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はああああああああ。とうとう上下二分割の長さになっちゃいましたよ。(汗)
でも、そうでもしないと《あの》前編のラストからの始末がつかない。
オマケに、今回はユエも出てくるしなあ…………。
と言う訳で、《リベンジ編》行ってみましょう。
え?!、誰のリベンジかって??。それは読んでのお楽しみ(笑)。


うちの女主人公は、緋月 龍那(ひーちゃん)といいます。但し、世間様と仲間内(京一と舞子ちゃんは除く)には【龍麻】という男で通してます。
おまけに、特殊事情(夜間限定の女でレンズマンでミニチュアサイズの双子の弟【龍麻】通称:タマを飼っている)持ち。さらに本人女の自覚皆無というこまったちゃんです。
前編の龍那の《クロスカウンター攻撃》に対して、《据膳ちゃぶ台返し男》京一、リベンジなるか?!。っていうか、して下さい。じゃないと、話が進まないんだよ。(涙)


 それでは、本文へどうぞ………


ACT.5  ジェラシック・パーク 後編 〈上〉


「………俺からの《お願い》だよ。」

それは、自分にとっての《誓約》。

彼の人にとっては、それほどの意味はなかったかもしれない。
大きな《願い》の為の小さな《布石》でしかなかったかもしれない。

「まだ何も解らない君に、こんな事を頼むだなんて卑怯だと思われるかもしれない。」

自分に向けられるそのあまりにも澄んだ真摯な瞳に、決してそんな事は考えなかった。
むしろ、自分が彼の人に信頼された事を誇りに思った。

「馬鹿げた事だと思われてもかまわない。愚かな《願い》と《想い》だと………。」

それでも自分は選んだ。その《願い》と《想い》を、受取るべき者に伝える事を。
《願い》が果たされるまで、その人の傍らで戦う事を。その《想い》の果てを、己が彼の人の代わりに見届ける事を。
その為になら、どんな重荷を負うことも厭わない………………、と。

何故なら、その人は自分にとっても《光となる存在》だと予感していたから…………。


それは、本来なら決して自身の記憶に留まることのない情景。


「長老、………あの…………、この赤子が……………?。」
引き会わされたのは、幼い少女に抱かれた赤子。
己の腕の中にいる我が子よりも、なおも小さな、生まれて間も無いであろう命。
「…………はい。この子がお二人にお引き会わせしたかった者。いずれ、【龍麻】殿の周りを巡る【宿星】を持ち、その【力】で【宿命】に立ち向かうべく生を受けた者。」
「長老……………。」
「いずれ、わしの全てを。いえ、この【客家】の一族の全てを継ぎ、そして担うべき【星】を持つ者。わしの末の孫にございます。」
幼いながらも瞳に強い光を宿した少女が青年の方に進み出ると、その腕に抱かれていた赤子の顔が青年に良く見えるようにとでも、まるで捧げるように差し出してきた。青年は、自分の空いているもう片方の腕で、少女の腕からおずおずと、だがしっかりとその我が子より幼いその赤子を抱き上げる。
「《星見》の者によれば、この子は【龍珠の担い手】としての【精龍】、ましてや【龍珠の護り手】として【黄龍】と共に大地を征する者、【麒麟】となるに足る程の【器】は持ってはおらぬであろうとのことでした。」
青年に抱かれた、二人の赤子が共に身じろぎする。
「ですが、いずれ其方の【龍麻】殿がその【器】を持つ者、【龍麻】殿の【運命】となる者を見出すまで、そしていずれ再び星が巡り来るときにその傍らに在って、戦いの助け・その護りとなることは出来ましょう。今、貴方様の傍らに、あの方々がおいでになるように…………。」
「………………。」
青年は、老人の言葉が続く間、己の腕の中の我が子と老人の孫とをなんとも言えない表情で見つめていた。すると、何時の間に目を覚ましたのか、【龍麻】と呼ばれていた赤子が物怖じしない様子で、もう一方の腕に抱かれている自分よりも小さな赤子を興味深げに覗き込んでいる。
青年が僅かに顔を綻ばせて腕をより近づけてやると、楽しそうにキャッキャと言いながら、その自分より小さな赤子の腕を引っ張り出した。
「どうやら、【龍麻】殿は《シェンユエ》を気に入っていただけたようですな。」
「…………シェ……ン…ユエ……………??。この子の名前ですか?。」
「はい。僭越ながら、貴方様の御名から名付けさせていただきました。《劉 弦月》と申します。」
《弦月》―――――――――《弦》と《月》。名と姓から一文字づつ。
「【宿星】を持つとはいえ、まだ海のものとも山のものともつかぬ者。おこがましいとは思いましたが、貴方様の代わりに、誰より近しい者として【龍麻】殿の影となり其の身を支え御護りできるようにと…………。」
青年は、赤子たちを抱く腕に、ゆっくりと力を込める。
「《弦月》…………。俺の代わりに………………。」
不思議なことに、その《弦月》を呼ばれた赤子は、腕をしきりと引っ張られながら声を上げて泣く事もない。逆にその引っ張っている相手を一瞬たりとも見逃すまいとでもいうように、目を離さずに見つめ続けている。
「……………ありがとうございます、長老。」
「いや、礼の必要などありませんぞ。先ほども申しました通り、此れがこの子の【宿星】であるのですから……………。」
青年は、我が子を見つめ続けている腕の中の小さな赤子に、優しい視線を向ける。
「シェンユエ……………、ユエくんって呼んでいいかな?。」
まるで、呼ばれたのが解かったように、その二人の赤子は己達を抱き締める腕の主を振り仰ぐ。
「何時かもう一度出逢えた時には、今みたいに、また《この子達》と仲良くしてやってくれるかな?。できれば【龍麻】のもう一人の弟に、家族になってやってくれれば嬉しいんだけどね。」
青年は、己の腕の中の赤子たちに、真摯な瞳で語りかける。
「【龍麻達】も、ユエくんのことをイジメたりしちゃダメだよ。《弟》とは、仲良くしなきゃいけないんだからね。お父さんとの約束だ。」
手に宝珠を光らせた赤子は、まるでそ《そんな事は解かっている》とでも言いたげに、握り締めている自分よりも小さな手にその桜色の頬をすりつける。そんな二人を見守っている人々に、束の間だが、優しい微笑をうかべさせて…………。
そして、青年は己の腕の中の赤子達に言葉を続ける。今度は真剣だが、何か楽しげな表情で。
「それで、ユエくんにはね、俺の代わりに是非ともやって欲しいことが、いくつかあるんだ。俺からの《お願い》なんだけど……………、頼んでもいいかな?。」
呼びかけられた赤子は、不思議な光をその瞳に浮かべ、続きを促すかのように青年を見つめる。
「まずはね……………。」



