教育研究グループ

 この研究会は、国語科と社会科の教員による勉強会として出発した。会合を重ねるうち、それぞれの教科で重なり合う事項について、共同の活動を教科の特性を生かしながら、クロスカリキュラムの形で実施できないかと試みたものである。
 青年期を迎えている生徒たちにとっても、
 ・知識と情意の両面から一体的に理解する。
 ・複数教科による、学際的な知の広がりを味わう。
 ・文学作品の奥行き深い世界に親しむ。
 ・現代社会で重要な概念を明確に理解する。
 などの意義があると考えた。
 ちょうど「現代社会」、「国語T・U」などの新しい教育課程が導入される時期にあたっており、「明治の近代化」「個人主義」などについて、共通の認識のもとに扱うことを試みた。
 こうして、高校生活3年間の計画をたて、社会科では主として概念的な面からとらえ、国語科では小説「こころ」とそれをめぐる評論に取り組むことで、情意面や論理面から考えを深めるという分担を考えた。
 本HPは、この報告書のうち、私が担当した部分を元に作成している。


計画

  当初考えた計画である。ほぼこの通り、昭和57年〜59年の3年間で実施した。

U 4.発達的学習・指導計画例 (昭和57年度教育研究グループ報告書より)

学年  国 語 科  社 会 科
1年 現代文 ・「こころ」を課題図書として指定し
 ・感想文
 ・確認テスト(アンケ一ト)
 ・本文の項目資料作成
 などの活動から登場人物の性格と作者の主題を考える。

・自分の生き方を考え、発表する。
現代社会 ・「私の個人主義」を課題図書として指定し、
 自分の経験とむすびつけて、自由、権利、責任、義務の問題を考える
・アンケート(資1-2.3.4)を利用し、「こころ」の項目資料と引用資科から自己と他者との連帯について考える。
2年 共通課題     ・「こころ」に関連する評論文(「こころノート)に取り組み、漱石の人間観、人生観、時代観について考える。
   
国語U 「もう一つのこころ」課題1プリントにより、事前学習を進める。
・教科書教材「こころ」の読解を通して、エゴイズムの問題を自已の問題とかかわらせて、考えを深めていく。
「もう一つのこころ」課題2プリントを併せて活用する。
日本史 ・漱石の年譜をもとに明治の時代年表を作成し、明治の時代精神を考える。
 ・江藤淳68年70年(参11.20)
 ・乃木の死の考察(参21P43-89)
3年 現代文 ・近代日本文学史における漱石の位置と、その果した役割をつかむ。
・評論文をよみ、意見文を書く。
 「現代日本の開化」「道楽と職業」など(参64.65)
倫理 ・近代的自己の確立という学習事項について、1・2年次の学習を総合する。
・年譜、時代年表をたよりに思想家としての漱石の項目を図表化する。
・引用資料を用いて漱石の思想の理解を深化する
・1年次のレポート、感想文を読み
各自の高校生活をふりかえり「自己と他者との関わり(連帯)」について作文する
漱石の思想の一項目についてレポートする。

報告書 その1

昭和57年度 新教育課程における教材研究 
   国語科と社会科で共通する文学教材を用いた教科指導の方法について



本体 B5 41ページ
別冊 B5 
   目  次

T 本研究の目的と概略
U 国語科と社会科が授業計画と資料づくりにおいて協力する意義
 1 両教科が連携する意義
  (1) 生徒の学習の一体性
  (2) 指導上の時間的制約
  (3) 主題学習等における広(多)領域性・学際性
  (4) 読解と理解の相互補完的役割
 2 国語科における連携の意義
 3 社会科における連携の意義
  (1) 文学的感動を生かした指導
  (2) 資料としての利用
  (3) 人生の苦悩を描く文学作品の利用
 4 発達的指導計画例
V 「こころ」についての観点
  (1) 「こころ」の読まれ方について
  (2) お嬢さんとKと「先生」
  (3) 「明治の精神」と現代
W 指導案及び事例
 1 国語科の指導案作成にあたって
 2 「国語T」における指導案
 3 「国語U」における指導案
 4 社会科の指導案作成にあたって
 5 「現代社会」における指導案  「こころ」
 6 「現代社会における実践例  「私の個人主義」
 7 「倫理」指導案
X アンケート結果の分析
 1 読書アンケート
 2 「こころ」についてのアンケート
Y 資料編
 1 「こころ」あらすじ
 2 別冊資料


