ。(文字通り《ネギ(木刀)しょった鴨(京一)》が向うから挨拶に来たもんなぁ)
いや、あの時はマジで『天国(に居ないかも知れないけど)のお父さん、お母さん、素敵な出会いをどうもありがとう。』ってな感じだったもん、俺的に。
おまけに、あっという間に最後の条件《姉さんに惚れ込んでいる》まで満たしてくれちゃって、しかも姉さんの方まで(無自覚ながら)想いを寄せるようになるに至っては、『ハラッショー!!、恋愛の神様って本当にいるのかもしれない。神様ありがとうございます♪。』なんて我ながらアホなこと考えちゃったよ。(そっから先の事態はまだちょっとコメントは避けたいんだけどさ)
んで、一応こないだまでの経過報告(内容は適当に端折ってある、全貌は情けないんだもん)を写真付(勿論、霧島君から横流しさせた《あの時》ヤツも)で送っておいたんだよ、俺がサボってない証拠に。
そうしたら、義母さんってばえらく京一のことを気に入ったみたいで、『絶対に確保なさい。逃すなど言語道断!。必要とあればそこいら辺にいる《根回しと布石打ちしかできない惰弱な根暗男》あたりを使い倒しなさい。コネはあるようですし、多少の役には立つでしょう。可愛い龍那の為です、文句など言わせません!!。』って厳命下されちゃったんだもんなぁ。(ところで、《惰弱な根暗男》ってやっぱり鳴滝先生のこのなのかなぁ?。でも、鳴滝先生って確か今海外出張中だから、使いたくても使えないよ)
まあ、こんなに《条件》ぴったりの人間なんて他にいるとは思えないから(俺も京一の事はお気に入りだし)、義母さんから改めて言われるまでも無くどんな手段を使っても確保するつもりなんだけどさ(絶対に逃がすもんか!)。
あんなに義母さんに見込まれちゃった以上、京一ってば本当に婿養子一直線だよ。早いか遅いかの違いしかないね。後で、京一がどんなに嫌がろうともさ。
このまま行ったら、下手すると年明けには結納とか婚約の話くらい強引に持ち出してきちゃうかもしれないなあ。義母さんてば、俺以上に目的(姉さんの幸せと自分の野望)の為には手段を選ばない人だから(って言うか、俺にそう教えたのは義母さんだもん)。
とりあえず、『申し訳ありませんが、こっちである程度のメドがたつ迄は、余計な手出しはしないで下さい。』とはお願いしてあるけどさ。
まあ、此処最近の二人の進展度と京一のあの意気込みなら、放っておいてもクリスマス辺り迄には立派な恋人同士にはなってくれそうなんだけど………。(と信じたい)
最近は姉さんってば、無自覚のクセに色ボケが進んでて《オレと京一はラブラブ》なんてノロケ攻撃をカマして歩いてるくらいだしねえ。
あれって、とんでもなく不条理な攻撃だよなあ。やってる(無自覚の)本人だけが幸せで、周りと京一(と俺の精神)にしか被害が行かないんだから。(なんせ、味方限定の《石化・麻痺攻撃》なんだもん)
問題なのは、もう一つの《使命》である《姉さんに女の自覚を持たせること》なんだよねえ。
これがまた難題なんだよ。なんせ姉さんってば、あの《トラウマ》の所為で《女の子呼ばわり》は死ぬ程嫌がってるだもん。
更に、東京に来てから仲間内のリーダーと見なされちゃった事と、最初に京一に【俺の相棒】って言われちゃった所為で、やたらと《皆を、京一の背中を護れるくらい強くて頼りになる男》になりたがってるからなぁ。(強けりゃ男も女も関係ないと思うんだけど)
こんな今の姉さんに『姉さんは女の子なんだから、キチンと自覚を持って女の子らしくしなきゃ駄目なんだよ。』なんて、俺がいくら言ったって聞く訳が無いんだよ。
唯一の頼りの京一は、「ひーちゃんは、たとえ無自覚だってあんなに激烈に可愛らしくて無意識で女の子らしいんだから、無理しなくてもいいじゃねえか。」なんて頭腐れきった事言ってて、この件ではてんで役に立たないだもんなあ。
なんせ、元は表向きは男で通してた姉さんに惚れ込んだくらいだから、「ひーちゃんが男だって女だってどっちでも関係ないぜ。好きになっちまったもんは仕方がねえって、当たって砕けようと思ってたんだ。実は女だったっていうだけで、俺にとっちゃ大ラッキーだ。あんなブッチギリに綺麗で激烈に可愛くて優しくてナイスバディで無茶苦茶強いなんていう超俺好みに加えて、家事万能で教養万全の《女神様》に文句なんぞを言ったらバチがあたるぜ。この上、『女の自覚を持て』なんて贅沢言えねえよ。ひーちゃんを怒らせると判っている事なんて、わざわざ俺が言う訳ねえだろうが。」なんて、逆に俺の意図を邪魔するようなことを言い出す始末なんだ。
もう、脳味噌が腐れ果てて発酵しきってチーズになっちゃってるよ。《可愛いおネーちゃん命》の蓬莱寺京一は何処へ行ったのさ。あんの裏切り者ぉぉ!。
しょうがないから、こっちの問題の方はじっくりと時間をかけるしかないなあって、最近は思ってるよ。