 * 弦月



「………我求助、九天応元雷声 晋化天尊 百邪斬断 万精駆滅、雷威震動 便篤人――――!!。
いっくでぇぇぇ―――――!!!、アイヤ!。【活剄】!!。」

まあ、ざっとこんなもんやな。
って、わいがこの台詞キメるの、この3日間で何度目やろ?。
いくら、この騒動の大元にいるヤツが《奴》に関わり持ってると踏んだとはいえ、いい加減こんだけ続くと、うざったくなってきてしまうやないか。
「本当に、悪趣味なやっちゃ。」
でも、マメさだけはあるヤツらしいけどな。ほんでも、うざった過ぎるわ。
早いとこ《諸悪の根源》野郎をとっ捕まえて、《奴》の居場所を白状させんと。
こう毎日、新宿から池袋まで出張してくんのは、JRの電車賃がバカにならんやないか。わい、居候の貧乏留学生やさかいなあ。(いや、あのJRの混雑電車に乗るのもイヤやけど………。)
「《奴》は一体、どこにおるんや………。一体、この東京のどこに―――――!!。」
それこそ、東京に来てから何百回繰り返したかわからへん台詞をひとりごちる。この東京は、生まれ育った地に比べればとんでもなく狭いくせに、人一人見つけ出すには広すぎるんや。
「くそったれ!!。」
《奴》、そして《生まれ故郷》―――――――――――。
その言葉を思い浮かべるだけで、わいの心が憎悪と焦燥に焼かれる。脳裏に浮かんでくるのは、――――――禍々しい《赤》と翻る白刃の煌き、そして一面に広がる死に満たされた《静寂》。
左眼に走っている傷が、そして左の瞳が湧き上がる怒りに疼く。

せやけど、わいの心が其の全てに染め上げられそうになると、いつも今ひとつの光景が、声が、わいを《此方側》へ引き戻す。
―――――――大きくて力強い腕。優しく包み込むように見つめる、黒曜石の瞳。
―――――――わいの手に触れる、暖かい感触。視界の中で煌めく深碧色の宝珠。そして、その宝珠よりも輝いて、わいを惹きつけた蒼天の瞳。
『ユエくん……………。』――――――不思議な響きで、わいに語りかける声。

じっちゃんの【力】でわいの記憶に焼き付けられた、本来なら覚えている事などいられないはずの光景。今となっては、わいが【修羅】の道に墜ちるのを繋ぎ止めている儚い《銀の糸》。
小さい頃から、この記憶が宝物やった。心の中で繰り返すだけで、どんな苦しくて辛い修行でも乗り越えてこられた。
いつかもう一度、あの蒼い瞳に見つめられる為に。その人の傍らで、あの瞳の輝きを護る事を許される為に。そう思うたら、背負った【宿星】やって嬉しいもんやった。
でも、今は躊躇している。その人の側へ行く事を。《奴》を探すことよりも簡単なことやのに。
『まずは、一つ目のお願いは……。《この子達》にもう一度出逢えた時に…………。』
彼の人からの《願い》。わいの果たさなければならない、いくつかの《誓約》。
『そして、ユエくんがこの子の見出した【運命】に出逢った時にね…………。』
わいは、その人の【運命】となることはできないから……。それが、なんや悔しくて。
でも、きっと近いうちに出逢ってしまうことになるのやろう。それが、彼の人の《願い》の為。その人とわいの【宿星】。今この地に満たされた天と地の意思の大いなる流れなんやから。
「さぁーて、もうひと頑張りするか。埒も無いことでヘコんでたって、しゃーないわ。」
その人に、胸をはって出逢う為に。せめて、一番近い【弟】として認めてもらうために。

わいは、もう一度雑踏の中に足を向けた。



 * 龍麻



「はーぁぁぁぁぁっっ…………。」

真神学園の屋上に、哀愁いっぱい漂わせた溜息が響く。
『京一ってば、ずいぶんと情けない溜息だねぇ。』
「タぁ〜マぁぁぁ〜〜〜〜(怨)。貴様、今の俺の生き地獄は誰の所為だと思ってやがるんだ!!。」
『えーと。京一の所為かな?。』
判ってはいても、チャカしてみる。やっぱり、認めたくない現実ってあるよね。
「この大まぬけタマっころ!。すっトボケた寝言をほざいてんじゃねえぞ(怒)。貴様だ、貴様。ぜぇーんぶ、貴様の余計は一言の所為だろーが!!。とっとと、責任とって何とかしろ!!。」
当然のことながら、京一からは怒り狂った反論が返って来る。まあ、たった一晩で【天国】から【極寒地獄】に叩き落とされ、そのまま【ブリザード】に曝され続けている哀れな男としては、当然の言い分だろうけど……………。
『うううっっ………。そんな事わかってるよ。でも、目を背けていたい事実ってあるじゃん。』
この【龍麻】様ともあろう者が、自分の迂闊な発言で《使命達成》の道を阻んでしまい、姉さんと京一を《身動きとれない泥沼》状態に落とし込んじゃったなんて…………。
まったく、臍をいくら噛んだってたりゃしない。
「目を背けるなあ ぁぁぁぁぁ――――――ぁぁぁぁ!!!!!。(怒)」
叫んだって事態は好転しないよ、京一。

そもそも、この《にっちもさっちもいかない泥沼》状態は俺の念願の《姉さんの恋愛感情の自覚》(ほんのちょっぴりだけどね)から始まってるんだよねぇ。シクシク(泣)。


事の起こりは、4日前、姉さんが霧島君のお見舞いに行った時の事だった。
所詮は病院内、たかがお見舞いと《お茶会》(舞子ちゃんとのゲロ甘いお菓子食べ会)の事と思って、姉さんを単独行動させてしまったのが不味かった。いや、《恋愛感情の自覚》ということに関してなら、大正解だったらしいんだけどさ。
俺的には目的のデータを見つけられずにクサっていたのに、さあ帰ろうって時に(何故か上機嫌の)姉さんに《お使い》を言いつけられた。いつのまにやら桜ヶ丘に来ていて、一緒に帰ろうと約束した京一がまだ姉さんの所に来ないので、さっさと呼んでこいという頭ごなしの《お使い》に、俺は少々ムカっ腹を立てながら温室に向かった。
そうしたら、温室にいた京一は(何故か)茫然自失の態で突っ立って、只ひたすら小さな花を見つめたまま、俺がいくら呼んでも、返事もしなけりゃ動こうともしなかったんだ。
後から考えたら、この二人のらしくない挙動不審に、よーく注意しておけばよかったんだけどさ。
とにかく、うんとも寸とも言わない京一に業を煮やして姉さんの所に戻ってきたら、案の定、予想通りの展開(姉弟ゲンカ)になってしまった。