W 指導案一及び事例
 
1 国語科の指導案作成にあたって

 学校教育活動の殆どは、一部の学科を除き、「国語」の表現・理解を通じて行われる。言語技術の教育は、国語科のみで担当しうる性質のものでない。
 学校の教員は、すべて国語の教員であるという旨は、今後徹底してゆく必要がある一方、国語科では生徒の表現・理解の基本的事項の習得について責任を持つことが最小限必要となる。
 同時に、学校教育活動の内外で生徒が遭遇する多様な語句について理解の方途を示すことが、必要である。
 高等学校の国語の中の現代文に限ってみても、小説・短歌・詩・評論・随筆等々、種々な分野の多様な文体の作品が生徒の前に開陳される。そこで用いられる語彙は広範囲な分野にわたり、学科によっては中心的内容をなすような重要な概念も頻出する。
 「社会」「個人」「自由」「認識」「実存」「文化」「文明」「疎外」「昇華」など、国語Iの教科書の中から他の学校教育活動でも取り上げる語彙を見つけ出すことは容易である。
 しかも、重要な概念を、辞書的内容以上の検討を行うことなく所与のものとして扱うことも多い。その結果生徒が、一つの語を文化的背景の中で理解しているか否かという点は見逃されがちである。このような状況からは、国語を的確に理解し適切に表現する能力の涵養も困難といえる。
 従来各国語担当教師が授業の場で個々に行っている語句説明は今後とも一層丁寧に行う必要があるのは言うまでもないが、それ以上に他の教科との繋がり、連携の場の確保が必要となる。
 例えぱ青年期にまつわる題材では保健体育科、自己を見つめる題材では、進路指導や生徒指導、HRとの結びつきが、科学的題材では理科、言語的題材・英米人を題材とするものでは英語科、社会科学的題材では社会科との連絡等である。
 多様な可能性を開くことによって授業の活性化、学校教育活動の目標の明確化、生徒側からの「理解の能力の進展」が促されることを期待する。
 また、言語文化への関心が高まるには、生徒自身の主体的なとり組みを前提とする。そのための一案として作業学習・発表学習の導入が考えられよう。

2 国語Iにおける指導案
 メンバーの構成から社会科との共同を意図した。具体的には、「現代社会」担当の社会科教員との協議の上で、幾つかのキーワードを選ぴ出し、教材の中での各語の用いられ方を生徒に調査・報告させるという発表学習形式をとるその一方で、あらかじめ調査した結果にもとづき教員側から検討を加える」ことにより、生徒が発見学習を通じて主体的参加を図る。

 こうした、国語科における実践を社会科の教員が充分知悉し、適宜、社会科学習時に生かしてゆくならぱ、生徒にとっての言語環境は、明らかに向上する筈である。
 「言語文化への関心」は、生徒の「現実への関心」と重ならない限り、徒らに好事的態度と無関心を育てることになりかねない。
 生徒にとって、単なる抽象概念を表すように思えた言葉も、その背景に具体的な事実を数多く担っている事が理解される時、「言語文化」を自己の外側におくのでなく、具体的現実に対処するためのよすがとすることが期待できる。

〔1〕 題材「こころ」夏目漱石著 岩波文庫その他
 作業・発表学習を軸とした授業を行う場合、作業の量・質が問題となる。今回教材とする「こころ」は、小説全体の長さからいっても、一クラスの全員が、無理なく語句調査を行うに充分足りる分量を持ち、あらかじめ読書感想文を課すことで、生徒たちに定着した内容を更に深めてゆけるという利点がある。
 春・夏・冬の休業中に、時間をかけて読み込まれた作品、心をこめて書きこまれた作文を授業の中で生かすことは、次回の休みの課題への布石という意味からも、是非行う価値がある。