まあ、義母さんの方は《ちゃんとした恋人を作ったこと》(暫定)でなんとか満足はしてもらえそうだし。当の京一が《あのままの姉さんが良い》って言ってくれて、姉さんから逃げ出したりしないんなら、それはそれで構わないかなあと思うしね。
俺が変に強要して、またぞろ二人の関係拗らせたりしたら本末転倒だもん。(この間の《誤解騒動》みたいなことは二度とゴメンだよ)
意外と、京一とちゃんとした恋人同士になったら、流石の姉さんでも《京一の為に女の子に戻りたい》とか言い出してくれるかもしれないしさ。(フッ、儚い希望かもしんない………)
姉さんに《恋する乙女のメランコリック》なんて、期待する方が間違ってるのはよーくわかってるんだけどねえ。
そういえば、よく考えたら姉さんが世間様には【龍麻】っていう男で通している以上、イキナリ女の子らしくなられても困るっちゃ困るんだもんなあ。(あはは、スッパリ忘れてた)


 Trururu・・・・・、Trururu・・・・・、

「タマ!!。こら、ボケッとしてないで、電話くらい取れ!!。」
はれ?!。考え事してたら時間たっちゃった。
って、こんな朝っぱらから電話かけてくるなんて誰だろう?。
義母さんは、たいてい夜しかかけてこないし(深夜割引の為)。姉様達は、(俺の為に)もっぱらEメールだし。
なんか仲間内の緊急呼び出しかな?。
『はいはい。スピーカーにするよ。』
俺は、いつものように【力】でFAX兼用電話機の機能を切り替える。ついでに、キッチンでも応対できるように子機の方に回線を優先にしておくのも忘れない。それから、一応作り声で電話に応対に出る。(本当に便利君だよね、俺って)
『はい、もしもし。緋月ですけどぉ?。』
『…………。』
はれ?!。無言電話かなあ。朝っぱらから迷惑な。(ムカッ)
『も・し・も・しぃぃ、こちら、緋月ですけどぉぉ。何か御用ですかぁぁ。無ければ切っちゃいますよぉぉ。』
『…………タス…ケテ…………。』
はあぁぁぁ?!。なんだぁ。なんか今、微かに『助けて』って聞こえなかったかな?。
『あの、もしもしぃ。うちは緋月です。高校生の一人暮らしです。警察署でも消防署でも病院でもありませんよ。助けてって言われても困るんですけど…………。』
いや、姉さんあたりなら《人外魔境のお人好し》モードが発動して、何にもできなくても助けに行っちゃうかも知れないけどさ。
『……たすけてよぉぉぉぉ…………。』
あれれ?。大分掠れちゃってるし上擦っちゃってるけど、なんかこの声どっかで聞いた事があるような…………???。
『もしもし。あのぉどちら様ですか?。名乗っていただかないと、助けに行けないんですけど。』
『…………ふえぇぇぇ―――ん(涙)。ひーちゃん、助けてよぉぉぉぉ〜〜〜。ミオりんもう死んじゃうよぉぉぉぉぉ〜〜〜〜。』
みっ、みっ、みっ、みっ、深青さん?!!。
うっ、嘘だろぉ。何で深青さんから俺達に電話がかかって来るんだよ。しかも、こんな朝っぱらから。おまけに《SOS》だなんて。
京一は一体何してんのさ!。自分の母親だろ――に。(だいたい、深青さんがどうして俺達のうちの電話番号知ってるんだよ)
訳もわからず呆然としてしまった俺を尻目に、今の会話を聞いていたらしい姉さんが即座に対応を(子機で)代わる。
「もしもし、深青お母さん!!。一体、何があったんですか?。オレ、今すぐに助けに行きますから死なないで下さい!!!。京一は何してるんですか?!。」
『みゃーちゃんは寝てるのぉぉ。ミオりん、苦しいよぉぉ………。』
一体、何がどうなってるのさ?!。
ちょっと、京一。今すぐ此処へ来て説明しなよ。でないと、オレの知り合いに《みゃーちゃん》の由来をバラして回ってやるからね!!。

 あ――――――あ。俺もそうとう動転しちゃってるなあ。



 * 龍那



「ふあぁぁぁぁ―――――ぁぁぁ。」
あっ、京一がやっと起きてきた。大欠伸してるよ。ふみゅ。起き抜けの顔って可愛いなぁ。頭撫で撫でしちゃダメかなあ??。
オレは最後の仕上げの卵をお鍋に落としながら、折角起きてキッチンに入って来たのに、ボーっとした顔でふらふらとまだ半覚醒状態のままテーブルにつっぷしてしまった京一に声をかける。
「遅いぞ、京一!。もう完璧に遅刻だぞ。朝御飯はできてるから、とっとと食べて着替えて学校行くんだからな。タマより惰眠を貪ってるなんて不健康なんだぞ。………ってお茶でいいか?。」
鍋に卵を落とし終って蓋をすると、つっぷしたまま再び夢の世界に入ろうとしている京一を完全に目覚めさせるべく、テーブルの上に作っておいた朝御飯を並べつつオレは言葉をつづける。
「………う――ん。わりい、ひーちゃん。でも俺、朝はコーヒーの方が……(ムニャ)。でもよう、昨日も遅かったんだからしょうがねえだろぉぉ………って、ひーちゃんンンンンンン?!!!。」
 ガッタ――――ンっっ☆。べしゃっ★。ドゴッッ☆。
はれ?!。京一、後ろにひっくり返っちゃったよ。(頭、思いっきり打ってないか?)