「こぉ―のぉ、能無し愚弟!。《モモぬい》以下の役立たず!!。てめえは可愛げもろくすっぽ無いくせに、満足に《お使い》一つ出来ないのか!(怒)。いっぺん諸羽の処へでも修行に行って、可愛らしさの秘訣でも教わってこい!!!.」
『言ったねぇ〜〜(怒)。この短絡思考の脳天パー姉貴!!。そっちだって、愛らしさや女らしさなんて、欠片も無いくせにさ。姉さんこそ、さやかちゃんにでも愛らしさってもんを教授してもらいなよ。そもそも姉さんは、《おねーちゃん命》の京一の神経に外聞考えないバカやって、負担を掛けるしか能の無い《爆裂・世間知らず迷惑娘》なんだからさ。それぐらいしないと、本当に京一に愛想尽かされちゃうよ。少なくとも、俺の方は京一に迷惑なんて掛けてないんだからね。フンッ。』
「このぉぉぉぉ(怒)………って、負担を掛けてる……………?。」
『だいたいねえ、京一が姉さんの《お誘い》ばかりか俺の事まで無視してボケボケしてるなんて、ちょっと変だよ。っていうか、異常だよ。』
「…………タマまで………、無視した………!??。」
『どうせ、姉さんがまたぞろ考えなしの恥知らずな事をやらかして、京一を呆れさせるか、怒らせたんじゃないの?。姉さんってば、京一に無意識で迷惑を掛ける常習犯なんだから。』
「………呆れてるか……、怒ってる…………???。」
『それとも、京一に鬱陶しがられたり、愛想つかされたりしたくて、わざとあーゆう事やってるわけ?。されたら、後からいくら後悔したって遅いんだかんね。実際、京一って貴重な人間なんだよ、あれだけ姉さんに迷惑かけられても、見捨てたり逃げだしたりしないんだから。』
「鬱陶しい…………、見捨てる………、逃げだす…………?????。」
『ほんとぉーに姉さんは、どうしてそう男心ってもんを解かろうとしないんだよ。男として育ったくせに。だいたい、京一が姉さんに優しいのは【相棒】だからってだけじゃないんだかんね。今まで黙ってたけど、京一にとっての姉さんは……………。』
「………………もう、いい!!!。」
『えっ、ちょっと………。まだ、続きが……………。』
「もう、わかったから……。これ以上聞きたくない!!!。」
『ね、姉さん……………!?。』
いきなり、半べそなんてかかないでよ。なんか、調子が狂っちゃうじゃないか。
「もう、………聞き…………たく……なんか………な……い…………………。」
『(汗)ね、ね、姉さん???・』
「………帰る。」
えっっっ。ちょっと、京一はどうすんの???。
『あの、きょっ京一は・・・・・・・??』
「知らない!!。帰るったら、帰る。」
そう言って、姉さんはその場から脱兎のごとく駆け出しちゃったんだ。

そうして、翌日。
そのまま怒ってるんだか落ち込んでるんだかよく解からない状態の姉さんに《??》だった俺は、(またぞろ遅刻してきた)京一の身に起こったことに、頭を抱えるっていうか、《脳味噌倒立前転状態》になる事になったんだ。

「おっはよう、ひーちゃん♪。」
「……………。」
『《おそよう》の間違いでしょ、京一。次、3時限目だよ。』
昨日の夜とはうって変わって上機嫌(っていうか、《今、俺、幸福の絶頂だぜ。怖いもんなんざ何にもございません。パワー全開、無敵モード》状態)な京一は、他の人間なんかにわき目も振らず、俺のイヤミも聞いちゃいませんって感じで、姉さんの所に直進してきた。
「………あ―――、ひーちゃん。えーっと……、その………、昨日のことなんだけどよ。あの時、俺も言い損なっちまった事あって。昼休みにでも、もう一回続きを………。」
「嘘つき!!!。」
「へっ!!?。」
『ねっ、姉さん!?。』
京一の声を聞くなり、真っ赤になって怒り狂いながら半べそをかきだした(きっ器用な)姉さんは、此方は(仄かに顔を赤らめて)照れくさそうに話しかけてきた京一を怒鳴りつける。
「ひっ、ひーちゃん????。」
「イヤなら正直に言えって言ったのに…………、迷惑だったり鬱陶しいんなら、ちゃんとそう言ってくれたら、オレだって変な期待持ったりしなかったのに…………。」
「ひーちゃん??。迷惑って………、鬱陶しいって………誰が…………????。」
「【相棒】だって、もっとちゃんとした【男】で、負担にならない奴がイイんだったら、……そう言ってくれたら、オレだってもっと頑張ったのに…………。」
此処まで聞いた時点で、流石に俺も昨日の自分の発言の内容のヤバさに気が付いた。
姉さんは、既に半べそ通り越して、そのおっきな蒼い瞳からボロボロ涙を零しながら、京一に捲くし立てる。(もはや、ここが教室、それも休み時間だということは、姉さんの頭からスッパリと抜け落ちているようだ。)
「その時は平気な顔して、後から突き放すなんて…………、無視するなんて…………、その場でイヤって言われるよりオレが惨めじゃないか…………。」
「あ、あの………、ひーちゃん…………???。」
『ねっ、姉さん。あの、昨日のは別に京一がそうと言ったわけじゃ…………。』
俺達の言う事なんて、最早頭に血が上りきった姉さんの耳には入っていないらしい。
「京一なんて……………、京一なんて……………。」
続く言葉は、誰にも聞き取れなかった。姉さんが、そのまま踵を返すと脱兎の如く教室を飛び出していってしまったからだ。
「ひーちゃん………。いったい…………????。」
『…………姉さん。(うそだろ、どうしよう)』
とっさに追い駆けることもできずに、何がなんだか解からずしばらく呆然としていた京一(と、その肩の上に乗っかって頭を抱えていた俺)に、今度は優しげだが恐ろしいまでの圧迫感を秘めた声がかけられる。
「きょ・う・い・ち・く・ん。(ニッコリ)」
(俺の予想通り)振り向いたその視線の先にいた声の主は、その澄んだ【眼】を怪しく光らせ、花のような美しい顔に底知れない怖しさを感じさせる微笑を貼り付けた、この【魔人学園の麗しの聖母様】…………。
「みっ、み、み、み、美里………………(恐)。」
『うげっっ?!。あ、あ、あ、葵ちゃん(怖)。』
はうううっっ。葵ちゃん、もう既に【聖女様】から【邪眼の菩薩様】モードになってるようぅ(泣)。
しかもその後ろには、憤怒の表情で無言のまま【伏姫の弓】の準備を始めている小蒔ちゃんと、無表情だがこめかみに米印をうかせて腕組みしている醍醐の姿が。
更には、教室中から容赦なく京一に降り注ぐ、クラスメイト達の非難の《視線の槍の雨》(汗)。
「うふふふ。昨日の夜、私達の知らない間に、何があったか正直に教えてくれるかしら?。」
「な、な、な、何って……………(油汗)。」
「だって、何があったか教えてくれなければ、龍麻を慰めることも、京一君のことをとりなしてあげることもできないわ。」
葵ちゃん(と、みんな)、すっかり京一が何かやらかして、姉さんを泣かせたと思ってる(やっぱ、日頃の行いかなぁ。この間の大失言もあるし)。
その言外に匂わせているのは、『私達の知らない間にヌケガケした挙句、龍麻を泣かせるとはどういう事なのかしらぁ?。洗いざらいキッチリと白状して、とっとと龍麻に詫びを入れて来なさい!。でなければ、私達は貴方の命の保証はしないわよ!!(怒)。』だろう、きっと…………。
「教えろったって…………(汗)。俺だって、何でひーちゃんがあんなになったのかなんてわかんねえのに……。第一、《昨日の事》なんておまえらに言えるか!!!。ひーちゃんのプライバシーに関わることなんだからな。」
ちょ、ちょっと、京一。葵ちゃん達の怒りを煽ってどーすんの。(実際、俺も二人っきりの間に何があったか知りたかったしさ)
「うふふ………。そう、龍麻を泣かせておいてその理由も解からない上に、心配している仲間の私達にも話せないようなことがあったの?。うふふ……………。」
『きょ、きょ、京一ぃ(汗)。』
ひぃぃぃーんっっっ(泣)。どうしよう??(困惑)。これってば、やっぱり俺の所為だよね。
その時、正に京一の命は《風前の灯》だった。