〔2〕 学習・指導目標
 (1) 語句調査により具体的用例を集めることで、正確な読解をめざすことにより作品の主題を把握する。
 (2) 主人公達が、個人主義の裏面であるエゴイズムによって「さびしさ」から自殺した点を理解する。
〔3〕 学習・指導計画
 冬季休業前に、課題図書を指定し、休業明けに読後感想文を提出させる又、「こころアンケート」(資料4)を実施し、その結果を提示して、あらかじめ生徒の興味づけを図る。
  第1次 あらすじを黙読し、語句調査作業を行う。
  第2次 語句調査にもとづき、作品の主題を考える
 

報告書 その2

昭和58年度 小説「こころ」と評論教材   国語と社会の共同研究


B5 72ページ
  目 次

T 研究の経緯と目的
 1 前年度までの研究の経緯
 2 本年度の研究の目的と経過
U 「こころ」ノートの教材観点
 1 社会科からの観点
 2 国語科から
V 「こころ」ノートの課題の評価
 1 評論Tの課題の解答状況
 2 評論Uの課題の解答状況
 3 評論Vの課題の解答状況
    生徒解答例
 4 全体課題1・2の解答状況
 5 感想文について
W アンケート結果と分析
 1 アンケートのねらい
 2 「こころ」についてのアンケート本文と結果
 3 アンケート結果の分析

X 資料編
 1 項目資料
 2 文献目録
 3 「こころ」ノート
 4 「こころ」ノートに関するテスト問題
 5 「こころ」ノートの課題感想文

U 2 国語科から
小説教材に向き合い考える
 昨年は、休業中に課題図書として、小説「こころ」と感想文を課した。生徒は自分の眼で作品に向かい、自分の言葉で文章を綴る作業の中で、自身の考えをつくりあげることを期待している。
 しかし、「自分で考えること」を要求しているがゆえに、応々にして、一方的な見方に偏してみたり,細部に拘泥したり、単純な思い違いが生まれてくる。実際、昨年の「こころ」の感想文の半数近くは、小説の印象を漠然と捉えていた。「暗い」という一言のみで事足れりとしている者、「先生」の行動に対する単純な反発を述べる者、「K・先生」が自殺したという事実を非難するのみで終っている者など、小説としての読み取りは甚だお寒い状態だった。

三つの評論をもとに考える
 今回、評論教材を与えた意図は、こうした生徒達の自分流の読みに対して、揺さぷりをかけることをねらっていた。
 評論を与える時期は、小説の読解からどの程度離れたほうがよいのかについて、今回は冬期休暇中の課題として約1カ年の期間をおいたが、学校や生徒の実態に応じ、いろいろな設定を行うことができると思われる。
 与える評論を三篇としたのは、生徒達に複数の観点を与えるためである。それぞれの評論毎に生徒は、自分の考えていた「こころ」像と、他者の眼を通したそれとをつき合わせざるを得ない。大半の者は彼我の読みとりの差に気づいた筈である。

I 「江藤淳」の評論は、言葉遣いも平易で、生徒が1年前に読んだ「こころ」の内容を想起するのに絶好である。また、「こころ」の持つ問題がよく提えられ整理されており、熟語玩味に価する。

U 「駒沢喜美」の評論は、文章が少々生硬ではあるが、「こころ」の主題を近代の中で位置づけており、何よりも「こころ」を自らの問題として真剣に考えていく態度が、最も生徒の共感を呼んだようだ。

皿 「山崎正和」は、「淋しさ」という語を媒介にして、著者の得意の分野である実存主義にも触れるなど甚だ思弁的な内容を持つものである。生徒達には、これを難しく思う者が多かった。