こら!。まだ寝ボケてるのか。危ないだろ、折角の味噌汁が零れちゃうじゃないか。
それに、御飯にコーヒーはイマイチ合わないと思うぞ。
『そういう問題じゃないって、姉さん(汗)。普通驚くよ、起き抜けに自分の家のキッチンで他人が朝御飯作ってたらさ。いくらなんでも、それぐらいの常識はわきまえてよね。』
ああ、そうか。京一はまだ知らなかったんだっけ。(当たり前か。さっきまで寝てたんだから)
でも、それはそれで問題だと思うんだけどな、自分の家の中のことなのにさ。
オレは、慌ててひっくり返ってしまった京一を助け起こす。
「ほら、京一、大丈夫か?。」
「…………痛てっ――――ぇぇぇ。大丈夫だけどよぉ。何で朝っぱらからひーちゃんが俺んちにいるんだよ?。しかも朝飯の用意までして…………????。」
「それは深青お母さんが………。」
『姉さん、事情説明は御飯食べながらでもいいんじゃないの?。それでなくても、俺達まで一時限目遅刻は決定的なんだからさ。効率よくすることにこしたことはないと思うよ。京一だって、姉さんに羞恥心が欠片も無いのはおいておくとしても、いつまでもランニングとトランクス一枚だけなんていう格好じゃ風邪引くよ。いい加減そろそろ、寒くなってきてるんだからさ。さっさと食べて着替えてきた方がいいんじゃないかと思うんだけど………。』
「(ん?!)あっ、そうだよな。折角の味噌汁も冷めちゃうし。京一まで風邪引いちゃったら本末転倒だもんな。それとも、先に着替えてくるか?。そしたら、俺もこっちのお粥を深青お母さんに出してきちゃうからさ。味噌汁はそれからもう一回温めれば良いもんな。」
「へ?!。…………風邪引くって?。ひーちゃんが羞恥心無いって…………???。」
って、京一はやっと自分の(寒そうな)格好に気がついたみたいで…………。
「でぇぇぇぇぇぇ?!。どわぁぁぁぁぁぁ――――――ぁぁぁ。(脱兎)」
 バタバタバタバタ☆。ドタドタドタドタ★。
あれれ?!。そんなに急いで着替えに行く程寒かったのか?。恥ずかしいなんてこと無いよな。今更だもん、京一の下着姿なんて。初めてってわけじゃないし。(プールとか修学旅行とか、体育の授業の時の着替えもか)
『姉さん、あのねえ………(汗)。あの時とは京一の方の認識が違うんだよ。普通は恥ずかしいと思うもんなの、ああいう格好を姉さんに見られたら。あーんな格好やこーんな格好を京一に見られても恥ずかしいと思わない姉さんの方が変なんだよ。ほーんと、恥知らずと言おうか、ズレてると言おうか、羞恥心皆無と言おうか…………(溜息)。』
ムカッッ☆。誰が恥知らずたってぇぇ。
「何だよ。オレだって京一に見られて恥ずかしかった格好なんて、ちゃーんとあるぞ。」
あの時の似合いもしないレオタード姿なんて、本当にみっともなくって恥ずかしかったんだぞ。
あの格好、京一に見苦しさのあまり一晩中目を背けられた時には、その場で脱ぎ捨てちまいたんだからな。あんなどうしようもない格好をオレにさせたのは、タマじゃないか。
恥知らずはどっちだよ。フンっ☆。
『…………また、勘違いしてる(汗)。あーいう格好の方は変でも何でもないの。京一が目を背けていたのは別の意味があるんだよ、この鈍感!!。それに、さっきの京一の《あの柄》じゃあ、見られたのが姉さんじゃなくても恥ずかしいと思うよ、俺。』
「えっ、そうかぁ。可愛かったじゃないか、《コアラちゃん》♪。」
京一って、時々、ああいうすっごく可愛らしい柄のを履いてるよなぁ。(修学旅行の時は《ウサ子ちゃん》だったっけ。)
あれって、京一の趣味なのかな?。それとも深青さんの好みなのかな。
京一があーいう柄のが好きだっていうんなら、今度《ダンボ》とか《ムーミン》とかを刺繍してプレゼントしようかなぁ、今までの《可愛いリボン》のお礼にさ(紅と白の2本もあんな可愛いリボン買ってもらっちゃったもんなあ。紅い方は無くしちゃったけど)。
『それ、ぜ――――ったいに止めときなよ、姉さん。いくら頭が腐れてる京一だって、そんな物プレゼントされたら生きているのが辛くなっちゃうからさ。』
なんだよ、オレ、縫い物ならちょっと自信があるんだぞ。そんなに情けなく見えるようなモノは作ったりしないんだからな。出来るだけ可愛いい図柄にすれば大丈夫だろ。なんなら、京一に柄のリクエスト聞いてから作ってもいいしな。
『…………(溜息×2)だから、違うっていう――の。そんなモノのリクエストなんて聞くだけだって、京一の神経にヤスリをかけてるよ。お礼するなら、食べ物にしときなよね。少なくとも、姉さんの作った物は喜んで食べてるみたいなんだからさ。』
むう。良い案だと思ったのになあ。
まあ、確かにこないだうちに来た時も、最初は不機嫌だったのに、御飯を食べ始めたら上機嫌に戻って全部平らげちゃって、お代わりも3杯してたから、食べ物の方が確実に喜んでもらえるみたいだけどな。今度、美味しい味噌ラーメンでも研究しておこう。
『ほら、姉さん!。ボケっとしてないで、京一が着替えて来る間にそのお粥を深青さんに持ってくんでしょ。本当に深青さん餓死しちゃうよ。さっきの《林檎の摩り下ろし》ぐらいじゃ、もうもたないって。』
「あっ!、いっけねぇ―――――ぇ。そうだ、折角の卵が固まっちまう。」
そうして、オレは慌てて鍋を持ち上げたて、それをキッチンから寝室へ運ぶ準備をはじめた。


「へ?!、お袋、寝込んでたのか?。全然気付かんかった。いつのまにだぜ。」
 パコン☆。
着替えおわって、お茶漬けを舁き込みながら全く現状を把握していない台詞をのたまった京一を、オレは思わず手に持っていたサランラップの箱で叩く。(この呑気者!)