次の瞬間、マリア先生が3時限目の授業の為に、教室に入ってこなければ……………。
(ううううっっ、よかったよぅ。)

その後、首の皮一枚で命を存えた京一と俺は、3時限目が終わるなり即効で教室を飛び出した。(あのまま教室にいたら、死なないまでも半殺しは間違いなかったしね。)
勿論、京一は結局3時限目が終わるまで戻って来なかった姉さんを探し出して、とりあえず謝る為で(結局会えなかったらしいけど)、俺の方は出切る限り情報を収集して、きちんと状況を把握してから事態の打開策を練る為だった。
そうして、(3時限目の授業中に白状させておいた)京一から聞いた昨日の事と、舞子ちゃんから聞き出した(結構大変だったんだよ。姉さんに気付かれないように、姉さんの半径100m以内に舞子ちゃん呼び出して事情を聞くのって)昨日の会話内容とその時の姉さんの様子から俺達が把握した現状とは、京一を《奈落の底》に突き落とし、俺を後悔の《鳴門の大渦》に巻き込む程のどーしょうもないものだった。
つまり姉さんは、霧島君とさやかちゃんという《ほのぼのカップル》(よく考えてみたら、仲間内では初めての《ラブラブカップル》だったんだよね)に接触をもった事と、舞子ちゃんとの《恋愛談義のお茶会》での常識とっぱらった女の子同士の会話(ちょっと疑問?)から、自分の京一への《恋愛感情》を(少しだけど)自覚したらしいのだ。
一足飛びに《恋》とか《愛》というわけではないが、少なくとも、京一を《【相棒】以上の特別で一番の大好き》で《さやかちゃんが霧島君を思っているのと、京一へのこの気持は同じじゃないか。》までは認識したらしい。

っと、此処までだったら何の事はない。俺が喜んで、京一にもう一押しさせればそれで《メデタシ・メデタシ》で、義母さんに『半分は使命達成できました。つきましては、釣書と履歴書の準備をお願いします。』という成果報告ができたはずだったんだ。
ところがどっこい、(わかっちゃいたけど)姉さんは姉さんだった。
気持を(ちょっぴりとはいえ)自覚したとたん、こともあろうに乏しい(というか皆無に近い)恋愛関連の知識の中から京一への直接的アプローチにでちゃったんだよ。なんか、ここんとこの(無自覚での)《嫉妬》に鬱憤溜まってたのも、拍車をかけちゃったらしいんだけどさ。(つまり、これも俺の所為?!)
『自分は京一が特別で一番大好き→キスとは特別に好きな人にするもの(らしい)→なら、やってみよう→京一がイヤじゃなければ、少なくとも自分のことを嫌ってはいない・好きなのでは?→そしたら、すんごく嬉しいや♪。』という恐怖の短絡思考で、《思い立ったが吉日》とばかりに行動を起こしちゃったらしいんだ。
こともあろうに、《草花と仄かな芳香と月光に満たされた薄暗い夜の温室の中、イメクラもどきのヤバイ格好(前開きのナース服)の姿で、強引に迫り倒した(いつものハグハグ&スリスリ攻撃)挙げ句、問答無用で相手の唇を奪う。》という大暴挙(ほんとーに頭痛いよ。無自覚って恐い)を敢行した姉さんは、京一がイヤがらなかったことで(とりあえず、嫌われていない事に)御満悦だったらしい。
ところが京一の方は、《告白》しようとした矢先に姉さんから不意打ちでカマされた《激烈・クロスカウンター攻撃》の為、意識を遼か彼方へ飛ばしてしまい(大マヌケ!)、姉さんどころか俺にすら、それ以降のまともな対応ができなかったんだ。(京一曰く「意識飛ばさなきゃ、理性の方が飛んでたぞ。」だそうだ。)
情けない事に、ここで俺達に生じたすれ違いが《悲劇》を生んだ。(本当に情けない)
俺は聾桟敷に置かれたことで、低レベルの姉弟喧嘩中の果てに姉さんにとって最悪のタイミングと内容の《大失言》をしてしまい。京一は、折角のチャンスを生かす事を(意識とばしちゃったんで)自ら放棄せざるおえず。姉さんは、なまじっか中途半端な認識の恋愛感情とそれに関する知識を持ったばっかりに、こと京一に関する限り卑屈極まりない思考回路から「約束をすっぽかされた→やっぱりイヤだったんだ→俺の事、きっと鬱陶しい奴だって呆れてる→嫌われちゃったんじゃ………?。」という、どうしようもない大勘違いな思い込みにお得意の短絡思考で辿り着いちゃったんだよ。しかも、そのことで逆切れしちゃったし。あー、頭痛い。

そうして、俺と京一がなんとか事情をを把握してから、逆切れしている姉さんへの対処にあたろうとしたが、時既に遅く。周囲を雪崩れのごとく巻き込んでで、事態は転がりまくっていた。
なんせ姉さんの周りには、葵ちゃんを筆頭とした《緋月 龍麻お大事同盟》の面々による、鉄壁の《対:蓬莱寺京一防御陣》が張り巡らされた後だったんだから。
あいかわらず、あの幹部連(特に、葵ちゃんと小蒔ちゃんと翡翠)のこと姉さんに関する情報の巡りの速さと、(姉さんを保護する為の)対処の徹底ぶりは、俺から見ても常識を蹴倒しているんだよねぇ。
おかげで京一は、姉さんに弁解するどころか声をかけることすらもできず、半径3m以内に近づくことも許されずに一切の接触を絶たれるという、にっちもさっちもいかない状況になっちゃったんだよ。
姉さんの方は、思いっきり落ち込んでる上にイジケきちゃってて、俺の話なんかには聞く耳持ってくれないし。周りの皆の挙動不審には全く気付いてないしさ。(鈍すぎ!。)
更に京一には、何処っからともなく冷水(と手裏剣)が降ってくるとか、何かに触ると思いっきり感電するとか、銃声と共にいきなり頭上に看板が落ちてくるとか、お弁当がいつの間にか真っ黒焦げのケシズミになってるとか、とても偶然では片付けられない不運が立て続けに襲って来ていて(みんな暇だよなぁ)、連日、京一の神経をすりへらしていたんだよねぇ。
昨日の姉さん不参加の【旧校舎潜り】なんて、参加メンバーにイケズの限りを尽くされて相当に悲惨な目にあったらしいし……………。(敵を散々ぶっつけられるとか、呪詛・混乱・魅了状態のまま敵のど真ん中で放置されるとか、回復アイテムを顔面に叩き付けられるとか、etc.………。気の毒に。)
まあ、それでみんなの方は鬱憤が晴れたらしくって、今日から何とか《半径3m以内立入禁止令》だけは解除されたらしいんだけどさ。
もっとも、これはアン子ちゃんのおかげでもあるんだけどね。今朝、待望の《事件に関する調査報告》がもたらされた以上、そっち(事件の解決)が優先されるのは仲間内では《暗黙の了解》になってるからね。
とりあえず、日常会話は元通り(ただし、葵ちゃん達の監視付き)の状態まで復旧したんだよ。もっとも、姉さんはあいかわらず京一につっけんどんな態度をとってたんだけどね。しょうがないんだから(溜息)。