 いずれも小説「こころ」の本質に鋭く迫ったものであったせいか、生徒らは概して真剣に取り組んでいた。評論文を読んだ生徒の80%が,新たな発見をした。とアンケートに答え、評論読後の感想文においても、
 「今まで自分の考えていた『こころ』の見方は間違っていた。」と明らかに読む目が深まった体験をつづる者、
 「『こころ』とはこんなにも深い内容を持つ小説だったのか。」と新鮮な発見の驚きを述ぺる者が多かった。
 これらを読んでいくことは、教師冥利につきる体験だった。

 生徒は、評論の書き手たちが自分よりもはるかに精密な論を展開しており、そしてそれぞれに正しいように見えるこため、今まで自分なりに作り上げていた「こころ」像の大幅な修正を迫られる。授業以外では恣意に任されてきた小説の読み取りを考え直さざるを得ない。
 大切なことは、他者の評論によって自己の読み取りを再認識する契機が与えられたという点にある。

 生徒の中には、評論の書き手に、部分的あるいは全面的な批判を試みる者も居た。いわば、評論家という他者の視点を自己とつきあわせた結果であり、自己の正当性を否定する者への感情的な反発である。いずれにせよ、彼らの多くが評論を自己と関わらせて読んだことは間違いなく、今回の試みの最も大きな成果であった。

教科書教材「こころ」による授業
 なお、冬休みでこうした課題を与えたあと、第3学期の国語Uの授業において、小説「こころ」をとりあげた。
 「先生の遺書」の中で、Kの恋の告白から自殺に至る部分、及び、Kの自殺の原因が「淋しさ」ゆえであったと先生が気付く部分までであった。これまでの学習を踏まえながら、具体的な文章の中でKと私の意志疎通の断絶状態を読みとり、Kと私のそれぞれの「淋しさ」の内容をあるがままに提示できたように思う。
 こちらの意気込みに応えて、生徒達も主体的な興味をもって授業に参加してくれたことを申し添えておきたい。

V 5 感想文について    (資料篇5 参照)
 学年末に文集として生徒全員に配布するため、生徒自身の手によって各クラス2〜3篇を選んでもらった。なるべくバラエティーを持たせて選考することを条件にしておいたところ、随分ユニークな作品が並ぷことになった。
 この選考にあたった生徒は、次のように述べている。

選考を終えて   ○○高校 S
 人の意見に耳を傾けるということは、簡単なようで実際は非常に難しいことのように思われます。人間的に未熟なせいでしょうが、最近特にこの問題が私の大きな悩みとなっていました。
 そんな折りに、このように多くの友人たちの考えにふれることができたことは、私にとってたいへんよい機会だったように思えます。
 自分のわからなかった点をこの人はこんなふうに解釈している。なるほどこう考えるとうなずけるなと、皆の感想文を読み進めていき、ああ、こういう見方があったのかと、それぞれの人の着想の斬新さにただただ驚かされるばかりでした。
 自分の意見がたとえどんなに素晴らしいものであっても、これほど含蓄の深い「こころ」という作品のことですから、やはりそれはある一面から「こころ」を見たもので、もっと様々な視点からこの作品をながめるには、どうしても他人の意見に耳を傾けねばならないと思います。
 確固とした自分の意見を持った上で、ちょっと謙虚になって友達の意見を聞く、そしてまた考える。このことがどれほど自分を成長させてくれるかということを痛感させられたというのが、私の選考に加わって得た最大の収穫でした。



「こころ」ノート

冬季休業中の課題とした。B5 24ページの小冊子

 ・内容としては、
  評論T 「こころ」 江藤淳
  評論U 「こころ」 駒尺喜美 (「日本文学」昭和44年3月号)
  評論V 「淋しい人間」 山崎正和 (「淋しい人間」1978、河出書房)

 ・課題としては、
  A 各評論の各ページの課題
  B 全体課題
   1 前近代的人間関係をまとめよ。
   2 近代的自我(人間関係)が孤独をさけえないのはなぜか。
   3 三つの評論から少なくとも一つを選び、「こころ」について感想文を書きなさい。