「何をすっとぼけた事を言ってんだ!!。まだ目が覚めてないのか?!。自分の母親のことじゃないか。しかも同じ屋根の下に住んでるんだろうが(怒)。何で気づかないんだ?!。っていうか気付けよ大馬鹿者!!。」
更に、パコン☆。
「………イテッ。いや、その……、ひーちゃん。俺、まだ食べてるんだけど………。(汗)」
「うるさい!。口答えするな、この親不孝者!!。深青お母さん、あんなに高い熱を出して青息吐息だったんだぞ。しかも身動きできなかったんで、二日間もろくなもの食べてなかったって言ってたんだかんな。それなのに『寝込んでたのか?』とは何て言い草だ!。お前がそんなだから、深青お母さんが朝っぱらから他人のオレの処へなんか助けを求めてこなきゃならなかったんだからな。この《京風ラーメン》の味並の薄情者!!。」
 ベコッ☆。
そうして、今度は逆の方の手に持っていた中身(さっき作っておいた京一の分の弁当だ)の入ったタッパーで、気の毒な深青お母さんの薄情な息子の頭に天誅を下す。
そうなんだ、深青お母さんてば季節外れの質の悪い風邪とひき込んじゃって、熱を出して寝込んじゃってたんだよ。
ところが、いつもだったら家事その他なんかを代わりにやってくれる娘さん(京一のお姉さん)が、会社の海外研修とかで長期不在の為、そのまま放ったらかしにされてたらしいんだ。
おまけに、本来なら心配してくれるであろう旦那様の京介さんは、学会出席の為これまた長期の海外出張らしいし。
息子の京一に至っては、同じ家に暮していても母親がどうなってるのかなんて、全然欠片っ足りとも気付いてなかったって有様だし。
更には、どうしても終らせなきゃならない仕事があったらしく(なんか「しっ、締め切りが迫ってくるよぉぉ。どうしよう。終わらないよぉぉぉ。ひ――――ん(泣)。」だって)、大人しく寝ているだけっていうこともできずに、無理をしてシコシコ作業に勤しんでたら、余計に悪化させちゃったらしいんだって。
今だって、オレが無理矢理薬を呑ませてから、説得して強引に寝かしつけなきゃ(申し訳なかったが、食べ物と後のお手伝いとでつらせてもらった。)、ふらふらしながらもまた仕事部屋(らしい部屋)に閉じこもろうとしてたんだぞ。(とりあえず、今はオレ特製の卵粥をお腹いっぱい食べてもらって爆睡中だ。)
もう、にっちもさっちもいかなくなって、とりあえず食事だけでも何とかしないと本当に命に関わると思って、恥じを忍んでオレの処に電話をかけてきたらしいんだけどさ。(何で、オレの家のсiンバーを知ってたのかは謎だが…………)
いや、マジで此処へ来た時どうしようかと思っちゃったぞ。
台所なんか文字通り《無法地帯》と化してたんだもん。冷蔵庫の中も無茶苦茶だったし。
なんとか今の状態まで復旧するのに、こういうことに慣れたオレでさえも30分以上かかったんだからな。
その他の所は後でチェックするつもりだけど、あんまり今から考えたくない状態だぞ、きっと。
とりあえず今は家から持ってきたモノと冷蔵庫の中の残り物で何とかしのいだけど、後でちゃんと買い物にも行かなきゃなぁ。
っていう状態なんだぞ。解ってんのか?、このお寝ぼけ木刀馬鹿!。
「んなこと言われたってよう、ひーちゃん。俺んちじゃ、親父を筆頭に家族全員が擦れ違いで3・4日間くらい誰とも会わねえなんて、日常茶飯事なんだよ。だいたいなあ、俺の此処最近の状況はひーちゃんもよく知ってんだろ。5日前はさやかちゃんや他の奴等と一緒にラーメン、4日前はひーちゃん家で晩飯食ってたし、3日前は腐れ業突く張り亀の店で乱闘騒ぎ、一昨日は居残り補習、昨日は《旧校舎潜り》だったんだぜ。家の中まで気にしてる暇なんか無かったじゃねえか。」
あれ?!そうか。、確かに言われてみれば、忙しいっちゃ忙しかったけど。それって言い訳にならない気がするぞ。其の分、学校は遅刻三昧なんだから。
「ほんのちょっとだけでも、深青さんに声をかける暇くらいはあっただろうが!!。」
「あのなあ、ひーちゃん。お袋はいつも《修羅場》に突入しちまったら、《内職部屋》閉じこもってそれに没頭したまんま家のことはおっぽらかしちまうんだよ。ヘタに邪魔すると、後からとんでもねえ報復が来るから、こっちもその間は余計なことはしねえ様にって暗黙の了解があるんだ。当然、その間は俺も姉貴も自力更生してんだから、お袋に何が起こってるかなんてわかるわきゃねえんだよ。っていうか、わざわざ知ろうとも思わねえよ。」
京一は、そうアッサリと言い放つと、食べおわったお茶漬けの茶碗を置いて、仕上げとばかりに味噌汁(玉葱と油揚げのヤツ)を一気に飲み干す。
なあ、それって結構寂しくないか?。家(実家)じゃあ、少なくとも食事だけは出来る限り家族全員揃って食べるようにしてたぞ、姉様達が仕事の関係で独立する迄は。
それに、主婦が家の中(と家族)をおっぽらかす程の《内職》って一体??。
オレが何か釈然としない疑問を抱えたまま(京一の)食べた後の片付けを始めると、今迄黙って俺達の会話を聞いていたタマも似たような事を思ったのか(やっぱ双子だからか。何か嫌だな)、のほほんと食後の一服をしていた京一に、オレの代わりに結構鋭いツッコミを入れ始めた。
『ねえ、京一。この間から気になってたんだけどさ。深青さんのその《内職》って何?。《ネタ》とか《締め切り》って言ってるから、家の中を注意して見てみたけど、在庫がらしきモノが見当たらないから俗にいう【同人誌】って訳じゃないみたいだけどさ。あの仕事部屋に詰ってる資料とおぼしきモノも、量といいジャンルの範囲といい単なる趣味でああはいかないよ。おまけに、家族が全員黙認してるってことは、結構家計の助けになってるってことじゃないの?。もしくは、黙認するほかないくらい世間に影響ある内容なのか………。ねえ、どうなのさ。』