だがしかし、京一にとってはそんな程度の状況回復で満足できるはずなんぞない。
なんせ腐っても《オネ―ちゃんと木刀に己の生涯を捧げた男》蓬莱寺 京一。(最も、最近はこの[オネ―ちゃん]を、[うちの姉さん]に替えたほうがいいんじゃないか?と思っちゃうんだけどさ)いきなりキスなんかされたら、(どんなに頭と目と耳が腐れきっていても)姉さんが自分の事を《少なくとも【相棒】以上、キスしてもOKなぐらいは特別に好き》だと気付く。(当たり前か)
あの晩、意識を取り戻してから自分の《勝利》を確信し、翌日からのさらに状況を進めるツメの行動と其処から思い描いていた《薔薇色の未来》を全部パーにされちゃったんだから(しかも、原因が低レベルな姉弟ゲンカの所為で)、日常会話の復旧程度なんて[へ]みたいなもんだ。
この現状たるや、憤懣やるかたないとはこの事だろう。
さっきの昼休みにも、醍醐をダシにして(醍醐もいい加減京一に同情してくれたんだよね。内緒で協力してくれた)二人っきりの時間を作ろうとしたんだけど、マリア先生の呼び出しの所為であえ無く玉砕しちゃったし。(本当に星の巡りの悪い男だよねぇ、京一ってばさ)

というわけで、折角の姉さんの《恋愛感情の自覚》(くどいようだが、ちょっぴり)にも関わらず、二人の関係は《3歩進んで2歩さがる》どころか、《5歩進んで5歩さがってすっ転んでジタバタもがいてる》状態なんだよ。この情けない現状では。
いや、俺が《すっ転んだ原因の玉》だと言われちゃったら反論できないんだけどさ。
(あ―――、頭ガンガンする。)


『だって仕方ないじゃん。俺にできるモンなら、とっくの昔に何とかしてるよ。出来ないから、こうやって一緒に困ってんだろ。』
とにかく、姉さんの誤解は俺の低レベルのイヤミの所為なので、この3日間俺は姉さんにシカトされ続けてるんだよ。殆ど、半家出状態を強要されてるんだ。
なんせ、何か言っても『そんなに話がしたけりゃ、京一の処へいけばいいだろ!!。京一はタマの方がいいんだから。』って余計にイジケられちゃうんだもん。俺だって、いい加減神経磨り減ってきてるんだよ。
『だいたいねえ、京一にだって全く責任ないって訳じゃないんだからね。あの時、素直に何があったか白状してれば、俺がいくらだって取り繕ったのに…………。』
「あの場で《あれ》を白状なんかできるか!!(怒)。貴様、《男の純情》を何だと思ってやがるんだ。この、不感症ビー玉野郎!!!。」
ムカッッ☆。だぁーれぇーがぁー、不感症だってぇぇぇぇ。
『言ったねぇぇ(怒)。京一こそ何時までたっても《愛の告白》も出来ない上に、たかが《キス》くらいで意識飛ばしちゃう甲斐性無しのくせに!!!。本当に、本気で姉さんのこと好きなのか、俺、疑っちゃうよ。』
あっ、なんかヤバイ。俺も感情的になってきちゃってる。
「誰が甲斐性無しだ、誰が!!(怒)。てめえ、横から口出すしか能のない傍観者のくせに、勝手な事をほざくな!!。第一、たかが《キス》だとぉ。あの感触もわからねえような奴が、バカ言ってんじゃねえぞ。だから、不感症だっていうんだ。」

 ―――――――――《傍観者》。その言葉が俺の胸に突き刺さる。

「それになぁ、本気で好きだからこそ、大切すぎて迂闊に手がだせねえ。触れられねえんだよ!。相手を、一番護りたい相手をその出した手で逆に傷つけちまうのが怖くてな………。誰かに触れることのねえてめえなんかに、この気持が解かってたまるか!!!。」

誰かに、大切な誰かに触れられない。その手で傷つけてしまうことが怖い…………。
でも、俺にはその《手》が無い。大切な誰かに触れることは出来ない…………。

 ―――――― 俺の中で、何かが音をたてて切れる。

『………ああ、そうだよ。俺には解からないよ。でも、京一にだって解からないだろう。どんなに触れたくたって、触れる事のできる《手》を持った事のない俺の気持なんか………。』
そう、俺は誰にも触れる事はできない。触れられることもない。
『傷つけてしまうことを恐れるより前に、俺には無いんだよ。大切な誰かを、護る為の《手》が。庇う為の《手》が。抱き締める為の《手》が…………。』

心の奥底から涌いてくる、封印していた闇い想い。

そして、愛しさとせつなさと悲しさと悔恨に満たされた、大切に思った少女の記憶。
姉さん以外で、初めて大切にしたいと思ったあの子。儚げに見えて、つよかったあの子。護りたいと思った。悲しい顔をして欲しくないと思った。俺が救ってやりたいと思った。俺に微笑んで欲しかった。

 ―――『…………【龍麻】さんは、優しいんですね。』

 ―――『きっと、体の痛みより心の痛みをよく知っているからなんですよね。』

 ―――『どんな境遇でも精一杯生きる。私、貴方に教えてもらってんです。』

 ―――『私、わかりました。こうやって私達が出逢えたことが、《奇跡》なんですね。』

あの時、彼女が炎の中に消えた時。俺に手が、体があったら、どんな事をしても引き戻したのに。たとえ、共に焼き尽くされることになっても、その手を離さなかったのに…………。

 ―――『幽霊になったら、貴方に抱き締めてもらえるかもしれませんね。』

そんなこと望んでいなかったのに。ただ、そのまま見つめていられたら、それでよかったのに。
護りたかったのに。

「おい、タマ?。」
『京一には、絶対に解かりっこない。だって、京一にはちゃんとあるんだから。触れて、触れてもらえる体が、涙をぬぐって抱き締めて上げられる体が、傷つけるモノに盾になって護ってあげられる体が…………。』
どんなに望んでも、今の俺にはないもの。
あの時だって、俺にできたのは京一達が来てくれるまで、ただ時間を稼ぐことしかなかった。
この世で一番大事な、絶対に護らなきゃいかなかった姉さんを、その身体で護ってくれたのは、同じくらい護りたいと思った少女だった。
俺の代わりに傷ついてしまったその身体を、抱き止めることさえできなかった。
『それが、どんなに悔しくたって、悲しくたって、俺には流す涙さえないんだ…………。』
だからあの時、姉さんが俺の分まで代わりに泣いてくれた。
そして、姉さんを助けてくれた、泣かせてくれた、抱き締めてくれた京一に、ずーっと姉さんの側にいて欲しいと思った。何もできない。ただ見ていることしかできない、京一の言う通り只の《傍観者》でいるしかない俺の代わりに……………。
『だから、俺には解からないよ。触れることを恐れる気持なんか。』
持たざるものに、持つものの気持は解らない。そして、持つものに、持たざるものの想いも解らない。それは、何でも同じ。手も、身体も、涙も、【力】も、【宿星】も。
『だって、俺にはそれよりも恐れていることがあるんだから……………。』
「…………タマ。」
俺の恐れていること。それは………姉さんを護れないこと。俺が姉さんを傷つけてしまうこと。姉さんに、俺は不要だって思われること。だって、それは俺の《存在意義》(レーゾンデートル)に関わる事だから。
『俺が《それ》をどれ程に恐れているかなんて、きっと京一には想像もつかないよ。』
だって、京一はたとえ何があっても自分が《蓬莱寺 京一》だっていえる確固たるものがある。でも、俺にはその《存在意義》しか縋るものがない。
だって、それ以外にないから。姉さんの身体に、まるで《寄生虫》のようにして存在しているしかできない俺にとって、他に何があるというんだろう。
《姉さんを護る事》。それが、俺がこうして存在していることの意義。物心つかない時から、漠然と感じていた俺のなんとしても果たさなければならない《生きている理由》。
いつか本当の意味で姉さんを護ってくれる、姉さんの【運命】に出逢うまで。俺が本当に不要になるその時まで。
そうとでも思ってなきゃ、耐えられなかった。姉さんが好きなのに、何より大事に思っているのに。姉さんを《本当の姉さん》じゃなくしているのは、その身体に宿っている俺なんだから。
俺がいなければ、姉さんは普通の女の子として生きてこられた。たとえ【力】があったとしても、葵ちゃん達のようにいられた。孤独でいることなんかなかった。やっとできた友達に、隠し事をしているなんて罪悪感を持たずにすんだ。本当はやりたいと思っている女の子らしい事だって出来た。普通に恋をする事だってできた。本当の自分を、気持を、自分自身で封じ込めて、それに気付くことさえ出来ないなんてこと、無かったはずなんだ。
そう、俺が姉さんに《女の自覚》を持って欲しいのは、姉さんと京一をちゃんとした恋人同士ににしたいのは、義母さんに言われてるからだけじゃない。俺がそうなって欲しいんだ。俺の持っている罪悪感を少しでも減らすために。
俺が姉さんも京一も大好きだから。京一なら、俺のこともひっくるめて姉さんを護ってくれると思うから。それぐらい、京一は強いと感じたから。京一が姉さんの【運命】ならいいなあと思ったから。
案外、義母さんはそこまで俺の気持を予想して、俺に《使命》を言い渡したのかもしれないな。本当に侮れない人だから。(あの鳴滝先生を、この日本で唯一ビビらせることのできる女性だっていう話だからねえ。俺達を引き取る時も、相当な目にあわされたらしいし。去年の事件の時も、俺達の実家には絶対に近づこうとしなかったもん、鳴滝先生。)
「おい、タマ。お前……………。」
駄目だ。このまま、京一と会話を続行できる精神状態じゃない。
『もう、いいよ。俺には解らないんだから、京一が勝手にすれば。《傍観者》の俺よりマシな事ができるんだろ。』
「ちょ、ちょっと待て、タマ…………(汗)。」
『折角あるんだから、その《手》と《体》を有効に使ってみなよ。京一にとって《頭》を使うより簡単な事なんじゃないの。』
うっっ。俺って、最低。元はと言えば、俺の所為なのに…………。
『俺、姉さんのトコヘ帰る。』
俺は分身を消して、瞬時に姉さんの手に在る本体に戻った。

5時限目の授業中だったんで、姉さんも教室にいた。
戻って来た俺の【氣】の状態に気が付いたのか、3日ぶりに姉さんから話し掛けて来る。
『どうした?。珍しいな【氣】が沈んでるぞ、タマ。』
柔らかく語りかけてくる思考。こういう時は、《お姉さん》だよね。姉さんって。
『……ん。…………今、京一と喧嘩しちゃったんだ。俺の所為で……………。』
自己嫌悪とさっき思い出しちゃったことで、気持が減り込んで行く。
『そうか…………。でも、京一は細かい事には拘らないし、サッパリしてる上に、優しいから。後でちゃんと謝れば大丈夫だろ。………お前(タマ)なら。』
自分に関する事以外は、京一について良く解ってるじゃん。流石、【相棒】。
『……………うん。』
『暫く、寝てろ。そしたら、気分も落ち着くから………。それから、明日にでも謝りに行け。』
『わかった………、そうする。』
その時は、一緒に行こうよ。そうすれば、姉さんだってきっと京一の気持がわかるよ。