タマ、いつのまにそんなとこ迄チェック入れてたんだ。でも、それってちょっとヤリ過ぎだぞ、人様の仕事部屋を勝手に覗き見るなんて。プレイバシーの侵害ってヤツじゃないのか?。お前、そういう所が油断ならないんだ。
ところで【同人誌】って何だ?。《ホモ》といい、最近、意味の解らない単語使うよな、お前等。
「………うっっ(汗)。さっ、さあ、何のことだかわかんねえなあ(シラジラ)。さっきも言った通り、お袋が何をしてるかなんて、知ろうと思ったことねえからな。第一、あの《内職部屋》は俺達は立入禁止だしな。そんな事どうでもいいじゃねえか。タマには関係ねえだろ。さっ、ひーちゃん。礼儀知らずのビー玉野郎は放っておいて、学校に行こうぜ。(ソソクサ)。」
京一は慌てて立ち上がると、まだ食器を拭いているオレの手を強引に取って、そそくさとその場を立ち去ろうとする。
おい、まだ後片付けが全部終わってないんだけど…………。
『フンッ。そんな態度じゃ、シラばっくれたって無駄だよ。その程度で誤魔化せると思ったら、大間違いだかんね。キリキリ白状しないと、こっちもそれなりの方法をとるよ!。』
タマはそう言いいながら、京一の事を小馬鹿にしたように意味有り気に微笑む。(コイツがこういう顔をする時は、ロクでもない事を考えている時だ。)
まあ、確かにオレでもわかるぞ。京一が、実は知ってるけどオレ達には言いたくないって。
「………だから、知らねえって言ってるだろ!!(焦)。第一、それを知ってお前に何の得があるんだ。この、デバガメ玉っころ!!。」
『損得抜きで、俺の好奇心が満足する。(キッパリ)』
「…………おい(汗)。」
『まあ、他にもこっちの事情ってもんもあるんだけどさ。んで、白状するの?、しないの?。』
「誰がするか!!。てめえ、顔を洗って出直してこい!!!。」
『フンッ。俺には今更洗う顔なんて無いよ。そう、そっちが其のつもりなら………(ニヤリ)。』
タマは、今度はふわりとオレの肩の上に移動すると、珍しく殊勝な顔をしてオレ訴えかけてきた。
『ねえ、姉さん。京一があんなこと言ってるよ。オレは姉さんの為に聞いたのに。だって姉さん、さっき深青さんと約束してたじゃん、『何でもできるだけ手伝います』って。手伝うってことは、其の内容まで確認しておかなきゃダメだよねえ。でも、あの状態の深青さんに仕事の内容を詳しく説明させるのって、ちょっと酷だと思わない?。』
確かに、そうだよな。深青お母さん、声を出すのも、しんどそうだったから。
それに、そんな事を説明している暇があるんだったら、ちゃんと寝ていて欲しいし。
『やっぱり、ここは深青さんの息子で姉さんのパートナーである京一が、キチンと説明するのが筋じゃない。二人の事を思うんならね。人情的にも、効率的にもさ。』
むう、そうだよな。オレ、京一からちゃんと聞きたいぞ。京一の家族のことだもん。(処で、タマ。お前、良い事いうなあ。うきゅう。パートナーかぁ、【相棒】もイイけどこっちもイイ響き)
『なのに、知ってるくせにシラばっくれてるなんて、酷いと思わない?。深青さんには意地悪だし、姉さんには不誠実だよ。深青さんの《内職》が、どんだけ気に入んないか知らないけどさ。なんか、姉さんのことを信頼してないって感じ。姉さん、朝も早よから京一のお母さんの為に駆けつけて、遅刻覚悟で京一の朝御飯まで用意したのに。感謝するどころか、つんぼ桟敷にしようなんて。俺、ぜ――ったいに酷いと思うよ、こんな仕打ち。』
「うにゅっ、京一。そうなのか?。そんなにオレに関わって欲しくないのか?。」
オレ、こんなに心配してるのに。俺のことそんなに信用できないのか。オレ達、【相棒】なのに。(オレ的には、それ以上に《一番で特別な大好き》だけどさ)
オレ、やっぱ京一にとっては《一番で特別》じゃないのかなあ。それって、自惚れちゃ駄目って事なんだよなあ。
ふにゅ、悲しいぞ。なんか胸がキリキリする。
そんなに意地悪するんなら、ジーッと見つめちゃうんだかんな。にゅにゅ。
「うっ………(汗)。ひーちゃん、わかったよ。俺が悪かった。話す。話すから。頼むからそんな瞳で見つめないでくれ…………(泣)。」
京一は、イキナリ掴んでいたオレの腕を両手で握りなおすと、ガックリと肩を落とす。
うにゅ。わかってくれたのか?、オレの気持ち。そういえば、この前、何でも正直に言うって、約束したもんな。
「ちゃ―――んと、教えてくれんのか?。この間の約束守ってくれるよな。そうしたら、オレ、一生懸命深青お母さんのお手伝いするから。」
「……………(ガックリ)ひーちゃんになら、全部なんでも洗いざらい教えるよ。だから、もうその《攻撃》は勘弁してくれ。まあ、お袋の手伝いの方は内容的に必要ねえっていうか、できねえと思うんだが…………。(ボソ)畜生、くそタマ。この悪魔!。卑怯者!!。 」
京一は何故か恨めし気にタマを睨み付けながら、オレの手を離して部屋の隅にある棚に向かう。
『フフン。顔を洗って出直してくるのは、そっちの方だったみたいだね。そうやって、とっとと素直に白状しとけばよかったんだよ。下手な隠し立てをしようとした京一の自業自得だよ。俺達相手にバックレ通せると思うこと自体が、姉さんの作るチョコチーズケーキ並にゲロ甘な考えなのにさ。姉さんの《必殺技》には、抵抗できないのわかってるくせに。』
タマ、お前、何でそういう言い方するんだ。今度はお前が意地悪だぞ。
『(コッソリ)いいんだよ。これも姉さんの為なの。このまま、端から弱みになりそうなネタを全部握っておいて、逃げようなんて気を起こさないように雁字搦めにしてやるんだから。それぐらいしておかないと、姉さん相手じゃ不安で不安で(溜息)。俺の《使命達成》の為には、奇麗事なんて言ってられないんだよ。』
なんじゃ、お前の《使命》って?。それに、オレの為って一体??。
『こっちの都合だから、気にしないで。それに、気にするんなら自覚を持ってくれる?』
うみゅみゅ。わかんないぞ、お前の言ってる事は。今度は、お前がちゃんと白状しろ。
『うっ…………(汗)。姉さん、俺にその技を使わないで。あっ、ほら、京一が…………。』
「ほら、これだよ。」
「うにゅ?。」
そう言って、京一がオレ達に示したのは一冊の本だった。
えらく奇麗で可愛らしい絵の表紙の、俗にいう《少女向け恋愛小説》ってやつだ。
オレは読んだことはないけど、姉様達の部屋で見たことはあるし。確か、この作者のシリーズは姉様達だけでなく、タマもお気に入りだったはずだ(姉様達がいない時は、オレがページ捲りをやらされてたからな。オレはあくまで捲ってただけで、内容は読んでないけどさ)
『なに?。これも資料なわけ。キッチンにまで資料を置いとくなんて、そうとう入れ込んでるんだね、深青さん。たしか、これ【貴方に花束を〜】シリーズの最新刊でしょ。俺的にはこっちのシリーズよりも【S&Lビート】シリーズの方が好きなんだけど………って、何で来週発売予定の本がここにあるのさ?!。』
発売日にまでチェックはいってんのか(汗)。ほんと、タマって好きだよなあ、この手の話。
でも、オレにはイマイチよくわかんないぞ。だって、ちゃんとした《男》が読むような話じゃないと思うんだもん。
「………あのなぁ、タマ。健全な17歳の男がこんな脳味噌爛れそうな馬鹿話を喜んで読んでるなよ。これは資料なんかじゃねえ、お袋の《内職》の成果だよ。」
「うきゅ?!。」
『へ?!。って、つまり…………。』
「お袋が書いてんだよ、この話は。これは編集部から送ってきたヤツだ。あの非常識童顔母親、あれほどてめえの本は人様の目の届かない所へキッチリしまっとけって言っておいたのに、こんな所へほっぽりだして置きやがって…………(怒)。」
『ええええええっっ―――――――――――――――っっっ!!。それってマジぃ?!。』
「激烈にマジだよ。ひーちゃんに、こんなみっとも恥ずかしい冗談言えるか!!。」
『だって、この作者はとてもじゃないけど《内職》なんて言っていいレベルのモノ書いてる人じゃあないんだよ。質も量もさ。それも10年以上前からこの業界のトップクラス張ってんじゃん。信じらんないよ、あの深青さんが、あれとか、これとか書いてたなんて。ラブコメ物はともかく、8年前には映画化さえされた不朽の純愛の名作が、あの頭から出てきたわけなの………。』
「…………あのなあ、タマ。そんなに仰け反るようなことか!!。そんなに信じらんねえなら、お袋のパソコンの中を覗いて来い!!。《商業誌》に載せられない、見るのも恥ずかしい裏話だのこぼれ話だのが書き散らかしてあるはずだからな。」
「そりゃまあ、お許しが出るなら喜んで覗いてくるけどさ。作者本人が書いた裏話やこぼれ話なんて、めったにお目にかかれるモンじゃないから、俺的には大ラッキーなんだけど。それにしても、あの《志守 巳緒》[シノモリ ミオ]先生が深青さんだったとはねえ………。これが姉様達に知られたら、また京一のポイント上がっちゃうなあ。いよいよ逃げられないね、うん。」
「なんだよ、タマ。逃げられないって?。」
『あっ、気にしないで。こっちの実家の話だから。………まあ、今ので事情は把握できたから、納得したよ。そりゃ、どんなに家事をおっぽらかそうとも黙認するしかないよねえ。冗談抜きで、家計の助けどころか家計の担い手なんじゃないの?。賭けてもいいけど、大学教授の旦那様より年収あるはずだもん。とても《内職》って言い切っちゃえる仕事じゃないよ。』
「仕方ねえだろ。本人曰く『ミオりんの本業は、あくまで《愛しいきょーちゃんの奥様》なの。一家の主婦なんだもん。それ以外のお仕事は趣味のサイドビジネスなんだよ。それに、《内職》って健気で良い響きじゃない?。旦那様への《内助の功》って感じでね。うふ♪。』だそうだからな。」
『うーん。流石、深青さん。常識蹴倒したナイスなコメント。やっぱり侮れない人だなあ。』
「だから、この糞タマ。あのお袋にそんなことで感心するな!!。」
なんか、オレ、話について行けない(泣)。
とにかく、深青お母さんがとっても凄いことを家事の片手間に10年以上やってきたってことは、なんとなくわかったけど…………。うにゅ。
「なあ、タマ。そんなに凄い人なのか、この《志守 巳緒》さんって。姉様達の本棚にいっぱい並んでたのは覚えてるんだけど。オレ、興味なかったから内容は知らないんだ。」