俺は、ゆっくりと意識を闇に沈めていった。



 * 諸羽



「きっりしまく〜ん。」
定期検診を終えて、桜ヶ丘病院を出ようとした僕に明るい声が掛けられる。
「はい、何でしょう?。高見沢さん。」
この病院で看護婦見習をしていて、龍麻先輩達の仲間の一人でもある高見沢さんだ。
どうも、僕この人には頭が上がらないんだよなあ。
あの帯脇の事件の時も、病院を脱走するのを手伝ってもらったし、鳳銘高校への往復の間ずーっと回復してもらったりしてたから。(僕の退院が早かったのは、そのおかげらしい。)
何か、不思議と掴みどころのない人だし。
「今から、もう帰るんだよねぇ?。……それでねぇ、あのねぇ、霧島くんって、京一くんのことが大好きなんだよねぇ。」
何なんですか?!、イキナリ。そんな、解りきったことを今更。
でも、さやかちゃんの前ではその表現やめておいて下さいね。(《崇拝してる》くらいにしといて欲しいなあ)さやかちゃん、なぜか不機嫌になっちゃいますから。
「はい、そうですが。その二つに何か関係があるんですか?。」
「うん。えーとぉ、帰り道にねぇ、ダーリンの学校に寄り道してねぇ、ダーリンと京一くん達の様子を見てきて欲しいのぉ。いいよねぇ。」
そりゃ、元々真神学園には途中で寄って行くつもりでしたけど。
新宿まで来て京一先輩と龍麻先輩にご挨拶して行かないなんて、そんな後輩にあるまじき失礼なこと僕にはできません。(って単に、先輩達が二人で一緒にいる処をまた眺めたいだけかもしれないけど)
「構いませんよ。元々皆さんには経過報告のご挨拶に行くつもりでしたから。でも、なんでワザワザ僕にそんな事頼むんですか?。高見沢さんなら、僕より先輩達の所(同じ新宿)に近いのに。」
ここからなら、こんな事話している間にでも高見沢さんが自分で行った方がぜんぜん早いと思うんだけど。
「…………あのねぇ、今ねぇ、ダーリンと京一くん喧嘩しちゃってるのぉ。だからねぇ、舞子、二人がまだ喧嘩してたら、見るの悲しいのぉ。だからぁ、霧島くんに仲直りできたかどうか見てきてほしいのぉ。」
なっっ、何ですって!。あのお二人が、喧嘩?!。そんな、馬鹿な!!。
「あの、けっ、喧嘩って。京一先輩と龍麻先輩がですか??。いつから?。何でそんなことに?。一体、どうなってるんです??。」
「この間、ダーリンがお見舞いに来た次の日からだよぉ。それでねぇ、京一くんがダーリンを泣かしちゃったんだって。でもねぇ、ダーリンも京一くんも何でかってお話してくんないんだって。それでぇ、他のみんなが京一くんを怒っちゃったんだって。亜里沙ちゃんが言ってたのぉ。」
そういえば、龍麻先輩は『今度来る時は二人で来るからな。』って約束してくださったのに、僕の退院の時には、京一先輩だけがちょっと顔をだして下さっただけだった。おまけに、京一先輩はその時やたらと不機嫌だった上に、心なしかやつれていた。
まさか、そんな事になってたなんて。
しかも、京一先輩が龍麻先輩を泣かせた?!。《あの》、龍麻先輩を?!!。僕からしてみれば、そんな事は天地がひっくり返ってもありえない。(逆なら、いっぱいありそうだけど)
「………なんかぁ、あの時舞子が余計な事を言っちゃった所為だったら、ダーリンにも京一くんにも申しわけなくってぇ。舞子、悲しいのぉ。タマちゃんもすんごく困ってたしぃ。」
は!?、タマちゃん??。龍麻先輩のことじゃあないよなあ。(高見沢さんは《ダーリン》って呼んでるはずだ)僕の知らない仲間の人のことかな?。
いや、そんな事は今どうでもいい。今はお二人の関係修復が第一だ。(でないと、僕の《眼至福》が…………。)
「解りました。今からすぐに真神学園へ行って、僕がお二人の様子を確かめます。それで、もしもまだ仲直りしていらっしゃらないようなら、僕の全力をもってお二人の関係修復に努めさせていただきます。」
そんなことなら、頼まれなくっても、どんな手段をとってでも僕がやるしかない。お二人の後輩の名に賭けて!!。
「わーい。ありがとう♪。やっぱり、霧島くんって良い子だよねえ。」
あの、良い子って………(汗)。僕と高見沢さんとは、1才しか違わないはずなんですが………。
「それでは、失礼します。」
僕は、踵を返すとその場から全力疾走に入った。先輩達がいらっしゃる所に向かって。
「がぁんばってぇぇぇ♪。」


「あッ―――――、京一先輩、龍麻先輩!!。みなさんも………お久しぶりです!!。」
真神学園まで来たら、丁度先輩方が下校するところにぶつかった。(これぞ天の導き)
とりあえず、お二方共お元気そうで良かった。京一先輩は「つくづく良いヤツだなぁ、お前は。礼儀正しいし。流石は俺の弟子だぜ。」って言って下さったし。うううっっ、《俺の弟子》。いい響きだなぁ。(もっと言って下さい、京一先輩)
なんか、僕に逢ったことを先輩方も喜んで下さってるみたいだし。オマケに、僕の体調の事までちゃんと気に懸けていて下さってる。身に余る光栄に、すごく嬉しい。(流石、僕の先輩方!!)
ああ、それから醍醐さん、桜井さん。僕のは《京一先輩病》じゃありませんよ。《京一先輩&龍麻先輩奇跡コンビ症候群》です。(流石に、面と向かっては言えないけど)治そうと思って治せるもんじゃありません。第一、僕がそれで幸せですから、あなた方に迷惑が掛かる訳でもないんで、別にとやかく言われる筋合いもないでしょう。
「あの………、みなさんは今から帰る所なんですか?。」
「いや――――、池袋にちょいとした野暮用でな………。」
池袋?!。もしや、また何かあるんじゃ…………。
「なにカッコつけてんだよ。話したって別にいいだろ?。ボクたちね、豊島で起きてる謎の事件を解決しに行くんだよ。」
「えッ……?!。それってもしかして、あの、人が突然発狂するっていう事件のことですか?!」
「ったく、おしゃべりなヤツだな。お前には黙って行こうと思ってたけど、どうもな、この事件の犯人は帯脇と関係ありそうなんだ。」
納得。あの捨て台詞からすれば、ありげな話だ。
それにしても、さっきから京一先輩と龍麻先輩お二人ことのことを見てるけど、喧嘩してるっていうの本当みたいだな。京一先輩は心なしかやつれ方が酷くなってるし。龍麻先輩は京一先輩と目を合わせようとしないし。
何より、龍麻先輩の両サイドを美里さんと桜井さんで固められていて、お二人が3mも離れて立っているじゃないか。(ああああ、僕の《眼至福》が…………。)
これは、なんとしてもでも同行して、僕が関係修復の手段を講じなければ。
ああやって、美里さんと桜井さんが両サイドを固めている以上、他のみなさんは、あえてお二人の仲裁する意思がないってことだな。僕がやらなきゃ誰がやるんだ。
京一先輩、見ていて下さい!!。(グッ)
「帯脇と?!。そうですか…………。それなら――――、僕も一緒に連れて行って下さい。!!帯脇と関係するなら僕にも関係あります!。そいつが何者であれ、さやかちゃんを傷つけるのに荷担したのなら、僕は………、絶対に許さないッ!!。龍麻先輩、お願いします!!!。」
こういう時は、龍麻先輩に訴えるのが一番良い。なんせ、龍麻先輩はこういう人情話に異様に弱いそうだし(なんでも《人外魔境のお人好し》と言われているそうだ。納得)、龍麻先輩がOKを出したら(京一先輩はいうに及ばず)、他の皆さんも絶対に逆らわないみたいだし。
「いいよ。諸羽の言い分は、さやかちゃんの《ナイト》として当然だ。第一、あの一件では諸羽が一番の被害者だったんだから。意趣返しする権利は充分にあるだろ。」
やったね♪。予想的中。
やっぱり、龍麻先輩ってとっても綺麗で強いだけでなくって、本当に良い人なんだよなぁ。
京一先輩と一緒に立ってて、様になるのは貴方しかいません!!。
「はい!!。ありがとうございます。僕…………すっごく嬉しいです!!!。みなさんの邪魔にならないよう、一生懸命がんばります!!!。」
お二人の関係修復の為にも、僕の全身全霊全力で努めさせて戴きますから。
「しょうがねェなァ。そのかわり、自分の身は自分で護れよ。俺達にゃぁ、そこまでの余裕はねえからな!!」
「とかなんとか言って、いざって時には助けに飛んで行くのが京一なんだよねぇ〜。」
何を解りきったことを言ってるんです、桜井さん。京一先輩は、それだけ素晴らしい方なんです。
でも、京一先輩。僕なんかを助けに来るくらいなら、龍麻先輩を御護りしてください。
龍麻先輩がとんでもなく強い方だって解ってますけど。もしも、あの素晴らしく御綺麗な顔やお身体に傷がつくことになったら、僕には到底耐えられません。しかも、お二人で並んでいて下されば、僕の《眼至福》ですし。
「誰が行くか!!。おら、早くこねぇとおいて行くからなっ!!。」
「はっ、はい!京一先輩!!」
僕はみなさんの後に続いて、駅に向かった。