『あっ、そうだよね。姉さんってば、この手のモノから完璧にシャットアウトされてたもんねえ。言ってみれば《少女の為の恋愛バイブル》の大家だね。純愛からコメディ・学園モノ・ミステリー・SF・時代モノ・ファンタジーまで幅広く、メディアミックスで映画化やアニメ化・ゲーム化された作品もあるから、姉様達だけでなく葵ちゃんや小蒔ちゃん達もっていうか、大抵の女の子達は一回は読んだり見たりしたことはあるはずだよ。長者番付の作家部門でも、上から数えた方が圧倒的に早いくらいだから、《内職》呼ばわりは絶対間違ってるよ。はっきり言って、知らない姉さんの方が思いっきり変だよ、一般常識で言えばね。アン子ちゃんあたりが事情を知ったら、きっとすっ飛んでくるよ、インタビューの為にさ。そんで京一脅しつけて、サイン本を10冊くらいもぎ取って行くだろうねえ。翌日には、真神新聞の一面TOPを飾るのは確実だね。』
「このドアホ―――ぉぉ!!。んな怖い事、冗談でもいうんじゃねえ。(怖)」
「ふみゅぅ。そんなに凄い人だったのか、深青お母さん。オレがお手伝いなんて出来ないなあ。」
「だから、ひーちゃん(汗)。この飯を作ってくれただけでも充分だって。お袋の《修羅場》中にこんなに立派な朝御飯なんて食えたの初めてなんだからさ。いや、マジで。お袋も感激モンだ。」
京一は、そう言ってオレの手をまた握り締める。
でもその言葉は嬉しいけど、オレにもプライドってモンがある。ましてや、その凄い人がオレを頼ってくれたんだから。
「にゅにゅ。でも約束したからには、ちゃんとお手伝いをする。確かにモノを書いたりはできないけど、雑用くらいはできる。深青お母さんの風邪が治って、《修羅場》っていうのが終わるまで、オレ、毎日ここに通って家の中のことを深青お母さんの代わりにやる。(キッパリ)」
ふみゅ。我ながらイイ考え。自慢じゃないけど、こういう雑用は大得意だ。
これなら、いつもより長く京一の側にいられるし。《食べ物でお礼をする》もできる。一石三鳥♪。オレにこういう事(家事)を手際よくやる方法をしっかりと教え込んでおいてくれた義母さん、どうもありがとう。
『ああ、それいいんじゃない。その間、俺は裏話とか読ませて貰うから。』
「ひーちゃん。そりゃ、大歓迎だけど………(汗)。でもなぁ…………。」
「ダメか?。なんか京一には不都合でもあるのか?。オレ、家族じゃないから邪魔なのか?。」
邪魔って言われたら、悲しいぞ。じーっと見つめちゃうぞ。
「うっ…………(汗)。すいません、どうぞ毎日来て下さい。お願いします。」
うきゅきゅう。わーい♪。京一の家へ毎日来れる、一緒に御飯が食べれる、すんごく嬉しい。
深青お母さんの風邪様々だ。本当に凄い人なんだなあ、深青お母さん。オレ、尊敬しちゃう。
『じゃあ、話が決まった処でそろそろ学校行かない?。もう、二時限目も遅刻決定なんだけど。』
慌てて時計を見ると、ほんとだ、もうこんな時間だ。
「あっ、しまった。行くぞ、京一。」
「おっ、おう。」
大慌てで、オレと京一はキッチンを飛び出した。


そうして放課後、オレはまた京一の家に帰って来ていた。
ちなみに、京一はまだ帰ってきてない。
授業が終わって二人で帰ろうとしたら、校門の所で翡翠(とその他何人かの仲間)に待ち伏せにあって《旧校舎潜り》に誘われてっちゃったんだ。
なんか、翡翠達ってば妙に殺気立ってたけど、何かあったのかなあ??。
京一も何故かヤル気満々で、わざわざ翡翠達の前で「ひーちゃん、先に帰ってお袋の面倒をしっかり見てやってくれ。なんせ、お袋自らのご指名だからな。息子としては、お袋の健康第一だ。俺は、こいつ等とキッチリ話をつけてから帰るからよ。晩飯は一緒に食えるように帰るからな。」って意味ありげな調子で言ってたからなあ。
その台詞を聞いたとたんに、更に翡翠達の殺気が(当社比三割増で)増したような感じだったのは気の所為なんだろうか?。
『あのねえ、あれってば全部姉さんの所為なんだよ。休み時間にみんなの前で京一に《夕御飯のリクエスト》なんて聞いたりするんだもん。しかも、馬鹿正直にも葵ちゃん達の前で『京一の家に毎日おさんどんに通うんだよ。』なんてことバラシちゃうしさ。翡翠達が黙ってるハズなんかないじゃないか。』
何でだよぉ。別に変でも何でもないだろ。
深青お母さんには、もう家の鍵と(食費分の)お財布は預かってたから、帰りにそのまま買い物して行こうと思ったんだもん。京一に《食べ物でお礼をする》と決めた以上、リクエストをちゃんと聞くのは当たり前じゃないか。
『だからってねえ、時と場所を考えてから聞いてくれない。オマケに、またぞろ《オレと京一は東京一のラブラブ》攻撃なんてかましてくれるしさ。しかも、教室のど真ん中で。どうすんのさ、罪の無い一般人(クラスメイト)まで石化させちゃって。《おネーチャン命》の京一の外聞、また盛大に踏みつけだよ。』
え――――っ。そうなのかなあ。
だって、小蒔ちゃん達が「何でひーちゃんが其処までする必要があるのさ。確かに、京一のお母さんは気の毒だけど。京一のおさんどんまでする必要ないじゃないか。ひーちゃんてば、ま―た京一に甘すぎ!!。」なんて言うから.。
だから、ちゃんと返事をしただけだぞ、「オレと京一は《東京一のラブラブ》なんだから、京一の面倒を全部みるのは当たり前なんだよ。甘くも何ともないんだ。」って。
ついでに、ちょっと見つめちゃったけどさ。
そうしたら、ちゃんとわかってくれたじゃないか。京一は、あの台詞喜んでたし。
『あのねえ、石化の後にあの《必殺技》なんかくらったら、いっかな葵ちゃん達だって白旗を揚げざるおえないよ………(溜息)。それにしても、あれ5時限目後の休み時間だったのに、その後あの時間にメンバー揃えて校門で待ち伏せできるなんて、本当に光ファイバーよりも早い情報網だよねえ。あの幹部連の面々のはさ。(溜息×2)』
なんじゃ、幹部連って。なんか新しい倶楽部かなんかに皆で入ってるのか?、オレにも内緒で。
『違うよ。オレが単にそう呼んでるだけ。本人が非公認の団体だからね。まあ、他にもそう呼んでいる人間はいるけどさ。醍醐あたりとかね。』
うにゅ??何か訳わからんぞ。
『わかんない方がいいよ、これは。あっ、ちなみに京一は入ってないよ。一部の人間にとっては、当の本人の付属物扱いだし、また別の人間にとっては状況によって第一優先排除対象だから。』
?????。なんか本当に訳がわからん。気にするの止めよう。うん。
オレは、タマとのやりとりをしながら、蓬莱寺家の内部状況をチェックする。そうして、鍵のかかっていた京一の部屋とお姉さんの部屋以外は一通り見て回ってから、キッチンに戻る。
うみゅ。家の中だけでなく、庭の方もなんとかしなくちゃなあ。
まあ、今日はとりあえず家の中全部の掃除と夕御飯作ったら終わりかな。暫く毎日来ることになるんだ、じっくりやろう。一気にやって手抜き仕事なんてことは、絶対にやっちゃいけないって言われてるしなあ、義母さんに。
そう考えながら腕まくりをしたオレに、背後からイキナリ声が掛けられた。
「ひーちゃん♪。ねえねえ、今からお仕事するのぉ?。」
「うきゅ?!。み、深青お母さん!!。(汗)」
嘘だろ!!。気配なんて全然感じなかったぞ、このオレが。一体??。
慌てて振り向いたオレの目の前にいたのは、なんか大きな荷物を持った深青お母さんだった。
「深青お母さん、寝てなくていいんですか?。ダメですよ。家の中のことはオレがやりますから、気にせずゆっくりしてて下さい。」
「へへへ。ひーちゃんのおかげで、お腹いっぱいになってゆっくり爆睡できたから、だいぶ良いんだよ。本当にゴメンねえ、ミオりんが我が儘言っちゃったから。でね、そのお詫びと我が儘ついでに、もう一つお願いがあるんだよ。だから来たの。うふ♪。」
そういいながら、深青お母さんは持っていた荷物をいそいそとテーブルの上に広げ始める。
その時、何故かチラリとオレの格好(いつもの学ラン)を意味ありげに見る。
「うにゅ?。お願いって??。それは一体?。オレ何でもしますよ、言ってくれれば。」
「えへへ♪。あのねえ、予想通りひーちゃんてば制服のままお仕事しようとしたでしょ。だから、また制服を汚させちゃ悪いと思って、ひーちゃんに似合いそうな《作業服》を出してきたのぉ。エプロンじゃ、ズボンとかは汚れちゃうでしょ。でね、この《作業服》でお仕事して欲しいなあっていうのがお願い。いいかなあ?。」
「そりゃ、制服を汚さないに越したことは無いですけど………。でも、これ新品じゃないですか?。逆に申し訳ないです、こんな綺麗な服を汚すなんて。」
そうしたら、深青お母さん、目をキラキラさせながらオレの手を握り締めて言うんだ。
「あのね、これ始めはミオりんが着るつもりだったの。見つけたときあんまり可愛かったから。でも、買ってきたらサイズあわなかったの。それに、ミオりんの体型じゃイマイチ似合わないかなあって。でも、ひーちゃんならサイズも大丈夫そうだし、きっと何でも似合うよぉ。こんなに綺麗なんだもん。リリちゃんはこういうの好きじゃないって、着てくんなかったから、このままじゃタンスの肥やしになるしかないの。それって勿体無いと思わない?。だから、良い機会だからひーちゃんに着て欲しいなあって。元々《作業服》だから、汚れても全然OKだしっていうか、汚れる事を前提にした服だしね。ねえねえ、着てくれるよねえ、ひーちゃん。」
うっ、またすごい迫力の《お目めキラキラモード》(汗)。
でも、こういう服ってオレにも似合わないと思うんだけど……………。だけど、深青お母さんのお願いじゃ断れないよなあ。
ふにゅ。後で京一が何ていうかなあ。またずーっと目を背けられたら、悲しいなあ。
『まあ、それは無いと思うよ。背けるどころか、喜びのあまり仰け反っちゃうことうけ合いだね。《汚しても構わない作業服》っていうのも間違ってないし。着てあげれば。俺的には、これ全部着たところを、京一に写真を撮らせておきたいんだけどさ。こういう機会を逃さないでキッチリ利用するあたり、なんていうか、本当に侮れない人だよねえ、深青さんって。』
そうなのか?。なら着ちゃおうかな。それにしても、侮れない人って…………(汗)。
気配りのできる、立派なお母さんと言え。この礼儀知らず!!。
「わかりました。他ならぬ深青お母さんのお勧めですから、これに着替えてやります。」
「わ――い♪。ありがとう、ひーちゃん。えーと、サラシはしないでね。その方が似合うから。それから、その綺麗な髪の毛。この服に似合うように、ミオりんに結わせてね。これもミオりんからのオ・ネ・ガ・イ。くす♪。」
「はあ…………(困惑)。お好きになさって下さい。」
そうして、オレは深青お母さんに促されるままに制服を脱ぎはじめた。
最近、日暮れが早くてよかったなあ。深青お母さんにとっては、オレって只の男の子の格好している女の子だから。
尊敬する深青お母さんに《化け物》呼ばわりされたら、オレ生きているの辛くなっちゃうもん。
にゅにゅん。

『本当に侮れない人だよねえ。実家(うち)の義母さんと良い勝負かもしれないなあ。』
う――ん。確かに、義母さん並に尊敬できる凄い人だと思うぞ。ふにゅ。



 ⇒ 《下》へ続いちゃいます。




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