とにかく、まず現在のお二人の状況を正確に把握する事が第一だと考えた僕は、池袋に向かう埼京線の中で、こっそりと醍醐さんをつかまえて、事情を聞いてみた。幸い、美里さんたちは龍麻先輩にぴったりとくっ付いてるし、京一先輩は、一人で哀愁漂わせて窓の外を見ながらぼんやりとしていらっしゃるので(ああ、お気の毒に。待っていて下さいね。僕がきっと何とかしますから)、こっちに注意を払う人間は誰もいない。(応援の方々が合流するのまだ先らしい)
ところが、醍醐さんに聞いても何故こんな事になってしまったのか解らないという。どうやら、僕のお見舞いに来たその夜に何かあったらしいんだけど、お二人ともガンとして訳を話してくださらないらしい。
「とにかく、龍麻は『自分が、京一に嫌がられる事をして怒らせたんだから、京一は悪くない。放っておいてくれ。』としか言わないし、京一は京一で『ひーちゃんの誤解だ。でも、何でかなんてひーちゃんのプライバシーなんで言えねえよ。』の一点張りなんでな。俺も困っているんだ。」
それにしたって、何でこんなややこしい事になってるんですか?、と聞いたら、なんとつい昨日まで京一先輩に《龍麻先輩接触禁止令》が発令されてたという。何なんですか、それは(怒)。
「いや、《あの》龍麻が泣き出した事で、桜井達が激怒してな。京一がよっぽどの事をしたんじゃなきゃ、そんな事にはならないだろうってな。龍麻も、しばらくそっとしておいて欲しいと言ったんで、そういうことになったんだ。まあ、いささか桜井達のやりすぎの感があったことはいなめんが………。」
そりゃあ、僕だって《あの》龍麻先輩に目の前で泣かれたら、原因になったヤツにはキッチリと報復してやりますけど(これは、さやかちゃんだって同じだ)。にしたって、その仕打ちは京一先輩に酷すぎる。
だって、そんなにお二人が《これは二人の問題。人に言えない》っておっしゃる事なんだったら、本当に他人には話せない事なんですよ。
その場合、先輩方を無理に引き離したりしないで、頃合を見て何処か静かな気持の落ち着く所に、誰にも邪魔が入らないようにして、二人っきりにしてさしあげればいいのに。
そうすれば、京一先輩が謝罪をするなり、弁解をするなりして、誤解を解けばいいし。よしんば、誤解じゃなかったとしても、この間のラーメン屋の時みたいに、京一先輩が龍麻先輩にドッツキ倒されてゲシゲシされれば(ああっ、それってウットリかも)、案外簡単に解決するかもしれないじゃないですか!。
普通、仲間っていうんなら其処まで配慮してさし上げるべきじゃないんですか?。たとえ、女性陣の方々が感情的になったとしても、其処を諌めて冷静に対処してさしあげるのが男友達ってもんでしょう。
それを、こんな僕如きでさえ簡単に思いつくこともできずに、一緒になって京一先輩を追い詰めて苛めるなんて。貴方、本当に京一先輩の友人ですか?!。見損ないましたよ、醍醐さん!!。
醍醐さんは、憤懣やるかたない僕の内心など知らぬげに、ご自分の悩みを続ける。
「俺もな、こう正体不明の敵が何処から涌いてくるか解らない状況で、リーダーの龍麻とムードメーカーの京一に揃って落ち込まれたんじゃ、ホトホト困ってるんだ。仲間内の士気にも関わるからな。俺も昼飯の時に、なんとか弁解したいっていう京一に協力したんだが、タイミングが悪くてな…………。」
そんなの、協力したなんていいません。何とかしたいんなら、今すぐ美里さんと桜井さんを龍麻先輩の側から引き離すくらいして下さい!!。(あっ、でも醍醐さんじゃ無理か。僕でも真正面からではチョット怖いからなぁ)
「お話は、よーっく解りました。それでは僕も、敬愛する京一先輩と龍麻先輩お二方の為に、僕なりの全身全霊をこめて精一杯の対処をさせて頂きます。」
「おっ、おい。霧島!?(困惑)。何も、お前がそう殺気立たなくっても…………。(汗)」
「いいえ、それくらいの価値はあります。今も御自分でおっしゃっていたじゃないですか、お二人が揃っていないと困るって。僕にとって一先輩と龍麻先輩は《比翼の鳥・連理の枝》。《絶対の一対》いらっしゃるんですから。(キッパリ)」
「霧島…………。お前、喩えを間違ってるぞ。それは、夫婦に使うもんだろう。せめて、《水魚の交わり》くらいにしておいてくれ。(汗)」
「どっちだって、離れちゃいけないモノの喩えなんですから。たいした違いはありません。僕がそう使ったって誰に迷惑がかかるっていうんです。そんな事は些細な事です。」
なんなら、《片翼の一対の天使》も加えましょうか?。狭量な人だなあ。
「いや、世の中にはあらぬ誤解をする人間がいるからな………(汗)。京一はともかく龍麻は迷惑するかもしれないぞ。」
「誤解なんて、したい人間に勝手にさせておけばいいんです。僕等がキチンと真実を知っていれば、龍麻先輩も納得して下さいます。」
「おい……………(汗)。」
なんて話をしていたら、池袋に着いた。
ふーむ、ここは、どうするべきか………?。(頼りにならない人は、放っておこう)
一計を案じた僕は、ホームに降りたドサクサでこっそりと携帯を取り出すと、きっと最高の協力者になってくれるだろう、僕の最愛の姫君を呼び出した。
「………あっ、もしもし。さやかちゃん?。ちょっと協力を頼みたいことがあるんだけど、いいかな?。あのね………………。」



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